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入江塾合格体験記 東山中

 

東山中学校 合格体験記

 

 

2018年度の合格体験記はこちらです

 

東山中学校

2017年 2016年 2014年 2013年 2009年

 

2017年度

Aくん…東山(ユリーカ)・立命館(アドバンスト)・香川誠陵(誠陵スカラシップ 寮生スカラシップⅡ種) 合格

■一人一人のことを真剣に考えてくれる塾

ぼくは6年生になってから、がんばればがんばるほどどんどん成績が落ちていき、第一志望から遠のいていきました。その様子を心配してくれてお母さんが先生に相談しました。そして先生は、真剣に考えてくれました。その後成績は少しずつ回復していき、合格をつかみとることができました。苦しいときも自分を信じてがんばるということをこの受験を通して学びました。入江塾は一人一人のことを真剣に考えてくれる塾だと思います。

 

●Aくんのお母さん

■息子の1年間の苦しかった気持ちを思い、涙が出そうになった

「この1年をふり返って」
このふり返りを書く前に、息子の書いた体験記に目を通しました。
短い文章でしたが、彼のこの1年間の苦しかった気持ちを思い、涙が出そうになりました。

 

■第一志望を変え、悪循環を変える
思い返せば、6年生になって「さぁ、これから頑張るぞ!」という頃から成績が上がらず、それどころか模試毎に悪くなり、特に算数は焦れば焦る程、簡単な計算まで間違えるようになっていました。それでもここが“頑張りどころ”と声を掛け、彼も一生懸命取り組んでいました。
ところが、夏休み明けの模試でも更に落ちました。
理由がわからず、親子共本当にどうして良いのかわからなくなりました。そこで、S先生に相談に行きました。結果、第一志望を変えることで、この悪循環を変えて行こうということになりました。

 

■気持ちが軽くなり、頑張りが成績に反映されるようになった
そこから彼の表情が変わっていったと思います。思っていた以上に洛星算数の授業の消化不良が、彼の重荷となり、混乱を招いていたようです。こから気持ちが軽くなったのか、頑張りが成績に反映されるようになってきました。
そして東山ユリーカに合格する事が出来ました。この受験で、彼は苦い思い、頑張りが報われる思いのどちらも体験しました。


■伸び伸びと仲間たちと努力し合えたことに感謝
入江先生を始め、S先生、Y先生、A先生、KO先生、KT先生、SH先生、KA先生、演習等を教えて下さった先生方、三年間たいへんお世話になりました。こちらで学んだ体験を糧に、中学高校とチャレンジして行くと信じています。
先生方のお心の込もった細やかなご指導の下、伸び伸びと仲間たちと努力し合えたことに、心より感謝致しております。
有難うございました。

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●Bくん…東山(エース)・大谷(マスター 特待)・京都産業大学附属 合格

■受験を甘く見ていた為、成績が低下

僕は4年生から入江塾に通い始めました。そのころは、受験を甘く見ていた為、成績はどんどん低下していきました。5年生の時先生から「今の状態では志望校に受かることはできない」と言われていたぐらいです。

 

■最後でやる気がでて、第一志望に受かることができた

そこから6年生になって残り三ヶ月を切り、「もうだめだ」と思ったら、なぜか最後でやる気がでてきて、ひたすら赤本を解くようになりました。そのおかげで少し自信がつき、無事に試験の日を迎えることができました。緊張はもちろんしていたけれど、先生が応援グッズを渡してくれて心が和らぎました。そして第一志望の東山に受かることができました。先生方も喜んでくれて自分でも嬉しさがこみあげてきました。

 

■受験の時に支えてくれた先生に感謝

今振り返ると、最後にやる気が出てきたのは友人や家族、先生方の応援があったおかげだと思います。それに応じることができ、今とてもほっとしています。しかし気をぬいてしまってはせっかくの努力が無意味になるので、これからも気持ちを引き締めて学校生活にはげんでいこうと思います。入江塾の先生方、受験の時に支えて下さり、どうもありがとうございました。

 

●Bくんのお母さん

■入江塾の方針が気に入り入塾を決めた

息子は、4年生からの約3年間、入江塾でお世話になりました。2、3の塾の体験授業を受けさせて頂き、その中から息子が選んだのが入江塾でした。私自身も入江塾の方針がとても気に入っていたので親子で意見が一致し、入塾を決めました。

 

■息子の真剣さを感じられない状態で6年生を迎える
息子は毎回楽しく通い始めたのですが、4~5年の間は宿題も出したり出さなかったり。授業中も先生の話を最後まで聞かなかったりと、あまり真剣さが感じられませんでした。本人のやる気を尊重し無理に追いつめない、という方針に共感して入塾したものの、そんな調子では全く成績が上がりませんでした。特に算数は、5年の模試でなかなか30点を越える状態にならないままで、5年からは個人指導を受けるも、大きく伸びることなく6年生を迎えてしまいました。

 

■本人が行きたい学校が見つかり、応援してあげようという気持ちが湧いてきた

志望校選びもどんどん下げざるを得ない中で、受験ぎりぎりまで第一志望校が決まりませんでした。親子共に自信を失くしかけていたのですが、6年の保護者説明会での「最後まで子供の力を信じること。本人の合格したいという気持ちが出てからの頑張りはすごいんです」という入江先生の言葉だけを頼りに、日々を過ごしました。

