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入江塾合格体験記 京産大附属中

京都産業大学附属中学校 合格体験記

 

 

2018年度の合格体験記はこちらです

 

京都産業大学附属中学校

2017年 2016年 2015年 2013年 2012年 2011年 2009年 2008年 2007年以前

 

2017年度

●Aさん…京都産業大学附属(学費全額免除)・花園(ディスカバリー特待) 合格

■入江塾に入り、水泳を続けながら受験勉強をすることができた

私は4年生の夏から入江塾に入りました。なぜこの塾に入ったかというと日常生活の一部であった水泳を続けながらも受験勉強をすることができたからです。それまでは月~土曜日の7時~9時まで水泳の練習に行っていましたが、塾の演習の時間と重なってしまい、水泳の練習に行けなくなりました。塾がない日に練習に行き、終わった後に夜おそくまでへとへとになりながらも一生懸命勉強しました。

 

■勉強もスポーツも両方ともがんばるのを目標とし、その結果全額免除で合格

なぜ私がへとへとになってまでも水泳を続けたかというと、私は勉強もスポーツも両方ともがんばるのが目標だったし、水泳の練習の後に勉強すると効率よく勉強することができたからです。そのおかげで全額免除で合格することができました。
最後まで分かりやすく説明してくれたS先生、私のだめなくせである「計算ミス」「問題をしっかり読まない」ということを最後まで厳しく言ってくれたY先生、基本的な事を分かるまで説明してくれたK先生、その他の先生方にもとても感謝しています。今までありがとうございました。
 

Aさんのお母さん
■スイミングと両立できる塾を探し、入江塾のホームページを見つけ入塾を決めた

「せっかく選手に上がれたから、スイミングはやめたくない。」という本人の希望があり、親としても勉強だけに専念する受験勉強には抵抗があった為、両立できる塾を探しました。
しかしなかなか見つからず、諦めかけていた4年生の夏休み前に偶然
入江塾のホームページを見つけ、即入塾を決めました。

■スイミングが良い気分転換になり、勉強も頑張れていた

6年生になって演習の時間が増え、対策授業が始まってからも週4回のスイミングを続けていた為、オーバーワークで疲弊しないよう、入試が終わるまでスイミングを休会することも考えました。しかし、スイミングが良い気分転換になっており、スイミングを続けているからこそ、勉強も頑張れている様だったので、結局12月の末まで続けました。
努力はしていたものの、模試の結果は最後まで思うように上がりませんでした。そのため、授業料全額免除で合格するには程遠い成績でしたが、
「大丈夫」「努力は必ず報われる」と言い続けました。本人も「無理。」と言いながらも、もしかしたら…と思っていたと思います。過去問を解いていく中で、個人指導をしていただいていた算数の点数は上がっていきましたが、理科が苦手なことが発覚し、個人指導を追加していただくなど先生方にサポートしてもらいながら、最後まで諦めずに頑張りました。

 

■苦手だった算数が大好きになり、受験後も勉強を続けてくれていることが何より嬉しい

模試が終わった後はいつも「難しかった」と暗い顔をしていた娘が、試験後初めて「簡単やった。全免で合格できるかも。」と言って明るい表情で出てきました。結果は本人の手応え通り、全額免除の特待生での合格。最高の結果を得ることができました。
何よりも嬉しいのは、苦手だった算数が大好きになり、受験が終わってからも勉強を続けてくれていることです。問題を解くのが楽しい!この気持ちを忘れず、今後に活かしてほしいと思います。
特に6年生になってからは忙しく、大変な日々でしたが、入江塾でお世話になり本当に良かったです。ご指導、ありがとうございました。

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2016年度

●Aくん…産業大学附属(学費全額免除) 合格

■模試の結果で、できない算数が目立ち始めた

僕が入江塾に入ったのは4年生の冬でした。僕は本当に算数ができませんでしたが、入った頃はあまり目立ちませんでした。 だから五年生になって、できない算数が目立ち始めました。 そのころの五ツ木・駸々堂模試の偏差値は、算数以外は6059ぐらいだったけど算数は4542と他の科目と比べてとても低かったです。

