体験記

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 ●○● 2017年 合格体験記 ●○● new!

 

●Aくん…洛星・高槻・東山(ユリーカ) 合格
入江塾では三年間お世話になりました。とはいっても、四年と五年の前半は気合が抜けていたため偏差値が50台でした。また、授業態度も悪く、ふざけていました。僕はある日、S先生に呼び出され、「こんな高いところを志望校にかくな」といわれました。この言葉で、それまでの自分を見直し、集中して勉強しようと思うようになりました。
また、勉強の仕方を変え、予習シリーズの五年上下を中心的にやるようにしました。その結果、算数の偏差値が70に達しました。
そこからは、国語の解き方をかいてある本を読んで覚えました。国語も偏差値が70に達しました。その時点で入試まで1.5ヶ月しかなかったので、そこからは、理科社会の四科のまとめで、基礎だけをやりました。

そしてむかえた本番。緊張はしましたがおもしろい応援グッズのおかげで、リラックスして取り組め、合格することができました。

この受験生活では基礎しかやらなかったと思います。
もちろん過去問もしましたが、解く問題は基礎ができていないとできない問題ばかりでした。基礎をやっていて本当に良かったと思います。支えてくださった先生方、本当にありがとうございました。

 

●Aくんのお父さん
 このたび、息子の第一志望の洛星中学から合格をいただきました。短い間でしたが、息子と二人三脚したり、伴走したりしたことを思い出し、感激しています。入江先生、S先生をはじめ、算数の個人指導をしていただいたA先生、Y先生、KI先生、KO先生など、これまで息子を導いて下さった全ての先生に深く感謝しております。
 息子が入江塾に入塾したのは4年生で、丸三年間お世話になりました。本人の希望で受験を決めてはみたものの、小学生にとって、受験を想像するのは困難なことでした。4年生、5年生のときは授業を受けているだけで、宿題をしていかなかったことはしょっちゅうだったようです。私も放置していて、それに気付いたのは5年生の最後の模試の結果をみたときでした。受験1年前だというのに、偏差値は下がり続けていて、4科目(4C)で55.0、算数は34点(偏差値50.1)でした。本当に洛星に行く気があるのか?と息子に問いかけ、真剣に話し合い、ここからようやく受験に向けた勉強が少しずつ始まりました。
 算数の問題を解かせてみると、5年生のはじめの単元からわからないような状況です。そこで、登校前の20分間、塾の教科書の『予習シリーズ』を5年上から解いていくことを息子と決めました。やったのは、できなかった問題に×印をつけ、×が〇で上書きされるまで、毎日やっていくことでした。このような調子で、塾でもらったプリントも含めて少しずつ解いていきました。
 塾の授業と基礎を大事にするようになった結果、6年生最初の模試では4科目(4C)偏差値が66.7となり判定はD、算数は69.8になりました。その後も、塾での授業に集中し、塾の宿題、予習シリーズ、模試での間違いは完璧にするまでやること等、基礎と復習を徹底的にやりました。すると成績も上向き、安定していきました。難しい問題より、基礎を徹底してやったのが良かったと思います。
 洛星対策の算数、理科、さらには国語も始まると、息子は、毎回の宿題と復習で手一杯となっていきましたが、基礎だけはやっていました。8月中旬からは、息子は、これまで取り組んでいた囲碁を中断し、本格的に受験に集中していきました。秋以降は、国語、理科、社会も、基礎の見直しをやっていきました。面談でアドバイスをいただき、他流試合も必要ということで、息子は、模試も沢山受けました。過度に緊張したこともありましたが、これも良い経験となりました。最後の日能研ではA判定を大きく上回っていました。
直前の冬休みは、毎日塾でお世話になり、過去問を何度もやり、最終盤で大きく力を付けさせて頂きました。
 自宅では、10月頃以降、空いている日曜日に少しずつ洛南中学の過去問もやり、特に対策していないのに、全ての年度で合格点を上回るようになっていました。息子は洛星志望だったので、洛星合格後、洛南を受験しませんでしたが、いつのまにか力は十分ついていたようです。1年前、泣いていた息子とは全く違っていました。
 入江塾は、子どもを追い込むことなく、子どもの気持ちにより添って丁寧に指導する塾です。大きく落ち込むことなく、とにかく毎日楽しく受験を乗り越えられたのも入江塾のおかげです。受験当日は、試験を受ける前も後も、ニコニコしていました。受験を通して、自らの弱点を把握して克服し、目標に向かって積極的に進む姿勢ができたことは、息子のこれからの人生にとって最大の糧になると思います。
 大手塾だったら、囲碁を続けることも、直前に午後9時前に寝てしまうこともできなかったのではないか、息子ののびのびした姿も失われていたのではないかと思います。息子にとって、入江塾にしたのは大正解でした。3年間、どうもありがとうございました。

 

●Bくん…洛星・東山(ユリーカ) 合格
僕は5年生の11月に入江塾に入りました。入江塾に入った当初は授業についていけませんでしたが、先生たちが丁寧に教えてくださったおかげで何とか皆に追いつけました。志望校は塾に入る前から決めていて、それは洛星でした。その時の僕の成績ではとうてい及ばないようなところに洛星はありました。ただ、これまでにないような大きな目標だったこともあり、絶対に受かってやると決意しました。
6年生の秋からは洛星の対策授業が増えますます大変になって、友達と遊ぶ時間も大幅に減りましたが、それは我慢できました。
試験の日が近づいてきて夜ねられないくらいに緊張が襲ってきました。でもそれは先生方の助言によってすぐに打ち消されました。入試前日には背中をたたいて気合を入れてもらいました。
入試の日には入江先生が応援に来てくれました。そしてS先生、Y先生、入江先生の顔が印刷された消しゴムをもらいました。いつでも応援してくれた先生に胸を張って「受かった!」と言った時には喜びがこみ上げてきました。
面白い先生たちのおかげで楽しく勉強ができたことを心から感謝しています。本当に本当にありがとうございました。

 

●Bくんのお母さん
子供の中学受験に関して、夫が私を褒めることが2つあります。5年生の秋に洛星の文化祭を訪れたことと、入江塾を見つけたことです。
5年生の秋にたまたま行った洛星の文化祭に衝撃を受けて、息子がどうしても洛星に行きたいと言い出しました。別の塾に行っていたのですが、洛星を目指すには内容が十分ではなかったので、新たに塾を探すことになりました。複数の塾との面談では成績も伴っていないのに洛星が第一志望だと言うのは恥ずかしかったですが、塾選びは妥協しないと決めていました。5年生の10月に初めて受けた五ツ木の偏差値は54でした。
そして見つけたのが入江塾でした。塾の理念、授業体系共に理想的でした。それに加えて送迎ルート上に家があったので、塾への送迎もしていただけました。
集団授業は各教科1時間ずつで週に4時間しかなく、後は個々人の目標によって時間割が作られるセミオーダーメイドだったので、遅いスタートの息子には理想的でした。無駄な時間がなく、睡眠はしっかり8時間以上取れました。
入塾当初の時間割は、週に4時間の集団授業、1時間半の算数の個別授業、後は8時間の演習授業でした。算数の個別授業は1時間半だけだったので、後れを取り戻せるのか半信半疑だったのですが、全く問題ありませんでした。それから、特に良かったのが演習授業です。演習授業では先生が複数人いるのでいつでも質問できました。自分でテキストを進めなければいけない部分が多かったのですが、いつでも質問できるので躓くことなく自習できました。そしてそこには女性講師のS先生とY先生がいらっしゃって、優しくも厳しく、そして楽しく導いていただきました。人見知りで友達ができなかった息子ですが、先生が良い雰囲気を作ってくださったおかげで、楽しく通塾できました。今は先生方に会えなくなって、寂しいそうです。5年生の11月から1月までは、受験直前期よりも勉強しました。洛星に通いたい気持ちは一向に衰えず、睡眠、食事、風呂、学校、習い事の時間以外はひたすら勉強をしていました。そんな時にA先生が「こんだけ頑張ったら、洛星に受かるんちゃう。」と言ってくださったのが、息子の励みになったようです。
6年生が始まる2月には洛星算数のクラスに参加できるようになりました。初めはほとんど解けなかったのですがとても楽しかったらしく、出来ないながらも過去問に積極的に取り組み、着実に実力をつけることができました。A先生が作ってくださる解答も分かりやすかったそうです。
皆に追いつけた春からは演習授業の時間を4時間に減らして、家庭で宿題をすることが多くなりました。演習授業では毎回いろいろな中学校の過去問や息子に必要な課題をもらい、たくさんの問題に触れることができました。その頃は学校の友達と遊んだり、習い事を楽しんだり、小学校生活を楽しむ余裕もできました。
夏休み前には五ツ木の偏差値が77に達しました。しかし基礎は固まったものの、洛星の過去問はまだ十分に解けませんでした。この時期に先生から国語の個別授業を勧められて始めました。国語は一番の得意科目だったので個別授業は必要ないと思っていたのですが、結果的に受講して良かったです。国語が強力な武器となり、他の科目でどんなミスを犯しても絶対に国語で取り戻せると思えるようになりました。特に受験直前期には私の心のお守りになりました。
夏期講習は忙しく、当たり前かもしれませんが遊びに行けませんでした。四谷大塚のテキストで自習した理科と社会の穴を埋めるために、チェックテストをこの時期にしていただきました。そのおかげで弱点が随分改善されました。
秋からは洛星国語、洛星理科、理科の個別授業も始まり、模試も増えたので、子供の負担が一気に増えました。気分転換のためか、ゲームをする時間も増えました。そして疲れとストレスのせいで体調を崩すことがあったので、一時期授業の量を減らしました。その後体調も安定し、冬期講習を乗り切ることができました。冬期講習中は往復1時間歩いて塾に通い体力を養い、受験当日も歩いて試験会場へ向かい、頭をしっかり目覚めさせて試験に臨むことができました。試験会場には入江先生が来てくださり、穏やかに応援していただき心強かったです。試験後、「全部埋めた!簡単やった。受かった!!」と満面の笑みで家に帰ってきました。最終的には国語だけでなく、全ての教科が得意科目に変わっていました。
6年生になってからの個別授業は洛星対策の先生方に教えていただきました。息子の過去問の進度を把握し、やるべき課題がはっきり分かっていて、教える能力を伴っている先生に教えていただける、こんな塾はなかなかないと思います。本当に生徒のことを考えてくださっていると思います。
教えてくださった先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

●Cくん…洛星・高槻 合格
ぼくは4年生の冬に入江塾の体験授業に行きました。そのときは授業についていけず悔しい思いをしていました。そのため家に帰ってから勉強をして冬休みに力をつけて5年生の2月から塾に通い始めました。その時には授業についていけるようになっていました。入ってすぐは予習と復習をして力をつけ3月の模試にそなえ当日に臨みました。目標偏差値は69でしたが、結果は65でした。その後少しずつ力をつけ5年生の3回目の駸々堂で偏差値がついに70になり目標を達成できた時はうれしかったです。
その後は受験にそなえて講習を経て6年生までがんばりました。いよいよ6年生になりぼくの志望校の洛星の算数の特訓をはじめました。それは難しかったけどはじめての問題が多くおもしろかったです。その後6年生の2回目の駸々堂で国語がすごくわるかったので国語の個人指導をはじめました。そして国語の問題を解いて6年生の3回目の駸々堂では国語の成績がよくなり個人指導をやめました。そしてそのまま順調に行き9月に洛星の国語の特訓をはじめました。そして本格的に過去問をときはじめました。そして冬期講習で追い上げをして入試に臨みました。見事第一志望校と第二志望校にうかりました。この塾に入ってよかったことは負荷のかからない程度に勉強をすることと話し相手がいて楽しみがあることです。この塾に入って第一志望の学校に入れてよかったです。
 

●Cくんのお父さんとお母さん
第一志望の洛星中学に無事合格し、先生方にはこれまでの二年間について丁寧にご指導をいただいたことに感謝いたします。
息子はひとつのことをとことん追求してこだわるようなタイプで、学校ではなかなか話の合う友達がいないので、同じような考えを持って共感できる友人と学校生活を送るために中学受験をした方がよいと思うようになりました。
五年生になる前に中学受験を意識していたので、近所の大手塾や進学塾を調べてみましたが、たくさんのテストや宿題を与えて精神的に追い込むような形式や、合格率を上げるためなのか競争心をあおってクラス分けをする形式の塾ばかりでした。
確かに中学受験のためには、制限された時間の中で、まだ幼い精神年齢にもかかわらず、学校では習わないたくさんの知識を吸収していかねばならないので、詰めこんでいく形式もわからなくもないのです。しかし中学受験は将来の夢への通過点にすぎないのですから、たとえ希望の学校に合格したとしても燃え尽き症候群のようになってしまうのでは元も子もありません。
また、三年生の九月から『科学の学校』でお世話になっており、毎週その日を心待ちにして先生とともに実験を楽しんでいました。この「学ぶことを先生と一緒に楽しむ」という感覚が育星舎の特徴であるように思いました。
こういった全てのことを踏まえ、入江塾の理念にすぐに共感し、お願いさせて頂こうと体験授業を受けることにしました。それが四年生の十一月のことです。
二月から入江塾に通っている生徒さんたちと同じ授業を体験したところ、国語は漢字などがわからず、算数でも自分のわからないところが多すぎて、悔しいのかずっと下を向いて時々涙をぬぐっていました。学校ではよくできる子だとまわりからも思われていたぐらいなので、自分がわからないことがあるということが衝撃だったようです。
この体験の後、この塾はやめておくかと聞いたところ、行きたい学校にいくのに他の塾ではなくこの塾に行くと言いました。年明けの二月に五年生のコースが始まるときに入塾することにして、それまでに四谷大塚のテキストを使って家庭で親と一緒に学習しました。本人はこの時が一番頑張ったと言っています。
入塾した当初は宿題を消化するのもいっぱいで、本人も春期講習までは苦しかったと思います。それでも、「学校で習わないようなことを教わるのが嬉しい」と言い、毎週学習した内容をよく話してくれるようになりました。その頃に洛星の文化祭に行って本人が「ここに入りたい」と決めました。
六年生になってからは算数と国語の洛星対策授業も受講するようになり、難しい過去問にチャレンジすることは大変だけれども楽しいと言っていました。通塾に時間がかかることもあって授業以外の演習などはほぼ受講していないのですが、その分は自宅で親子で問題を解いて競争するなど、受験を楽しむ気持ちでやってきました。受験一色で息詰まらないように休みの日に家族でよく遊びにでかけたり、漫画やゲームやテレビもあまり制限せずにやらせてきたりしましたが、そのおかげか途中で心折れたりすることもなく、模擬試験の結果も順調で、特に心配することもありませんでした。
洛星受験当日の朝、緊張しないかと聞いたら、「今日はテーマパークのような感じ。ドキドキするけど楽しみや」といったのが印象的です。当日は入江先生にも応援に来ていただいてうれしそうにしながら会場に入っていきました。
受験が終わったあとすぐに「赤本の難関8校の算数を、塾でもらった図書券で買って解きたい」と言ったので、最後まで本人にとって受験はゴールではなくて問題を解くことそのものが楽しいものだという意識でやってきたのだと思います。こういう意識を持つことができたのも、入江塾の理念によるところが大きいと思いますので、入江塾で学べて本当によかったと感じております。ありがとうございました。
 

●Dくん…同志社・東山(ユリーカ) 合格
ぼくは塾に入る前、学校では成績はかなり下の方で、別に目立つこともありませんでした。でも、塾に通い始めてから、成績も上がり始めて、第一志望の中学校へ入ることができました。教えてくださった先生の皆さん、ありがとうございました。

 

●Dくんのお母さん
三年間、本当にお世話になりました。
入江塾に通えた息子は『しあわせ者』だと思います。
息子は小学三年生の夏、少林寺拳法の大会で同志社の学生さんの演技を見て「あの学校に入りたい」と言いだしました。「いっぱい いっぱい勉強したら、行けるかもね」と話すと、「勉強する」「塾に行く」と言っていました。子供の言うことなので…とほおっておいたのですが、あまりに何度も言うので私も重い腰をあげました。というのも、私は『中学受験ってすごく大変そう』と思っていて、できればあまりその世界には足を踏み入れたくないな、とも思っていたからです。
ちょうどその当時、高校受験のために娘さんを育星舎に通わせていた知り合いの方が、「育星舎には素敵な先生がいらっしゃるのよ。その先生のおかげで勉強が好きになったみたい。」とおっしゃっていたのを思い出して、入江塾の説明会に参加してみました。『授業は土曜の午後だけ』『送迎をしてもらえる』『入塾のテストがなく、クラス分けもない』ということを知り、これなら息子も通えるかも、と思いました。
それから三年。息子にとって、塾での勉強はとても魅力的で楽しかったようです。インフルエンザが1回と修学旅行などの学校行事で何回か休んだ以外は、(その数回の休みも月・火の授業に振替をしていただきました。)全く休まず通うことができました。
宿題もちゃんとやっているのかどうかわからないけれど、なんとか自分でやっているようなので、塾でのことはすべて塾におまかせで、私は一切かかわりませんでした。それは最後まで変わりませんでした。
この体験記を書くにあたって、受験後3週間もたつのにまだ何も書こうとしない息子に「いつ、書こうと思ってる?」と言ったのが、塾でのことに関して私が困った初めてのことでした(笑)
息子は今、少林寺拳法の黒帯の試験にむけて、一所懸命に取り組んでいます。入江塾だから、勉強と少林寺拳法と両方ともやってこれたんだと思います。
息子を一緒に見守り、導いてきてくださった入江塾の先生方、そしてともに学び、ともに頑張ってきた塾生の皆さんに感謝いたします。
本当にありがとうございました。
 

●Eさん…京都女子(Ⅲ類)・聖母学院(Ⅲ類 スーパー特待) 合格
 私が入江塾に入ったのは3年生の2月からです。その頃は週に1回の授業と演習だったので、マイペースな私でもなんとかついていけました。また、私は習い事をいろいろとしていましたが、この塾に通っていたからこそ最後まで続けることができました。
 4年生のころは軽い気持ちで塾に行っていました。けれど、5年生の時に受けた「駸々堂」の結果が悪くショックでした。それでも私は少し努力すれば大丈夫だと思っていました。そんな時、京都女子中学校のオープンキャンパスに行き、ここに行きたいと思い、頑張らなければと感じました。
 6年生になり、S先生には大の苦手の算数を、Y先生には自信のなかった理科の個人指導をしてもらいました。また、夏期講習の時から「京女対策授業」が始まりました。対策授業でボロボロの算数をS先生は、「自信をもて。あんたならできる。」とはげましてくれました。そして、理科の問題をY先生はていねいに、私の納得がいくまで教えてくれました。そのおかげで、理科は私の得意教科になりました。
 対策授業で私は同じ目標を持った友達に出会いました。なので、週1回の対策授業がとても楽しかったです。
 冬期講習に入ると、みんな真剣になり始めました。私もほぼ毎日塾に通いました。
 受験が近くなると毎日過去問を解き、みんなとお互いをはげましあったりしました。1月1日に北野天満宮にみんなでお参りに行き、おみくじを買ったりしたことはとても思い出に残っています。塾の最後の日は先生からはげましの言葉をかけられ、みんなで大泣きしました。その時、私は、今までお世話になった先生方に恩返しをしなければと思いました。
 受験日当日、S先生が門まで来てくださり、応援グッズをもらいました。休み時間には先生達からのメッセージを読んで勇気づけられました。消しゴムに描かれたS先生とY先生を見て、今まで言われ続けてきた、「がけに落ちるな!」と「読め!」を思い出しながら、一教科一教科をしていきました。けれど、終わったとき、私は得意になったはずの理科が出来なかったので、自信が全くなく、もう無理だと思っていました。Y先生ごめんなさいと心の中でずっとさけんでいました。(実際、Y先生には謝りました。)
 結果はまさかの合格。私は大泣きしました。雪の中を走って、S先生とY先生に伝えに行きました。先生は「よかったなー。やっぱ大丈夫やと思ってたわー。」と言ってくれました。その時私は、今までがんばってきて良かった、恩返しができたとうれしかったです。
 今まで私ががんばってこられたのは、いつもはげましてくれる先生方と、同じ目標をもった仲間達がいた入江塾だったからだと思います。出来の悪かった私をここまで引っ張ってきてくれた、神様のような…入江先生、女神様のような…S先生、天使のような…Y先生、そして優しい入江塾の先生方、本当にありがとうございました。私はずっと最高な入江塾の塾生です!
 

●Eさんのお母さん
このようなご報告をさせていただけることに心から感謝いたします。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
- William Arthur Ward -
 私が好きな格言です。最後の一節の日本語訳には、偉大な教師は心に火をつけるとあります。入江塾でこのような先生方に出会えたことは、私自身そしてその教育を受けた娘の大きな宝物になったと確信しています。
 娘の入塾は三年前。授業初日の帰り道、娘は、授業に全くついていけない悔しさの涙でいっぱいでした。本人が受験に興味を示したことで通塾を決めましたが、小学校時代は好きなことを精一杯、納得いくまでとの親の思いから、習い事との両立を教育方針にかかげる入江塾以外での中学受験はないと考えていました。本人に、無理はしないようにいつでも辞めてよいことは伝えました。
 結局、ピアノをはじめとするたくさんの習い事を抱えて、塾を続けることになりました。6年の始めまでは、日々の習い事の中に塾が組み込まれる感じでしたので、もちろん駸々堂の偏差値も散々なもの。上位校を狙っているとはとても言えないものでした。入江先生も「本人のやりたいものを奪ってしまっても本人の気持ちが勉強に向くわけではない。受験が近付くにつれて、本人が整理をしていくものだ」と仰っているので、その言葉を信じて、彼女自身が整理をしてくれるのを待ちました。最終的に、6つの習い事の中でお休みをしたのは2つのみ。受験ギリギリまで、ピアノコンクールやアンサンブル大会、合唱の発表会等に参加しておりました。これには、私自身も焦りとの葛藤でした。教頭のS先生に何度も相談し、私の方がカウンセリングを受けるほど。「焦らないで信じてください。」本当にありがたいお言葉でした。
 最後の授業の日の帰路、娘はまた泣いていました。それは、大好きな先生方、大好きな仲間達とともに過ごした塾の生活にお別れをする寂しさからです。習い事の両立とともに娘は戦いました。これを可能にしたのは、すばらしい先生方の指導で灯った心の灯火が、先生方の期待に応えようとの姿勢を本物にし、受験に対する原動力を何十倍にも増幅させたからではと思っています。
 そして、合格の涙。入江塾でいただいた3つの涙は、娘にとって一生の宝物になることでしょう。入江塾の先生方に心から感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
 本当にありがとうございました。
 

●Fさん…京都女子(Ⅲ類)・同志社女子(LA)・京都産業大学附属(学費1/3免除) 合格
 第一志望として受験した京都女子中学校のプレテストの日。私は、そのころまったく問題の傾向が違う学校を第一志望として目指していました。
 私が志望校を迷い始めたのは十月の上旬。第一志望の難しさ等を改めて実感したからでした。そのとき、S先生が「志望校が決まったら自分から言いにきなさい。そうしなかったら、私は第一志望として認めません。」と言われたのを今でも覚えています。さんざん迷い、母と相談した結果、十月の最終日に第一志望を決めました。その学校とは、6年のオープンキャンパス時に「いいな」と思った京都女子中学校のⅢ類でした。そこからは、冬期講習は毎日休まず通塾し、夜は早く寝るよう努めました。
 入江塾での京女対策は、友達の支えがあり、いい友達たちと勉強できました。
 最後の国語の個人指導で、K先生が「パワーを送っているような感じで、応援しているよ」と言われ、それがとてもうれしく心に残りました。最終日は友達と泣きました。
 入試の日は、S先生が応援しに来て下さりリラックスでき、万全の態勢でいどめました。しかし全く手応えがなく、2時間大泣きしました。すると母がS先生・Y先生に連絡してくれて、そのおかげでなぐさめてもらい、落ち着きました。
 入江塾がなかったら、私は受からなかったと思います。個人指導のS先生・K先生、またY先生 教えて下さった先生方、本当にありがとうございました。
 