そんな中、受験約2ヶ月ほど前の東山のプレテストを受けた時、本人の口から「ここに行きたい!!」との言葉が出ました。親としては受験すらやめてしまおうかと思ったほどだったので、本人が行きたい学校が明確に見つかったことが嬉しく、S先生やY先生にも背中を押していただき、もう一度子供を信じて応援してあげようという気持ちが湧いてきました。

 

■先生方の気持ちに応えることができるよ

それからは、塾で過去問に取り組み、直しをするのくり返しで、少しずつ合格圏内に近づいていくことが出来ました。
東山の合格発表の日、「涙が出そうだ、うれしい!!これで入江塾の先生方の気持ちに応えることができるよ」と涙目だけど笑顔で言った息子の姿を見て、最後まで見捨てずに的確なアドバイスをくださり、めんどうを見てくださった入江塾の先生方のお顔が浮かび、感謝の気持ちでいっぱいになりました。本当にありがとうございました。この受験を通して、最後まで諦めない強さと、周りへの感謝の気持ちを学び、少しではありますが人として成長できたように思います。

 

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●Cくん…東山(エース)・京都学園(GN一貫コース 特待) 合格

■受験勉強を始めたのは6年生の5月

僕は受験勉強を始めるのがとても遅く、入江塾に入ったのは、6年生の5月でした。塾に入りたてのころは、まったく授業が分かりませんでしたが、先生方が丁寧に教えて下さり、秋にはほとんど理解できるようになりました。

 

■あと一歩のところでできなかった難問を解くことができた

冬期講習の算数の授業の最後に、毎回、解けたら図書カードがもらえる難問が出されました。僕はいつも、あと一歩のところで解くことができなかったので、「冬期講習中に図書カードをもらう」という目標をたてました。冬期講習最終日、灘中学校の問題が出されました。ついに僕は難問を解くことができました。

 

■面白い先生たちと楽しく勉強できたことに感謝

試験当日、とても緊張しました。でも先生からの応援グッズのS先生Y先生入江先生の似顔絵が印刷された消しゴムをもらい、少し緊張がほぐれました。
面白い先生たちと、楽しく勉強できたことに感謝しています。ありがとうございました。

 

●Cくんのお母さん

■まだ間に合う!今から始めるにはここしかない!

 息子に中学受験をさせたいが、いくらなんでも遅すぎる...6年生5月も半ば過ぎのことでした。それまで通塾経験はなく、補習的な通信教材を家でやっていただけ。悩む私に「夏休み前だし、まだ間に合う!」と元塾生のお母さんに勧められたのが入江塾でした。必要最小限の授業と演習、少人数の寺子屋スタイル、通学に便利な立地。今から始めるにはここしかない!とすぐに体験授業に申し込みました。

 

■勉強が面白いと感じているなら、親子で本気でやらなければいけない
初めて授業を受けた息子の感想は、「算数が日本語とは思えんぐらいチンプンカンプンやった。」演習では計算4年の簡単な問題が解けない状態。息子はロボット部に憧れ、東山を志望していましたが、S先生には、「東山は無謀です。もっと偏差値の低い学校であっても、中学受験の勉強を今からこなすのはかなり大変です。やめるなら今ですよ。」と厳しいお言葉をいただきました。やっぱり今からでは無理か…息子に「とても大変になるけど、どうする?(東山が無謀とは言いませんでしたが)」ときくと、「塾の勉強は面白いし、やる。」
勉強が面白いと感じているなら、これはやらなければならない、やるなら親子で本気でやらなければいけない、と覚悟をしました。やると決めると、S先生は、「今までやってきてこの状態ならもうダメだけど、何もやってきてないから望みはあります。」と仰ってくれました。

 

■塾で習ったことを家で話して興奮
始まった塾生活は、まともな勉強の習慣もなかった息子にはとてもハードでしたが、嫌がるどころか毎日塾で習ったことを家で話して興奮していました。この頃学校の先生から、級友達が「Mくんがはじけた。」と言っているとお聞きしました。息子は人とコミュニケーションをとることが苦手な静かな子なのですが、熱中するものを見つけ自信がついたのでしょうか。学校の七夕の短冊にも「東山合格」「偏差値が上がりますように」と書き、小さい学校なので彼の志望は全校に知れ渡ることになりました。

 

■努力が数字になって返ってくる喜びを体験できた
7月頭に初めて受けた五ツ木駸々堂模試の偏差値は53で、本当に驚きました。1ヵ月前に塾内で受けた前回模試は40そこそこしかなかったのです。塾の先生方にも「よくがんばったね」と褒めていただき、努力が数字になって返ってくる喜びを体験できたことは、彼にとって大きな糧になったと思います。
夏期講習期間中は1日も休まず通いました。おやつに貰えるアイスキャンデーが楽しみだったとのこと。さすがに受験が迫った夏の課題量は半端ではなく、大量に白紙のプリントがカバンに溢れる状態になり、親子で夜中まで宿題を消化する毎日でした。

 

■目標を高く再設定
秋になり、もう東山エースは十分狙えますと言ってもらえるようになりました。とはいえ、今年から前期Aが夕方になったことで、決して安心はできない状況でした。個別相談会で東山の先生から「男の子は絶対無理やろっていうような高い目標の方が燃えるから、ユリーカ目指すくらいの方がいい。」とお聞きし、「どうせならユリーカ」を密かに目標に再設定。
冬期講習も一日も休まず通いました。今数えてみたら19日連続です。制限時間内に解いたら図書カードが貰える算数の難問コーナーは、「あとちょっとで解けるねん」と毎日悔しそうにしてましたので、最終日に灘の問題を解いてカードを貰った時は嬉しくてたまらなかったようです。入江先生は正解しているとニヤニヤされるそうなのですが、初めて間近で見られて良かったと言っていました。