■個人指導で本格的に算数の勉強を始め、宿題が楽に終わらせることができるようになった

そこで6年生の頭くらいから個人指導をしてもらい、本格的に算数の勉強をはじめました。個人指導をしてしばらくすると、算数の授業の宿題が楽に終わらせることができるようになった気がします。特に成績がのびたのは6年生の夏休みでした。それまで50台だった偏差値が始めて60台になりました。さらにその後も偏差値は63,8まで上がりました。そして最後の一ヶ月本当に大変でした。でもその分社会も覚えられたし、国語の文章も以前よりは書けるようになりました。努力したかいがあったな、と思いました。中学校に入ればもっと大変なことがあると思いますが、この塾の経験を生かしてがんばって行きたいです。
先生方 テストの当日まで見守ってくれてありがとうございました。

 

Aくんのお母さん
■息子に頑張れる事をみつけてみようと尋ねると「勉強!塾行きたい!」の二つ返事

116日の朝10:00 志望校のホームページをクリックすると、アクセス集中の為か なかなか繋がらず はやる気持ちを抑えながら何度目かのトライでやっと繋がりました。
合格者一覧表 ・・・
よっしゃー合格!と思ったと同時刻に家のブサーが鳴り、学校からの速達が届きました。
確認はしたものの、恐る恐る開封すると、A特待生合格の文字が・・・

思えば外遊びよりも読書が好き!
というタイプの息子に、4年生の始め1つ尋ねてみました。
4年生になったら何か1つ頑張れる事みつけよう。プールでもサッカーでも野球でも 勿論勉強でも!」
と言う問に 二つ返事で「勉強!塾行きたい!」との返事でした。
この頃の息子は公文に通い 大嫌いな算数計算に大苦戦している最中で、そこから逃げだしたいが為に塾を選んだと後々わかりました。

■個人指導で苦手の算数について悪い癖、弱い部分を的確に指導いただいた

中学受験で 算数が苦手となるとかなり厳しいのでは?と思っていましたが、案の定 算数に関しては駸々堂模試も惨憺たる結果で先生からも「算数だけ個別指導をとられては?」とアドバイスいただきお願いする事になりました。
Y
先生にはマイペースな息子に根気良くお付き合いいただき、
悪い癖、弱い部分を的確にご指導いただき お陰様で算数が足を引っ張るような事はなくなりました。
少しずつ模試の点数も安定してくると、本人も もっともっとと意欲を見せ、塾から帰っても夜遅くまで頑張っていました。

■入江塾に通い進学塾のイメージが変わった
合格発表の朝10:00彼は まだまだ眠りが深く起きる様子はありません。
戦士の休息ゆっくり眠らせてやろう。
と、思いましたが、嬉し過ぎて揺さぶり起こしてしまいました。

入江塾でお世話になり進学塾のイメージが変わりました。
息子が「塾休みたい。」と1度も言わなかった事、勉強が以前よりも好きになった事、本当に感謝しています。
先生方には大変お世話になりました。
ありがとうございました。

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2015年度

●Aさん…産業大学附属(特待) 合格

■親のすすめや説明会に行き、この学校に行きたいと思い、志望校を変えた

私が塾に行き、受験したいと思ったのは小学3年の秋ごろでした。親戚の影響もあり、当初は公立中高一貫校を志望校として頑張っていました。しかし、みんながそれぞれ志望校に合ったプレテストの過去問などをはじめる直前に、私は私立中学へ志望校を変えました。それは、親のすすめや、説明会に行き私自身がここに行きたいと思ったからでした。

 

■最初はわからなかった問題も毎日解くことで解けるようになり自信がついた

しかし、今まで公立中高一貫校に合った個人指導を算数と国語の2教科受けていたということもあり、少し不安でした。でも、個人指導では毎回問題を解いて、その直しをするといったことをしていました。まず一人で一度解いてみるのですが、最初は全く分からない問題ばかりでした。でも、毎日解いていると少しずつ解けるようになり、少しずつ自信がついていきました。そして、冬期講習に近づくと、入試の過去問題を解くようになりました。国語では、その年の最高得点よりも高い点数をとれるようになり、算数や理科、そして社会でも良い点数をとれるようになっていきました。
そしてむかえた本番の日、私は普段よりも落ち着いてテストを受けることができました。そして、
先生も会場に応援しに来てくださっていたので、頑張ろうという気持ちになれました。テストは正直、理科があまりできなかったなと思っていたのですが、翌日結果がくると無事、合格していました。
私はこの3年間にたくさんのことを学び、無事に合格することができて、本当に良かったと思いました。

