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洛星 阿南校長との対談

私塾研究「教育とは何か」 洛星中学・高等学校 阿南校長との対談

 

京都を代表する進学校であり、育星舎入江代表の母校でもある、洛星中学・高等学校。

今まで多くの塾生を洛星中学へと送り出した入江代表が「教育とは何か」、また「私学にとっての教育」「洛星にとっての教育」を洛星中学・高等学校を統べる、阿南孝也校長に伺います。

 

京都市北区北野白梅町に位置する洛星中学・高等学校。満開の桜が受験を乗り越えた新入生を迎える、校門風景。


はじめに

入江

 私ども私塾教育に携わる者として、「教育」として歴史的にも古い「学校教育」その中でも私塾の〔私〕として共通する「私学教育」に関心があり、また私学の中でもまずは私の母校である洛星の阿南先生にお話を聞かせていただきたいと思いましてうかがいました。
 

 

 

私学の存在意義

入江

 公教育というものに対し私学ですね、古くは早稲田・慶応・同志社・・・そういう明治時代からの流れ、それから戦後洛星のような海外からの宗教などをバックにした私学というものの存在をどういうふうに考えておられるでしょうか。

 

 

阿南
 明治にできた…たとえばNHKの大河ドラマには新島襄などが出て来ます。やはりよく言われることですけれども私学には「建学の精神」が大切です。「こういう精神が必要なんだ、それを持ってこういう子どもを育てたい。またこれからの日本にこういう人材が必要である」と強い思いを持った個人やグループがいて私学を始めたんですね。これが国の教育との大きな違いだと思います。日本は教育にすごくお金をかけて人材を作り、今の日本を作ってきました。しかし私学はそれぞれの学校ごとにそういう人材育成の考えを持ったものということで、今の日本にも必要なものだと思っています。

 

ヴィアトール学園 洛星中学・高等学校  阿南孝也 校長

 

公教育との比較

入江

 ところで先生は山中伸弥教授と同じ国立大阪教育大学附属天王寺高等学校の御出身ですよね。先生自身は公教育で育ってこられ私学の先生になられた。比較してどうですか・

 

 

阿南
 私の母校には有名な賢い後輩が(笑)。これまでは卒業生の中にはロザンて御存知ですか?漫才コンビでクイズ番組によく出る、それから辰巳琢郎さんとかクイズに強い人が多いんですけど、さらにあのようなすごい立派な人が出ました。

私は小中高とずっと附属という環境で育ちました。メンバーも変わらず、場所もほとんど同じ。男女共学でとてもいい学校でした。私はそこでいろんなことをしましたし、やらせてもらいました。例えば中学も高校でも生徒会長をしました。洛星はそういう点はけっこう似ているんです。

また、附属は男女共学で、当時は女の子と一緒に勉強して数学を聞かれて答えられない(笑)。今は数学の教師なんですけど。質問された手前、必死になって勉強して教えたりした。しかし、洛星の男子校の良さっていうのも感じますね。

ですから、公立校、私立校、共学校、男子校、女子校、それぞれ合ったところを選んでいただきたい。親の考えもあるでしょうが、本人がのびのび活躍できる学校がいいんじゃないかと思います。決して私学は特別素晴らしく、公立より良いというつもりはないですが、ただまあ洛星はいい学校だと思っています(笑)。

 

 

 

宗教と教育

入江

 宗教教育についておうかがいします。私は洛星では倫理科目としてキリスト教について学びました。公教育では宗教は憲法上制限されていますので、道徳科目ということになります。京都には仏教の本山が多いので、仏教系の私学が多くあり、また、キリスト教でも洛星のカトリックとともにプロテスタント、聖公会などを背景とした私学があり、それぞれの宗教教育をしておられます。宗教というと布教活動と思ってしまうんですけど、洛星の宗教教育についてお聞かせ下さい。

 

 