 

■勉強して知ることの喜びを教えていただいたことに感謝
そして受験。前期ABでエース合格をいただきましたが、「どうせならユリーカ」でしたので、出願してあった後期も受験。ユリーカはダメだったことを伝えると悔しくて泣いていました。無謀であったエース合格を成し遂げたのに、素直に喜べない状況にしてしまったのはかわいそうなことをしたかもしれません。しかし、のんびりやっててもここまでこれなかったと思うのです。
大変な8ヵ月でしたが、息子は塾の勉強が楽しいといつも言っていました。字が汚すぎて、自分の字が読めなくて計算を間違える息子に、算数を一から教えていただいた個人指導のK先生をはじめ、塾の先生方には勉強して知ることの喜びを教えていただき、ありがとうございました。自分がここまで頑張れることがわかったことも息子の一生の財産になったと思います。そしてS先生、はじめに厳しいことを言っていただいて、本当にありがとうございました。

 

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2016年度

●Aくん…東山(エース)・京都文教(ACTα) 合格

■短い授業で楽だと思って油断し、模試の成績が下がってしまった

僕は5年生の春に入江塾に通うようになりました。その前に通っていた塾よりとても短い授業で楽だと思って油断していると、6年生になってからどんどん模試の成績が下がってしまい、このままではやばいと思うようになりました。

 

■演習をふやしてもらい、模試の成績も戻った
僕はケアレスミスが多いのと、国語の記述が苦手だったので、先生は「もっと問題をよく読むこと、落ち着くこと、自信をもって解答すること」を何度も教えてくれました。演習を増やしてもらい、記述が書けるようになると国語の成績も上がり、模試の成績も戻ったのでうれしかったです。

 

■入江塾で頑張れたことを忘れず、もっと頑張る
合格発表の日はとてもドキドキしました。お母さんがひとりで見にいってくれたのですが、待ちきれなくてお姉ちゃんにメールで聞いてもらっていました。そして、やっと「合格」というメールが来たときは、うれしくて跳ね回っていました。
東山中学に行っても入江塾で頑張れたことを忘れずに、もっともっと頑張りたいです。
先生、ありがとうございました。

 

●Aくんのお母さん

■いろんな学校のプレテストを受け、志望校が決まる

志望校は5年生の割と早いうちに、私の中では決まっていました。
が、当の本人は、5年生の段階では友達が志望しているほかの学校に行きたいといってみたり、学校見学に行っても帰りたがったり・・といった感じでした。
6
年生の秋に
いろんな学校のプレテストを受けた後でやっと、「東山にいきたい、そのために勉強する」と本人にも思ってもらえたような気がします。

 

■過去問を解くようになり、積極的に勉強したがってきた
息子が積極的に私とも勉強したがってきたのは、過去問を解くようになってきてからです。
過去問は得点の高低があったので、
先生は「普通にしていれば大丈夫」と言ってくださっていましたが、その普通がどのあたりなのかわからず、本人も不安なようでした。
お正月明けに「受かる夢を見て落ち込む」と私に言ってきたときは相当不安なんだなあと感じました。

 

■この塾を選んでよかった
おかげさまでなんとか合格をいただき、素直に大喜びし、「S先生に会いに行きたい!」「個人指導のSH先生と同じ大学に行きたい!」と話してくれた時は、この塾を選んでよかったと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
入江塾の先生方、本当にありがとうございました。

 

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2014年度

Aくん (東山(エース)・龍谷大学附属平安 合格)

■岐阜から入江塾に通うことは大変でしたが楽しみだった

僕は、四年生の時に中学受験を目指して地元岐阜にある大手の塾に入りました。でもそこでは成績が上がらず、やめて入江塾に通うことになりました。でも入江塾は岐阜から遠く離れた京都にあります。通うことは大変でしたが楽しみでした。

 

■先生たちは本気、僕も頑張らなきゃいけない

入江塾に通い始めた頃の偏差値は29でした。入江先生の個人指導をやって頂いて40前後にもっていくことが出来ました。でも油断してゲームをしたり個人指導中に集中力がなかったりして、入江先生にすごく怒られました。それから心を入れ替えて個人指導を受けました。

「先生たちは本気なんだなぁー」「僕も頑張らなきゃいけない」と思い必死に頑張りました。そして、偏差値が50になりました。

6年生の冬期講習には、連日S先生、Y先生に色々と熱心に教えていただきました。

 

■感激の合格発表、何回も何回も受験番号を確かめた

試験当日は、先生方からのメッセージをいただき、やる気が出ました。

そして、合格発表の時『あったー!!』と思わず泣いてしまいました。何回も何回も受験番号を確かめて見ました。

本当に心からうれしいです。

有難うございました。

 

 

Aくんのお母さん

■名古屋の大手塾に通っていた息子がたくさんの宿題に追われ「休みたい」と言い出した

入江塾にお世話になったのは五年生からでした。

四年生のときは名古屋に本部がある大手進学塾に通っていました。沢山の宿題に追われ「休みたい」と言い出す息子、私自身が不安になる毎日の中でした。そんなときインターネットで京都にある入江塾を知り、入江先生に出会いました。

 

■嫌がらず休まず岐阜で演習、京都にも喜んで授業に通った

家が岐阜にある事で毎日の演習に通えず、入江先生は息子のためだけに岐阜に教室まで作って下さいました。大変な労力、お心を頂きました。

毎週土曜日は京都の入江塾で授業を受け、日曜日は塾がお休みの中、入江先生はマンツーマン指導をして下さいました。息子は一日も嫌がらず休まず岐阜でも演習を受け、京都にも喜んで毎週通いました。