 

Aさんのお母さん
■塾のことはすべて塾の先生方に任せきり

うちの娘は4年生になる少し前からお世話になりました。
自分から受験をしたいから塾を探して欲しいと言ってきたので、ご近所の方で洛北中学に合格した子供さんがおられて「どこの塾に行っていたのか」聞いてみると「入江塾で、すごくいい塾だ」と教えて頂きました。すぐに入江先生に娘と会いに行きました。入江先生に「自分でやりたいというこの娘さんは絶対大丈夫ですよ」と言ってもらい、そこからはすべて塾の先生方に任せきりでした。家で塾のことを聞いても娘からは「休み時間に公園で遊んだ」「おやつにアイス買ってきてくれはった」と、そんな話ばかり。4年・5年はほぼ土曜の授業だけで、6年に上がる少し前から本人にもやる気が出てきたようで「個人指導受けたいし先生にお願いして」「もっと演習増やしたいしお願いして」と、そこからも先生方にお任せで・・・。途中塾での反抗期のようなものもあったのですが、先生方が、大丈夫こちらで対処しますからと。

 

■先生とメールや電話のやり取りをするたびに励まされていた
夏過ぎた頃には志望校も決まり、京都駅で開催された学校の個別説明会では入江塾の先生方が会場に居て下さり、娘より不安いっぱいで緊張していた私にはなんと心強かったか。志望校の先生にも「入江塾のHさんです。特待生狙ってます。よろしくお願いします」と先にS先生が紹介して下さったときはなんと頼もしく思えたことか・・・。その後も心配になり何度も先生とメールや電話のやり取りをするたびに私が励まされていました。「絶対大丈夫、任せて下さい。家ではのんびりと体だけに気を付けてあげて下さい、お母さん」と。

 

■特待生で合格し、笑顔で終われた入江塾と中学受験
本当に家では勉強することなく、塾も最終に差し掛かり冬休みはだいたい毎日塾に行き、最後の日も「テスト前、早く帰ってゆっくりしたら」と私が言っても娘が「いや最終の時間まで塾にいる」。本番受験当日も、娘はそんなに緊張している様子はなく、志望校には個人指導をお願いしていた先生が来て下さり、先生方からの手紙とあの消しゴムを見て笑い、リラックスして受験できたと思います。志望校も特待生で合格。笑顔で終われた、長いようであっという間の入江塾と中学受験でした。

 

 

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●Bさん…産業大学附属・文教(特進) 合格

■母に本当に受験するかどうかを聞かれ、ようやく「受験する」という気持ちが出てきた

私が入江塾に行くことになったのは、母に勧められて5年の時でした。
正直はじめは親に言われて仕方なく行ってる感じでした。でも
6年になり改めて「本当に受験するかどうか。」と母に聞かれたことやいろいろな中学の説明会に参加したことでようやく自分でも「受験する」というきもちが出てきました。それから、塾にも週4日お弁当持ちで通いました。冷たいお弁当ばかり食べることや学校の友達と遊べないことは嫌でしたが、私なりに頑張りました。そうしたら、模擬試験の偏差値が上がってきました。

 

■合格を聞いた時は自分でも「1年前は考えられなかったな」
受験の前日にはみんなで黒板に寄せ書きをして、先生たちに声をかけてもらいました。この時試験前で緊張している友達もいて、私も「受験ってこういう緊張のするものだ」と改めて実感して頑張ろうと思いました。
当日は、受験校の前で先生からお菓子やカイロそして入江先生・S先生・Y先生の似顔絵のついた消しゴムをもらいました。この似顔絵をみて「似てる」と笑ってしまいました。これで少しリラックスできた気がしました。
そして、母から合格と聞いたときは自分でも
1年前は考えられなかったな」と感慨深く思いました。
入江先生、S先生、個人指導で大変お世話になったY先生はじめとして入江塾の先生方のおかげでごうかくできました。本当にありがとうございました。

 