●Fさんのお母さん
 娘は入江塾に3年から通い始めました。中学受験はするかもしれないという思いから口コミで入江塾に辿り着きました。入江先生の中学受験や塾という存在に対しての強い信念に感銘を受けたからです。
 娘はというと6年になるまでは授業・演習を少し入れるだけでした。しかし6年の夏期講習からは周りのお友達に刺激を受け、通塾する回数を自分で決めていきました。私はただ見守り、オロオロし、わからない事は全てS先生にメールや電話をしお尋ねしていました。娘の性格を私以上に理解して下さり、適切なアドバイスを毎回して頂き、寄り添って頂きました。
 公立の中高一貫校を目指していた娘が自分なりに悩み考え、京都女子中学で勉強したいと言いだしたのは10月下旬。その決断を尊重しようと思いました。そこからはできればⅢ類に合格したいという思いで頑張れたように思います。
 入江塾のお友達にもたくさん支えて頂きました。絶対に忘れることのできない存在です。共に励まし合い、合格を目指して勉強に取り組めました。
 中学受験と言うと色々なことを犠牲にしてというイメージですが、部活も続けられましたし、家族での旅行・学校のお友達と遊ぶ時間も充分持つことができました。うちには妹達もいますので、家での勉強は全くはかどりません。そこを演習という形で通塾しカバーできたように思います。
 指導して頂いた先生方、送迎して頂いた先生方、そして一緒に勉強して頂いたお友達の皆様、ありがとうございました。
 心より感謝申し上げます。

 

●Gさん…京都女子(Ⅲ類)・同志社女子(LA)・聖母学院(Ⅲ類 スーパー特待) 合格
私は3年生の2月から入江塾に通い始めました。当時、塾に入れば志望校合格が保証されると思っていた私にやる気はほとんどありませんでした。特に、国語の記述や算数の宿題はやる気が出ず、提出ギリギリに慌ててやっていました。
5年生から、演習を週何回か入れ始めました。宿題の分からない部分を先生に聞けたので、慌てずにある程度は理解して問題を解けるようになりました。しかし、5年生から始まった駸々堂模試の結果はひどく、算数は20点台で偏差値40台が当たり前。計算を間違えてS先生に耳を…みたいな(笑)ひどい成績でした。
それでも私は、5年生のときに参加した京女の文化祭で在校生のお姉さんの優しさにハートをつかまれ、志望校を京都女子中学校に決めました。
6年生になった私は、まず駸々堂模試の算数をどうにかしようと思い、駸々堂算数対策授業を毎週受けることにしました。さらに、S先生に算数の個人指導をしてもらい、算数に力を入れました。その結果、駸々堂模試の算数の成績はどんどん上がっていき、京女対策を受けられる条件も突破できました。
ある日、塾の面談から帰ってきた母が、「先生にⅢ類目指そうって言われた」と言いました。でもその時はⅢ類に行く気は全くなかったので、S先生に背中を押してもらうことにしました。
そして過去問を解いていくうちに、Ⅲ類挑戦しようかなと思うようになりました。先生に背中を押して頂いて本当に良かったと思っています。
6年の夏期講習で、理科に苦手意識が芽生え始め、秋ごろからY先生に個人指導をお願いしました。指導を受けてY先生には「自信がないだけで実力はある」と言われていたし、昨年度の理科の過去問もかなりできたので自信になって安心しました。
入試前日、皆でホワイトボードに寄書をしました。「第一志望合格!」の文字や皆の名前を書いて、泣きながらお別れをしました。送迎のK先生に「頑張りや!」と言われ、これで終わりだと思うとまた涙が出てきました。そして、「絶対に受かろう」と心から思いました。
入試当日、S先生から消しゴムなどの応援グッズをもらい会場に向かいました。しかし、問題の内容が難しすぎて、「絶対落ちてる…」と不安で心が押しつぶされそうでした。でも次の日、京女のホームページの合格発表のボタンをクリックすると、Ⅲ類合格者の中に1043があったのでとても嬉しかったです。その後S先生に京女対策の友達も全員受かったと聞いてもっと嬉しくなりました。
憧れていた京女に合格することができたのも入江塾の先生方のお陰です。天使のような(?)S先生、Y先生、入江塾の先生方には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
この思い出は、死んでも忘れません!


●Gさんのお母さん
入江塾の小規模でアットホームな雰囲気が精神的に幼くマイペースな娘に合うような気がしたので新4年生の時に入塾を決めました。通うほどに無理無駄のない授業と宿題、演習での手厚いフォロー、友達同士や先生との関係の良さを実感し、ここなら最後まで続けられると親子で確信しました。
娘は5年生のとき京女の文化祭に触れて以来すっかり気に入り京女のとりこに。もう他の学校が目に入らないくらいの第一志望となりました。当時の娘の偏差値はⅡ類ならいけそうな位置にあり、このまま平和に受験を終えられると思っていました。
ところが、6年生になった5月、面談でS先生から「お母さん、本当にこれでいいんですか?彼女はまだまだやれます。Ⅲ類を目指しませんか。」という言葉をかけられました。しかし当の娘はⅡ類に行く気満々で、Ⅲ類に挑戦する気はまったくなし。私は娘のこんな弱い気持ちでは受かる気がしなかったので、先生から娘に直接話をして背中を押していただくようお願いしました。娘は「そんなん無理~」と言うばかりでしたが、S先生の個人指導を素直に受け続けたところ夏休み前の模試で偏差値が急伸。「まだまだやれます」という先生の言葉どおりになって私も娘もびっくりしました。娘はここから意識が変わったように思います。
その後の模試で悪い判定が出ても、過去問でなかなか合格点に到達できなくても先生のご指導とよきライバルでもある友達のおかげで粘り強く問題に取り組んでいけました。
そして念願の合格をいただくことができ、良い受験ができたと思いました。
娘も私も心から楽しんだ受験でした。3年間本当にありがとうございました。

 

●Hさん…京都女子(Ⅲ類)・聖母学院(Ⅲ類 スーパー特待) 合格
 私が入江塾に入ったのは、3年生の2月でした。
 6年になってから志望校に悩んでいたけれど、先生からの勧めもあって、京女を目指すようになりました。初めはあまり気乗りしなかった京女対策だけれど、自分の成績が上がっていくのが楽しかったです。算数の個人指導も始め、算数を得意教科とすることが出来ました。
 私は、北野天満宮にお参りに行った後、遅まきながら、やっと自分は受験生なんだという自覚を持ち始めました。
 これまでずっと社会を苦手教科としてきた私だけれど、最後の追い込みで、先生にたくさんのプリントや過去問をもらったりして、何とか点数を70点台まで上げることが出来ました。
 そして、試験当日、何とか第一志望に合格することが出来ました。
 ちなみに、私の入江塾での1番の思い出は、塾のみんなで北野天満宮へ行ったことです。
先生からお年玉の500円をもらって、みんなで歩いていきました。ほとんどの人がお参りに
行って、屋台で食べ物などを買っていました。でも、途中でみんなとはぐれてしまったりして、何回も行ったり来たりしていると、時間が無くなっていってしまいました。急いで買った500円ぴったりのおみくじだったけれど、大吉だったのでとてもうれしかったです。
 一緒に戦ってきてくれた塾の仲間たち、勉強を教えてくれた先生方、今までありがとうございました。

 

●Hさんのお母さん
 先ず、入江塾の先生方にお礼申し上げます。入江塾でなかったら今回の合格は無かったと思います。娘は親に言われて動くような子ではなく、宿題もやり切れずにいました。よくやめさせられずに置いて頂けたと思っています。
先生方は忍耐強く、温かく接して下さり、宿題が出せなくても怒鳴ったりせず、「次に持ってくるように。」とだけ言われました。親からすれば、「出された宿題は全部しなければならない」と思って「やらない=やる気がない。」と思い、私自身の焦りから「やる気がないなら塾を止めるように」と度々私の方が大声で怒っていました。それでも娘は自分のスタイルを貫いていました。
私の中に、「受験生とはこういうもの。」という固定観念がありました。「6年生の秋冬にもなったら自然と自ら勉強するようになる。毎日何時間もテレビを見るなんてありえない。朝に起きられるように自分で寝る時間を調整する等々。」それによく耳にする「中学受験とは親の力。親が子どもに付きっきりで子どもと勉強する。親も子どもに教えられるように予習しておく。」こんな言葉が、どれもうちの娘には当てはまらない事で、どんどん不安になりました。親も一緒に頑張らなければならない。何が出来るだろうか。このような気持ちが焦りとなりイライラと娘に怒鳴ってしまう悪い状況でした。
しかし、思い出しました。入江先生が6年生の初めの塾の保護者会で言って下さった言葉を。
「本人の目覚めを親は辛抱強く待って。すべて塾にまかせて。困ればS先生に連絡するように。」と。
それでS先生にいちいちどんなに小さな悩み・疑問であってもメールさせてもらいました。メールでしたので気軽に聞くことが出来ましたし、気さくにすぐにお返事を返して下さり、1つ1つ不安を解消できました。「親がすることは何ですか?」という質問に、「ただ娘を労い、おいしいお弁当を作るだけでいい。他に何もしなくて良い。」と言われ、「私もこの言葉を信じてみよう。」と、子どもの勉強にはいっさい手を出さないようになり、とても楽になりました。先生と親との心のキョリの近さに驚き、ありがたかったです。
先生方は子どもがどのような状況であっても、それでも怒鳴ったりせず、愛ある対応をして下さりました。お蔭で最後まで笑顔で、というより最後に近づくにつれ笑顔が増えて受験当日を迎えることができました。
試験当日のS先生の励ましでは、京女対策を受けていた皆が輪になり、1人1人先生の似顔絵付きのけしゴムとチョコとメッセージカード等頂きました。そのけしゴムの絵に皆大笑いで、他塾の皆さんが静かに固い表情で入っていかれる中、入江組だけ大笑いしながら横一列に肩を並べて入って行く姿がとても印象的でした。
受験を終えて思った事。それは親がしてはいけない事。自分の思い込みや友人・兄弟と本人を比べてガミガミ言うこと。一番大切なのは子どもを最後まで信じ抜いてあげること。子どもは子どもなりにも本人のやり方、キャパシティーというものがあり、娘の場合は自分でやらなければまずい物とそうでない物とのさじ加減をしていた。という事だったんですね。「受験への挑み方、やり方は子どもであれ、人それぞれである。」ということを強く感じました。
それから忘れてはいけないのが、塾での友達の存在。
皆一緒になって頑張って、ゴールを目指している感じが凄く良かったです。お友達にも温かく見守られて本当に感謝しております。一緒に頑張った仲間とまた中学で学べることを楽しみにしています。
「入江塾で良かったねぇ。」娘と何度も繰り返し、今でも毎日出る言葉です。
本当にお世話になりました。ありがとうございました。

●Iさん…京都女子(Ⅱ類)・聖母学院(Ⅲ類 特待)・平安女学院(GS+ 学費全額免除) 合格
私が入江塾に入ったのは、4年生の夏休みからでした。初めのうちは「こんな感じかな?」と思いながら宿題を面倒くさいと思ってしまい、提出したりしなかったりしていました。
友達と喋ったりするのが苦手だったけれど、5年生になってからは友達も出来始めて塾に行くのが楽しみになって来ました。でも勉強はやったりやらなかったりでした。(やらない方が多かった…)5年生後半から少しずつ駸々堂模試の偏差値が上がり始めた時は嬉しかったのですが、苦手な教科が目立ってきました。特に算数がボロボロでした。けれども、受験をやめたいという気持ちにはなりませんでした。そう思えたのは3つの理由があったからです。
1つ目は入江塾の雰囲気です。先生達は個性的で面白かったです。社会のKI先生・・勉強に関する余談がとても面白かったです。理科のY先生・・優しくて怖くて面白い先生で、受験直前のコメントに勇気をもらいました。国語のKO先生・・一人ひとりが解いた文章題に対しての解説が分かりやすかったです。算数の入江先生・・入江先生が考え出した解き方があって凄いなぁ!と思いました。
そして2つ目は、友達と休憩時間に楽しく色んな話をしたり、「いっしょに受かろう!」と励まし合えたことです。家では全くやる気が起こらなくても、塾に行くと友達と一緒に笑いながら勉強が出来ました。
3つ目は、個人指導や演習でS先生が、しっかり分かりやすく教えてくれたことです。だから勉強嫌いにならなくて良かったです。色んな場面で励ましの言葉をもらって勇気が出て頑張ることができました。
京女の合格発表で自分の番号を見つけた時は、飛び上がりました。本当に嬉しかったです。私は入江塾に通って本当に良かったなと思います。友達や先生が居たから塾に行くことが楽しかったです。塾での思い出は忘れません。
入江塾の先生方ありがとうございました。
 

●Iさんのお母さん
地元の公立中学校の学習環境がよくないことから娘の受験を考えるようになり、4年生の夏に塾探しを始めました。娘は幼い頃から人見知りで家族以外と話すことが苦手でマイペース…そうした娘の性格で受験が出来るのか?先生と信頼関係を築けるのか?と悩み思案していた頃、育星舎・入江塾のホームページを見つけ、「ここなら丁寧に見て下さるのではないだろうか」と直感的に感じたのを思い出します。
通塾し1年が経つ頃には、先生の話や友達の話を家で沢山するようになっていました。環境が良く確実に先生や友達との距離が縮んでいっていることが分かり、安心して続けさせることができました。
受験に対しては、勉強づけの小学校生活は無意味という思いがあり、学校のバレーボールや陸上など6年の終わりまで続けて楽しみ、居残り遊びをもしていました。家族で週末出掛けたり、今しか経験できないことを十分に体験しながら受験に向かえたと思います。
しかし、このまま過ごしていて本当に大丈夫なのか?と心配したこともありました。気持ちの切り替えが出来ず楽な方に流れてしまう時も多々ありました。「娘の受験に対する思いを親でありながら掴めない…」と相談した際は、親身になって聞いて下さり娘の心に色々とアタックして下さいました。S先生やY先生の温かいご指導や叱咤激励で気持ちを切り替えながら前へ向かって進んでいくことが出来ました。
冬休みに入ってからは、弁当持参で一日中塾にお世話になる日も増え、疲れているにも関わらず塾のことを楽しんで話す姿に、娘を取り巻く仲間たちや先生方との関係が受験直前になってもいい雰囲気でありみんなで頑張っている様子が伝わってきました。何より娘は本当によく頑張っていました。
受験当日は、味わったことのない緊張感で平常心を無くしている娘の姿に心配しましたが、S先生を見つけ先生から励ましの言葉を頂くと彼女の顔に笑みが見られました。(よかった…最後まで精神面を支えて頂きました。)背中を押して頂き送り出され、京女対策で一緒に頑張ってきた仲間たちと並んで一緒に笑いながら試験場へと向かって行きました。
合格発表の日、自分の番号を見つけた時の娘の顔が今でも忘れられません!!
入江塾の先生方は一人ひとりを大事に見て下さり、子の心の支えとなり熱心に指導をして下さいました。勉強は勿論、多くのものを親子共々学ばせて頂き、10~12歳の多感な時期に素敵な恩師の方々に出会い送った日々は、娘と私の宝物です☆お世話になり本当にありがとうございました。
 

●Jさん…京都女子(Ⅱ類) 合格
私は5年の12月に入江塾に来ました。
前の塾とは全然違って自分から進んでやる感じでした。
自分で時間を選んでやりました。始めは全然やり方が分からなかったけど、先生が優しく教えてくれたので進んで出来ました。
自分がしたいことをしながら塾に行けるのでとても便利だと思いました。
分からない所は先生がしっかり指導して下さって、とても分かりやすかったです。先生と一緒に勉強をしている感じで、とても楽しい塾でした。
塾の最後の日は、みんなで泣きました。
明日からもうこの塾に来ないと思うと、とても悲しくなりました。
入江塾は、とても楽しい分かりやすい塾です。

 

●Jさんのお母さん
上の子と同じく大手の塾に通っていましたが、得意科目不得意科目に関係なく偏差値だけのクラス分け、大量の宿題、講師の質に疑問を抱くようになり、5年生の12月に転塾してきました。
入江塾に通うようになり、宿題がいい加減であったり未提出だったりと本当に不安に思う状況になった時、先生から「塾に通う回数を増やしてみては」とアドバイスを受け、先生方を信頼し預けることにしました。
家庭学習は全くなく、塾で勉強するといった形式を取るようになりました。
そうしますと、あれだけいい加減だった子が自分で勉強量を管理し、きちっとする事が身に付いたようで、それからは志望校合格に向けて精進しておりました。
中学受験は本人の希望でスタートしたのですが、思春期もあり、親に反抗的で勉強の事について全く親に関わらせませんでした。親としては先生方を信頼しお預けするしかなく、体調管理に気をつけていただけで、一切を先生にお任せしておりました。
入塾の際にお約束した三位一体の教育方針に則り、それぞれがそれぞれの役割を果たし合格をつかみ取ったのだと感じています。
本人もよく頑張りましたが、一重に先生方の熱心なご指導のお陰だと心より感謝申し上げます。
とても満足のいく受験を体験させて頂きました。
先生方には大変お世話になり、ありがとうございました。

 

●Kくん…東山(ユリーカ)・立命館(アドバンスト)・香川誠陵(誠陵スカラシップ 寮生スカラシップⅡ種) 合格
ぼくは6年生になってから、がんばればがんばるほどどんどん成績が落ちていき、第一志望から遠のいていきました。その様子を心配してくれてお母さんが先生に相談しました。そして先生は、真剣に考えてくれました。その後成績は少しずつ回復していき、合格をつかみとることができました。苦しいときも自分を信じてがんばるということをこの受験を通して学びました。入江塾は一人一人のことを真剣に考えてくれる塾だと思います。

 

●Kくんのお母さん
「この1年をふり返って」
 このふり返りを書く前に、息子の書いた体験記に目を通しました。短い文章でしたが、彼のこの1年間の苦しかった気持ちを思い、涙が出そうになりました。
 思い返せば、6年生になって「さぁ、これから頑張るぞ!」という頃から成績が上がらず、それどころか模試毎に悪くなり、特に算数は焦れば焦る程、簡単な計算まで間違えるようになっていました。それでもここが“頑張りどころ”と声を掛け、彼も一生懸命取り組んでいました。
 ところが、夏休み明けの模試でも更に落ちました。理由がわからず、親子共本当にどうして良いのかわからなくなりました。そこで、S先生に相談に行きました。結果、第一志望を変えることで、この悪循環を変えて行こうということになりました。
 そこから彼の表情が変わっていったと思います。思っていた以上に洛星算数の授業の消化不良が、彼の重荷となり、混乱を招いていたようです。そこから気持ちが軽くなったのか、頑張りが成績に反映されるようになってきました。
 そして東山ユリーカに合格する事が出来ました。この受験で、彼は苦い思い、頑張りが報われる思いのどちらも体験しました。
 入江先生を始め、S先生、Y先生、A先生、KO先生、KT先生、SH先生、KA先生、演習等を教えて下さった先生方、三年間たいへんお世話になりました。こちらで学んだ体験を糧に、中学高校とチャレンジして行くと信じています。
 先生方のお心の込もった細やかなご指導の下、伸び伸びと仲間たちと努力し合えたことに、心より感謝致しております。
 有難うございました。
 

●Lくん…東山(エース)・大谷(マスター 特待)・京都産業大学附属 合格
僕は4年生から入江塾に通い始めました。そのころは、受験を甘く見ていた為、成績はどんどん低下していきました。5年生の時先生から「今の状態では志望校に受かることはできない」と言われていたぐらいです。そこから6年生になって残り三ヶ月を切り、「もうだめだ」と思ったら、なぜか最後でやる気がでてきて、ひたすら赤本を解くようになりました。そのおかげで少し自信がつき、無事に試験の日を迎えることができました。緊張はもちろんしていたけれど、先生が応援グッズを渡してくれて心が和らぎました。そして第一志望の東山に受かることができました。先生方も喜んでくれて自分でも嬉しさがこみあげてきました。今振り返ると、最後にやる気が出てきたのは友人や家族、先生方の応援があったおかげだと思います。それに応じることができ、今とてもほっとしています。しかし気をぬいてしまってはせっかくの努力が無意味になるので、これからも気持ちを引き締めて学校生活にはげんでいこうと思います。入江塾の先生方、受験の時に支えて下さり、どうもありがとうございました。

 

●Lくんのお母さん
 息子は、4年生からの約3年間、入江塾でお世話になりました。2、3の塾の体験授業を受けさせて頂き、その中から息子が選んだのが入江塾でした。私自身も入江塾の方針がとても気に入っていたので親子で意見が一致し、入塾を決めました。
 息子は毎回楽しく通い始めたのですが、4~5年の間は宿題も出したり出さなかったり。授業中も先生の話を最後まで聞かなかったりと、あまり真剣さが感じられませんでした。本人のやる気を尊重し無理に追いつめない、という方針に共感して入塾したものの、そんな調子では全く成績が上がりませんでした。特に算数は、5年の模試でなかなか30点を越える状態にならないままで、5年からは個人指導を受けるも、大きく伸びることなく6年生を迎えてしまいました。志望校選びもどんどん下げざるを得ない中で、受験ぎりぎりまで第一志望校が決まりませんでした。親子共に自信を失くしかけていたのですが、6年の保護者説明会での「最後まで子供の力を信じること。本人の合格したいという気持ちが出てからの頑張りはすごいんです」という入江先生の言葉だけを頼りに、日々を過ごしました。
 そんな中、受験約2ヶ月ほど前の東山のプレテストを受けた時、本人の口から「ここに行きたい!!」との言葉が出ました。親としては受験すらやめてしまおうかと思ったほどだったので、本人が行きたい学校が明確に見つかったことが嬉しく、S先生やY先生にも背中を押していただき、もう一度子供を信じて応援してあげようという気持ちが湧いてきました。それからは、塾で過去問に取り組み、直しをするのくり返しで、少しずつ合格圏内に近づいていくことが出来ました。
 東山の合格発表の日、「涙が出そうだ、うれしい!!これで入江塾の先生方の気持ちに応えることができるよ」と涙目だけど笑顔で言った息子の姿を見て、最後まで見捨てずに的確なアドバイスをくださり、めんどうを見てくださった入江塾の先生方のお顔が浮かび、感謝の気持ちでいっぱいになりました。本当にありがとうございました。この受験を通して、最後まで諦めない強さと、周りへの感謝の気持ちを学び、少しではありますが人として成長できたように思います。

 

●Mくん…東山(エース)・京都学園(GN一貫コース 特待) 合格
 僕は受験勉強を始めるのがとても遅く、入江塾に入ったのは、6年生の5月でした。塾に入りたてのころは、まったく授業が分かりませんでしたが、先生方が丁寧に教えて下さり、秋にはほとんど理解できるようになりました。
 冬期講習の算数の授業の最後に、毎回、解けたら図書カードがもらえる難問が出されました。僕はいつも、あと一歩のところで解くことができなかったので、「冬期講習中に図書カードをもらう」という目標をたてました。冬期講習最終日、灘中学校の問題が出されました。ついに僕は難問を解くことができました。
 試験当日、とても緊張しました。でも先生からの応援グッズの、S先生Y先生入江先生の似顔絵が印刷された消しゴムをもらい、少し緊張がほぐれました。
 面白い先生たちと、楽しく勉強できたことに感謝しています。ありがとうございました。

 