 

■息子の成長してゆく姿を見た

入江先生のマンツーマン指導では、算数から始まり国語も教えて頂き、私自身もマンツーマン指導に参加させて頂く事もありました。入江先生は「勉強とはどうしてしなければならないのか」「これからどう生き抜くのか」と生きるための教えも説いて下さいました。それに伴って、息子が人間としても成長してゆく姿が見受けられました。

 

■入江塾の演習に参加した息子が輝いていた

六年の夏期講習を過ぎ、先生方のご指導、努力の結果、息子の偏差値が10以上伸びました。

大変な二年間でしたが、仕事と息子だけを一心に見つめてきました。両立が大変な中嬉しく励まされたのは「入江塾の演習にもっと行きたい!もっと行きたい!!」と言って帰ってくる姿でした。私も「がんばるぞー」と岐阜から学校終了後、何度か夜の演習にも伴に通いました。京都から最終の新幹線で帰る事もありました。帰路、疲れより達成感とともに醍醐味もありました。それは、いつも入江塾の演習に参加した息子が輝いていたからです。

 

■信じるものは救われる 必ず、努力は報われる

漢字も文章も書けなかった息子をここまで成長させて頂き、東山中学校、平安中学校より合格を頂けたのは入江塾皆様のおかげであり、京都の入江塾に通えたからだと思います。

 信じるものは救われる。

 必ず、努力は報われる。

私自身が入江塾で学んだ事です。これからも京都で学ばせて頂いたことを実践してゆきたいと思います。

入江先生、入江塾だけを信じてきた二年間、京都に来る事で息子との時間を作る事が出来た二年間。入江塾で良かった。

入江先生、S先生、Y先生、入江塾の全ての先生、入江塾の生徒の皆様、本当にありがとうございました。

感謝、感謝、皆様に感謝です。

 合格は私の中で今も夢のようです。

 

 感動をありがとうございました。

 

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Bくん(東山(エース)・清風(理Ⅲ)・岡山・土佐塾 合格)

■プレテストの判定が「C」、まだまだ頑張らなければならない

入試2か月前の東山プレテストで、自分の東山中学エースコースの判定は「C」でした。このままでは合格は難しく、まだまだ頑張らなければならないという状況でした。それから入試までの2か月間なんとか頑張りました。

 

■これからも志望大学をめざして勉強

その結果、岡山中学、土佐塾中学、東山中学(エ―ス)そして可能性がほとんどなかった清風中学(理Ⅲ)に合格することができました。2か月間頑張った甲斐がありました。清風中学は自宅から遠すぎるため入学はあきらめましたが、これから東山中学で志望大学をめざしてがんばって勉強していこうと思います。入江塾で勉強させていただき本当に良かったと思います。ありがとうございました。

 

 

Bくんのお父さん

■模試の結果が伸び悩み、気をもむ毎日

息子の駸々堂模試の結果は毎回伸び悩み、最終回では上がるどころか成績を落としてしまい、志望校のレベルをどんどん下げざるを得ない状況でした。「暢気でマイペースの息子の調子ではどこにも合格できないのでは」と心配しました。そんな中、入江塾の先生方は辛抱強く指導を続けてくださっていましたが、息子は傍目にもとてもやる気を出しているとは思えず、かといって嫌がりもせず、12月からは黙々と毎晩920分まで入江塾に通い続けていました。親としては傍観していることしかできず、気をもむ毎日でした。

 

■入試の経験で持てた自信を今後につなげてほしい

そして入試週間がおわってみると、、、。意外にも最後の2か月間で成績の悪い息子なりにある程度学力を伸ばすことができ、結果的になんとか収まるところへ収まることができました。今回入試を経験することで息子なりにわずかながら自信を持つことができたようです。これを今後につなげていってくれればと思います。2年間粘り強く指導いただいた入江塾の先生方には心より感謝申し上げます。

 

 

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2013年度

東山中学(ユリーカ)合格 Aくん

■5年生秋からの入塾、ついていけるかが不安

僕は、東山のユリーカに合格しました。入江塾に入塾したのは5年生の秋からでした。一度も塾に行ったことがなかったので、授業についていけるかがとても不安でした。体験授業を受けてみたところ、思っていたとおり難しかったです。すぐに5年の最後の五ツ木・駸々堂模試を受けてみることになりました。結果は算数が6点しかありませんでした。僕は、親に見せることができず、そのことを黙っていました。でもそれもすぐに見つかり、隠していたことをすごく怒られました。

 

■受験が近づいてきてもバイオリンを続けていた

「こんなのでは東山なんて夢のまた夢だ」と思いつつも、サッカーもバイオリンも続けていました。一月になるとさすがにサッカーは休みましたがバイオリンは続けました。

6年生になって北野学舎での演習を始めてすぐ、個人指導をしていただきました。返ってくる五ツ木模試の成績がどんなにのびていなくても、佐藤先生や入江先生、八木先生、小林先生など、いろいろな先生がはげまして下さいました。夏休みから家でも少しずつ受験勉強をやり始め、秋前には秋定先生の個人も加わりました。受験が近づいてきても僕はバイオリンを続け、練習時間は減ったものの、九月にはオーケストラをバックにアッコーライのコンチェルトのソロも弾いていました。結局僕がバイオリンを休み始めたのは十一月頃です。最後の模試でも算数は40点しかなく、東山のユリーカはF判定のままでした。家では自分の好きで得意な国語と社会を固めていました。なので算数の時間はあまりとっていませんでした。