Bさんのお母さん
■少人数で丁寧に教えていただけるところがよいのではと入江塾に転塾

この度は無事、京都産業大学附属中学と京都文教中学に合格することができました。入江塾には5年生からお世話になりました。4年の途中から大手進学塾に通園していましたが、大人数での授業で本人もやる気がなく成績も今一つのままでした。そこで、少人数で丁寧に教えていただけるところがよいのではと私の判断で5年から入江塾にお願いすることとなりました。
5年は自宅から近い出町教室に通わせていただき、宿題も以前よりしているようでしたので塾を変えてよかったと思っていました。

 

■受験生の親としての覚悟のなさを実感し、娘共々「本気で受験します」と先生に伝えた
ところが、6年で北野教室となり春ごろにS先生の面談を受けた時「このままなら中学受験は難しいですよ。」と現実を直面させられました。恥ずかしながらこの時にようやく私も受験生の親としての覚悟のなさを実感し、娘に改めて「受験するか?やめるか?」と問いただしました。この時、てっきり「やめる。」と答えると思っていましたら「受験する。」と答えました。そこで、ようやく娘も私も「本気で受験します。」S先生にお伝えし、演習を週2回から週4回と増やして頑張ることになりました。家ではほとんど勉強もせずテレビばかり観ていましたが「塾にさえ来てくれたらなんとかします。」という先生の言葉を信じ週4回の塾には真面目に通いました。

■最後までやり遂げ達成した喜びを体験できた

そして、秋ごろには偏差値も上昇し、先生と相談のうえ京都産業大学附属中学に第1希望を決定しました。志望校を決めるのが遅かったので心配しましたが、入江先生、S先生、Y先生をはじめ入江塾の先生方の厳しく暖かい指導のもと合格することができました。
受験すると決めたものの最後までもう一つやる気十分でない娘をここまでにしてくださったことに心から感謝しております。
最後までやり遂げ達成した喜びを体験できたことは娘の今後の人生にも生かされることと思います。本当にありがとうございました。

 

 

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2013年度

京都産業大学附属・大谷(マスター) 各中学合格 Aくん

■入江塾の仲間と過ごした時間は大変有意義なもの

八月から約半年間入江塾でお世話になりました。初めは不安もありましたが、初めから声をかけてくれた人もいて、だんだんみんなと仲良くなれました。勉強するのは大変でしたが、塾で友達と過ごす時間はとても楽しかったです。
以前はなかなか向上しなかった成績も少しずつ上がり始めました。最終的目標には到達できませんでしたが、半年間、自分なりに一生懸命頑張ったことは決して無駄にならないと思います。また入江塾の仲間と過ごした時間は僕にとって大変有意義なものでした。これからも、この経験をいかしていろんなことに挑戦し、努力し、がんばって、またいつかみんなに会いお互いの成長を確かめ合いたいと思います。

 

●京都産業大学附属・大谷(マスター) 各中学合格 Aくんのお母さん
■「勉強するということはどういうことか」を教えていただいた

二年半通い続けた塾をやめ、入江塾に転塾することを決断した大きな理由は入江先生の「まだ伸びる余地はあるし、伸ばしてみせる」という言葉でした。言葉通り半年間で偏差値は上がり、入試直前には、夢と思っていた第一志望の学校の過去問で合格基準点をとれるようになりました。その自信を胸に、今はこれからに向けて気持ちを切り替えているようです。
半年間ではありますが、
入江塾で、「勉強するということはどういうことか」を教えていただいたように思います。もちろん完全に理解したわけではありませんが、このことが将来においても、大変大切なことだと思っています。一区切りついた今は、入江塾で学んだ勉強以外のことも含めたすべてをこれからの学校生活にいかしてほしいと思っています。

 

 

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2012年度

京都産業大学附属中学校(学費全額免除)合格 Aさん(二条より通塾)

■学費全額免除での合格を目指す

私が入江塾に通い始めたのは、4年生の頃でした。しかし成績はあまり自慢できるようなものではありませんでした。
自分の実力が出てきて成績が良くなった時は、もう6年最後の模擬テストでした。目標校は高いので、自分でも
「このままでは時間が足りない」と思うようになりました。
そこで受験一か月前、苦手な作文にこだわらないでレベルは下げずに
学費全額免除での合格を目指すことに変更しました。