●Mくんのお母さん

 息子に中学受験をさせたいが、いくらなんでも遅すぎる...6年生5月も半ば過ぎのことでした。それまで通塾経験はなく、補習的な通信教材を家でやっていただけ。悩む私に「夏休み前だし、まだ間に合う!」と元塾生のお母さんに勧められたのが入江塾でした。必要最小限の授業と演習、少人数の寺子屋スタイル、通学に便利な立地。今から始めるにはここしかない!とすぐに体験授業に申し込みました。
初めて授業を受けた息子の感想は、「算数が日本語とは思えんぐらいチンプンカンプンやった。」演習では計算4年の簡単な問題が解けない状態。息子はロボット部に憧れ、東山を志望していましたが、S先生には、「東山は無謀です。もっと偏差値の低い学校であっても、中学受験の勉強を今からこなすのはかなり大変です。やめるなら今ですよ。」と厳しいお言葉をいただきました。やっぱり今からでは無理か…息子に「とても大変になるけど、どうする?(東山が無謀とは言いませんでしたが)」ときくと、「塾の勉強は面白いし、やる。」
勉強が面白いと感じているなら、これはやらなければならない、やるなら親子で本気でやらなければいけない、と覚悟をしました。やると決めると、S先生は、「今までやってきてこの状態ならもうダメだけど、何もやってきてないから望みはあります。」と仰ってくれました。
始まった塾生活は、まともな勉強の習慣もなかった息子にはとてもハードでしたが、嫌がるどころか毎日塾で習ったことを家で話して興奮していました。この頃学校の先生から、級友達が「Mくんがはじけた。」と言っているとお聞きしました。息子は人とコミュニケーションをとることが苦手な静かな子なのですが、熱中するものを見つけ自信がついたのでしょうか。学校の七夕の短冊にも「東山合格」「偏差値が上がりますように」と書き、小さい学校なので彼の志望は全校に知れ渡ることになりました。
7月頭に初めて受けた五ツ木駸々堂模試の偏差値は53で、本当に驚きました。1ヵ月前に塾内で受けた前回模試は40そこそこしかなかったのです。塾の先生方にも「よくがんばったね」と褒めていただき、努力が数字になって返ってくる喜びを体験できたことは、彼にとって大きな糧になったと思います。
夏期講習期間中は1日も休まず通いました。おやつに貰えるアイスキャンデーが楽しみだったとのこと。さすがに受験が迫った夏の課題量は半端ではなく、大量に白紙のプリントがカバンに溢れる状態になり、親子で夜中まで宿題を消化する毎日でした。
秋になり、もう東山エースは十分狙えますと言ってもらえるようになりました。とはいえ、今年から前期Aが夕方になったことで、決して安心はできない状況でした。個別相談会で東山の先生から「男の子は絶対無理やろっていうような高い目標の方が燃えるから、ユリーカ目指すくらいの方がいい。」とお聞きし、「どうせならユリーカ」を密かに目標に再設定。
冬期講習も一日も休まず通いました。今数えてみたら19日連続です。制限時間内に解いたら図書カードが貰える算数の難問コーナーは、「あとちょっとで解けるねん」と毎日悔しそうにしてましたので、最終日に灘の問題を解いてカードを貰った時は嬉しくてたまらなかったようです。入江先生は正解しているとニヤニヤされるそうなのですが、初めて間近で見られて良かったと言っていました。
そして受験。前期ABでエース合格をいただきましたが、「どうせならユリーカ」でしたので、出願してあった後期も受験。ユリーカはダメだったことを伝えると悔しくて泣いていました。無謀であったエース合格を成し遂げたのに、素直に喜べない状況にしてしまったのはかわいそうなことをしたかもしれません。しかし、のんびりやっててもここまでこれなかったと思うのです。
大変な8ヵ月でしたが、息子は塾の勉強が楽しいといつも言っていました。字が汚すぎて、自分の字が読めなくて計算を間違える息子に、算数を一から教えていただいた個人指導のK先生をはじめ、塾の先生方には勉強して知ることの喜びを教えていただき、ありがとうございました。自分がここまで頑張れることがわかったことも息子の一生の財産になったと思います。そしてS先生、はじめに厳しいことを言っていただいて、本当にありがとうございました。

 

●Nさん…京都産業大学附属(学費全額免除)・花園(ディスカバリー特待) 合格
 私は4年生の夏から入江塾に入りました。なぜこの塾に入ったかというと日常生活の一部であった水泳を続けながらも受験勉強をすることができたからです。それまでは月~土曜日の7時~9時まで水泳の練習に行っていましたが、塾の演習の時間と重なってしまい、水泳の練習に行けなくなりました。塾がない日に練習に行き、終わった後に夜おそくまでへとへとになりながらも一生懸命勉強しました。なぜ私がへとへとになってまでも水泳を続けたかというと、私は勉強もスポーツも両方ともがんばるのが目標だったし、水泳の練習の後に勉強すると効率よく勉強することができたからです。そのおかげで全額免除で合格することができました。
 最後まで分かりやすく説明してくれたS先生、私のだめなくせである「計算ミス」「問題をしっかり読まない」ということを最後まで厳しく言ってくれたY先生、基本的な事を分かるまで説明してくれたK先生、その他の先生方にもとても感謝しています。今までありがとうございました。
 

●Nさんのお母さん
 「せっかく選手に上がれたから、スイミングはやめたくない。」という本人の希望があり、親としても勉強だけに専念する受験勉強には抵抗があった為、両立できる塾を探しました。
 しかしなかなか見つからず、諦めかけていた4年生の夏休み前に偶然入江塾のホームページを見つけ、即入塾を決めました。
 6年生になって演習の時間が増え、対策授業が始まってからも週4回のスイミングを続けていた為、オーバーワークで疲弊しないよう、入試が終わるまでスイミングを休会することも考えました。しかし、スイミングが良い気分転換になっており、スイミングを続けているからこそ、勉強も頑張れている様だったので、結局12月の末まで続けました。
 努力はしていたものの、模試の結果は最後まで思うように上がりませんでした。そのため、授業料全額免除で合格するには程遠い成績でしたが、「大丈夫」「努力は必ず報われる」と言い続けました。本人も「無理。」と言いながらも、もしかしたら…と思っていたと思います。過去問を解いていく中で、個人指導をしていただいていた算数の点数は上がっていきましたが、理科が苦手なことが発覚し、個人指導を追加していただくなど先生方にサポートしてもらいながら、最後まで諦めずに頑張りました。
 模試が終わった後はいつも「難しかった」と暗い顔をしていた娘が、試験後初めて「簡単やった。全免で合格できるかも。」と言って明るい表情で出てきました。結果は本人の手応え通り、全額免除の特待生での合格。最高の結果を得ることができました。
 何よりも嬉しいのは、苦手だった算数が大好きになり、受験が終わってからも勉強を続けてくれていることです。問題を解くのが楽しい!この気持ちを忘れず、今後に活かしてほしいと思います。
 特に6年生になってからは忙しく、大変な日々でしたが、入江塾でお世話になり本当に良かったです。ご指導、ありがとうございました。

 

●Oくん…関西大学第一・関西大学北陽・大谷(マスター 特待) 合格
ぼくは、五年生から入江塾に通い始めました。初めの頃は全くついていけず、どうしていいかわからず、声を掛けてくれた友達に教えてもらっていました。
6年生の夏期講習から親しくなった友達と教え合いをし、「受験まで○日やから、一緒に勉強し、一緒に受かって、一緒に出かけよう」と声をかけあいがんばりました。
受験当日、行きの電車で個人指導をしてくれていたSH先生に偶然会いました。「がんばれよ」と声を掛けてくれました。
ぼくは「いろいろな人に支えられているんだ」と改めてがんばろうと思いました。そして学校には、いつも送迎してくれていたA先生が来てくれていました。「お前やったら、イケる、頑張れ!!」と喝を入れてもらい、入江先生、S先生、Y先生の似顔絵入りの消しゴムをもらいました。ぼくは緊張から心が張りさけそうになっていたけど、その消しゴムを見て笑ってしまいました。お昼休けいのとき、S先生からの応援メールを母から見せてもらい、元気が出ました。
合格発表の結果を母から聞いたとき、うまく言葉であらわせないぐらいうれしかったです。自分もめちゃくちゃがんばったけど、入江塾の先生たち、入江塾の仲間たち、両親などぼくに関わってくれたたくさんの人たちの、支えと応援があったから最後まであきらめずに合格できたと思います。
本当にありがとうございました!!

 

●Oくんのお母さん
息子が第1志望校の合格をいただきました。入江塾の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。入江塾との出会いがなければかなわなかった…と言っても過言ではありません。
息子が中学受験したいと四年生の秋頃言い出し、正直びっくりし慌てて塾探しをはじめました。息子の性格に合った塾でないと頑張って受験に取り組めないと思い色々と情報を集めていたところ入江塾の事を知りました。ここなら少人数制で通塾経験のない息子も頑張れるかと思い説明会に参加し、早速体験授業を受けました。先生からは息子の大好きな空手も続けてください、と言っていただき五年生から入塾しました。
5年生で初めて受けた11月の模試では、算数が10点で親子で驚き、その場が凍りつきました。何と息子に声を掛けていいかもわからず、このままで大丈夫だろうか?とただただ不安になりました。息子も相当ショックだったようで泣き叫んでいました。S先生に相談の電話をし、「大丈夫ですよ。これからです。泣き叫ぶなら私の前で泣き叫べと伝えてください」と言っていただき、私もほっとしました。その後も受験の直前まで、たくさんいろいろなことを相談させていただきました。どんな時もS先生は真摯に向き合ってくださり、「大丈夫ですよ。男の子はこんなもんです」「お母さんがブレないでください」と言い続けてくださいました。6年生からは特に苦手な算数を個人指導していただきました。個人指導のSH先生への息子の信頼は大きくよく家で話をしてくれました。家では塾の宿題以外何もしない息子も、さすがに志望校がはっきり決まった6年生の夏休み以降は意識だけは変わってきたようでした。でも相変わらず家では何もしない…S先生にご相談させていただき、空手のお稽古以外の週4日演習指導をお願いしました。6年生の夏休み以降模試の結果も安定してきました。何より、思うようにできなかったり、結果が出なければ泣き叫んでいた息子の様子が変わり上手く自分の気持ちをコントロールしているのかとても穏やかな様子でした。息子の長所短所を見極め、息子に合ったご指導のおかげだと思っております。
入江塾最後の日…駅で車に乗り込んだ息子は突然号泣し、「今日で入江塾最後なん、さみしい」と言っていました。私も貰い泣きしてしまいました。
息子はバスと電車の通塾でしたが、一度も塾に行きたくないと言ったことはありませんでした。
塾が楽しい、塾のメンバーが楽しい、そしてわからないことがわかっていくのが楽しいと言っていました。本当に驚きました。そんな言葉がまさか息子から聞けるとは思いもしませんでした。
受験当日、不安と緊張で息子だけでなく私までガチガチになっていた時、S先生から「今までよく頑張った。絶対に大丈夫!行けー!」とメールをいただき、思わずS先生の顔が浮かび、すごく心があたたまり大丈夫だとリラックスできました。A先生は、朝一番、遠方まで来てくださり、息子の背中にバシッと気合を入れて送り出してくださいました。とても心強かったです。
合格結果を電話で報告する息子のそばで、入江塾の先生方とのやりとりを聞いていました。その様子から、息子は入江塾の先生のことが大好きなんだなと感じました。息子は入江塾の先生方を心から信頼しておりましたし、そんな先生方の言葉を信じ、最後まで自分を信じて頑張れたのだと思います。
息子の大好きな入江塾、そしてこれからもずっと好きであり続ける入江塾、入江塾で出会った素敵な仲間たちに、親子共々感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
 

●Pくん…立命館守山(フロンティアサイエンス)・東山(エース)・龍谷大学付属平安(特進ベーシック) 合格
マナ英才学院で1年間、入江塾では3年間と、長い間先生方にお世話になりました。
2つ上のお兄ちゃんが入江塾に通っていたこともあって、中学受験というより対抗心で塾に通いました。
6年生の夏休み前までぼくはいいかげんで宿題をしなかったり、かばんの整理が出来なかったり、先生に大きな口をたたいたり、S先生・Y先生そして個人指導のK先生・U先生に迷惑ばかりかけていました。
行きたいなあと思う学校はぼんやりと5年生の頃からあったけど、まだ本気で勉強をしていませんでした。
一度K先生に本気で怒られた時です。以前K先生の個人指導を受けていたお兄ちゃんが「あのK先生を怒らせるなんて、お前はよっぽどあかんことをしたんやな」とお母さん共に言われ、ものすごく反省しました。それから心を入れ替え、塾に毎日お弁当持ちで行き、真剣に勉強に取り組みました。
過去問も合格点を取れるようになり、ますます塾で頑張りました。合格発表はお母さん・お兄ちゃんと見に行き、まさかのフロンティアサイエンスコースでの合格だったので、とてもうれしかったです。毎日送り迎えしてくれたおじいちゃん・お母さん、お弁当を作ってくれたおばあちゃん、最後まで見捨てず教えてくれたS先生・Y先生・K先生・U先生、本当にありがとうございました。この先も頑張り続けます。

 

●Pくんのお母さん
育星舎に入ったのは3年生になった頃、2つ上の兄が入江塾で勉強しているのを見ていて「ぼくも入江塾に入りたい」と言い、先生に相談させてもらったのを覚えています。
まだ3年生では入江塾は入れないので「マナ英才学院」からでした。そのまま3年生の2月に入江塾に兄に続いて通い始めました。まだ受験したいのかしないのかわからない状態でした。この頃は兄が受験時期に突入していたので、入江塾で兄の中学受験の一部始終を間近で見ていて何か感じるものがあったようです。
5年生になっても宿題はごまかす・失くす、カバンの中身はグシャグシャ・駸々堂模試は見たこともない低い偏差値、自分のやるべきことが出来ていない状態でした。受験するのかしないのか言い合いも多かった時期です。そんな頃に行った私学フェアーで知った、理科の勉強に力を入れている立命館守山中学に一番興味を持ち始めました。
6年生に入ってから、兄も指導して頂いたK先生に算数、マナの時代からのU先生に国語の個人指導をしてもらいました。しかし個人授業の宿題はいい加減で、K先生・U先生に当たり前ですがめちゃくちゃ怒られていました。反抗期に入り話も聞かなくなり、S先生Y先生に面談をして頂き受験を止めて地元の公立中学に行くか相談に行ったほどです。(この時のK先生が本気で怒って下さったのが効きました。)
これが夏休み前の出来事で、それからは心を入れ替えたようで、先生の助言も頂き演習を毎日 前・後半お弁当持ちで行き(家では喧嘩になるので)勉強の調子も冬休み講習、受験日まで追い込みで上がっていきました。兄の時から、塾も先生も信頼しおまかせしていましたので、私たち家族は最後まで見守ることができました。
合格発表の日は私と兄と本人で見に行きました。合格はまさかの上のコースでした。兄と本人が飛び上がって喜んでいました。
祖父の送迎、祖母のお弁当、気を紛らわしてくれた兄、根気よく勉強と人間性を育てて下さった塾の先生方、たくさんの人に支えられてここまでやって来られました。私たち親子を成長させて頂きありがとうございました。
 

●Qくん…立命館宇治・産業大学附属・大谷(マスター) 合格
 僕は受験に勝ちました!
でも、僕はたくさん先生に怒られました。心も折れそうになりました。
6年生後半の模試では、偏差値が下がり本当に心が折れたときもありました。
そんな時でも、先生方はいつも僕を応援してくれました。
夏期講習や冬期講習では、お菓子の時間があり、ちがう学校の友達もたくさんでき、楽しかった思い出もいっぱいできました。その中でも初詣で先生からお年玉をもらい、みんなで北野天満宮に合格祈願をして、みんなで合格できたことがうれしかったです。
ぼくは、先生の為にも、自分の為にも合格したかったので全部合格できて良かったです。
先生、本当にありがとうございました。
 

●Qくんのお母さん
 初めに、このたびは息子が第一志望校並びに、受験した全てに合格することが出来まして、入江塾と先生方にはとても感謝しております。息子には、時に厳しく、長い目で愛情深くご指導していただき、ありがとうございました。
 1/17合格発表当日、発表をみるため息子は小学校を休み、受験した中学校に行きました。よくテレビで見たことのある掲示版が時間ピッタリにオープンされました。二人で焦っていたのか、なかなか番号を見つけられず、合格がわかったときは二人で飛び跳ねて喜びました。息子はすぐに、携帯でS先生に「受かった!」と連絡をしていました。とても嬉しかったのでしょう。父親や家族に言う前に先生への報告でした。先生方と、息子の距離感、今までの頑張りの全てが、この先生への報告で分かった気がしました。同時に、先生方にお会いでき、入江塾に息子をお願いして本当に良かったと思った瞬間でもありました。
 当初息子がお世話になる頃、サッカーと勉強の両立が難しく、受験ができるのかわからない程の酷い成績でした。また、息子はとても幼く、受験に対して本気の様子が、全くありませんでした。当たり前ですが、成績も低迷のままでしたので、国語と算数の個人指導が始まりました。少しずつではありますが、成績も上がってきました。志望校は息子が決め、最初から変わることなくそこだけを目指してきました。しかし、親としては、なぜこんなに勉強しても成績が上がらないものか、もっと真剣になってほしい、漫画を読んでる場合じゃないとか、とてもしんどい思いもしましたし、親子関係が悪くなる時もありました。塾から帰ってくる息子は今日も先生に怒られたと、ニコニコ話していたのが印象的でした。怒られてるけど、塾での勉強は楽しかったようです。あるとき何回も受けてきた五ツ木・駸々堂模試の偏差値が、少し安定もしてきた6年生の10月ごろに、極端に落ちてしまいました。息子は声も出さずに涙していました。私も、掛ける言葉が見つかりませんでした。この時から、本当にスイッチが入ったと思います。自分で心を入れ替え、絶対に合格してみせると、私に宣言してくれました。親としては、ここからがとても心配の毎日でした。飛躍的に成績が伸びることもなく受験当日に近付いていきました。もう親ができることは、息子を信じるだけでした。
 試験当日、息子はすこし緊張していましたが、先生方からのメッセージカードをポケットに入れ何度も何度も行きの電車の中で見ていました。応援グッズの中にある似顔絵付きの消しゴムは、試験中何度も見たそうです。
 試験が全て終わったとき、息子が「やり切ったし悔いはない」と言ってくれました。長く短い戦いが終わったと思いました。息子は、先生方とお会いし、12歳のこの時期に体力の限界まで勉強したことは、一生忘れないと思いますし、これからの自分への強い励みになると思います。ここまで、息子が成長できたこと、先生方には本当に感謝しかありません。
 本当にありがとうございました。
 

●Rくん…龍谷大学付属平安(特進アドバンスト 学費全額免除)・花園(ディスカバリー 特待) 合格
 僕は入江塾に入ったばかりの頃はあまり勉強をせず、遊んでばかりいました。それで模擬試験でも良い点はとれず、模擬試験を受けることが嫌でした。でも、5年の終わりになって、「これではいけない」と思って、勉強をするようになりました。
 6年の夏休みに、国語と算数の個人指導を受け始めました。特に苦手な教科だったので、最初は問題が解けなくて大変だったけど、だんだん模擬試験で点数が良くなって、成績が上がってうれしかったです。この塾に入って合格できたので、とても良かったと思っています。

 

●Rくんのお母さん
 小4の冬からお世話になりました。入塾当初は、中学受験に前向きではなくて、宿題をこなすだけで、勉強をやらされているという態度でした。
 そのような中で、先生方が子供に合った方法で励ましてくださった結果、6年生の夏からは演習時間を増やし個人指導に参加することを自分で決めて、真面目に取り組むようになりました。特に個人指導を受けた結果、算数も国語も解ける問題が増えて、勉強を楽しめるようになっていったと思います。演習では、問題の出来具合を見ながら、問題レベルや教科を適切に選んでプリントを準備して下さり、間違えた問題はその場で解説を受けて、苦手分野をつぶしていくことが出来ました。また、休憩時間に先生からいただくお菓子も楽しみであり、良い気分転換になっていたようです。
 中学校に合格してこれからも勉強は続きますが、入江塾で身につけた自分から勉強する習慣は必ず役に立つことと思います。勉強への取り組み方までご指導いただき、感謝しております。
 先生方、本当にありがとうございました。

 

●Sさん…同志社女子(LA)・平安女学院(RS+) 合格
中学受験の感想は、大変だったけれど楽しかったって思います。塾で友達と勉強し、休憩時間はいろいろな話をしたり、Y先生やS先生に大事な内容を覚えてないとしゃもじで叩かれ、でもうれしかったなぁって。受験直前の年賀状でS先生から「本気がみてみたい」と、Y先生からは「根性だせ」と書いてあり、「もうすっごく頑張ってるのにまだ?!」って思っていたけれどその後「絶対合格して先生達を驚かせるんだ」と頑張りました。同志社女子中学の合格発表で番号を見つけた時、本当にうれしかったです。頑張っても結果につながらなかったりしてがっかりすることもあったけれども、頑張り続ける事が大切だからこれからも頑張ろうと思います。

 

●Sさんのお母さん
このたびは娘を第一希望校へ合格に導いて下さりありがとうございました。入江塾に入塾しましたのは五年生秋でした。それまでは四年生よりS学園に通っていました。希望する中学に強いと説明を受けたからです。しかし授業が進むにつれ成績は下がる一方で、勉強に対する苦手意識だけが植えつけられていきました。勉強を嫌がる娘と対立する日々が続く中、体調を崩し入院することになり、もう受験は無理だと思いながらも病室で何か他に方法はないかと調べ、たどり着いたのが入江先生のブログです。「お母さんあせらないで」のこの一言に救われた気分になりました。すぐ入江塾に電話をし面談を取りつけました。S先生に「任せて下さい、家ではなにもしなくていいです。塾でします。」という言葉をいただき通い始めました。一度ついた苦手意識はなかなか克服されず、さらにやる気も起こらない娘を一年半かけて根気強く指導していただきました。それは少しずつ小さな点となり、あと二週間で入試というときにはその点が線にかわり、線の上を駆け抜けるように勉強をしている姿に驚きました。合格の報告に伺った時にS先生、Y先生に抱きしめられ満面の笑みの娘の顔が忘れられません。今はこれからの六年間は夢を叶える時間にする!勉強も頑張る!と話しております。娘の人格まで成長させていただけた入江塾に感謝です。


●Tさん…光華(スーパープリムラ 特待)・花園(ディスカバリー 特待) 合格
私は5年生の夏休みに入江塾に入りました。最初は全く授業についていけなくて大変でした。でも、演習のときなどにS先生やY先生、K先生など、個人指導ではT先生が、丁寧に教えて下さったおかげで、授業にもついていけるようになりました。
受験当日はとても寒い日でしたが正門前でN先生と合流し、励ましの言葉を頂き、たくさんの先生方からのメッセージや入江先生S先生Y先生の似顔絵が描かれた消しゴム等を受け取り「絶対に全額特待で合格する!」という気持ちが一層強くなりとても心が温かくなりました。また、休み時間にもメッセージを読み返しやる気を出しました。
翌日15日のお昼過ぎに速達で結果が届きました。自分で開けて中身を確認すると、合格通知と特待生認定の手紙がありました。とってもとっても嬉しかったです。
夕方には第2志望校の結果がホームページ上で発表されたので、この学校も自分でクリックして確認をしたら、全額特待生として合格していました。本当に良かったと思いました。
私が合格できたのは、今まで教えて下さった先生方のおかげです。また、毎日楽しく塾に通えたのは一緒に頑張る友達がいたおかげです。入江塾へ来なければ、こんなすてきな友達に出会えなかったと思います。友達がいたから、私も最後まで頑張ることができました。
入江塾で過ごした時間で得たことを忘れずに、中学校へ行っても頑張り続けます。
本当にありがとうございました。

 