 

■合格は力を信じて教えて下さった先生の力

成績が上がっても下がっても僕の力を信じて一生けん命教えて下さった講師の先生の力なしでは、ユリーカなんて絶対に通っていません。
「大学受験ではこんなにあせることのないように日々努力して勉強したいなぁ」と思いました。先生方、本当にありがとうございました。
 

 

東山中学(ユリーカ)合格 Aくんのお母さん

■育星舎の雰囲気が合っていると入塾を決めた

この度東山中学校ユリーカコースに合格させていただきました。発表から2週間が過ぎ、最近になってようやく実感が湧いてきました。
思えば本人が突然
5年生の11月頃に、「中学受験させて!」と私に訴えたことが中学受験の始まりでした。本人にしつこく真偽のほどを確かめてから育星舎にお世話になりました。私自身が小学校の時に大手S学園に半年通っていたものの勉強が嫌いになってしまい、やめた経験があったので慎重になったのです。育星舎の雰囲気が息子に合っているのではと思い、入塾を決めさせていただきました。遅いスタートでしたが、受け入れていただき感謝しております。本人も一度も嫌と言わず、最後まで通塾することができました。

 

■基礎から教えていただき少しずつ点が伸びてきた
私自身は中学受験の経験者でしたが、主人は公立一本槍の人でした。当初は私達は親として受験に積極的とは言えなかったと思います。子供はそれまで続けていたサッカーを翌年1月に休むことにしましたが、6年生の5月と9月にはバイオリンの発表会がありましたし、結局その後も11月までレッスンには通っていました。その間、5年生最後の初めて受けた模試では、算数で信じられない点をとり、「どうすればいいのか」「受験自体が無理かもしれない」とまで思いました。その頃は塾の宿題も本人任せ、プリントも大量に溜まった状況で整理もできていませんでした。しかし、算数を基礎から教えていただいているうちに少しずつ点が伸びてきたように思います。

 

■毎朝かかさず学校へ行く前に苦手の算数計算

6月頃に入江先生から親子で中学受験を乗り切るということを改めて教えていただき、毎朝かかさず学校へ行く前に苦手の算数計算だけはするようにしました。夏休みは夏期講習で通塾の傍ら、遅れていた5年生地理や歴史を自宅学習するだけで精一杯でした。9月頃から遅ればせながら主人も放っておけなくなったようでサポートしてくれるようになりました。

 

■国語・社会の得意教科を伸ばしたことが後で効いた

ようやく人に遅れて10月から赤本を得意の国語から解き始め、12月半ばには国語、社会を3校・5~10年分解き終わってからは達成感が出てきたのかな、と思います。今思えばこの時期に得意を伸ばしたことが後で効いたように思います。五ツ木の模試では最終回でようやく上向きとなり、12月のN模試で国語、社会はまずまずとれるようになって自信が少しついたように感じました。

 

■算数・理科は個人指導で形になり間に合った

一方で気が付いたらあとわずか…という時期になっているのに、理科と算数に関しては、これもできていない、あれもできていないという頭を抱えるような状況を経験し、親子で非常に焦ったりもしました。12月終盤になって理科の追い込みを家での赤本と塾での個人指導で、算数も個人対応の粘り強いご指導と家での復習でようやく形になってきて、ぎりぎり間に合ったと思います。試験当日の朝、「いつも通り!」という佐藤先生からのメールを胸に、緊張した面持ちで東山中学校の校舎に消えていったことを思い出します。

 

■諦めず最後まで親子で頑張って

皆さんのご家庭ではうちのようなことはないと思いますが、たとえ模試の点数が悪くても子供を責めず(苦笑)、間違った所はどこなのか、穴を探してください。そして決して諦めずに最後まで親子で頑張ってください。
最後になりましたが、佐藤先生の的確なアドバイスには大変救われました。心よりお礼申し上げます。
 

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東山中学(ユリーカ)合格 Bくん

■6年夏からの受験勉強

~不可能を可能にした入江塾~
『受験するなら4年か、遅くても5年には勉強し始めないと間に合わない』よく聞く言葉だ。ところが、僕は6年の夏から勉強し始めた。当たり前だけど、しばらくはさっぱりわからなかった。算数が特にひどくて、9月の初めに受けた模擬試験では6点しかとれなかった。なのに、僕は塾に通うことが嫌いじゃなかった。理由は、できない僕をバカにせずにわからないところを教えてくれたり、はげましてくれた友達がいたからだ。先生も一生懸命教えてくれた。だから、そのうち少しずつわかるようになってきた。

 

■苦手でもがんばれば必ずできる

そして、苦手な算数で50点くらいまで点数が取れるようになるとそれが嬉しくて、ぼくは「もっとがんばればさらに伸びるかもしれない」と思った。だから、一月になってもあきらめずに毎日塾に通った。そして、ついに合格できた。
入江先生はぼくに、「苦手でもがんばれば必ずできる」ということを教えてくれた。全くわからなかったために苦手だった算数でも、楽しみながらがんばれば好きになるように。 
ぼくは中学校に行ってもそのことを忘れずに、何にでもがんばります。半年間、ここまで僕を成長させてくれてありがとうございました。

 