■目標変更で個人指導を以前より多くし、本気で勉強を始めるようになった

私はそれをきっかけに、本気で勉強を始めるようになりました。それはもう冬期講習の頃でした。個人指導も以前より多くなり、その度に復習もするようにしました。
試験当日、私のために八木先生が会場に来て下さり、先生方のメッセージが書かれたメモを読んで「大丈夫、私はがんばれる!」という気持ちになりました。
それに、メモに書いてあったように「八木先生が机の上にいる」と思って問題を解き、ただ落ち着くようにと祈りました。
試験では「算数はできた!」と思いました。
あとは国語のみ!
合格したとき、とてもうれしかったです。
入江先生、佐藤先生、八木先生、本当にありがとうございました。

 

●京都産業大学附属中学校(学費全額免除)合格 Aさんのお母さん
■入江塾の方針が終盤の追い込み型で不安はあまりなかった

親戚から入江塾のことを教えてもらい、4年生の第1回目の体験授業に行きました。娘が入塾の意思を持ちましたので、入江塾にお世話になることにしました。
4
年生のころは、1回の授業の宿題をやるだけで精一杯。5年生になり、算数の特訓+演習が増えても相変わらずの娘でした。しかし入江塾の方針では、終盤の追い込み型と聞いていたので、不安はあまりありませんでした。

■気分的に煮詰まりそうになる受験生活を「塾に行くことが楽しい」と休むことなく通塾

6年生の12月になり、入試までの時間が少なくなってきた時期に、「苦手な作文力に今から時間をかけても、功を奏するか分かりませんよ。」と入江先生から言われたので、志望校を公立中高一貫校との併願から私立だけにして、それも本番で高得点が必要な学費全額免除を目指して、得意な教科に力を入れました。
それからの娘は過去問を繰り返し解き、塾で教えてもらったところを帰宅後すぐに復習し、朝も学習するようになりました。
本人も親も気分的に煮詰まりそうになる受験生活を、
「塾に行くことが楽しい」と言って1日も休むことなく通塾し、息抜きに公園に行ったこと、友達のことなど嬉しそうに話してくれる娘を見て、親自身も安心し本当に入江塾に入れて良かったと思いました。
先生方には、感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。

 

 

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2011年度

京都産業大学附属・大谷(コア) 各中学合格 Aくん (マナ英才学院出身)

■受験に対して真剣に勉強しないと、どこも受からないと気付かせてくれた

ぼくは、桂学舎に3年生のころから通い始めました。最初の日はとても緊張したけれど先生が何度もやさしい言葉をかけてくれたのでとても嬉しかったことを今でもよく覚えています。5年生になっても6年生になってもなかなか受験に対して真剣に勉強していませんでした。でもそれではどこも受からないと気付かせてくれたのは入江先生でした。志望校に合格できたのも先生方の支えがあったからだと思います。本当にありがとうございました。

 

●京都産業大学附属・大谷(コア) 各中学合格 Aくんのお母さん
■受験することを勧めなかった息子が「がんばるから受験したい」と言い出した

育星舎へは、桂学舎のマナ英才学院に3年生に通い入江塾へ入塾させていただきました。
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つ上の兄の中学受験を見て育った息子は、受験が大変なことも知っていたと思います。なので、私たち
親からは、決して受験することを息子には勧めませんでした。どちらかといえば、受験しないように息子を仕向けていたと思います。けれども、本人は「がんばるから受験したい」と言い出しました。

■受験に対して甘い考えを持った息子に叱咤激励

しかし、口で言う事は簡単で、行動する事は難しいようでした。6年生になっても、相変わらず勉強してるふりをする事が多く、受験に対して甘い考えを持った息子に何度叱咤激励した事か…。そんな息子でも、先生方は見捨てず親身にご指導して頂きました。受験直前、あと2日で統一入試日という日までにサブテキストを終わらせる事ができ、本人も自信がついた様でした。このように最後まで頑張れる子に育ててくださったのは、先生方だと思います。

 

■何事も楽しくなければ続かないという点でも入江塾でよかった
塾へ通う事がとても楽しい時間だったようです。特に休憩時間に公園へ行ける事をとても喜んでいました。勉強するために通っている塾ですが、何事も楽しくなければ続かないと思います。その点でも入江塾に通わせてよかったと思っています。
最後に入江先生はじめ「桂の母」岩田先生(マナの頃から指導して頂いておりました)には、本当にお世話になりました。感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。

 

 