●Tさんのお母さん
娘と入江塾との出会いは小5の夏でした。
小4の夏まで大手塾へ通い、スポーツ系の習い事が2つと英語との両立生活でした。しかし、オプション講座や模擬テスト等が重なると時間的にも精神的にも余裕が無くなり、娘の顔から笑顔が消えていくのがわかりました。
付属の小学校へ通学していたこともあり、親としてはこのまま上の中学へ上がり好きな事に没頭し楽しく過ごしてくれたらと願っていましたので、そのときは通塾を辞め、自宅でのWEB学習に切り換えて勉強は無理のない範囲で頑張る道を選びました。
しかし、小5の夏休みを迎える直前になり、頑固で融通の利かない娘が外部への進学を強く希望したことがきっかけになり、通塾を再開することになりました。
眉間に皺を寄せながら悲壮感を漂わせ、辛そうに机に向かう娘の姿はもう見たくない。そんなのは本当の勉強じゃない。…どこか良い環境はないかと思っていたところ、「競争原理を利用しない。習い事も継続できる。三位一体となって受験へ取り組む。」ということを聞き、入江塾の門を叩きました。
入塾当初は授業に全くついていけなかった娘でしたので少々不安を憶えましたが、「塾が楽しい」「勉強が楽しい」「なんで初めから入江塾に通わへんかったんやろ」等々、ポジティブな言葉と表情が消えることは受験が終わるまでありませんでした。
先生方の手厚いサポートのお陰で何とか授業にもついていけるようになりましたが、志望校選択に際し、親の勧めは聞かず自分の思いを声高らかに主張する割にマイペースに危機感なくのんびり過ごす姿に、親のイライラが日々募っていく時期がありました。面談において先生方へ愚痴をこぼすことばかりでしたが、その都度しっかりと受け止めて頂いたことで、体調管理とスケジュール管理に専念し、余計な口出しを極限にまで抑え、女優を演じマネージャーに徹することができました。お陰で思春期真っ只中で難しかった娘との関係も、比較的良好な状態のまま終えられたのではないかと思っております。
この度、娘が目標だった全額特待生での志望校合格を得ることができたのは、時に厳しくしかし常に愛情深く親身になり温かくご指導下さった先生方と、目標に向かい共に頑張る、心の支えとなる素敵なご学友達に恵まれたからだと思います。
「入江塾で良かった。」
受験を終えた今、改めて心からそう思います。
本当にありがとうございました。

 

●Uさん…聖母学院(GSC 自己推薦) 合格
私は聖母学院中学校に合格できて、本当に嬉しいです。合格できたのは、入江塾の先生方のおかげです。ありがとうございました。
初めは、入塾したのが遅かったので「本当に合格できるのかな…」と、不安でした。これまで受験勉強をしたことがなく、「夜の9時半までやるんや、へぇー…」という感じでした。
でも実際にやってみると、とても辛かったです。しかし、「周りの友達も同じ気持ちだし、先生方も応援して下さっている!それに自分のためにやっているんだ!」と考えると、やる気がでてきました。
それでも辛い時は、塾にはられている聖母学院のポスターを見て、私が聖母学院の制服を着て歩いている姿を想像して、この夢が実現できるように努力しました。
そして私は、聖母学院中学校に合格しました。
ホームページで受験番号を見た時は、すごく嬉しかったし、諦めずに頑張ってきて良かったと思いました。
入江先生、S先生、Y先生、T先生、その他の先生方、本当にありがとうございました。

 

●Uさんのお母さん
この度は志望校に合格することができ、入江塾の先生方には御礼申し上げます。
入江塾にお世話になったのは、6年生の6月からでした。ちょっと中学受験を考えてはいたものの、習い事が忙しく、塾を探し始めたのは6年生になってからです。
家から近い、習い事と両立できる、6年生からでも受け入れもらえる、などの条件から、たどり着いたのが入江塾でした。
最初の問い合わせのお電話で、これまで全く受験勉強をしたことがなく、すでに6年生であることを、恐る恐る伝えたところ、「大丈夫ですよ~、とりあえず一度、体験にいらしてください。」と言っていただき、そんなものかと拍子抜けしました。
しかし、いざ入塾となると、「6年生から始めるなら、本人にはかなり頑張ってもらわないといけない。家でもできるだけやっていかないと間に合わない。」とのことでしたので、先生と相談し、塾では週8時間の演習と算数の個人指導をお願いすることにしました。
最初は、授業の内容も全くわからず、家での勉強もせず、本当に受験する気があるのか?と思うような事も多々ありましたが、それでも「塾にいきたくない」と言ったことは一度もありませんでした。
模試で切腹レベルの成績をとってこようとも、温かく見守って下さった先生方には、本当に感謝致しております。
秋以降は志望校も決まり、もう少し演習を増やし、習い事も休ませようかと思いましたが、結局最後まで休むことはしませんでした。
長年続けている箏では、秋に演奏会があったり、年末には演奏依頼を受けて、東京まで行くことになったりしましたので、最後の数ヶ月は、箏の稽古、塾、親子喧嘩、の繰り返しで、本人も大変だったと思います。
でも、受験も習い事も、すべて本人が挑戦すると言ったことで、今となっては、やって良かった、そして、入江塾に行って本当に良かったと話しております。
先生方、最後まで面倒見ていただき、本当にありがとうございました。


●Vくん…立命館宇治(推薦) 合格
 初めは入江塾の先生はスパルタ教師なのかと思っていましたが、優しい先生方だなと思いました。唯一怖かった先生はS先生とY先生です。何故なら、演習の時に間違えると伝統だと思われる木のしゃもじで頭を叩いてくるからです。
 いろんな思い出があります。僕の苦手な教科は理科です。食塩水や豆電球の問題が苦手なので、その問題が出たら「当てて欲しくないな」と思ったり、間違えると立たされるのが怖いので、当てられるとしどろもどろになったりしました。受験が間近に迫ってくると過去問をやっていましたが、算数の①と②は絶対に全問正解しないといけないのですが、間違える時がありました。国語のK先生が出す漢字テストや語彙カードテストは、日頃の確認が大事な事がわかりました。
夏期や冬期講習ではおやつに夏はアイス、冬はチョコスティックが出て、とても満足していました。
 推薦があってですが、立命館宇治中学校に合格しました。推薦も合格も、入江塾の先生のおかげだと思っています。
 本当にありがとうございました。 

 

●Wくん…立命館宇治(推薦) 合格
 僕は入江塾に入った時は友達がいなくて一緒に入った子としか喋っていなかったのですが、何日か通う間に友達が少しずつ増えていきました。今では、とてもいっぱい友達がつくれました。また、塾の先生とも仲良くなりました。
 先生はとても強く怒る先生もいて、その中でもS先生とY先生がとても怖かったです。S先生もY先生もしゃもじを使って僕や他の生徒の頭をよく叩いていました。でも、その怖いS先生とY先生もよくよく思い出せば少し優しい面もありました。例えば、一番最後の日は僕の背中をポンっと叩いて「頑張ってこいよ」と声をかけてくれました。もう一回しゃもじで叩かれたいとは思いませんが、しゃもじを使う事でやる気を出させようとしていてくれていたんだと思います。しゃもじで何回も叩かれたくないと思っても、僕はまたすぐに叩かれていた事をS先生とY先生が一番よく知っていると思います。
 また、六年生になってから国語の個人指導をして頂いたK先生には、二人だけで教えて貰っているのに漢字を間違ってばかりなど、迷惑をかけていました。それでも丁寧に教えてくれて、感謝しています。
この一年間、本当にありがとうございました。
 

●VくんWくんのお母さん
 四年生頃から、通っている私立小学校の中学にそのまま上がるか他校を受験するか、親として悩んでおりました。
 学業と芸道の両立、芸道で学校を遅刻・早退・休む事を理解して頂ける学校を探し、SAプログラムのある立命館宇治中学校への受験を考えはじめました。勿論、本人の意志が大切ですので、五年生春から両校のオープンキャンパスや学校案内のイベントや入試説明会に親子で参加して子供と話し合ってきました。子供達は参加した立命館宇治のオープンキャンパスで豚の解剖に驚き、怯えてしまいました。我が家では暫く学校名が禁句になっていたほどです。どちらを受験するにも学力を上げねばと覚悟を決め、伸学αから入江塾に五年生の秋に移行しました。立命館宇治を推薦で受験する為に三月からの模試結果を気にはしていましたが、六年生のオープンキャンパスで自ら豚の解剖を見学し「臓器を触った、これでもう怖くないから受験する。」と報告された時が本当の意味でのスタートでした。
 学校に比べて授業内容の進度が早く、追いつくことに追われている間も先生方のありがたい叱咤激励。何かあった時にはご連絡を頂けるので、安心して子供を預けておりました。
 通塾中は二人揃っていろいろやらかしております。宿題提出しない、授業も上の空、送迎バスに乗り遅れ勝手に市バスで追いかける(これは私のアドバイスミスでしたが)、しゃもじでお仕置きされる、等々。全て本人達が失敗した結果です。そんな失敗を糧にしながら、少しずつ成長できた様に思います。暖かく見守っていて下さる先生方のお陰で、最後まで「塾楽しい」と通う事ができました。違う小学校のお友達とも仲良くなり、今は「塾に行かないのは寂しいな」とまで言っております。
 SA推薦での合格を頂けたのも、子供の本質をご理解頂き、それぞれの個性を受け入れて頂いた入江塾のお力によるものだと深く感謝しております。入学後は入江塾の名に泥を塗らぬよう、学校生活をサポートしていこうと思います。
今までのご指導、ありがとうございました。
 

 

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2016年度入試合格実績 計29名(学力選抜なし)

洛南高校附属1名、洛星3名、京都市立西京高校附属1名、高槻1名、同志社3名、京都女子(Ⅱ類)5名、同志社女子(LA)1名、
東山(ユリーカ)4名(エース)6名、立命館(アドバンスト)1名(総合)1名、立命館宇治1名、奈良学園(特進)1名、函館ラ・サール1名、産業大学附属8名(うち2名学費全免、1名学費半免、1名学費1/3免)、京都学園(特進ADVANCED)4名(うち1名学費全免)、平安女学院(RS+ 自己推薦)1名(GS+ 学費全免)1名、龍谷大学付属平安(特進アドバンスト 学費全免)1名、聖母学院(Ⅲ類)2名(うち1名学費半免)、橘(学費半免)1名、ノートルダム女学院(A類総合)1名、大谷(マスター)1名、文教(ACTα)1名、土佐塾1名、香川誠陵1名

 

●Aくん…洛南高校附属・高槻・産業大学附属(学費半額免除)・土佐塾 合格
僕が入江塾に入ってよかったと思うことは三つあります。まず、一緒に学べる友達がたくさんできたこと、次に、個人指導が分かり易く自分に合った先生を選んでくれること、最後に、勉強する時間と休憩時間とがはっきりしていて、休憩時には公園に行ったりおやつをもらえたりしてメリハリのある時間が過ごせたということです。
そして、僕が志望校である洛南高校附属中学校に合格できた主な理由も四つあります。
一つ目は、S先生とSH先生をはじめとする先生方がとても熱心に教えてくれたこと、二つ目は、その日に解いた過去問でやり残した問題は家でも父と復習したこと、三つ目は、塾の友達と「合格しろよ!」とお互いに励まし合ったこと、四つ目は、個人指導をしてくださったSH先生が試験当日会場まで来てくれて背中をドンと押してくれたこと(気持ちが落ち着きました)です。入試本番で一番大事なことは、極限の集中状態になることだとも思いました。
僕を今まで支えて下さった入江塾の先生方、ほんとうにありがとうございました。

 

●Aくんのお母さん
 この度、息子が希望校に合格することができまして、入江塾と先生方には、非常に感謝しております。
 息子は、4年生の秋まで大手塾に通っていましたが、競争を煽り、ちょっとできないと周りがあざわらうような雰囲気と、大量の宿題にも追われ、本人の顔色もよくない状況になっていましたので、やめさせました。
 どこかいい塾がないかと考えていましたところ、この入江塾の話を聞きにまいりまして、入江先生の考え方や、S先生もおっしゃっていましたが「自分が一人ひとりに目を配れる生徒の人数」という規模的なところ、生徒同士が仲がよいといったお話を聞きまして、主人も気に入ったようで「ここでお世話になろう」と。また、5年生まで通っていた入江塾の出町教室がウチのすぐ近くだということもありました。
 親から見ると「塾に行くのが楽しい」「仲のよい友達ができた」という息子の様子が大変嬉しいことでした。
 受験勉強については、新6年生から運よく洛星対策コースに入れていただきました。それで、洛星中学受験に向けてがんばっていくのだなと思っておりましたら、6年の秋ぐらいに本人の身が入らないようになってきました。
 本人は以前から「洛南に行きたい」ということは口にしていましたが、力も伴っていなかったので親としてはあきらめているものと思っていましたら、本人の意思はかなり固く、11月の下旬の面談でS先生に「本人は洛南に行きたいと言っている」と打ち明けますと、「何でもっと早く言ってくれなかったのか。洛星とは入試問題の傾向も全く違う。」と驚かれつつも「分かりました。全力を尽くします」と言っていただきました。
 本人の勉強に対する態度が変わったのは、そこからです。どんどん過去の入試問題を解いて、分からないところを教えていただくのですが、好きな学校の過去問に向かうこと自体が楽しいという感じで、目の色が変わっていました。12月のクリスマス前から受験が終わるまで1日も休むことなく塾に通わせていただきました。
 やる気を出すと、子供は短い期間でもどんどん伸びていきます。伸び切れないうちに受験日を迎えたのではないかという不安も正直ありましたが、本番では、集中力や運も作用するのだと思います。洛南受験の当日は、SH先生…息子は「王子」と呼んでおりますが…その王子先生に応援に来ていただきまして、背中をドンと叩いていただき、かなり落ち着いたと言っておりました。
 受験勉強の期間中も、悩みごとや困ったことがあったときは、S先生にメールをすると、いつもすぐに的確なアドバイスを返していただき、親自身も落ち着くことができました。仲のよい塾の友達と励まし合ってがんばれたということも大きかったと思います。
 おかげを持ちまして、息子も親も、今は大変ホッとしております。本当にありがとうございました。

 

●Bくん…洛星・東山(ユリーカ) 合格
 僕が入江塾に通い始めたのは4年生の夏からです。姉が入江塾に通っていてとても楽しそうだったのでこの塾にしました。それまで僕は公文に通っていたので計算は得意だったけれど、楽しいとは感じませんでした。けれども、入江塾で問題一つ一つをじっくりと解説してくれて「こんなやり方もあったのか」と驚いたり、自分の考えを発表したりする内に算数が好きになっていました。宿題は正直めんどうくさいと思うこともあったけれど先生達の授業はおもしろく、がんばることができました。
 この塾でよかったと思えることは、勉強が楽しくなったことと、仲間と出会えたことです。この塾には個性的な人が何人もいて、競いあったり教えあったり、休憩時間にいろんなことを話したりと楽しく過ごすことができました。いろいろなことを教えて下さった先生方、ありがとうございました。

 

●Bくんのお母さん
 いろいろな人のいる中で、中高の6年間じっくりと学んで欲しいという思いから中学受験を希望しました。しかし小学校の早い時期からたくさんの課題を与えられ、毎日遅くまで勉強するということは不自然で無理のあることだと思っておりました。
 入江塾には2つ上の姉の時からお世話になっています。姉が楽しそうに通塾しているのを見て、息子も当然のように通うものだと思っていたようです。姉弟揃って個性的で、姉はとてもマイペースでおっとり、弟である息子は要領は良いものの落ち着きがない、その上息子は早生まれで体も小さく、精神的にも幼い。とても大手塾のペースではついていけなかったと思います。
 息子が本格的に勉強を始めたと感じたのは6年生の夏に志望校の対策授業が始まってからです。難問を一つ一つじっくりと解いていく、そのようなやり方がとても合ったようで、勉強に集中する時間も増えました。塾は楽しく嫌がったことは一度もありませんし、この頃から勉強が楽しいと言いだしました。娘の時にも感じたことですが、息子にとって合格がゴールではありません。学ぶことを楽しいと思わせていただけたことを嬉しく思っています。
 最後まで「落ち着け」と言われ続けていましたが、時には厳しくしかしあたたかく気長に指導くださり、のびのびと息子らしく過ごすことができました。入江先生を始め諸先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
 最後になりますが、合格発表が終わってから、息子が「テスト、めっちゃ楽しかった」と言いました。この一言を聞いて入江塾にお世話になれて良かったと思いました。

 

●Cくん…洛星・立命館(アドバンスト) 合格
 入江塾では2年間お世話になりました。初めは授業についていけるかどうか不安でしたが、先生たちの分かりやすい授業がとても楽しく毎回塾に行くのが楽しみになりました。
 5年生の間に色々な学校へ見学に行く中で、勉強だけでなくクラブ活動にも力を入れていたり、生徒の力で行事をつくり上げている洛星中学がとても印象に残り、自分もこの学校で色々な事に挑戦していきたいと思うようになり、6年生になる頃には第1志望校が決まりました。
 ところが模試では国語の浮き沈みが激しくて苦手意識をもっていたのでT先生に個人指導をお願いしました。初めは簡単な問題から解き徐々に志望校の過去問の練習へとうつりました。志望校の国語は物語の長文をじっくりと読み解かなければならないことと、自らの考えを記述して答えなければならなくてとても苦戦しました。しかしT先生が丁寧に指導してくださったので徐々に長文を読み解く事にも慣れてきて、少しずつ国語の授業も楽しめるようになってきました。
 洛星対策授業では特に算数の授業で過去問をじっくり時間をかけて考えていくのがとても楽しくなり週に一度の授業がとても楽しみでした。同じ学校を目指す仲間にも出会う事が出来たお陰で絶対に合格したいと思う気持ちが強くなっていきました。
 入試当日はとても緊張していましたが、入江先生が応援に来てくださり 、先生と一緒に受ける仲間の顔を見て少し落ち着くことが出来ました。発表の時はドキドキしましたが無事に自分の番号を見るけることが出来てほっとしました。
 これからも自分の夢に向かって頑張っていきたいと思います。
 入江塾では色々な先生にお世話になって勉強の楽しさを教えてもらえて感謝しています。有難うございました。

 

●Dくん…洛星・東山(ユリーカ) 合格
ぼくは、小学4年生の2月から入江塾に通いました。5年生のときに行ったオープンキャンパスが印象に残ったので、洛星中学を目指すことにしました。初めのころは洛星中学に入るためにかなりがんばって勉強していました。でも、6年生になってからは、宿題が面倒くさいと思い、サボってしまったことも何度かありました。それでもあきらめずに最後までやりとおすことができたのも、洛星中学に合格できたのも、入江塾の先生達のおかげだと思います。本当にありがとうございました。

●Dくんのお母さん
 2年間、この塾でお世話になりました。初めて面談で、S先生から「今からでも間に合います。」と言っていただき、とても心強く感じて入塾を決めたことを今も覚えています。
 入塾した当初の息子は、初めての塾通いという目新しさや緊張感などもあり、親からの口うるさい関与を受けて、家でも一生懸命宿題をこなしていたように思います。しかし、6年生になってから、徐々に宿題をさぼるようになりました。そして時折「なんで、受験をしないといけないの?」と口にするようにもなりました。入塾前に話し合い、意思を確認しあった上でのことでしたが、やはり親の誘導によるところが大きいものですから、決意の脆さが出てしまったのでしょう。また、ストレスや疲れも溜まり、息子にとっては前へ進めない「何か」があったのだと、今はわかります。息子自身の精神的な幼さが、自分を律して何かを我慢し、やるべきことや目標に進むという強さを崩していたのだとも思います。
 6年生の6月ごろから秋ごろまで、徐々にマシにはなっていくものの、なかなか軌道に乗れない時期が続き、何度も辞めようと思いました。そのたびに、先生方とお話させていただき、また先生方も息子に個別にお話をしてくださって何とか引っ張っていただきました。最後の最後まで「集中!」とよく先生に注意いただいており、ご心配をおかけしておりましたが、無事第一志望校、第二志望校ともに合格することができましたのは、ひとえに先生方のご指導のおかげだと感謝しております。
 振り返ってみますと、決して他の皆様がご参考にしていただけるような受験勉強生活ではありませんでした。もっともっとこんなふうに、あんなふうにできたのではないか、関われたのではないか、と思うところはたくさんあります。しかし、この塾でお世話になり、先生方やお友達にも恵まれ、どんなに宿題や課題をさぼっても、最後まで息子が通塾を嫌がることはなかったということ、お友達のことを思い、「一緒の中学に行きたい」と言うようになったこと、それだけでも息子にとって得ることが多かったのだと思えます。
 合格通知をいただいた中学校の校舎の中で、校長先生に「おめでとうございます。」と握手をしていただき、うれしそうにしておりました。それを起爆剤にして今後の中学校生活を有意義に過ごしてほしいと思っています。最後に、先生方にはこのような愚息を最後まで見放すことなく、愛情深くご指導いただきまして本当にありがとうございました。今後の入江塾の益々のご発展を祈念いたします。

 

●Eさん…京都市立西京高校附属・産業大学附属(学費全額免除) 合格
私が入江塾に通い始めたのは、3年生の2月からです。初めての授業でS先生が、「日本で1番多い名前だからちゃんと覚えてね」と自己紹介されたのを今でも覚えています。
 最初は宿題や天声人語の書写をするのがとても嫌で、提出日の前日までいつもためていました。「やろう」と思ってもそれがなかなか行動に移せず、6年生までずっと同じことを続けていました。
 そんな私が「やる」と気合を入れたのは11月末ごろです。模試テストで、志望校の合格率が50%にとどかない、という結果だったからです。「今まで努力しなかったからだ」と思い、「これからはしっかり勉強しよう」と決めました。
 冬期講習前は、友達から「遊ぼう」と誘われても断らなければならないことがありました。さらに、冬期講習は、朝9時半から夕方5時まで毎日塾に通ったため家に帰ったときはへとへとでした。しかし、「合格」という同じ目標を持った仲間がいたので、勉強も嫌になりませんでした。
 入試当日は、応援グッズ・メッセージカードを配られ、あまり緊張はしなかったです。今までで1番成績がよかった模試テストの結果を思い浮かべて、「自分はかしこい」と頭の中でずっと思い、自信を持ちました。
 受験勉強はとてもつらかったです。しかし、その何倍も楽しかったです。とてもやさしいS先生、Y先生、そしてその他の先生方、3年間勉強を楽しく教えてくださり、本当にありがとうございました。

●Eさんのお母さん
入江塾を知ったのは娘が3年生になって進学塾を探し始めた頃でした。学校生活や遊びを犠牲にしてまで受験勉強に専念させることに疑問を感じていましたので、大手進学塾と違い、学校生活と受験勉強を両立できる点に魅力を感じて入江塾に決めました。5年生の中盤までは週1回の授業と週テストのみで、難問に挑戦するより基礎を徹底することに重点が置かれていました。他塾に通っている生徒さんの話を聞くと「もう少し応用問題をさせた方が良いのでは」と少し不安になりましたが、先生方を信じて、塾の方針にお任せすることにしました。おかげで娘は充実した小学校生活を送ることが出来たように思います。6年生になると模試の成績に一喜一憂する日々が続きましたが、個人指導や演習、夏期・冬期の講習を通じて少しずつ自信を付けて本番に臨むことが出来ました。中高一貫公立校の問題対策や面接の練習まで、娘の性格や特性をよく理解して頂いている先生方に指導して頂いたことは、入江塾以外では得られなかったことだと思います。特にS先生にはうっかりミスの多い娘に「3か条の教え」を授けて頂き、しつこく叩き込んでいただいたおかげで本番ではミスなく実力をフルに発揮できたようです。受験会場から出てきた娘のすっきりした顔を見て、成長を感じるとともに、合否に関係なく入江塾での受験勉強は無駄ではなかったと思うに至りました。今、娘は中学校生活を楽しみに待っているようです。燃え尽きることなく受験勉強を終え、新しい生活の一歩を踏み出せることを親として大変喜ばしく思っております。これまでのご指導本当にありがとうございました。

 

●Fさん…京都女子(Ⅱ類) 合格
 私は、新3年生になってから入江塾に入りました。その頃は週に1回だけの授業だったので、マイペースな私でも授業についていくことができたし、分からないことがあってもU先生やTOM先生、TOK先生に丁寧に教えてもらうことができました。
 4年生になって、本格的な受験に対する授業が始まりました。その頃から私は、誘惑に負けてしまい、友達との遊びに走ってしまいました。その状態が5年生の終わりまで続きました。(だから、新5年・6年の皆さん。まだ可能性はある!)そんな私を本気にさせてくれたのがS先生でした。ある日、私は面談室に呼ばれました。すると、初めに「あんた、このままやったら行きたい中学行けへんで。」と言われました。すごくショックだったけれど、今ふり返ると、あの一言があって本当に良かったと思っています。
 6年生の春休みに入ってから、少しずつ勉強に対する気持ちが変わっていきました。でも、S先生には「まだまだ足りてない。」と言われました。そんな時もあの一言を思い出して頑張りました。
 いろいろな中学校のオープンキャンパスへ行き、第一志望を京都女子中学校に決めました。入江塾でも、『京女対策授業』が始まりました。しかし、その時点では成績が足りておらず、授業を受けることは許されませんでした。でも、7月の駸々堂模試で奇跡的にそのラインを超えることが出来ました。そこで、同じ目標を持った友達と出会いました。私は、「受験勉強は1人で孤独にやる」というイメージがあったのですが、「皆で一緒に目標を達成する」という方が楽しく勉強できるということを知りました。
 11月に入り、私は算数に加えて、理科の個人指導を始めました。先生はY先生だったので、楽しく分かりやすい授業となりました。しかし私は、4・5年のときに何もやってこなかったので、「ミツバチは肺呼吸で、アシナガバチはエラ呼吸。」などと言って、何回も先生を泣かせてしまいました(笑)。また、「死んでもおぼえろ!」と言われることがよくありました。
 冬期講習に入り、皆の顔も一気に真剣になりました。私は、年末年始も1日も休まずに毎日塾に通い続けました。
 受験前日、ホワイトボードに落書きをしたり、皆で記念撮影をしたりしました。でも、これで一緒に戦ってきた友達ともお別れだと思うと涙が出てきました。そして皆で、泣きながらお別れをしました。そのとき、入江塾は「勉強の教育」だけでなく「人間の教育」もしてくれる、最高の塾だと思いました。
 いよいよ受験当日。門の前にはS先生が来て下さりました。応援グッズとしてもらったのは、「いつもは鬼なのに美しく優しそうに見えるS先生と、うそのはずなのに本当に18歳に見えるかわいいY先生と、小さく若くなった入江先生」の似顔絵入り消しゴムと、おかし、カイロ。そして1番うれしかったのは、先生方からの応援メッセージでした。
 「算数では22/7(注:円周率のこと)、国語では 読め。力を出し切ってこい!」という強い言葉に背中を押され、4人でいっしょに教室へ向かいました。休憩時間になると、そのメッセージカードを読み、安心することが出来ました。
 合格発表の日になりました。その日、私は同女の入試を受けていたので、結果を見るのが13:00になりました。車の中、スマホで合格発表のらんをクリックしました。1101、1105…ときて、1108がありました。とてもうれしくて車の中で飛びはねて喜びました。すぐに、S先生に連絡をしました。するとS先生は、「やろ!でも、よう頑張ったなぁ。良い意味で期待を裏切られたわー!しかも、京女メンバー全員合格やで!」と言われました。いっしょに頑張ってきた友達も合格していたと聞いて、もっと高く飛びはねました。本当に良かったです。
 最後になりましたが、私が合格できたのは、支えて下さった先生方、友達、家族のおかげです。特に先生方には、本当にお世話になりました。生徒1人ひとりに、一生懸命に教えていただき、ありがとうございました。
この大切な思い出を、死んでも忘れません!!!