阿南

 もともとヨーロッパとかアメリカとか、国全体がキリスト教徒がほとんどというような場合のキリスト教の学校と、日本におけるキリスト教の学校とは違うと思うんです。仏教の学校のスタートはやはり門徒を育てるために作ったという背景があると思うんですが、日本のキリスト教の学校はちょっと違うと思います。戦前からあった学校もありますが、戦後設立された学校が圧倒的に多いです。うちの学校もそのひとつです。このヴィアトール修道会ができたのは、フランス革命の後です。社会が混乱して、子ども達が放置されている。読み書きだけでなくて、健全な社会生活を教えたりする、そういう教育は絶対に必要だということで、1800年代前半に多くの修道会が生まれているんですね。洛星のヴィアトール修道会の創立者ケルプ神父は一教区の神父だったんですね。教会では何もできないが何かやらなくてはという強い使命に燃えて、まず小さいところから始めて徐々に大きくなっていった。ついには修道会としてローマ法王庁も認めてほかの国、地域にも宣教できるようになったという歴史を持っているんです。戦後間もないころで日本が混乱している状況のときに日本のカトリック教会の当時の京都教区司教がカトリックの学校を作ってほしいと打診したわけです。ヴィアトール会はちょうど中国で戦中まで学校をしていたこともあってヴィアトール会が手を挙げました。女子に関してはノートルダム教育修道会が京都に来てうまくマッチングできて始めることになりました。

今現在はですね日本はこの洛星だけですが、アフリカのコートジボアール、となりのブルキナファソ、中南米のハイチ、そして南アメリカなどに多いんですね。政治的にも経済的にも大変な状態におかれた国々の子ども達に教育をしようとしているんです。

日本も同じだったんです。そのときにはじめからキリスト教徒を増やしていこうという思いはなかったのではないでしょうか。もちろん子ども達がキリスト教徒になってくれたら大きな喜びはあったと思いますが、そのことを目指して、そのことに特化したような教育ではないと思います。根底にあるキリストの愛の教えは理解してほしいということだと思います。

 

 

 

大学受験と教育

入江

 私の頃から洛星は大学への合格実績に定評がありました。同級生には医者が本当にたくさんいます。現在は有名大学合格者数などでは他の公立、私立の高校との競争も激しいと思います。そんな中で合格実績を出していくのは大変だと思いますが。
 

 

阿南

 まずしっかりした人生の設計、将来を考えた上で行きたい大学、学部というものがあり、そこを目指して努力していくということはとても大事なことだと思います。ただ進学実績だけにとらわれた生徒指導ではなく、大学に入ってから伸びる生徒を育てていきたい。基本的には自分の力で勉強するということ、学ぶということができることが必要です。教わらないと出来ないというのでは困ります。以前は家庭の教育力もあったのだと思いますが、やはり時代とともに変わっているのは事実で「このあとは自分で考えてきたら」ではいきません。学習面での細かい指示をしていくということは増えてきています。それでもまず学習意欲・学びたいという気持ち、「なるほど」とか「おおっ」とかそういったものを感じてほしいですね。遊ぶのも楽しいけれど、学習にもうちょっと違う面白さ、楽しさを感じて、大学への興味を持って受験に挑んでいってもらいたい。授業以外の補習はやってますけど自分で勉強する時間というのも確保・保障してあげたい。学習意欲をいかに持たせるかが問題で、そういったことを意識しながら授業なども行なったり、授業以外のいろんな活動、講演会とか大学訪問などもしております。

 

 

 

 中学受験と教育

 入江
 育星舎で中学受験を担当する私も塾での指導は、中学に入ったあとに伸びていく生徒、自分でものを考えられるような生徒を育てるひとつの人間教育のつもりなんです。ところが特に小学生の場合、親が中心になって学校選びをしていく場合が多いと思うんですけど、そうすると例えば洛星中学高等学校それからA中学高等学校、B中学高等学校の中から、東大何人、京大何人、医学部何人と、そういう実績というもので親御さんが選んでいく場合が多い。ほぼ親が中心になって将来我が子のためと思って選択していると思うんです。一方、学校選びがそういう実績主義的なものになってくるとやはりこの6年間でいかに実績をつくらなければいけないかというものが学校経営というものに関して影響してくる。他方、先ほど言われた人間教育、宗教的なバックボーンを持った宗教教育をする必要性はある。今や実績作りというものをしていかないと学校によっては定員に満たないところが出てきたりする。あるいは最近の京都では学費的に有利な公立高校も実績を伸ばしてきている。そんな中で中学受験の段階で洛星を選んでもらわないといけない。そのあたりの問題はどうお考えですか。

 

 