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2009年度

京産大附属中学 合格  A君のお母さん

■受験まで1か月という時期に入ったが、投げ出す事なく頑張れた

 受験まであと一ヶ月少々という時期に、急に飛び込んだにもかかわらず、本当に親身に懇切丁寧にご指導下さいましたことを、心より感謝致しております。学習面以外のトラブルも何かとあった受験でしたが、最後に入江塾でお世話になれたことで、投げ出す事なく頑張れたのだと思います。温かいご指導を本当にありがとうございました。

 

●京産大附属中学 合格  A

6年十二月からの通塾だったが、とても意味のある日々を過ごせた

 ぼくは6年の十二月に入江塾に通いはじめました。入江塾に元から通って勉強をしていた生徒のみんなは、とても感じがよくて、授業のときも楽しく学習ができました。個人でぼくの勉強をみてもらったときは、国語はK先生と小林先生、算数は入江先生に、とても親切に教えてもらいました。第一志望には受かることはできませんでしたが、育星舎に通って、とても意味のある日々を過ごせたような気がしました。短い間でしたがお世話になりました。

 

 

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 2008年度

京都産業大学附属中学校・龍谷大学付属平安中学校合格  Aさん

■塾で勉強し、家でも仕事があるのに協力してくれる母に教わった成果が実った

「受かったよ!!」そう言われた時は嬉しかった。私は4年の頃から塾に来て、三年間も通った。その内二年間は少しも勉強をしていなかったが、6年からは勉強して合格した。もともと自分のできは普通だと自覚していた。でもそんな自分だから頑張った。どうしても合格したかったので、塾でも勉強し、家に帰っても母に教わった。仕事があるのに協力してくれる母に教わると「もっと頑張らなければならない」と思った。その成果が実り受かったと思う。

■合格することは「全ては根性と努力」

勉強の面倒をみてくださった先生方、なにもかもをしてくれた母、歴史を教えてくれた祖母、学費を稼いでくれた父、応援してくれた兄、塾の友達に感謝したい。頑張って良かったと思う。そして中学からも頑張ろうと思う。合格することは、「全ては根性と努力」母と祖母はそう言った。私もそう思う。根性だ!努力だ!

 

●京都産業大学附属中学校・龍谷大学付属平安中学校  合格  Aさんのお母さん

■育星舎で得た様々なものはこれからの人生の糧となる

「私!!中学受験する!!塾へ行きたい!!と宣言してから早、三年。よほど入江塾の居心地が良いらしく、一度として「今日は行くのやめとこ~かなあ。」なんてことを言ったことがない。娘は、6年生になると京産大附属中に第一志望を決め、大好きな先生方の御指導のもと(紆余曲折を経て)無事合格することが出来ました。
これも本人の努力と楽観的な性格、そして何よりも!!諸先生方の的確な御助言の御蔭と心から深く感謝しております。
育星舎で得た様々なものはきっと彼女のこれからの人生の糧となるでしょう。
本当に有難うございました。

 

 

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2007年度以前

京都産業大学附属中学校・ノートルダム女学院中学校(特進) 合格  Aさん母

■入試直前もみんな仲良く励まし合う雰囲気で「ここの塾で、本当に良かった」

育星舎と出会ったのは娘が5年生の春休みでした。出来る限り小学生らしい生活を送りながらの中学受験を望んでいたので、まさに希望通りでした。週1回の授業と必要最低限の宿題でしたので、放課後はクラスメートと遊び、お稽古事も続けられました。
6年生の9月から、週3~4日通うようになり11月の成基学園の同志社オープンテストで50位内に入るほど伸ばしていただきました。入試直前もみんな仲良く励ましあう雰囲気だったようで「ここの塾で、本当に良かった!」と言っていました。

 

■「国公立大学を目指す!」と前向きな娘をこれからも応援していく
統一日の同志社中学は、生まれて初めて緊張したらしく残念な結果でしたが、「私が男の子やったら、入れたなあ。」と、一言漏らし、丸一日好きなことをして過ごしたあとは立ち直りも早かったです。今まで全く考えていなかった併願校2校のHPを自分で見比べて、これから6年間通う学校を決めました。結局、クラブや行事よりも共学であることを選んだようです。姿はともかく中身は少年のような娘なので、親も納得しました。
「こうなったからには、国公立大学を目指す!」と、前向きな娘を、これからも陰ながら応援していこうと思っています。ありがとうございました。

 

 

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