 

●Fさんのお父さん
 「もしかしたら中学受験するかもなぁ…」。そのような軽い考えで、小学3年の2月に入塾しました。「受験を意識しないといけない時期になれば、きっと先生が導いてくれるだろう」。そのような受け身の考えだったので、受験生になる新6年生の2月に入江先生から「先生・生徒・保護者が三位一体となり、信頼関係のもとに受験に臨む!」と話があった時も、「先生を信頼してすべて任せているし大丈夫」と深く考えていませんでした。それは単にすべてを先生と娘に押しつけているだけの無責任な親の姿であり、受験生の親として“失格”だということにまったく気がついていませんでした…。
 そのようないい加減な親の姿は、娘の学習にも表れていました。受験生としてスタートを切った春休みに入る直前、まだ娘は学校の友達と一緒に地元の市立中学校に進むことを希望していました。そこでS先生に面談をお願いし、受験に向けてまず親が腹をくくる覚悟をしました。決め手となったのは、今まで甘やかして育ててきた娘に、小学校の間に「これだけは頑張った!」と胸を張って言えることを作ること。その努力を通してひとりの人間として成長し、「やればできる!」という自信をつけてほしいとの願いでした。そして娘と時間をかけて、自分の将来のこと、受験に対する娘の考え、親の考えなどをじっくりと話し合いました。3月以降、毎月のようにS先生、Y先生に面談をしていただき、時にはメールで娘の学習状況や親としてあるべき姿について指導していただいたことに、心から感謝しています。
 春休みに入ってから、少しずつ娘の勉強に対する姿勢が変わっていきました。オープンキャンパスや学校説明会に行ったことで娘も受験に向けて実感が湧き、ますます勉強に力が入ってきました。娘や親としては十分頑張っていると思っていたのですが、それでもS先生、Y先生からは「まだまだできる。もっと集中して!」と叱咤激励していただき、娘はがっかりしながらも「S先生、Y先生から信頼されるようになりたい!」と頑張り続けました。娘にとっておふたりは、まさに人生の師として憧れになっていました。
 大きな転機となったのは7月の駸々堂模試です。ちょうどその頃、紆余曲折の後、第一志望は少し背伸びして『京都女子中学校』に決めました。入江塾でも『京女対策授業』が始まりましたが、成績が足りていない娘は受講することが許されませんでした。それでも、7月の駸々堂の結果が良かったらという条件付きで夏期講習からの受講許可をいただき、奇跡的に成績をクリア!そこで仲間になった“京女4人娘”との出会いが、娘に大きな力を与えてくれました。それまでも入江塾へ行くことを楽しみにしていたのですが、特に同じ目標を持つ“仲間”ができ、“チーム”で一緒に受験に向かうことで大きな刺激をもらい、仲間のみんなが娘の持っている能力以上の力を引き出してくれました。
 夏休みは自ら『勉強200時間!』のチャレンジ目標を立て、それを楽しみながらクリア!秋以降も勉強を苦にすることなく、年末年始も1日も休まず、まるでUSJに遊びに行くかのように毎日の勉強を仲間と楽しみながら受験を迎えました。受験日直前には、これまで経験したことがない緊張感から少し弱気になっていましたが、先生方にサポートしていただき、プレッシャーを乗り越えて“第一志望合格”をつかみ取りました。
 娘は受験勉強を通じて、本当に大きく成長したと感じています。また「子どもの可能性は無限大」と言いますが、親が子を信じることの大切さをあらためて実感し、私も学ばせていただきました。それは入江塾のポリシーである三位一体教育、いや一緒に頑張る仲間を入れると“四位一体教育”でしょうか(笑)。単に第一志望に合格しただけでなく、それ以上に高い目標に向けて努力することの大切さを学び、良い師、良い仲間に出会い、恵まれた環境の中で、大きく成長させていただいたことに感謝しています。この経験を糧にして、さらに中学では“京女4人娘”と共に、新しいことに果敢にチャレンジし夢の実現に向けて頑張ってほしいと願っています。
 先生方には親身になってご指導いただき、本当にありがとうございました。また、一緒に受験を“楽しんで”くれた仲間のみなさんにも感謝の気持ちでいっぱいです。
 本当にありがとうございました!

●Gさん…京都女子(Ⅱ類)・聖母学院(Ⅲ類) 合格
私は四年生の一番最初から入江塾に入りました。四年生、五年生の頃は授業と、週一回の演習だけなのに、宿題も答えをみたり、解説を写したりばかりしていました。そんな私が京都女子中学校に行きたいと思ったのは五年生の時です。いろいろな学校のオープンキャンパスや学校説明会に行きました。京都女子中学校の学校説明会に行き、授業体験をした時、かわいい制服で図書館にはたくさんの本がある、ここに行きたい。そう思いました。六年生になり、S先生に個人指導をしてもらい、京女対策授業が始まると、自分の算数のできなさにびっくりしました。しかし、天使のようなS先生や、女神のようなY先生(笑)に何度も分かりやすく解説してもらいました。そのおかげで京都女子中学校に合格できたのだと思います。そして受験当日・・・S先生に応援に来てもらい、応援グッズとメッセージをもらい、緊張もほぐれていきました。国語、算数、理科、社会、すべての教科において緊張することはありませんでした。しかし、試験が終わってから、落ちているかもしれない、という不安でいっぱいになりました。合格発表の日・・・自分の番号がなかったらどうしよう、という気持ちで結果を見ました。「1009番あった!」合格したことが分かると、すぐにS先生に連絡しました。すると、「よかったなー、京女対策全員合格してるでー」と言われ、本当に嬉しかったです。個人指導や京女対策をしてくれたS先生、理科をつきっきりで教えてくれたY先生、入江塾の先生方、本当にありがとうございました。先生たちに教えてもらったことは一生忘れません。

 

●Gさんのお母さん
 入江塾の先生方、3年間娘を時に厳しく、愛情深く指導していただき本当にありがとうございました。お陰様で無事第一志望の京都女子中学に合格することができました。
 思い返せばいつまでたってもやんちゃで幼い娘で落ち着いて勉強することができず、塾に通ってはいるものの本当に受験なんてできるんだろうかとずっと不安でいっぱいでした。先生に相談するといつも「6年生になるまでに少しずつ少しずつ絞めていくから大丈夫。そんな早くに追い込んだって最後まで持たへんよお母さん。」と言ってくださり、ピアノやスイミングなどの習い事について相談すると「そうですね~、志望校が難関校で合格にひと踏ん張りしないといけない場合なんかには2、3か月休んでもらうことになるかもしれませんねぇ。」と言われ、そんなんで大丈夫か?!と反対に不安になるほど先生方はおおらかでどっしりと構えておられました。ちなみに娘は1か月休んだだけでした。
 6年生最後の1か月程は先生と相談し、娘の希望で毎日塾に通いました。学校の話を全くしない娘ですが塾の先生や友達の話はきりがなく、私が半ばあきれて「塾の何がそんなに楽しいの?」とよく言いました。
 入江塾はある意味変わった塾です。きっと普通の塾は難関校に何人入れたかが全てなんだと思います。しかし入江塾は、出願が近づいてからⅡ類Ⅲ類の併願で願書を出したいと言い出した娘に、「無理して入ったら勉強についていくのが大変で学校生活が楽しめへんからやめとき。Ⅱ類に合格してから勉強頑張ってⅢ類に上がればいい。」と話してくださいました。専願で受けてもⅡ類に合格しやすいわけでなく、併願でⅢ類に何とか引っかかれば“京女Ⅲ類合格”という入江塾の功績にもなります。なのに娘の事を思いⅡ類専願で受けさせる入江塾はある意味塾としてどうか…。しかし、子を持つ親としてはそこまで考えてださる先生方に感謝してもしきれないくらい感謝しています。入江塾の先生方、娘を導いていただき本当にありがとうございました。そして我が家の残りの二人の弟もどうぞよろしくお願いいたします。

 

●Hさん…京都女子(Ⅱ類)・橘(学費半額免除) 合格
 私は4年生の3月に入江塾に入りました。入ったばかりのときは授業が全然分かりませんでした。でもすぐに春期講習が始まり、春期講習のおかげでだいぶ授業の内容も理解できるようになりました。6年生になり、北野教室へ通うようになると、友達がたくさんでき、遠い教室へ通うのもそんなに嫌ではありませんでした。また、塾へ行くために友達と電車に乗るのも楽しかったです。私の志望校は対策授業があり、その対策授業は4人という少人数でS先生が分かりやすく教えてくださったのでとても楽しかったです。入試当日、S先生に応援グッズをもらって少し緊張がほぐれました。結果は合格。とてもうれしかったです。私を合格に導いてくださった入江塾の先生方、本当に今までありがとうございました。

 

●Hさんのお母さん
 娘は、下校してきて、20分間の休憩、おやつを食べて、少しテレビを観て、「さぁ入江塾行くぞ!」。 たまに、最寄り駅まで娘と一緒に行ったり、塾から帰宅が22時すぎになるときは、最寄り駅まで迎えに行ったり。15時から塾のお弁当をこしらえる日もあったり。私の生活の一部になってた事柄が、さぁーと消えてなくなってしまいました。
 そうなんです。おかげさまで、娘が憧れていた中学校に入学することが決まり、安堵感幸福感で満たされているのです。中学校では、どんな生活が待ってるのかな?どんな人と出会えるのかな?部活は何しよう?娘の頭の中は、ドキドキワクワクでいっぱいです。
 入江塾との運命の出会いと言いますと、もともと、中学受験に消極的であった私。ところが、主人の強い勧めから我が子を塾に通わせる方向で、塾探しをし始めることになってしまいました。我が子が小学校4年生の終わりのころです。入江塾の教室は、立地条件がよく(自宅から最も近い)塾の看板がインパクトがあり、気になっていました。私は、(決定的な理由はありませんが)実は大手の塾にはなんとなく抵抗感を持っていました。
 通りがかりの折、入江塾のパンフレットをもらい拝読いたしました。その中で、私のハートを掴んだ強い文言があります。特色5番目の「競争原理を利用しません」という箇所です。そして4番目の「習い事クラブ活動なども認めます」も我が子にはぴったりだと思いました。そして偶然にも塾長入江先生と直接お話できる機会にめぐまれました。私は受験勉強は苦悩のかたまりだろうという先入観を思っておりましたので、受験させることへの不安を率直に入江先生に申し上げましたところ、先生はきっぱり以下のようにおっしゃいました。「入江塾は、楽しく勉強できるところです。6年生からは北野教室に来ていただくことになりますが、送迎もありますので案外時間はかからないようです。」私には、希望が見えたのでした。
 このようにして入江塾と娘とのおよそ2年間の貴重な貴重な生活がスタートしました。最初は宿題も多く感じ、本人も慣れるまでは大変だったかもしれません。算数に関しては私と一緒に娘は勉強しましたが、算数の宿題の進め方が原因で、親子で喧嘩するようになってしまい、最初、わたしも精神的にとてもしんどかったです。S先生に今後どうしたらいいか相談し、私の気持ちがとても楽になりました。そして、塾に全てをお任せすることにし、私は娘に口出しをしないように努めました。
 このころから、私は母親としての役割を自覚するようになりました。余計な口出しをせず娘の徹底して体調管理に努めることです。出来る限りおいしいお弁当、おいしい料理を作ることもこれに含まれます。
 さて、五年生のときに奮わなかった五木模試結果ですが、六年生になると偏差値が上がってきてた上、一定の値を保つようになってきました。五年生からは、陸上部に所属し、部活と塾との両立を続け、受験前までこの体制を続けられたのは、やはりこれも素晴らしい入江塾の器が大きいことに間違はありません。そして六年生からは、ますます自信を持って何事にも取り組み、高い目標に向かって日々挑戦する長女の姿がいつも私に勇気をくれました。塾が楽しくて仕方なかった理由の一つに、良き仲間との出会いがあげられます。ユニークで個性的なお友達と共に学び、互いに励まし合えたこと、素晴らしい先生方から勉強をおそわったことは、何ものにも変えがたい大きな喜びです。
 実は、遠方ということもあり、六年生に上がるとき、一度、転塾を考えたのですが、「そんなん今さら塾 変わるのもったいないし、嫌だ」ときっぱり長女。私は、ここで、「本気で入江塾で、やるんだな」確信しました。
 今 振り返ってみて、諦めの言葉や弱音は、一度も口にしなかった娘。私が気がついてないうちに、精神も強くなってきてたのです。
 入江塾に出会えたこと、合格できたことを誇りに思います。そして、ご尊敬申し上げる多くの先生方、感謝してもしつくせませんが、長女の性格を理解していただいた上、きめ細やかなご指導たまわりましたこと、そして合格に導いてくださったこと、この場をかりてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 

●Iさん…京都女子(Ⅱ類)・聖母学院(Ⅲ類 学費半額免除) 合格
私は入江塾に2年通い、無事に第一志望である京都女子中学に合格することができました。中学受験の塾では毎日夜遅くまで厳しい指導を受け、それからまた寝る時間も惜しみ復習するというイメージでそれを2年間も続けられる自信は正直全然ありませんでした。が、一応できるところまでやってみようという感じでやってみると、5年のときは少人数で授業中に分からないことがあったら気軽に質問できたし、6年になってからは演習も増え、個人指導も始め、授業でわからなかったことなどを聞けて良かったと思います。
 そして北野で塾友も増えてますます塾に行くのが楽しく、イメージしていた中学受験とはまるでかけ離れていました。しかも塾友はみんな個性的で休憩時間はずっと笑っていた気がします。そして授業でのKI先生、Y先生、入江先生、KO先生、T先生、A先生、I先生、SI先生の授業もそれぞれ分かりやすく今でも感謝しています。でも算数はかなり難しかったです・・・。
 そして何よりも個人指導や京女対策でお世話になった<天使>のようなS先生(笑)の解説はとても分かりやすく、京女合格の道につながったと思います。
 受験当日は自分でもびっくりするくらい緊張せず、最も心配していた国語の長文が意外と短文で理科の複雑な水溶液などの計算も出ず、自信満々で試験を無事に終えました。
 試験当日にS先生にもらった入江塾の消しゴムは、塾で使っていた筆箱に入れてあります。たまに取り出して一人で笑っています。色々と入江塾にお世話になりました。授業、演習、個人指導、京女対策でお世話になった先生方、本当に2年間ありがとうございました。

 

●Iさんのお母さん
 5年の春に、初めて参加したオープンスクールで親子共に「ここがいい!」と第一志望に決めた京都女子中学に無事合格しました。振り返ってみて、合格したことに加え、最後まで小学生らしい生活を続けられたことに、改めて入江塾に感謝しています。「習い事は本人の意思に任せたらいい」という入江先生の言葉を信じ、学校の鼓笛隊を辞めさせることはしませんでした。体が丈夫な方ではなかったので、睡眠時間も8~9時間とり、これは褒められたことではありませんが、テレビ番組も見ていました。知人や親戚から聞いていた中学受験は、毎晩深夜まで勉強し、もっと悲壮なものだったので、我が子の様子を見ながら、「こんなんでいいのだろうか・・・」と不安もありました。面談でその不安を相談すると、やはり勉強量の少なさを指摘されつつも、「ただ、中学入学はゴールじゃなくてそこからが始まり。燃え尽きてしまうような勉強はさせたくない」というお言葉があり、近所の大手塾ではなく、遠方の入江塾を選んで正解だったと思いました。
 受験間近になると毎日塾通いでしたが、本人は「学校より楽しい」と足取りも軽く、特にS先生を慕って個人指導や京女対策授業はとても楽しみにしていました。入試前日は、塾友との別れが辛かったらしく、家では寂しさに浸っていました。そして受験当日、試験会場に塾友と集合し、S先生から激励を受け、はしゃぎながら教室へ。後から聞くと、「緊張せーへんかった。初めての過去問解いてるみたいやった。」とのこと。これまで成績は決して合格安全圏ではありませんでしたが、本番で十二分に力を出せたようです。
 合格に導いていただけたことと、受験生活がただ苦しいだけではなく、楽しい思い出にもなったことに、入江塾の諸先生方に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

●Jさん…同志社・京都女子(Ⅱ類) 合格
 私が入江塾に入ったのは、みんなより一足おそい5年生の最初でした。本を読むのが大好きで、塾に入る前から国語が得意だということをそれなりに自覚していた私は、思った通り国語は良い点数でした…が。算数の点がものすごく悪くて、理科と社会はう~ん…という感じ。そのままあまりよくない点数をキープし、6年へ。6年になると授業を土曜に変更、プラス演習時間を増やし、個人指導をつけてもらいました。算数の個人指導のおかげで、それまでちんぷんかんぷんだった問題がだいぶ理解できるようになりました。T先生、ありがとう。志望校の合格最低点にとどく点数をとった回数は少なく、自信満々というわけにはいきませんでしたが、試験当日はなぜかあまりきんちょうしませんでした。会場に入る前の応援グッズを渡してもらう時に周りの大手塾生のかたまっている様子を見てニヤニヤするよゆうまでありました。教室に入り、渡してもらった応援グッズをあけて、消しゴムを迷わず自分のものと取りかえました。先生からのメッセージを何度も何度も読み返し、勇気づけられました。試験は無事終了。合格発表の日、速達でとどいたふうとうは、うすっぺらく、合否がわからなかったので、合否が書いてある紙をすかしてみました。すると、花束の絵が見えたので、急いで直接見ると…「あっ!!」合格おめでとうございます、の文字がはっきりと見えて、紙をにぎりつぶして喜びました。
 良い結果がもらえて、ものすごくうれしかったです。T先生、Y先生、S先生、そして入江塾の先生、入江先生、ありがとうございました。夢に見た学校で、勉強をがんばります!!

 

●Jさんのお母さん
娘が入江塾にお世話になったのは、5年生になってからでした。
他の大手塾を見学しましたが、通塾回数や課題の多さが娘に合っているとは思えず、入江塾にお世話になることを決めました。車の送迎があるのも大変助かりました。
5年の時は、自分で受験したいと言っておきながら、「やっぱり受験したくない、行きたい学校がない」と言い出したり、6年になってやっと志望校が決まってからも、なかなかエンジンがかからずハラハラしたり色々ありました。その都度先生にご相談し、道を照らしてもらったように思います。最後までマイペースな娘にお付き合い頂いた先生方には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

 

●Kくん…同志社・東山(エース)・産業大学附属(学費1/3免除) 合格
ぼくは、母親にすすめられ、3年の終わりごろ入江塾に通いはじめました。はじめは、母にすすめられたからという理由で通っていました。このころは、受験とはどういうものなのかもよくわかっていませんでした。そして入江塾に入って、受験とはどういうことなのかが分かり出しました。
そして、あっという間に6年生になりました。はじめは「この1年は勉強づけの毎日をおくらないといけないんだな。」と思っていました。しかし、なかなか実行できませんでした。ぼくが、本気でがんばったのは、短期間だけでした。
こんなにたのしい受験生活が送れたのは、入江塾だったからだと思います。ほかの塾に通っていたら、勉強がいやになって、合格できなかったと思います。今までありがとうございました。

 

●Kくんのお母さん
息子は3年2月から3年間お世話になりました。入塾当初は授業スピードや内容の難しさに戸惑いもあったようですが、息子には入江塾の授業+演習の方式があっていたようです。数週間もすれば慣れたようで、いい加減ながらも毎週こつこつ宿題をこなすようになりました。授業時間は少ないですが、代わりに授業で理解できなかったところや宿題で解けなかったところを演習で教えていただけたのが良かったと思います。勉強の面白さを知り実力も徐々についてきたと実感できました。息子は塾を嫌がったことはなく、むしろ喜んで通っておりました。しかし、6年になってからは家庭学習の時間が短くいつまでもテレビを観てのんびりしているマイペースな息子に「こんなんで大丈夫なん」と不安を感じるようになりました。夏休みからは心を入れ替えるかも・・・ 秋からは必死になるはず・・・ 1月に入ったらさすがに焦ってやるよな・・・ とやきもきしながらも出来るだけ「勉強したら」という言葉を胸の内にしまい(息子にはそんなことないと言われますが)見守るよう努めました。S先生、Y先生にも相談にのっていただき塾に行く時間を増やし、なんとか勉強時間を確保しました。本人は最後の最後までのん気で「これで同志社に合格できたら、受験勉強を辛いと感じることなく終わる」と申しておりましたが、本当にその通りになりました。個性的な息子を上手くコントロールし導いて下さいました入江塾の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

●Lくん…同志社・産業大学附属・京都学園(特進ADVANCED) 合格
受験に合格するには、気をつけることがたくさんあると思います。まじめにやること、休むときと勉強するときをはっきりさせることなど。そして合格は、最後どれだけがんばるかによって変わると思います。もちろん毎日の勉強も大事ですが、とくに最後の一週間が大事です。ぼくも最後は全力でやりました。それで合格の可能性が上がったと思います。さらに、本番におちつくことも大事です。あと何よりも、入江塾では個人指導の先生がいたから合格できたと思います。特に国語と算数は、個人指導をつけてよかったと思っています。ぼくを合格に導いた天使といってもよいでしょう。最後に、イメージ力も大切だと思います。これをぼくは何度も使いました。これは、入江先生のお話のときに出てきました。自分が志望校に通っている風景を思い浮かべればいいということです。ぼくはとくにこのことをがんばりました。この合格は、このように先生たちが支えてくれたから、あったと思います。