東山中学(ユリーカ)合格 Bくんのお母さん

■六年生の夏休み前の遅い転塾

子供が地元中学校に行きたくないと言い出したのは、六年生の夏休みに差し掛かろうかという、極めて遅い時期のことでした。
それまでにも小学校での授業についていける程度の塾通いはしておりましたが、受験に対応したものではなかったので、急いで受け入れて頂ける塾捜しをしてたどり着いたのが入江塾でした。

 

■わかるようになった理科への自信が算数への挑戦へと変わった
入塾当初、想定内ではありましたが算数と理科についてはさっぱりわからない状態で、あまり勉強に身が入りませんでした。とにかく時間がない、そんな焦る気持ちが募る9月を目前にしたあたりから、理科の個人指導のお陰で『さっぱりわからない』から『ちょっと面白い』へ、更には『わかってきた』と徐々に変化していきました。恐らく、息子の性格などを理解して頂いた上でのご指導だったと思いますが、わからなかったことがわかるようになってきた理科への自信が、今度は算数への挑戦へと変わっていきました。

 

■力をつけてきたのかなと実感
ようやく変化が出てきた10月からは入江先生に個人指導をしていただけることとなり、算数が更に楽しい科目となっていきました。
私が「力をつけてきたのかな、もしかしたらどこか受かるかな」と実感したのは、お恥ずかしながら12月頃からでした。
恐らく、休日返上で
教えて下さる先生の真剣さが息子にも伝わったからではないかと思っています。

 

■一緒に頑張って下さった先生方に感謝
この度合格をいただけましたのは、息子の頑張りは当然ですが、大好きで大好きでたまらない入江先生をはじめ、飴とムチを巧みに使い分ける佐藤先生や八木先生、誉めて伸ばす秋定先生…勉強の楽しさを教えて下さり、一緒に頑張って下さった先生方のお陰と深く感謝します。そして、私自身も子供の底力を知りました。本当に有難うございました。

 

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東山中学(エース)合格 Cくん

■同じ学校を目指す友達がいて同じ気持ちで勉強に臨むことができた

僕は6年の最初から入江塾に入り、無事に志望した学校に合格することができました。そのためにまず、塾の中で同じ学校を目指す友達がいて、同じ気持ちで勉強に臨むことができたことが良かったと思います。またテストなどでは、結果によらず内容が良ければそのことを先生方も評価してくれていろいろと見直すこともでき、次回の回答へとつなげることができました。
僕が
塾で勉強した時間はとても充実したものでした。
1年間楽しく学習することができありがとうございました。

 

東山中学(エース)合格 Cくんのお父さん

■精力的に受験に臨む姿勢ができていくのが日に日に伺えた
この度、無事志望校に合格させて頂くことができました。
本人もよくがんばったとは思いますが、先生方には本当によく指導して頂き、この結果に結びついたのだと思っております。
6年生も中盤から後半にかけては
学校の課題に加えて毎日の様に塾での学習があり、「継続できるのか?」と当初は懸念しておりました。
正直、小学生ぐらいに学習塾と言ったら「毎日イヤイヤ行く・・・」「何か理由をつけて休みたい・・・」徐々にこうなることぐらいに考えておりました。ですが。この1年全くその様な態度を見せることもなく、むしろ生き生きと通わせて頂いて、かえって精力的に受験に臨む姿勢ができていくのが日に日に伺えました。

 

■人間味のあるあたたかい学習塾
これも先生方、職員の皆さんが、気持ち良く通塾できる雰囲気や、楽しく学習できる環境を整えて下さったおかげかと存じます。
とても人間味のあるあたたかい学習塾に通うことができました。
このような塾に出会えてとてもうれしく感じております。

 

 

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東山中学(エース)合格 Dくん

■厳しくして頂いたけど感謝しています

僕がなぜ東山中学校を受験したかというと、男子校を志望していたからです。理由はクラスの女子が恐い(笑)からです。
僕は6年生になっても、模擬試験の成績が悪くて自信をなくしたりもしました。特に国語の成績はいつも良くなかったです。しかし、塾のお弁当を作ってくれるお母さんのためにも頑張らなければと思いました。そして赤本などをやっていくうちに、ちょっとずつ成績が上がってきました。
先生にも厳しくして頂いたけど今は感謝しています。ありがとうございました。

東山中学(エース)合格 Dくんのお母さん

■交通の便が良く、合格率も良さそうだった入江塾に通い始めた

入江塾へ通い始めたきっかけは、1枚の広告からでした。出町校までの交通の便が良く、合格率も良さそうだったので、2年前の入塾説明会に参加しました。そこで、入江先生と出会いました。待ち時間で何気なく話した長男(当時中学3年生)、次男(当時小学6年生)の話にも親身に相談に乗ってくださりました。高校受験1ヵ月前であった長男を、急遽育星舎に転入させました。結果、わずか1ヵ月で志望校のワンランク上のクラス合格に導いてくださりました。

 

■送迎がなければ通っていなかった
あれから2年間三男を入江塾に通わせ、今回東山中学校エースに合格することが出来ました。この2年を振り返って、無理なく息子を塾に通わせることが出来ありがたく思っています。私自身仕事をしていて、なかなか送迎が出来ないところ、出町から北野まで送迎してくださり本当に助かりました。もし、送迎がなければ入江塾には通っていなかったと思います。息子からは、この送迎車内での話が面白かったと何度か聞きました。教室内での顔とは違いリラックスして先生と話せる時間が楽しかったのだと思います。

 