 阿南
 そうですね。私学は塾さんと同じひとつの企業的側面もありますから、生徒が来なければ潰れてしまいます。重要な要素として大学の進学実績はあります。それを表す数字として今はっきりしているのは良い大学、そして医学部に何人合格したかということですね。

良い大学と言われているところはただ名前だけではない。ここ地元の京都大学には、今年も高校1年生が時計台下の教室を借りて模擬授業のようなものをしてもらいました。やっぱり良い大学と言われているところはいろんな面で恵まれていると思います。そういうことでは東大は特別だと思いますし、京大もなかなかいい大学だと思います。ですから、そいういうところを目指す志を持って、そしてそこに行ってこんなことをしたいんだという思いを持って入ってくる生徒が増えてくれることを私は望んでいます。それが学校の経営にもつながることだと思っていますので、そのことは否定しません。

しかし、決してそれがゴールではないのですから、中学選びをされるのはそれはひとつの要素にすぎないのです。親御さんは「自分の子どもの幸せを考えている」はずです。中学選びも「幸せな人生を送ってほしい」という思いからすべきですよね。

よい大学や医学部に入った人はその後どうなったのかなかなか分らないですよね。入ったから幸せかというと、昔からそうですけど、京大入ったけれどいつの間にかいなくなってしまう人は結構たくさんいます。卒業後、就職してとってもいい企業に勤められたからといって、いまの時代何があるか分りませんよね。家庭に関しても必ずしもうまくいくという保証はありません。大学がゴールでないことは親も分っているわけなんです。東大に入ったから京大に入ったから幸せかっていうと、とりあえず喜びはあります。それはとても良いことなんですけど、例えば合格しなかったときは不幸せかというと決してそんなことはない。合格したから幸せかというとそうではなく、幸せでない学校生活を送ることもある。

大学を通ればあとはどうでもいいということは決してないはずです。「社会に出た場合、責任ある仕事をまかされ、充実した仕事に取り組んでいる」という話を聞けば親はうれしいですし、「子どもは幸せなんだなあ」と思います。そんな人生を送るためには何が必要か。人とのコミュニケーション能力、そういったものを幸せになるために必要だということは考えればすぐ分ると思うんです。それをつけるためには小さいときからの子育てもあるでしょう。さらに自分での体験が重要です。トライしてみようという気持ちを持って、出来たときは涙を流して喜び、失敗したときには悔し泣きするけど再び挑戦する、そのような体験を若いうちに持っているということはとても大事ですね。

そういったことは家庭だけではなかなか出来ないですからやっぱり学校、特に中学・高校いちばん多感な時期、仲間と一緒にやったものが特に大切ですね。別にそこで身につけたものが直接役立つわけではないですが人生の大きな宝となると思います。それがあったうえで、なおかつ行きたい大学にいろんな講義、いい先生、レベルの高い学生が存在すればそれがまた大きな刺激になって将来につながっていきます。さらに幸せの可能性が高くなると思います。人生には予想が変わって病気になったり、勤めている会社が潰れたりと何があるか分らないけれどもそれに打ち勝つ力もついてきます。先に死ぬ親にとっては「あの子なら何が起こっても大丈夫だ」と思えることは幸せです。みんなそう願っているはずなんです。しかし中学選びは分る数字としては大学合格者数。それはそうですけどそれだけではない。何を目指しているのかなどの教育内容を総合的に見てほしい。

洛星の場合そのために多くの方々に学校見学をしていただいています。塾主催、あるいは学校主催でやります。また文化祭やクリスマスタブローに来ていただいて学校の本当の姿を見ていただく。私どもは重要な要素として大学の進学実績もありますが、どれだけ生徒の意欲を引き出すかも重要だと思っています。何といっても「将来幸せになれるような何かをこの学校にいる間に出来そうかどうか」を考えていただきたい。私達はその点をもっともっとアピールして、しかもその内容を常に考えながらそのためにさらにどんなことができるだろうか、そういったことを考えていくことが大事だと思っていますし、またその様子も見ていただけたらと思います。

 

 

入江

 「人とのコミュニケーション能力」言いかえれば「他人と信頼関係を構築して物事を成し遂げる能力」だと思いますが、それは本当に大切ですね。それがなければ学歴が良くても幸せにはなれません。

 

 

 

 

                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012年12月6日洛星中学・高等学校にて収録 

           (左・阿南校長、右・入江代表)        

 

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