 

●Lくんのお母さん
 息子の志望校合格に向けて我が家で心掛けたことは、
1.親子で意見を合わせ、目標を明確にし、「必ず志望校に合格できる!!」と励まし続けること。
2.節目ごとに進路の確認をする際は、子供の様子をよく見て、言葉だけでなくふとした顔の表情などで、無理していないか などは気をつけていました。模試の結果が出る頃や夏期講習後など、スパートをかけていくタイミングの時期は特に注意していました。子供の機嫌伺いをするというのではなく、声かけをして、安定した気持ちを保てるよう心掛けました。
3.「食事で応援する」こと。大好きな夕飯が家で食べられない分、バランスを考え、体調を崩さないよう、またお弁当で勉強のテンションが上がるようなメニューを心掛けて作っていました。
4.子供の力の出し方などをよく知り、信じて応援してあげること。決めた志望はブレずに、そこを目標としてがんばり抜くこと!マイナス言葉をお互い言わない、そしてマイナスイメージを持たない(想像しない)ようにしていました。
 以上のようなことに気をつけていましたが、親としてそんなにしてやれることも多くありません。何より親子が塾を信頼し、先生にお任せした結果が、合格に繋がったと思います。
 いつもあたたかく、時には厳しく指導してくださる先生方が、息子は大好きでした。勉強する楽しさもあり、仲間と一緒に戦う気持ちが育った2年間、一番成長した時期でもありました。そして個人指導について下さったK先生、SH先生からかけていただく言葉をお守りのように大切にしながら勉強していました。自分をより理解してくれるお二人の存在が、最後まで志望校をあきらめず頑張れた要因のひとつでもあります。
 入塾当初は勉強についていけるのか本当に心配しましたが、他の塾には無いあたたかい先生方と、第2の学校のような また もうひとつの我が家のような入江塾のおかげで頑張ることができました。
 入江先生の講義内容「受験の心構え」はいまだに息子の会話に出てきます。良いお話をして下さり、そして素敵な環境を作って下さりありがとうございました。
 S先生、Y先生。面談では緊張している私に楽しく相談にのって下さったこと、感謝しております。息子は、大好きな入江塾とS先生Y先生とお別れするのがとても淋しいと言っております。お二人の先生には本当にいろいろとお世話になりました。
 その他、授業や演習でお世話になった先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。
 大変な中学受験の2年間を、入江塾のようにあたたかく見守って応援してくださる、がんばる力をつけて下さる塾に出会えて、本当に良かったと思います。塾での先生方やお友達との日々は、息子のこれからの人生の中できっと想い出に残る時間となることでしょう。幸せな2年間をありがとうございました。

 

●Mくん…東山(エース)・京都文教(ACTα) 合格
僕は5年生の春に入江塾に通うようになりました。その前に通っていた塾よりとても短い授業で楽だと思って油断していると、6年生になってからどんどん模試の成績が下がってしまい、このままではやばいと思うようになりました。
僕はケアレスミスが多いのと、国語の記述が苦手だったので、先生は「もっと問題をよく読むこと、落ち着くこと、自信をもって解答すること」を何度も教えてくれました。演習を増やしてもらい、記述が書けるようになると国語の成績も上がり、模試の成績も戻ったのでうれしかったです。
合格発表の日はとてもドキドキしました。お母さんがひとりで見にいってくれたのですが、待ちきれなくてお姉ちゃんにメールで聞いてもらっていました。そして、やっと「合格」というメールが来たときは、うれしくて跳ね回っていました。
東山中学に行っても入江塾で頑張れたことを忘れずに、もっともっと頑張りたいです。先生、ありがとうございました。

 

●Mくんのお母さん
志望校は5年生の割と早いうちに、私の中では決まっていました。
が、当の本人は、5年生の段階では友達が志望しているほかの学校に行きたいといってみたり、学校見学に行っても帰りたがったり・・といった感じでした。
6年生の秋にいろんな学校のプレテストを受けた後でやっと、「東山にいきたい、そのために勉強する」と本人にも思ってもらえたような気がします。
息子が積極的に私とも勉強したがってきたのは、過去問を解くようになってきてからです。
過去問は得点の高低があったので、先生は「普通にしていれば大丈夫」と言ってくださっていましたが、その普通がどのあたりなのかわからず、本人も不安なようでした。
お正月明けに「受かる夢を見て落ち込む」と私に言ってきたときは相当不安なんだなあと感じました。
おかげさまでなんとか合格をいただき、素直に大喜びし、「S先生に会いに行きたい!」「個人指導のSH先生と同じ大学に行きたい!」と話してくれた時は、この塾を選んでよかったと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
入江塾の先生方、本当にありがとうございました。

 

●Nさん…同志社女子(LA)・平安女学院(GS+ 学費全額免除) 合格
 私は、3年の2月頃から入江塾に通いました。
 けれど「本当に受験をするのだ」と思うようになったのは6年に入ってからでした。6年の秋ぐらいからは、日曜日と金曜日以外は塾に行き、個人指導は算数と国語をしました。算数を教えてくださったY先生、国語を教えてくださったS先生も、とてもこわい先生ですが分かりやすく、とても楽しかったです。志望校の赤本をしていくうちに、「本当に受かるのかな?」と不安になっていきました。
 入試本番は、応援グッズとして入江先生 S先生 Y先生の似顔絵がかかれた消しゴムやお菓子、カイロ、メッセージの書かれたメモをもらいました。消しゴムは、緊張していた私にとって、心をほぐしてくれる大事なものでした。でも、とても難しく、「落ちてるやろな・・・」と思いました。結果発表の日、私の受験番号があったときはとてもうれしかったです。
 入江塾の仲間と勉強したことや、先生に教えてもらったことは忘れません。本当にありがとうございました。

 

●Nさんのお母さん
「中学校は女子校に行きたい」と言い出した3年生の1月。私の母に塾探しの話をすると、入江塾の広告を渡してくれたので、すぐに説明会に行きました。私が中学受験のときお世話になったということもあり、娘もお願いすることにしました。
友達もでき、楽しく通っていましたが、勉強の方はあまり身も入らず、成績も伸びず・・・。よく親子でケンカをしていました。
そんな私の悩みをS先生には面談や電話、メールで聞いてもらっていました。お忙しいのに、いつも親身になって聞いて頂き、的確なアドバイスや娘へのフォローをしてもらい、安心してお任せすることができました。
苦手だった算数の個人指導はY先生に見てもらい、わかりやすく娘に合わせて指導して下さり、少しずつ成績も上がり自信がついてきていました。駸々堂での成績も伸び、ほっと安心していた秋、「成績ではあまり見えないが国語も気になる。」とのアドバイスで国語の個人指導でS先生に見て頂く中で、弱点がいろいろ出てきました。的確な指導のおかげで少しずつ克服することができ、合格へ近づけたのだと思います。
受験当日は「難しかった・・・」と言って出てきましたが、無事第一志望の学校に合格することができて感謝の思いでいっぱいです。
入江先生、S先生、Y先生をはじめとする諸先生方、本当にありがとうございました。

 

●Oくん…産業大学附属(学費全額免除) 合格
 僕が入江塾に入ったのは4年生の冬でした。僕は本当に算数ができませんでしたが、入った頃はあまり目立ちませんでした。 だから五年生になって、できない算数が目立ち始めました。 そのころの五ツ木・駸々堂模試の偏差値は、算数以外は60、59ぐらいだったけど算数は45、42と他の科目と比べてとても低かったです。
 そこで6年生の頭くらいから個人指導をしてもらい、本格的に算数の勉強をはじめました。個人指導をしてしばらくすると、算数の授業の宿題が楽に終わらせることができるようになった気がします。特に成績がのびたのは6年生の夏休みでした。それまで50台だった偏差値が始めて60台になりました。さらにその後も偏差値は63,8まで上がりました。そして最後の一ヶ月本当に大変でした。でもその分社会も覚えられたし、国語の文章も以前よりは書けるようになりました。努力したかいがあったな、と思いました。中学校に入ればもっと大変なことがあると思いますが、この塾の経験を生かしてがんばって行きたいです。
 先生方 テストの当日まで見守ってくれてありがとうございました。

 

●Oくんのお母さん
1月16日の朝10:00 志望校のホームページをクリックすると、アクセス集中の為か なかなか繋がらず はやる気持ちを抑えながら何度目かのトライでやっと繋がりました。
合格者一覧表 ・・・
よっしゃー合格!と思ったと同時刻に家のブサーが鳴り、学校からの速達が届きました。
確認はしたものの、恐る恐る開封すると、A特待生合格の文字が・・・

思えば外遊びよりも読書が好き!
というタイプの息子に、4年生の始め1つ尋ねてみました。
「4年生になったら何か1つ頑張れる事みつけよう。プールでもサッカーでも野球でも 勿論勉強でも!」
と言う問に 二つ返事で「勉強!塾行きたい!」との返事でした。
この頃の息子は公文に通い 大嫌いな算数計算に大苦戦している最中で、そこから逃げだしたいが為に塾を選んだと後々わかりました。
中学受験で 算数が苦手となると かなり厳しいのでは?と思っていましたが、案の定 算数に関しては駸々堂模試も惨憺たる結果で 先生からも「算数だけ個別指導をとられては?」とアドバイスいただきお願いする事になりました。
Y先生にはマイペースな息子に根気良くお付き合いいただき、
悪い癖、弱い部分を的確にご指導いただき お陰様で算数が足を引っ張るような事はなくなりました。
少しずつ模試の点数も安定してくると、本人も もっともっとと意欲を見せ、塾から帰っても夜遅くまで頑張っていました。

合格発表の朝10:00彼は まだまだ眠りが深く起きる様子はありません。
戦士の休息ゆっくり眠らせてやろう。
と、思いましたが、嬉し過ぎて揺さぶり起こしてしまいました。

入江塾でお世話になり進学塾のイメージが変わりました。
息子が「塾休みたい。」と1度も言わなかった事、勉強が以前よりも好きになった事、本当に感謝しています。
先生方には大変お世話になりました。
ありがとうございました。

●Pさん…平安女学院(RS+コース 自己推薦) 合格
 私は3年生の2月頃から入江塾に通いはじめました。人見知りで人と付き合うことが苦手な私は、勉強も友達との関係もうまくやっていけるか不安でした。
 でも、優しく女神のようなS先生とかわいく天使のようなY先生達(笑)のおかげで、塾が嫌だ・面倒くさいと思うことは全くありませんでした。でも、4年生から5年生にかけては成績が上がらず、どこにも行けないのではないかというぐらいのレベルでした。そんな状態のまま6年生になり、いよいよ受験のための本格的な生活がスタートしました。そして1番のがんばりどころである夏休みに入りました。でも、このつらい夏休みこそが、今の私の大きな力になっているのだと思います。夏休み後の駸々堂返却の日。ドキドキしながらS先生のいる面談室に入りました。「…やった!」なんと、前の自分では信じられない偏差値を取ることができたのです。そこからはとても充実した塾生活が送れていたと思います。
 入試の日、私は作文と面接だけだったので、あまり緊張することなくリラックスして会場に行くことができました。そこにはY先生がいて、おかし・カイロ・先生方からの手紙・かわいい絵になったS先生・Y先生・入江先生が描いてある消しゴムをもらいました。「がんばれ」という強い言葉を受け、教室に入りました。先生方からの手紙を何回も読み返し、入江塾をやめたくないと泣いていました。そんな中、作文テストがはじまりました。題は3つでどれか1つを選ぶというものでした。
 ア、感謝 イ、大切な命 ウ、四季 ……それを見たときすぐに「感謝」を選びました。その作文には、入江塾のことをたくさん書きました。そして無事、私は1番行きたかった平安女学院中学校に合格できました。
 こんな最高の入江塾での思い出は絶対に忘れられません。
 というか忘れたくありません!

 

●Pさんのお母さん
 娘が入江塾にお世話になりはじめたのは4年生になる少し前でした。受験をするかどうかも決めていなく、実に軽い気持ちで入塾しました。
 4年生の頃は週末の授業+週テストだけのペースで、5年生から少しずつ演習を増やしていきました。マイペースの娘には入江塾の雰囲気やペースがとても合っていたように思います。
 6年生になる少し前の頃、思う様に成績が上がらず塾を変えるべきか、家庭教師を受けるべきかなど色々と悩み、思いきってS先生に相談させて頂きました。そのときに、「任せて下さい。最後まで面倒見ます。」とおっしゃって頂き心強く思ったことを思い出します。
 夏休みを過ぎた頃から少しずつ受験をするという気持ちが強くなると共に成績も上がり始め、娘も自信を持って勉強しているなぁと感じました。その頃から塾に行くのが楽しいと言っている娘を見ていて、入江塾に通わせて本当に良かったと思いました。
 娘は希望する中学校に合格することができました。本人の頑張りはもちろんですが、最後まで娘を指導して下さった入江先生をはじめとする先生方に感謝致します。
 ありがとうございました。
 

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2015年度入試合格実績 計33名(学力選抜なし)

四天王寺(医志)1名、京都府立洛北高等学校附属1名、洛星1名、立命館(アドバンスト)1名、京都女子(Ⅲ類)3名(Ⅱ類)1名、同志社女子(WR)1名(LA)4名(うち2名 自己推薦)、立命館宇治1名、立命館守山(一般)1名、東山(エース)6名、産業大学附属6名(うち1名 学費1/3免除)、京都教育大学附属桃山1名、橘1名、大谷(マスター)2名(コア)3名、龍谷大学付属平安(特進アドバンスト 学費半額免除)1名(特進ベーシック)6名、ノートルダム女学院(特進B)2名(うち1名 学費半額免除) (標準)1名、京都文教(京大医歯薬)1名(特進)3名(進学)1名、京都聖母学院(Ⅲ類)1名、花園(特待)1名、関西大学北陽1名、土佐塾1名
 

●Aさん…四天王寺(医志コース)・京都女子(Ⅲ類)・立命館(アドバンスト)・土佐塾 合格
 私が入江塾に入塾したのは5年生の4月です。初めは授業を集中して聞いて、宿題をきっちりすることに専念して受験勉強がスタートしました。入江塾の先生方の授業は面白く、また大変分かりやすく、知らないことや分からないことが分かっていくので、塾に行くのがすごく楽しかったです。6年になって北野教室に行くようになって通塾回数も増え、授業の内容も難しくなってきました。でも親身に教えてくださる先生方や、志望校合格という同じ目標を持つ友達のおかげで塾に行くのが辛いとは思いませんでした。6年生になってからは特に授業を集中して聞くこと、宿題や自分の苦手教科や苦手分野をきっちりやること、テストや模試の間違いを繰り返し解き直すことなどを心がけました。難関校対策、志望校対策、算数の個別授業は難しいものでしたが、とても役に立ちました。講習期間中は朝から夕方まで塾で授業や演習でしたが、休憩時間は近くの公園に連れて行って下さり、それが気分転換になり後半の時間も集中することができました。
 秋になって志望校を決定する時も一緒に考えて下さり、受験当日は応援にも来て下さり先生方のメッセージの寄せ書きや応援グッズをいただき落ち着いて入試に臨むことができました。受験する全ての学校にお守りとして持って行きました。
 受験勉強は厳しく辛いこともありましたが、家族や塾の先生方の支えや励まし、同じ目標を持つ友達と一緒に頑張ることで、志望校に合格することができ本当に感謝しています。本当にありがとうございました。

 

●Aさんのお母さん
 入江塾に入塾致しましたのは5年生の4月です。長男がお世話になり、入江塾の教育方針や、先生方は一人ひとりの生徒を温かく根気よくご指導くださることを十分に知っておりましたので、迷うことなく入塾させていただきました。
 入塾当初は分からないことや知らないことも多くあったようですが、授業がとても丁寧で分かりやすく、分からないこと知らないことの穴が埋まっていきそれが点となり、点と点が線としてつながっていく感覚で、塾に通うことをとても楽しんでおりました。あまりにもマイペースな勉強ぶりに「大丈夫かしら?」と思うこともありましたが、塾から帰る車内では「今日は○○を習ったよ」「○○の単元、よく分からなかったけれど今日の授業を聞いていて、そういうことやったのかって分かった!」「○○ちゃんと○○の話で盛り上がった!」と勉強の話から友達の話まで喋り続ける娘の言葉から充実した受験生活を窺い知ることができ、話を聞くのが楽しみであり日課となりました。
 6年生からは北野教室に通塾するようになり、授業内容も一層難しくなり、志望校を意識した対策授業を受けることで具体的に志望校を考えるようになっていきました。6年生になってからも相変わらずのマイペースぶりでしたが、先生方の叱咤激励のお蔭様もあり途中の中だるみや「受験勉強が辛い、やめたい」ということもありませんでした。統一日前日にはホワイトボードに寄せ書きをし、記念撮影をしましたことで緊張もほぐれました。受験当日には先生が応援に来てくださり、激励のお言葉をいただき、また先生方からの温かいお言葉がぎっしりと書かれたメッセージカードと応援グッズ・・・どれほど落ち着き、心強く感じ励まされたことでしょう。何度も読み返し、翌日もそして翌々日の入試にもお守りとして持ってまいらせていただきました。
 今こうして書かせていただきながら振り返ってみますと、一人ひとりの子供の可能性を信じ、常に寄り添い、その可能性を最大限に引き出して下さいます温かく丁寧な入江塾の先生方のご指導や支えと、志望校合格に向かって共に頑張ってきました友達の存在や応援のお蔭様です。
 2人の子供が入江塾と入江塾の先生方に教えていただきましたことは、勉強の知識だけでなく、同じ目標を持って頑張ってきた友達の合格を心から願い、また合格を心から喜ぶことのできる心の成長や、与えられたことをこなすのではなく自分で取り組む勉強の姿勢など、これから中学・高校へと進んでいくうえで大切なことばかりです。広く寛大なお心で子供のことを1番に考え導いて下さいます入江先生、とても温かく楽しく叱咤激励し、見守って下さいますS先生 Y先生、個人指導でも熱心にご指導いただき受験当日も応援に駆けつけて温かいお言葉を下さいましたK先生、そしていつも丁寧に根気よくご指導下さいました入江塾の全ての先生方に心より感謝申し上げます。本当に有難うございました。

 

●Bさん…洛北高校附属・京都女子(Ⅲ類)・同志社女子(WR) 合格
私は、4年生の秋ごろから入江塾に通い始めました。
最初は、次の授業までに宿題をこなすだけでも大変で、とくに天声人語は、常に最後まで残ってしまい、ただ書くばかりでした。
5年生の後半になると、徐々に宿題の取り組みかたも理解できて、演習に行って他のことに取り組む日々を過ごしました。
そして、あっという間に6年生になりました。
しかし、いよいよ受験まであと一年となっても私は、あまり実感がもてずだらだらと勉強を続けていました。受験生活で最も大事な夏休みになっても、その状態は続きました。
そんな私の勉強に対する態度をかえたのは、9月の終わりごろのテストでした。
これまでだらだら毎日を過ごしていたのが出たのか、算数の計算を2問も間違ってしまいました。そのときの個人指導で、S先生に「もうこんな間違いは、二度としないと、心の底から思っているか?」と聞かれた事が、私は今でもとても印象に残っています。
そして、そのS先生の発言が、私の勉強に対する態度をかえました。これまで私は、やりたくないと思ったことは、絶対にやらなかったのですが、やりたくないと思った事でも、必要があることは、嫌でもやるようになりました。
とくに、毎日計算と漢字を家でするのはとても大変で、何度もやめてやると思いましたが、粘り強く続けました。
冬休みに入ると、演習では、過去問をたくさんやりました。
しかし、いよいよお正月まであと少しになりはりきっていた矢先、インフルエンザにかかってしまいました。それもなかなか熱が引かず、長く塾を休んでしまいました。
悲しくて寝ながら泣いていたのを、覚えています。復活してからは、いつも以上に、がんばり当日をむかえました。
こうしてすべての学校を合格出来たのも勉強嫌いの私を常に支えてくださったすばらしい先生達のおかげだと思います。
今まで本当にありがとうございました。

 

●Bさんのお母さん
本日、最後の受験校の結果が届きました。
既に第一志望校にご縁をいただいた後でしたが、自分のために、そして入江塾の先生方のご指導が素晴らしいことを証明するためにも、どうしても叶えたかった「全戦全勝」を確認できた娘は、緊張が解けたような顔で笑いました。
山あり谷ありの2年半を支えてくださった先生方へのご恩に報いることができてホッとしたのではないかと思います。
達成感を胸に新たな一歩を踏み出すことができますのは、塾長の入江先生、教頭のS先生、苦手科目の補強をしてくださったY先生、T先生をはじめ、2年半に渡ってご指導賜りました全ての先生方のお力添えあってのことです。本当にありがとうございました。
大量学習や過度の緊張を強いる競争原理を排除し、10歳から12歳のこどもの成長特性を認めてくださったうえで、学力のみならず、社会の一員として恥ずかしくない素養を身につけることを大切にされるご指導方針に惹かれ、入塾。決して勉強好きではなかった娘ですが、先生方やお友達との関わりを通して、机に向かう喜びを知り、最後まで笑顔で通塾することができました。
率直に申しますと、あまりに楽しそうに通塾する娘を見て「こんなにのんびりしていて大丈夫?」と不安に思うこともありました。面談の際にお尋ねしますと、「いずれ、少々無理をしていただく時期も来ます。しかし今の時期は、宿題をしっかりやっていただいていれば十分です。長時間机に向かうことを要求して勉強が嫌になってしまうと、取り返しがつきません。肝心な時期に息切れして、踏ん張りがきかなくなります。」とのお話でした。
ご指導に間違いがない、と実感したのは、通塾して1年ほど過ぎた頃です。娘は負けず嫌いなので、駸々堂模試の直前2,3日だけは本気で勉強をしていましたが、それ以外の時期は遊びがメインの毎日。自宅での勉強は、宿題の提出と予習シリーズの算数の問題を1日1,2問程度自分で解くのみでした。にもかかわらず、駸々堂模試の成績が上がりはじめ、特に算数は偏差値にして10以上も上がりました。そして憧れていた第1志望校に手が届きそうな位置につけて、6年生を迎えることができました。
また6年生になってからは、第1志望校で求められる作文が最大の課題になりました。娘にとって、自分が書いた文章の添削を受けることは、自分の人間性について添削されるような心理的負荷を伴うようでした。そんな思いをしっかり受け止めていただいたうえで、娘の持ち味を活かしつつ、読み手に訴える理路整然とした文章を書けるよう、きめ細かなご指導をいただきました。しばらくの間は、なかなか自信を持てずにいたようですが、秋が終わる頃には、「書けそう」と思えてきたそうです。課題はあるものの、この時期にいくつか受けた公立一貫校型の模試では、学習の成果を確認できました。
そして迎えた最後の冬期講習。
娘は、これまでで最も楽しそうな顔で、毎日塾に通っていました。
しかしインフルエンザにかかってしまい、1週間、講習に参加できませんでした。
5年生の頃からずっと楽しみにしていた初詣に行けなくなったことが可哀想でしたが、学習面に関しては、あまり不安を感じず、落ち着いた気持ちで療養に専念させることができました。
というのも、冬を迎えて以降、娘の勉強姿勢は一変し、鬼気迫るものを感じていましたので、頑張ってきた娘が合格するために必要な休息を神様が与えてくださったように思えたのです。
回復した娘は、再び塾で先生のご指導を受けられるようになったことを心から喜びつつ、最終の仕上げに入りました。そして、勢いを失わないまま4つの試験を駆け抜けました。
娘がどんなに望んでも、心より愛した入江塾で、先生方のご指導を受けることは、もうできません。
しかし、胸に深く刻まれた入江塾の精神は、今後も彼女の歩みを支えてくださると思います。
2年半にわたるご指導、本当にありがとうございました。

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●Cさん…京都女子(Ⅲ類)・文教(特進) 合格
 私は4年生の夏ごろ、入江塾に通いはじめました。入江塾に入る前大手の塾に通っていたのですが、たくさんの生徒や建物になじめず、授業にもあまりついていけなかったのでやめました。通うのがとてもいやだったのです。
 そんなある日、仲の良い友達にさそわれて、この入江塾に入りました。生徒の人数も少なかったし教室が良い雰囲気だったので、ここならちゃんと通えるかも、と思ったのです。先生も優しかったし、勉強勉強してませんでしたから。
 実際、6年生になるまで、私は受験のことなんてあまり考えず、のんびりとしていました。演習に行くのも1日だけ。しかし6年生になると、演習に行く日も増やしたり、毎月五ツ木駸々堂のテストを受けたりと本格的な勉強がスタートしました。算数の個人指導もS先生にしてもらいました。
 でも・・・私が受験に向けて本気になりだしたのは夏休み明けから。しかも京女対策で京女の過去問の算数をやったときの結果があまりにも悪く・・・落ちる予感がしたので、そこから算数の特訓を家でやり始めました。ここからの「追い込み」がすごく役に立った気がします。それに私はあせると点数をけっこう落としてしまうので、バタバタしたりあせらない練習も過去問をやりながらしました(S先生どうでしたか?)。入試直前の日も演習に通い、勉強しました。
 入試当日、校内に入ると不安でたまらなくなりましたが、先生のメッセージカードや先生の似顔絵つきの消しゴムを見ていると少しずつ安心してゆき、自信が持てました。
 そして第1志望の京女合格!!私は入江塾の先生のおかげだと思っています。本当にうれしくてうれしくて合格できたことがまだ信じられません。
 優しい優しいS先生 Y先生(笑)、その他の先生方、合格をかなえてくれて本当にありがとうございました!!入江塾最高!!