■努力したぶん自分に返ってくることを学べた
また受験を通して私自身が感じたことは、息子が塾の友達と仲が良く、心からお互いの努力を認め友達の合格を喜べる子に育っていたことです。1度息子の口から、「入江塾の先生はいいで~、面白いしどこの塾よりもええで~。他の塾は勉強ロボットを作ってるだけや~。」と言っていました。確かに受験となると友達はライバルでもあるけれど、努力したぶん自分に返ってくることを学べたと思います。
最後になりましたが、お世話になった先生方に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

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東山中学(エース)合格 Eくん

■塾に対して持っていた先入観と全く別だった入江塾

僕は5年生の2月に前に通っていた塾をやめ、入江塾に入りました。
入江塾に入りたてのころ、僕は
「塾というものは先生も真剣にやらないし、そのせいか生徒も遊び半分でやっている」という先入観がありました。
ですが、入江塾ではそのようなことはありませんでした。全く別でした。

 

■遊んでいる時と勉強している時のめりはりがはっきりしていた

まずここでは先生は楽しいけれど真剣にやってくださって格段に楽しかったです。しかも生徒は遊んでいる時と勉強している時のめりはりがはっきりしていました。入江塾に大分慣れてきた夏期講習のころ、休憩時間に「公園に行く」と聞いたときには「ここは本当に塾か」と疑問をもったほどです。
でも成績は前の塾よりも良くなっていきました。無事東山中学に合格できたのは、先生たちの指導のおかげだとおもいます。
ありがとうございました。


 

東山中学(エース)合格 Eくんのお母さん

■算数が「見るのもいや」という状態になり転塾を考えた

中学受験を考え始めたころからすると全く予想外の展開となりましたが、結果的には最も適した学校に進ませてやれたのではないかと思います。
思い返せば私たちにとっては波乱の中学受験でした。はじめは、中学受験といっても公立中高一貫校を受験し、だめだったら地元の公立中学でいいだろうというくらいの気持ちで、5年生から大手進学塾の公立中高一貫受験コースに入塾しました。科目は国語と算数でしたが、もともと幼児の頃から通っていた塾で学習が進んでいたこともあり、学校でも学習面で困ったことはなかったのでとくに心配はしていませんでした。ところが授業が進むにつれ、得意の国語はどんどん力をつけていきましたが、
若干苦手意識のあった算数はいよいよ苦手になり、ついには「見るのもいや」という状態になってしまったことから6年生への進級を前に転塾を考えました。

 

■苦戦した算数も出来る気がしてきた
育星舎には1年生のときから科学の学校でお世話になっていたこともあり、機関紙等で入江先生の考え方に関心を持っていましたので、公立中高一貫校向けの指導をしておられないかと相談し、ここに入塾させていただきました。入江先生と面談したあと「ぼく、できる気がしてきた」と自信をよみがえらせた息子は、やはり最後まで算数で苦戦しましたが、それでも何とか申し訳程度には算数に取り組めるようになってきました。

 

■私立への志望校変更で個人指導の計画を立てていただいた
そしてもう夏も終わろうかというとき、「ぼくは本当は公立の中学には行きたくない。私立の進学校に行きたい。と言い出しました。この時期になって?という気持ちはありました。しかし彼の真剣な様子を見て、後悔だけは残してはいけないと思い、「どんな不利な状況にあっても必ずどこかに勝機はあるから!」と励ましました。とにかく今からでも可能な限りの準備をしてやろうと塾に相談し、個人指導等の計画を立てていただきました。

 

■受験を通して自分を見つめ進路を見定めていくという良い経験ができた
具体的な目標ができるとぐうたらな人間でもやる気が出るようで、志望校が決まってからは信じられないくらいよく勉強したと思います。とにかく塾に行きたいと言い、試験の直前には毎日朝から晩まで塾で勉強していました。
その結果、東山中学校に合格することができました。またこの受験を通して、彼なりに自分を見つめ進路を見定めていくという良い経験ができたと思います。
単なる受験指導にとどまらず、日々変化する息子にその都度真摯に対応し、最後まで粘り強く指導して下さった入江先生をはじめ入江塾の先生方に、心から感謝いたします。そして、いつも勇気と安らぎをくれた他の生徒さんたちにもとても感謝しています。
本当にありがとうございました。

 

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東山(エース)・龍谷大学付属平安 各中学合格 Fくん

■個別演習で解ける問題が増えて「塾は楽しい」と思えた

ぼくは6年の6月に大手塾から入江塾に入りました。大手塾にいるときは授業内容も頭に入ってこず、宿題に追われる毎日で「塾はいやだなぁ」と思っていました。
しかし入江塾では個別演習があり、宿題などのわからないところがあるとそのつど先生たちに教えてもらえました。解ける問題が増えて「塾は楽しい」と思うようになりました。


■不安な入試当日も先生方のメッセージを見て頑張れた

入試当日不安でしたが、校門でもらった先生方のメッセージを入試のあい間に見て「横についてくれている」と思って頑張れました。
佐藤先生、八木先生、その他の先生方、本当にありがとうございました。

 

東山(エース)・龍谷大学付属平安 各中学合格 Fくんのお母さん

■大手塾での大量の宿題に追われ、集団授業についていけなくなり塾探しを始めた

4年生から通っていた大手塾で大量の宿題に追われ、6年生の初めには集団授業についていけなくなり、塾での成績は下から数える方が早い状態でした。何をするのも余裕がなく頭の中は混乱し学校の成績まで落ち始めたため、親としては「受験そのものを止めさせよう」と思ったのですが、何故か本人の受験の意志が固く結局6年生6月に塾探しを始め入江塾のHPを見つけました。HPで丁度このような合格体験記を読ませてもらったように思います。