●Cさんのお母さん
 思えば3年前の春、娘がもうすぐ4年生になるという時、「そういえば私(母)も小4から塾に通い中学受験したな…なら娘も。」と、はずかしながら実に軽いのりで全く下調べもせず、近くの大手進学塾に入塾させたものでした。私の時代は小6になっても週2~3回の通塾、夕飯前には帰宅したし夏期講習もせいぜい10日ほど行けば良くて、今もそんな感じだと思っていたら、とんだまちがいでした。塾弁(塾でのお弁当)、夜10時の帰宅、夏期合宿、正月特訓…「何それ?!」と仰天! 自分だったら絶対耐えられない! しかも次々と送られてくる塾からの不安をあおるメール…「親のコーチング教室のご案内」「将来リーダーとなるグローバル人材に育てるために。講演会のご案内」etc etc。「将来は田舎で牛や鶏を飼いながら絵本を書くことが夢」というおっとり娘に果たしてこの雰囲気は耐えられるだろうか??今から思えば本人より親が耐えられえなかった気がする…。
 娘の方はというと、はじめての塾通いと学校よりはるかに難しい内容の宿題に、もうすっかりおびえていました。この先もっと大変な状況になるとはとても言えず、中学受験は辞めさせるべきかと真剣に悩みました。私自身、第一志望の中学に合格したものの入学後不適応状態となり、志望校に入学したからといってバラ色でないことは経験済み。でも中学受験したから今があるという思いもある。我が子はどうなのか??いくつもの関連本を読みあさり、大学の先輩ママに相談し、ネットを検索したりしているうちに、『マイルドな中学受験』と書かれたサイトが目にとまりました。それが入江塾でした。しかも家から近い!さっそく下見に…。閑静な住宅地にあるこじんまりとした塾舎で、桜がきれいに咲いていました。それにかわいい教会もある!(後から塾とは関係ないとわかりましたが)。そこにただよう何かあたたかい雰囲気に惹かれ、ここなら娘に(親にも!)合うかもと期待し、2カ月後には転塾させたのでした。
 長くなりましたが、ここまでが入塾の経緯です。親が悩みに悩んだのがこの時期で、後は本人の成長と塾の先生方に任せてしまったという印象です。いろいろ調べる中で頭に残ったのは、中学受験に不向きで高校受験で十分追いつく子もいること、受験には『良い受験』と『悪い受験』があること、『良い受験』では「ストレス耐性がつく」ことと「こつこつ努力するくせがつく」こと、など。中学受験で燃え尽きず、その先の大学受験、更に先の社会人になった時にこの経験が生かせるような『良い受験』をめざし、それがまだ無理そうなら中学受験から身をひかせよう、と決心しました。
 娘は4年、5年のうちは週1回の塾の授業に出て、宿題をこなすのみでした。はじめは算数の宿題もなかなか解けず、おびえて涙をぽろぽろこぼす娘に「受験やめてもいいよ」とあまりよろしくない言葉かけをしていましたが、なぜか娘は「受験はする!」と激しく反発するのでした。自分を追い詰める娘に「勉強しなさい」とは口が裂けても言いませんでした。わからない所は「ママ、教えて!」と言うので教えていましたが、教え方が悪いのか段々パニック状態(とてつもない金切り声をあげるので近隣から苦情がきた程…)となるので途中から教えるのはやめてしまいました。でもそのうちに宿題はスムーズにこなすようになり一つ成長を感じました。もっともそれ程多くないので、週2,3日で終わらせるとあとはたっぷり遊んでいました。
5年になりあちこちの学校に見学へ。なぜか京女はすっかり気に入り、ここへ行きたい、と言うようになりました。おぼろげに志望校が見えてきたのはいいのですが、異様に恐がり・人見知りの娘が果たして本当に受験を乗りきれるか、まだまだ自信がなく入江先生とS先生に相談すると、入江先生の「なるべく塾の演習に来させて塾になじませたら?恐がりなら模試をたくさん受けさせて試験になれさせたらいいよ。」との言葉になるほどと納得。そこで5年の終わり頃から模試を受け始めましたが、予想通り学校ではありえない点数に動揺しぽろぽろ涙を流す娘…。「また泣いてます」とS先生にメールし、泣きつく私…(S先生的確なお返事ありがとうございます)。でも京女に行きたいという気持ちに揺るぎがないようなので、6年になったら本腰をいれようと本人と約束し、S先生とも相談しながら個人指導や演習のスケジュールをくみました。驚いたことに本人も積極的に塾へ行き、次第に模試にも冷静に取り組めるようになり、また一つ成長を感じました。「塾・本人・親が三位一体となって受験にむかう」という方針にとても共感出来ました。6年後半になっても相変わらず算数はケアレスミスが多く「理解力はあるのにもったいない」とS先生にあきれられていましたが、もうぽろぽろ泣く娘ではありませんでした。冬期講習から受験前日までほぼ毎日はりきって塾に通い、受験が近づくにつれ塾の先生方や友達と絆を深め、目標に進んでいく娘をちょっとうらやましく思ったぐらいです。
そしてむかえた受験日前日。仲良くなった友達二人と号泣しながら帰って来ましたが、受験の緊張ではなくて、これで塾のみんなとお別れかと思って悲しくて泣いていたとのこと。でもその顔は紅潮し、闘志がただよっていました。(一年前だったら青白い顔で失神しそうな娘しか想像できなかった!)もう合格しようがしまいがここまで成長した娘に満足でした。結局あれほど拒絶反応(本人より親が)を起こした塾弁、プチ正月特訓を経験しましたが、塾から押し付けられるのと、三位一体でとりくむのとでは雲泥の差になると感じました。
 翌日の入試日、S先生も応援に来て下さり、先生方の似顔絵入りのけしごむをお守りにもらい、うれしそうな娘でした。そして、それまで良い判定をとったことがない京女Ⅲ類に合格することができました。(合格した後もまた塾に行きたいと言っています!)
 入江先生、S先生、Y先生をはじめ先生方には本当にお世話になりありがとうございます。合格に導いてくれたことはもちろん、おおげさかもしれませんが、ここまで育ててもらったという感謝の気持ちでいっぱいです。
 また、何も言わないけど見守ってくれた夫、仕事で忙しい私たちにかわって何かと手伝ってくれた祖父母たちにも感謝したいです。
 本当にありがとうございました。

 

●Dくん…立命館宇治・大谷(コア) 合格
ぼくは、4年生の2月に入江塾の体験に行って入塾を決めました。最初は、塾の宿題をやるので精一杯で途中でやめたくなることもありましたが、やっぱり受験に受かりたいという思いが強くて何とかがんばってきました。
6年の11月の最後の五ツ木駸々堂の判定でも、合格にはまだ届かないものでした。赤本を解いてみても全然できませんでした。さすがに「もう無理かな」と少し諦めかけていましたが、毎月来る先生のコメントにいつも「まだ、伸びしろがある」と書かれていて、最後までそれを信じて勉強しました。塾と一緒にずっとサッカーもやってきましたが、最後の1ヶ月はサッカーを休んで勉強に追い込みをかけました。11月からは個人指導で算数を徹底的に教えてもらっていました。そんな時、先生に「大丈夫。変なミスをしなかったら、絶対に合格する」と励まされながら迎えた入試本番。緊張して前日は全く眠れませんでした。N先生が試験当日の朝に応援に来てくれて嬉しかったです。その時に渡された入江先生とS先生とY先生の似顔絵の消しゴムがとても面白かったです。お母さんも「めっちゃ、似てる」と笑っていました。そうやって少し緊張もほぐれ、国語、算数を終えた時にはだいぶと落ち着くことができました。しかし、次の理科と社会はあまり問題が解けずに不安が少し残りました。面接では、練習どおりにできるかとても心配でした。
合格発表は3日後の午後3時で、学校の授業にはまったく集中できませんでした。そして学校から帰った時、真っ先にお母さんが玄関に飛び出してきて、「A日程で受かったでー!」と言いましたが、お母さんの言うことがあまり信じられなかったので、自分でも確認しました。自分の受験番号が載っていました。「このページ、本当に合ってるやんなー?」と言いながら、何回も何回も確認しました。「受かって本当によかった」とほっとしました。一番喜んでくれたのは、おばあちゃんでした。その後も「おめでとう電話」をたくさんの人からもらって少しびっくりしましたが、とても嬉しかったです。
塾に行かなくなると塾の友達に会えなくなるかと思うと、とても寂しく感じました。先生を信じて、あきらめずにがんばってきて本当によかったです。今まで支えてくれた先生や家族にも感謝したいです。本当にありがとうございました。


  
●Dくんのお母さん
中学受験をする事になったのは本人の希望からでした。地元の公立中学はグラウンドが狭く、2年生から始めたサッカーを環境のよい学校で続けたいという思いからでした。サッカーを続けながら受験勉強にも備えられる塾を探し、入江塾に入れていただいたのが新5年生(4年生の2月)の時です。しかしながら、今まで勉強が得意な方ではなく、今まで一度も塾にも行った事がなかった息子が、突然受験に対応した学習を始めた訳ですから、特に最初の一年間は大変で、宿題をこなすだけでも精一杯の日々でした。
話は変わりますが、5年生の時を中心に学校見学には積極的に参加しました。合計すると6校ほど見に行きましたが、その中で立命館宇治中学校が環境もよく、クラブ活動も盛んで活気があり、息子も私も一致して校風が本人に合っていると感じました。このようにして比較的早くに志望校は決まったものの、初めて受けた5年生の11月の五ツ木模試の結果は目を覆いたくなるもので、目標偏差値から15も足りず、現実を突きつけられるものでした。その模擬試験のコメント欄には「学力を高めれば挑戦可能校になります」と書かれていました。そうか、今は挑戦させてもらう権利すらないのかと苦笑いしました。
しかしながら、ここから息子の快進撃が始まります。5年生11月~6年生11月までの模擬試験の偏差値の推移を見て行くと、36.2→40.8→44.9→43.7→47.4→47.4→49.6とほぼ右肩上がりでした。これもすべて塾の先生方の指導と、本人の努力の賜物だったと思います。ちなみに目標偏差値は51でしたので、あと一歩の所まで来て受験シーズンに突入する事となりました。しかし過去問題を解き続けても、実際に合格最低点をクリアできたのは3回に1回ぐらいだったようで、不安材料を抱えたまま試験日が刻々と近づいてきました。ただ息子が最後の冬期講習あたりで、不得意の国語が急に解るようになったと言い出した事と、算数も入江先生に褒められるほど最後の最後まで伸びていたようで、もしかしたらチャンスが出てきたかもと思えるようになりました。
入試本番を終えた本人の手応えは、算数と国語は比較的できたが、理科と社会があまりできなかったというものでした。また今年は受験者数が昨年の1.4倍増で、やや受かりにくい状況になっていました。親としたら合格50%不合格50%の心境で、合格発表までの3日間は不安だらけで過ごしました。こんな気持ちで過ごしていましたので、発表の時にパソコンの画面で番号を見つけた時の嬉しかった事!思わず嬉泣きをしてしまいました。息子も「ウソー!ホンマ?ほんまに受かったん?受かっちゃったどうしよう!」とニヤケ顔が止まらず、終始ハイテンションでした。いつの間にか立宇治は息子の中ですっかり憧れの学校になっていましたから、夢のような気分だったと思います。ちなみに、私が合格を本当に実感できたのは、翌朝に届いた速達の分厚いレターパック(入学関係の書類が入っているため分厚い)を見た時でした。
結局息子は通塾と平行して6年生の12月まで週2回のサッカーを続け、文武両道を最後まで貫き通しました。たいしたものだと思います。受験勉強は子供にとってかなりのストレスになっていると思います。息子の場合は塾の勉強の合間にサッカーをして体を動かす事がいい気分転換になり、長期の受験勉強を支える重要なものになっていたと感じています。これからの学校生活でもこの姿勢を貫いて欲しいです。さて、学校で友達に合格の報告をすると、「素直に僕の合格を喜んでくれなかった、本当は一緒に地元の中学に行って欲しかったみたい。」との事。このように慕ってくれる友人に恵まれ、息子は本当に幸せ者だと感じました。学校が変わっても、小学校の友達とはこれからもいい関係を続けていって欲しいです。
最後になりましたが、入江塾で息子を支えて下さったすべての先生方にお礼を申し上げます。指導していただいた先生方も大変だったと思いますが、見捨てる事なく、根気よく付き合って下さってありがとうございました。そして息子の夢を叶えて頂き、本当にありがとうございました。親の私も色々な場面で先生方に支えて頂き、感謝の気持ちで一杯です。塾で仲良くして下さった塾生の皆さんも、本当にありがとう。

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●Eさん…同志社女子(LA)・ノートルダム女学院(特進 半免) 合格
脳みそがスイカな私が同志社女子を受けようと思ったのは、6年生になってからでした。前、通っていた塾にはまったくついていけず、宿題をやらない時もたびたびありました。自分でも「受験はやめようかな?」と思うほどでした。
そこでお父さんがマイペースな私に入江塾を推してくれました。体験授業に行くと2人の生徒と1人の先生、といったスタイルで、分からないところは難なく聞くことができました。
そして6年生になり、いよいよ北野教室に行くことになりました。そこでは、S先生やY先生、他の先生が、じっくりと教えて下さいました。心を開かせてくれる先生(?)で、人に壁を作ってしまう私も心を開くことができました。
1月16日、試験前日、帰りの送迎の先生はK先生でした。私が送迎の車を降りる時に、「明日、がんばってね」と言われて、とても勇気づけられました。
1月17日、試験当日、先生が応援に来て下さって、とても後押しされた気分で試験に挑めました。試験の問題が赤本よりも簡単で、うきうきした気持ちで試験を終えました。その結果、同志社女子中学校に受かることができました。脳みそがスイカな私を指導してくださって、有難うございました。これからはカニみそも熟成させていきたいと思います。
(※「脳みそがスイカ」は、脳みそに水分とせんいしか入っていないということです。)

 

●Eさんのお母さん
小学3年生から大手の塾に通っていた娘は大量の宿題をこなせなくなり、大好きだったはずの勉強も嫌いになったと言いだしました。
定期的なテストの点数も下がりはじめ、ついには一番下のクラスに落ちてしまいました。
すっかり自信を失くしてやる気もなくなりかけていた娘をなんとかさせたいと考え悩んだ頃に、入江塾の広告を見つけたのです。
少々引っ込み思案で慎重な娘は、以前の塾では授業後に質問する事も出来ないで帰ってくるので、そこも解決させてあげたいとも思っていました。
塾のアットホームな雰囲気に一日でとけ込めて、「先生に何でも聞けるわ!」とほっとした顔をしていました。
なかなかスイッチの入らない娘に夫婦でヤキモキしていましたが、先生のおっしゃる通り、受ける受けない関係なく、沢山の中学のオープンスクールやプレテストに参加させました。おかげで別に行きたい中学なんてない…と言っていた娘が、同志社女子に入りたいと気持ちを固めていきました。
面談のたびに私が「娘が家で反抗的なんです」「模擬テストの結果をいまだに見せないんですけど…」などとそんな事まで相談させて頂いたり、先生にはご迷惑だったと思いますが、いつもトコトン親身になって聞いて下さるS先生を私も信頼していたのでした。
ある時、塾に出向いた時にS先生がふざけていた生徒数人をすごいけんまくで叱っておられました。
保護者がいようがいまいが、良い格好せずに生徒に向き合い勉強以外の事にもきちんと目を配って下さり、声をからして言って下さっていた姿を通して更に私は、ここなら娘を本当におまかせできると思ったのでした。
先生からの厳しくもユーモアのある喝の入れ方が色々ある様で、お弁当を持たせての遅くまでの勉強がしんどいなかにあっても、先生との楽しいやりとりのおかげで、娘が先生に作っていた壁も取れていったようです。
先生は、壁を作ってしまう娘の生活を早くから理解してどうしたら取っていけるかな…と少しづつ探りながらじわじわ取り去る事にも心をくだいて下さっていたのでした。
試験当日の朝にはS先生からメールを頂き「出来る問題を落とすな。頑張れ」とだけ書いてあり、短い文の中にも先生からの精一杯の応援がこもっているとしみじみ感じました。
娘が試験の朝に先生に返信していたメールをそっと見ましたら(すみません)
「はい、ちゃんとカニミソになります様に^-^
 あと分配の法則も頑張ります
 オニの指導を受けた○○より」
と書かれていました。
どうやらカニミソはスイカよりも上でまずますのレベルだそうです。
娘には結果はどうあれ、目標にむかって努力することが大切なんだと身をもって体験させたかったのですが入江塾のおかげで憧れの同志社女子に合格頂けるという喜びまで手にする事が出来ました。
素晴らしい先生方に出会えて本当に感謝でいっぱいです。有難うございました。

 

●Fさん…同志社女子(LA 自己推薦) 合格
 ~「受験を終えて」~
 私は、6年生になってから入江塾に入塾しました。最初は、しっかり勉強できるか不安でした。夏休みに入るまでは、ヴァイオリンの練習や演奏会の本番などが続いていたこともあり、あまり勉強できる時間がありませんでした。
 夏休みに入って、塾に毎日行くようになりましたが、今まであまり勉強をしてこなかった私は、勉強のペースがつかめないままでした。どうしようかと思っている間に、夏休みは終わっていました。でも、夏休みのベーシックマスターのおかげで今まで全く手をつけていなかった歴史や、覚えきれていなかった理科の暗記分野がずいぶんできるようになりました。
 秋以降は、五ツ木駸々堂の模試で高い偏差値をとらないといけないと自分でも思っていました。だから、もともと嫌いではなかった算数をがんばりました。塾での演習も増やして、S先生やY先生に教わることでなぜか勉強が楽しくなり、算数や理科も面白くなっていきました。秋はすぐに過ぎていきましたが、気が付けば勉強のペースが少しはつかめるようになっていました。
 私は家の近くにある同志社女子中学校にどうしても行きたく、自己推薦で受験しようと決めていたので、12月に受験資格が得られた時は本当にほっとしました。1月の受験では作文と面接だけで良かったのですが、算数や理科を中心に今までよりも難しい問題に挑戦するようになりました。冬期講習の演習では、いろいろな中学校の過去問題に取り組みました。冬休みは、今までのなかで一番勉強したと思います。そして、もっと塾に行って勉強したいという気持ちが強くなってきました。
 でも、あっという間に受験の日を迎えました。当日は、苦手だった作文も演習の時間にS先生に指導してもらったおかげで、落ち着いてすらすら書くことができました。面接も、自分の思ったように答えることができました。合格発表は受験当日にあり、インターネットで自分の受験番号を見つけたときは、ずっとあこがれていた同志社女子中学校に4月から通えると思うと、とてもうれしかったです。
 S先生やY先生に教えてもらったことはこれからも忘れないと思います。1年間、ありがとうございました。

 

●Gさん…同志社女子(LA 自己推薦) 合格
入江塾では演習の時間に、わからないところを先生方がとてもわかりやすく指導して下さいました。そのため、宿題は家ではなく塾の演習時間に終わらせることができました。
また、私は算数と理科の個人をとっていて個人の時間ではじっくりと色々なことを細かく教えてもらいました。
最後まで寄り添って教えてくれた先生方にとても感謝しています。
本当にありがとうございました。

 

●Gさんのお母さん
 中学受験を決めたのは、5年の夏でした。個人指導の別の塾で5ヶ月程勉強しましたが、なかなか集中できず、5年の冬期講習から入江塾に入塾しました。遅いスタートだったので、算数と理科の個人指導をお願いし、演習も多くとりました。
始めの内はついていくのが精一杯でしたが、夏期講習が終わった頃にぐんと成績が伸びはじめました。集団での授業や演習はいい緊張感があり、取り組み易かったのだと思います。そして演習は先生方に質問したり、勉強内容を指示してもらいながら自習できるので、とても心強かったです。また、休憩時間にはお友だちと話に花が咲いて、楽しい時間を過ごすことができました。
途中で諦めることなく最後まで続けられて、志望校に合格することができたのは、入江塾のおかげです。本当にありがとうございました。とても良い受験ができたこと、これを活かしてこれからもがんばって欲しいと思います。

 

●Hさん…産業大学附属(特待) 合格
 私が塾に行き、受験したいと思ったのは小学3年の秋ごろでした。親戚の影響もあり、当初は公立中高一貫校を志望校として頑張っていました。しかし、みんながそれぞれ志望校に合ったプレテストの過去問などをはじめる直前に、私は私立中学へ志望校を変えました。それは、親のすすめや、説明会に行き私自身がここに行きたいと思ったからでした。しかし、今まで公立中高一貫校に合った個人指導を算数と国語の2教科受けていたということもあり、少し不安でした。でも、個人指導では毎回問題を解いて、その直しをするといったことをしていました。まず一人で一度解いてみるのですが、最初は全く分からない問題ばかりでした。でも、毎日解いていると少しずつ解けるようになり、少しずつ自信がついていきました。そして、冬期講習に近づくと、入試の過去問題を解くようになりました。国語では、その年の最高得点よりも高い点数をとれるようになり、算数や理科、そして社会でも良い点数をとれるようになっていきました。
 そしてむかえた本番の日、私は普段よりも落ち着いてテストを受けることができました。そして、先生も会場に応援しに来てくださっていたので、頑張ろうという気持ちになれました。テストは正直、理科があまりできなかったなと思っていたのですが、翌日結果がくると無事、合格していました。
 私はこの3年間にたくさんのことを学び、無事に合格することができて、本当に良かったと思いました。

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●Hさんのお母さん
うちの娘は4年生になる少し前からお世話になりました。
自分から受験をしたいから塾を探して欲しいと言ってきたので、ご近所の方で洛北中学に合格した子供さんがおられて「どこの塾に行っていたのか」聞いてみると「入江塾で、すごくいい塾だ」と教えて頂きました。すぐに入江先生に娘と会いに行きました。入江先生に「自分でやりたいというこの娘さんは絶対大丈夫ですよ」と言ってもらい、そこからはすべて塾の先生方に任せきりでした。家で塾のことを聞いても娘からは「休み時間に公園で遊んだ」「おやつにアイス買ってきてくれはった」と、そんな話ばかり。4年・5年はほぼ土曜の授業だけで、6年に上がる少し前から本人にもやる気が出てきたようで「個人指導受けたいし先生にお願いして」「もっと演習増やしたいしお願いして」と、そこからも先生方にお任せで・・・。途中塾での反抗期のようなものもあったのですが、先生方が、大丈夫こちらで対処しますからと。
 夏過ぎた頃には志望校も決まり、京都駅で開催された学校の個別説明会では入江塾の先生方が会場に居て下さり、娘より不安いっぱいで緊張していた私にはなんと心強かったか。志望校の先生にも「入江塾のHさんです。特待生狙ってます。よろしくお願いします」と先にS先生が紹介して下さったときはなんと頼もしく思えたことか・・・。その後も心配になり何度も先生とメールや電話のやり取りをするたびに私が励まされていました。「絶対大丈夫、任せて下さい。家ではのんびりと体だけに気を付けてあげて下さい、お母さん」と。
 本当に家では勉強することなく、塾も最終に差し掛かり冬休みはだいたい毎日塾に行き、最後の日も「テスト前、早く帰ってゆっくりしたら」と私が言っても娘が「いや最終の時間まで塾にいる」。本番受験当日も、娘はそんなに緊張している様子はなく、志望校には個人指導をお願いしていた先生が来て下さり、先生方からの手紙とあの消しゴムを見て笑い、リラックスして受験できたと思います。志望校も特待生で合格。笑顔で終われた、長いようであっという間の入江塾と中学受験でした。