■模試の結果が伸びず不安な状態だったが、先生の力強い言葉で支えて頂いた

その頃の五ツ木・駸々堂模試の偏差値は受験レベルに達していませんでした。「問題の意味を読み取ることの出来ない国語力をどうにかするため」「計算問題のミスをなくすため」と佐藤先生に個人指導をしていただきました。入塾した時期も遅く本人のエンジンもかからず結局最後の模試の結果も思うように伸びず、東山中学のプレテストでもエースでD判定と悲しい結果でした。このような不安な状態だったのですが11月末の面談で教頭の佐藤先生に「これからです。うちの子達はこれから伸びていくのです」と言っていただいたり、お正月に入ってからも「まだまだビシビシやります!!」とメールを頂いたり親の私自身の不安な気持ちを先生の力強い言葉で支えて頂きました。

 

■塾がずっと好きでいられたから頑張れた

冬休みには本人も「毎日塾へ行って勉強したい」と言い今までとは顔つきも変わって家でも黙々と勉強するようになっていきました。

受験当日は先生方の手書きのメッセージ、佐藤先生からのメール、先生方の激励のもとで何とか合格点がとれました。東山の発表当日校門の前で私達をずっと(たぶん何時間も)待っていて「合格おめでとう!」と声を掛けて下さった入江先生、合格の報告に塾へご挨拶に行ったときに息子の肩をパンパン叩きながら「ホンマに良かったな!ホンマに良かった!おめでとう!」と一緒に喜んで下さった佐藤先生、八木先生、「落ちこぼれていた子を厳しく温かく支えて下さり、息子にもその気持ちが通じて、この塾がずっと好きでいられたからこそここまで頑張れたのだ」と実感しました。
12歳の7ヶ月間先生方のおかげで本当に成長させていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

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2009年度

同志社・東山(エース)・京産大附属各中学 合格  A君

■一番苦手の算数が全て答えられ合格に自信があった

 第一志望の試験が終わったとき、ぼくはそれなりに自信がありました。なぜなら、一番苦手だった算数を全て答えることができたからです。最後の一週間、必死で算数の個別をしてよかったと思いました。
そして、発表の日、ぼくはとても緊張していました。でも、心の中では受かっていると信じていました。

 

■一人ひとり丁寧に細かく教えてくれた

結果は合格していました。初めは実感がなかったけど、次々と喜びがこみ上げてきました。僕は、入江塾にきて本当に良かったと思っています。なぜなら、一人ひとり丁寧に細かく教えてくれるからです。本当に有難うございました。 

 

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東山(エース)・京産大付属各中学 合格  B君のお母さん

■教室の雰囲気がマイペースな息子にピッタリだと感じ通塾へ

 五年生の十二月に、子どもから中学校を受験したいと相談され〝えっ〟という感じでびっくり!友人に相談したら入江塾を紹介していただきました。説明会のときに入江先生が転んでも子どもの成長を長い目で見ていけるようにというお話をいただき、また、教室の雰囲気もマイペースな息子にピッタリだと感じて通わせていただくことになりました。

 

■夢のスタートラインに立たせていただいた入江塾に感謝

最初は勉強についていけないようでしたが、周りの友達にも刺激され、本人なりに必死で取り組んでいました。自分のなりたい夢も出来た事で、志望校も絞れ、クラブも習い事も続けながら頑張ることができました。
先生方にも、友達にも恵まれた学びの場だったと心から感じることのできる塾でした。入江塾だったから夢のスタートラインに立たせていただけたと感謝しています。一年間、ありがとうございました。

 

 

2009年度東山(エース)・京産大付属各中学 合格  B君

■受験で合格したことは12年間生きてきた中で一番うれしいこと

 大げさかもしれませんが、12年間生きてきた中で一番うれしいことかも知れません。中学受験で合格したことは僕にとってそれほど大きな出来事です。

早くから塾に通っていた人たちにはあつかましかったかもしれませんが、僕は一年間の勉強での受験でした。あとから思えば僕にとってはちょうど良い期間だったと思いますが。

■塾は楽しい場所であったが、受験する空気についていけてなかった

入ったばかりの頃は受験するという自覚がまだありませんでした。いろいろなことを教えてもらえるし、先生方は優しいしと、僕にとって塾は楽しい場所でしかありませんでした。 
6年生も中盤になると、周囲は徐々に緊迫した空気に包まれましたが、そんな中でも僕はいまひとつその空気についていけませんでした。 

■受験する自覚が持て模試の結果が良くなっていった

僕がようやく自分が受験するんだという自覚が持てたのは、入試の2ヶ月くらい前になってからのことです。何度も受けているうちに試験というものに対しての緊張感がほぐれてきたせいもあるのか、模試の結果が受けるたびに少しずつ良くなっていったのです。 

 

■合格は理科のおかげ
入試のときは、今まで勉強してきたことがすべて試されるので、とても緊張しました。全然出来なかったらどうしよう、とか、途中で投げ出してしまわないだろうかという不安もありました。理想では、国語が70点台、社会は50点台で、算数で追い上げ、最後の理科は70点台…のはずでした。初めの国語、次の社会までは順調。算数で追い上げるはずが3分の1もかけませんでした。理科が70点台だったら落ちてしまうと思い、がむしゃらに頑張りました。すると、全て書けたので、合格は理科のおかげだと思います。
1年間、毎日辛かったですが、諦めなくてよかったです。

 

 

 

2018年度の合格体験記はこちらです

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