 

●Iさん…産業大学附属・文教(特進) 合格
 私が入江塾に行くことになったのは、母に勧められて5年の時でした。
正直はじめは親に言われて仕方なく行ってる感じでした。でも6年になり改めて「本当に受験するかどうか。」と母に聞かれたことやいろいろな中学の説明会に参加したことでようやく自分でも「受験する」というきもちが出てきました。それから、塾にも週4日お弁当持ちで通いました。冷たいお弁当ばかり食べることや学校の友達と遊べないことは嫌でしたが、私なりに頑張りました。そうしたら、模擬試験の偏差値が上がってきました。
 受験の前日にはみんなで黒板に寄せ書きをして、先生たちに声をかけてもらいました。この時試験前で緊張している友達もいて、私も「受験ってこういう緊張のするものだ」と改めて実感して頑張ろうと思いました。
 当日は、受験校の前で先生からお菓子やカイロそして入江先生・S先生・Y先生の似顔絵のついた消しゴムをもらいました。この似顔絵をみて「似てる」と笑ってしまいました。これで少しリラックスできた気がしました。
 そして、母から合格と聞いたときは自分でも「1年前は考えられなかったな」と感慨深く思いました。
 入江先生、S先生、個人指導で大変お世話になったY先生はじめとして入江塾の先生方のおかげでごうかくできました。本当にありがとうございました。

 

●Iさんのお母さん
この度は無事、京都産業大学附属中学と京都文教中学に合格することができました。入江塾には5年生からお世話になりました。4年の途中から大手進学塾に通園していましたが、大人数での授業で本人もやる気がなく成績も今一つのままでした。そこで、少人数で丁寧に教えていただけるところがよいのではと私の判断で5年から入江塾にお願いすることとなりました。
 5年は自宅から近い出町教室に通わせていただき、宿題も以前よりしているようでしたので塾を変えてよかったと思っていました。
 ところが、6年で北野教室となり春ごろにS先生の面談を受けた時「このままなら中学受験は難しいですよ。」と現実を直面させられました。恥ずかしながらこの時にようやく私も受験生の親としての覚悟のなさを実感し、娘に改めて「受験するか?やめるか?」と問いただしました。この時、てっきり「やめる。」と答えると思っていましたら「受験する。」と答えました。そこで、ようやく娘も私も「本気で受験します。」とS先生にお伝えし、演習を週2回から週4回と増やして頑張ることになりました。家ではほとんど勉強もせずテレビばかり観ていましたが「塾にさえ来てくれたらなんとかします。」という先生の言葉を信じ週4回の塾には真面目に通いました。
 そして、秋ごろには偏差値も上昇し、先生と相談のうえ京都産業大学附属中学に第1希望を決定しました。志望校を決めるのが遅かったので心配しましたが、入江先生、S先生、Y先生をはじめ入江塾の先生方の厳しく暖かい指導のもと合格することができました。
 受験すると決めたものの最後までもう一つやる気十分でない娘をここまでにしてくださったことに心から感謝しております。最後までやり遂げ達成した喜びを体験できたことは娘の今後の人生にも生かされることと思います。本当にありがとうございました。

 

●Jさん…大谷(マスター) 合格
私は、5年生の秋に入江塾に入りました。前の塾では、目標を持った勉強ができませんでした。けれどこの塾に入ってから、先生たちは真剣に勉強を分かりやすく教えて下さったので目標を持つことができ、成績が伸びました。しかも休み時間には公園に行き、その後にパンやアイスを食べることができる楽しみがあったので、入江塾へ行くことが「いやだ。」と思ったことがなかったです。
受験当日には、S先生が応援に来て下さり、先生達からのメッセージカードと、おかしと、先生の似顔絵がかいてあるケシゴムが入ったふくろをもらいました。そのふくろの中に入っているものすべてには、先生達の思いがこもっていてとてもうれしかったし、勇気がでて、おちつくことができました。
私が入試に合格できたのは、今まで一生懸命に教えて下さった先生たちのおかげです。本当にありがとうございました。

 

●Jさんのお母さん
娘が入江塾に通い始めたのは、5年生の秋からです。それまでは大手の個人指導に通いながらはっきりとした目標はなく漠然と中学受験の事を考えていました。本気で受験をするなら平日はお弁当持ちで夜遅くまで、土日は休みなしの生活になるだろうと思うと親子ともなかなか踏み出せずにいました。
そんな時偶然、入江塾にお子さんが通っているお父様とお話しする機会がありました。夜遅くまで子供に無理をさせないこと、一人ひとりの個性に合わせた指導をしてくれること、入江先生のお人柄などについてお話を伺い大変感銘を受けました。それからまもなく体験授業を受け入塾させていただくことになったのです。
 途中から通い始めたので授業についていけるか、友達ができるかいろいろと不安はありました。得意ではなかった算数の個人指導をお願いし、娘の理解度に合わせて根気強く指導していただくことができました。S先生にはかなりご苦労をかけたと思います。家で一人勉強できるタイプではなかったので、他の教科は演習時間にみていただきました。
お弁当の時間は先生と一緒に女子全員で食べ、長期休暇の講習は3時の休憩には近くの公園で遊ばせてくれるなどしたため自然にお友達もでき心配することはありませんでした。新6年生の説明会で「受験は友達と競争するものではない、入江塾のみんなで一緒に頑張ってみんなで一緒に合格するぞというきもちで頑張って欲しい。」と入江先生が言われていたのが印象的でした。受験前日、先生方に見送られて教室から出てきた娘は何ともない顔をしていましたが(本当は泣くのをこらえていたそうです)、塾を出たところで一緒に頑張ってきたお友達と顔を合わせると、お互いに何度もありがとうと言い、涙しながら励ましあっていました。その姿を見て本当にいい先生方、友人に巡り合えたのだなと思いました。
 受験当日は会場まで先生が応援に来てくださり、応援メッセージの入った差し入れのおかげでかなりリラックスした様子で本番を迎えることができました。笑いながら試験会場に入っていったのはうちの娘くらいだったと思います。
 夏から秋にかけてはなかなか思ったように成績は伸びませんでしたが、冬期講習やその後の演習で過去問を解く段階に入ると本人も手ごたえを感じられるようになったようです。そして試験では目標であったマスターに合格でき、親子とも本当にうれしく感謝の気持ちでいっぱいです。のんびりした娘のタイプに合わせ、無理のないペースで勉強を進めてもらえたおかげで、途中で息切れしたり勉強を嫌いになることもなく受験を迎えることができました。先生方にはご苦労をおかけしたと思いますが、本当にありがとうございました。

 

●Kくん…大谷(マスター)・東山(エース) 合格 のお母さん
 息子は読書好きなおかげか国語だけは得意ですが、他は惨憺たる有様で、算数に至っては初めて受けた模擬テストで計算問題しか解けず20点、という状況でした。
 それでも(親が)あきらめず、受験勉強を続けたのには理由があります。
「これだけ授業に集中できない子が、中学生になって急に変わることはあり得ない。公立に行くと、内申点が取れず、その後の高校受験で大変な思いをする」
と入江先生に指摘されたことです。
 息子は塾の宿題すら真面目にしません。そこで、理科と社会については家庭で親が一緒に宿題に取り組みました。一番苦手な算数は、一斉授業はすっぱりやめて個人指導でお願いしました。「普通の学校を受けられるレベル」を目標に、「途中の式を書く」「宿題をやってくる」など基本的なことから根気よく教えていただき、最終的には模擬テストでなんとか平均点に追いつく辺りにまで引き上げていただきました。
 志望校選びに当たっては、複数校を見学し、個別相談も受けるようにしたことが、役立ちました。パンフレットではわからない実際の雰囲気がつかめます。評判の良い学校でも、感触がもうひとつに思われたときは、「ご縁がないのだろう」と割り切りました。S先生にもアドバイスをいただき、息子の可能性を最大限伸ばせる学校はどこだろう、と考えた結果、校風のおおらかな大谷中学校を選びました。
 このように勉強嫌いな息子ですが、入江塾に行くこと自体は、一度も嫌がりませんでした。先生方が息子の特性をつかみ、的確な指導をして下さったおかげと、感謝しております。ありがとうございました。

 

●Lくん…文教(特進) 合格
入江塾に入った理由は「この塾だとがんばれるんじゃないかな」とお母さんにすすめられたからです。4年生で入ったものの、すごくがんばったわけでもなく1年間が終わりました。
5年になって受験することを決めました。
どこを受験するかまよい、6年でようやく決められました。
6年で北野教室に行き演習を週に2回というペースでやりました。
そのおかげで、5年よりすこし偏差値が上がり受かる希望も見えてきました。
そしてむかえた受験当日、苦手な理科もよくできて合格しました。
これも個人指導のK先生や塾の先生がたのおかげだと思います。
本当にありがとうございました。

 

●Lくんのお母さん
 大手の塾は息子の性格からしてうまくいかないのではと思っていた矢先に、塾内で競争させるのではなく、自分らしく子どもらしく合格を目指すという入江塾の指導方針に惹かれて入塾させることにしました。4,5年生は出町教室で、6年生からは北野教室でお世話になりました。
 6年生になり、息子に受験する意思を再確認し、志望校を決定したものの、宿題を提出できなかったり、なかなか集中できなかったりで、ちゃんと受験できるのだろうかと不安な思いがありました。先生方は、そんな息子の状況や性格を踏まえたうえできめ細かく対応してくださり、マイペースながらすこしずづ苦手を克服したり得意を自信にしたりしていくことができたのではないかと思います。
 なかなかやる気と集中力が見られなかった息子も、受験直前は単に合格するだけではなく、自分の納得のいく出来で合格したい、との思いで自ら毎日塾に通い、先生方のご指導のもと、直前まで苦手なところの克服に取り組むなど頑張ることができました。
 受験当日の応援グッズは、使うのがもったいないと大切に鞄に入れてお守り代わりにしてたようです。直前の受験校の前での激励やS先生からのメールでのエールにも支えられて無事合格することができました。
 個人指導のK先生はじめ、たくさんの先生方にご指導いただき、特にS先生には多大なサポートをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。入江塾に出会えたこと、先生方の指導方針により精神的に無理なく受験することができたことは私たち親子にとって本当に良かったと思っています。
 そして、受験だけでなく、今後につながるようなご指導をいただいたことが、中学校入学後にもきっと支えになってくれるだろうと思っています。直前まで息子に合わせたご指導をいただき、本当にありがとうございました。
 

●Mさん…京都女子(Ⅱ類)・聖母女学院(Ⅲ類)合格
 私が入江塾に入塾したのは5年生の冬です。以前は大手の塾に通っていました。宿題が多く授業にもついていけないし、わからないところはわからないまま、放りっぱなしでした。それが一番多かった算数は全くできませんでした。それでも入江塾の先生方は教えて下さいました。でも私は算数が苦手というよりも嫌いと思っていたので、自分からはやろうとしていませんでした。いつまでたってもできないので個人指導をして頂くことになりました。さらに割と得意だった理科も、計算が必要な問題は苦手だったので個人指導をして頂きました。それでも算数の偏差値は50にいくかいかないかぐらいでしたが、理科は60を超えることは少なくありませんでした。自分でもわかってはいたのですが、S先生に「計算ミス」が多いと何度も言われました。間違っていた問題のほとんどが計算ミスによって間違っていたので自分で気をつけるようにしていきました。五ツ木駸々堂のテストが返ってきたある日、算数の計算問題が「なんと全部あっているではないか!」と喜んでいたところ、S先生に「当たり前」と言われました…。その算数の点数は結構良かったので嬉しかったです。それを機に、算数の力は少し伸びていきました。理科の方も、計算が多い分野ができてきました。その理由は、個人指導の先生がS先生とY先生という最強(最恐)の組み合わせだったし、やっぱり一番は「志望校に行きたい」という思いが強いからでした。いろいろと厳しい注意(例えば“読め!!”とか)も受けましたが第一志望校の学校に行けたことを本当にうれしく思っています。
 S先生、Y先生、その他の先生方、大変お世話になりました。ありがとうございました。
 

 

(「2015年度 合格体験記」 ここまで  …このページの先頭へ

 

2014年度入試合格実績 計30名(学力選抜なし)

洛星3名、京都府立洛北高校附属1名、京都市立西京高校附属1名、同志社5名、東山(ユリーカ)4名(エース)9名、京都女子(Ⅲ類)1名(Ⅱ類)2名(ウィステリア)1名、立命館(総合)1名、立命館宇治2名、同志社香里1名、函館ラ・サール1名、清風南海(スーパー特進)1名、明星(特進)2名、清風(理Ⅲ)1名、龍谷大学付属平安6名(うち2名学費全免、1名半免)、京都産業大学附属1名(学費全免)、花園1名、京都聖母学院(Ⅲ類)1名、京都学園(特進・進学)各1名、同志社女子(LA)3名(うち1名自己推薦)、大谷(マスター)1名(コア)3名、京都文教(京大医歯薬・特進)各1名、岡山2名、土佐塾1名

 

Aくん (洛星・明星(特進)・龍谷大学付属平安(全免)・清風南海(スーパー特進) 合格)

 僕は4年生前期から入江塾に通っていましたが、はじめから洛星に行きたいと思っていたわけではありません。確かに憧れてはいましたが、当時の偏差値では手が届かなかったからです。しかし、成績が伸び、洛星が圏内に入ったのと、洛星の文化祭での好印象とが重なり、洛星を受けようという気持ちを持つようになりました。しかし、模試でA判定が出せても、過去問では思うような結果が出せませんでした。また他の難関校志望の人と違い、僕は個人指導も受けていなかったので、不安を感じました。それでも、対策指導等によって、苦手分野を克服し、迎えた本番。今まで努力してきた科目である算数に歯が立たず、正直落ちたと思いました。しかも、先に合格した学校の成績結果が案外ギリギリだったので、不安は増しました。しかし、合格発表に行ってみると、そこには自分の受験番号が。しみじみと喜びをかみしめました。こうして喜びをかみしめる事が出来たのも、先生方の熱いご指導のおかげです。本当にありがとうございました。

 

Aくんのお母さん

息子は3年生の2月(入江塾では新4年生)からお世話になりました。最後まで一度も「行きたくない」と言う事なく「楽しい。塾が学校ならいいのに。入江小学校があればいい」と楽しく通塾しました。夏期講習には塾の近くの公園でバドミントンをするのが大好きでした。

学習面はすっかり先生方にお任せしていました。息子には「勉強しなさい」と言った事がありません。息子は、言われたからやるというようなタイプではなく、頑固で自分の気持ちがなければ一歩も動きません。納得できない事は絶対やりません。何事もマイペースなのです。先生方はそんな息子のマイペースぶりを温かく見守り続けてくださいました。深く感謝しております。

志望校は、最初から洛星を考えていたわけではありません。難関校を目指すのが、私は怖かったのです。「そんな大変そうな、しんどそうな事にウチの子が挑戦するの?まさか。」と思っていました。息子は不器用で、天才肌でもありません。しかし、先生方のおかげで息子は勉強が楽しいと感じるようになりました。成績が少しずつ伸びて行きました。

たくさんの学校を見学に行きました。息子は「この学校は嫌だ」「ここはいいなあ」と自分なりに意見を持つようになりました。生徒さん達の雰囲気を感じるようでした。洛星の文化祭に出かけた時、息子はその自由な雰囲気を大変素晴らしいと思ったようです。そして洛星中学を目指して頑張ってみようと考えるようになりました。入江先生に憧れている息子は、先生の出身校であるという事も志望校決定の理由のようです。また洛星に行かれている塾の先輩に憧れの気持ちもあるようです。

無事に受験を終えて、ほっとしています。

マイペースな息子を3年間支え続けてくださった先生方に心から感謝しています。有難うございました。

 

Bくん (洛星・東山(ユリーカ) 合格)

今まで優柔不断でなかなか物事が決められなかった僕が、洛星中学志望を決めたのは6年生の6月頃でした。

入江塾に通い出したのは新小6年生の3月。前の塾とは違い、じっくり解いていく入江塾のペースに最初はあわない時期もありました。正直「もっとはやくしてほしいな」と思いました。でも2、3ケ月経つと今まで多かった間違いも少しずつ減っていき「こういうことだったのか」と納得しました。またその頃、入江先生の勧めてくれた洛星中学を希望するようになりました。そして、のびのびした環境の中だからこそ真剣に頑張ることができました。

合格発表で自分の番号を見つけた時は、今まで入江塾で頑張ってきて良かったと思いました。僕を指導して下さった先生方、ありがとうございました。

 

Bくんのお母さん

息子が入江塾に入れて頂いたのは、新6年生の3月でした。

それまで大手の進学塾に通い、他府県の超難関校を目指すクラスにいたのですが、体調を崩して数日間欠席すると言う事が数カ月に一度あり、運良くその難関校に合格しても、通うのは無理なのでは…と感じていました。その上、本人はどちらかと言えばコツコツ努力するのは苦手で、家で暇があればゲームをしたりテレビを見たりと、楽しい事自分のしたい事についつい流されてしまうところがあり、自分に対して甘い点も、親の私から見て、とてもそんな難関校を受験するに値しない気がしておりました。何より、本人にまだ自分でどの学校に行きたいという意思もなく、ただ塾には嫌がらずに行くだけという日々だったのです。

何度目かに熱を出して一週間近く塾を休んだ新6年生(実際の学年は5年)の2月末、ようやく主人が「他府県の超難関校を目指すのはやめよう。」と言い出し、内心ホッとしました。子供も、急に明るい表情で「やったあ!」と言い、それを見て、本人なりにストレスを感じていたんだなあ、もっと早くやめさせてやれば良かったと反省しました。

今までの塾からは、クラスを変える事を提案されましたが、心機一転、新しい環境で勉強してみようと決め、主人が入江塾を見つけて来ました。

受験まで一年をきった時期に塾を変わるのには、大きな不安もありましたが、「塾・生徒・親が三位一体となって受験に向かう」という方針や、日曜日は塾がお休みだったり、学校の行事と重なる時は、行事を優先して良いという点などが、小学生の子供にとっては、とても自然で無理がないと、心から共感出来たので「今までの塾とは違う」と、期待に似た思いも抱いていました。入江塾に通い始めて、以前より生活に無理がなく、学校でのサッカー教室も続けられるので、息子は喜んでのびのびとしていました。

親バカかもしれませんが、息子は比較的算数が得意で、前の塾でも他の科目がパッとしなくても、算数で得点をのばして全体の成績を保つようなところがありました。

得意科目があるのは結構なのですが、他の科目の成績は安定せず、良かったり悪かったり、模試の度にジェットコースターのようで、一番困るのは、本人が、結果の悪いときも、その原因を、あまり深く受け止めない点でした。宿題はきちんとするのですが、家ではそれ以外勉強はせず、相変わらずゲームだテレビだと息抜きにしては長過ぎる時間を費やすので、不本意ながら「勉強しなさい」「本ぐらい読みなさい」と口うるさく注意することも多々ありました。

そんな息子を、入江先生はじめ諸先生方は、あたたかく根気強くご指導くださいました。

子供との間に、どんなやりとりがあったか、本人も、家では詳しく話しませんでしたが、入江先生を慕って信頼を寄せるようになり、夏休みが終わるころには「入江先生のような人になりたいから洛星に行きたい」と作文に書いていました。今まで、どの学校に行きたいか、自分ではほとんど考えようともしていなかった息子が、はっきりと自分で意思表示をしたのを知り、子供の大きな成長を感じました。

受験まで後一カ月になった頃、親である私は、子供の体調管理に努め、本人が出来るだけ気分良く試験当日を迎えられるように、口うるさく言うのは控えようと決めました。ですが、その必要はあまりなく、息子が家で机に向かう時間は増えていき、自分から勉強するようになりました。入江塾にお世話になってから一年足らずで、随分学習態度が変わり、自主学習の姿勢が身についたようです。

受験当日、寒さ厳しい中を入江先生が来て下さいました。受験生各々に、各先生方から激励のメッセージと、カイロやチョコレートなどを頂きました。その中に、入江先生の似顔絵イラストがついた消しゴムがあり、「似てる」と言い、子供は気持ちが少しほぐれたようでした。「漢字が書いてあるから試験中は使えないかもしれないけど、お守りに持って行く」と、筆箱に入れて、洛星の校舎へと入って行きました。

試験後、息子は「算数が難しくて、あまりできなかった」と思いの外暗い顔で出て来ました。得意な筈の算数が出来なかったと聞いて、私も心配になりましたが「怪我も病気もせずに入試を受けられたのだから、難しかったり出来なかったりした分も今の実力で、自分の実力は発揮出来たという事だし、その点は良かったね」と話しながら帰りました。

正直、もし不合格でも、私達にとって息子が大切な存在である事に変わりはなく、志望校に入れなかったら何かが終わる訳ではないと、常日頃から考えていました。合格するに越した事はないけれども、どんな結果でも、充分頑張って来て、恥じる事はないからきちんと受け止めようと、息子にも伝えました。

合格発表の当日、少し早目に行ったので、15分程その場で待つ事になりました。合格しているだろうか、もし駄目だったら息子がどんなにしょげるだろうか、どうやって励ましてやれば良いだろうか…人生で最も長く、緊張した15分間でした。「あった‼」親より早く、自分の番号を見つけた息子は、嬉しいのとホッとしたのとで涙ぐんでいました。そうは見えなかったのですが「よほど張りつめていたんだなあ」と改めて感じ、私も心から喜びました。

入江塾に通わせて頂いて十カ月、息子は自分で考えたり勉強するようになったりと、驚く程成長しました。志望校に合格するという明確な目標があった事は勿論ですが、やはり入江先生と出会い、ご指導頂けた事が大きかったと思います。もっと早くこの塾に入っていたら…とも考えてしまいますが、小学校の最終学年で、入江塾とご縁があって幸せだったこと、心から感謝しております。

本当にありがとうございました。

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Cくん(洛星・東山(ユリーカ)合格)

僕が入江塾に入ったのは5年生の夏期講習からでした。入塾してすぐに、前の塾では周りと競いたくもないのに流れで競わされていたことに気がつきました。

知識を高めるのに人は関係なく、自分と戦うことだとわかり、安心して受験の日まで準備ができました。

勉強の合間に息抜きの公園、塾長の入江先生からのパンやアイスの差し入れで集中力を高めることができました。入江先生、S先生、Y先生、国語のK先生、その他の先生方ありがとうございました。

 

Cくんのお母さん

本人の希望で、5年夏までの1年あまり、大手塾で過ごしました。

大量の宿題を充分こなしていくには日々余裕など与えられず。

度々行われる単元テストと、定期的にある塾内模試のやり直しができないことに、親としては意味のなさを感じておりました。意味がないだけでなく、「わからないことをわかるようになりたい。」という学習意欲がなくなってしまうのでは、と心配にもなりました。

私も主人も、以前より入江塾の良さを知っておりましたので、日常的に勧めておりました。宿題に追われ、やり直しを強いられる中、本人なりに立ち止まって考え、ようやく私どもの声に耳を傾け入塾。

「助け舟がすぐそこにある。」「宿題は少なくても、身にしみる内容だ。」と息子。親子がようやく同じ気持ちになることができ、入江塾の三位一体の方針に沿えたのが5年の夏ということになります。

子供の能力と可能性を信じて下さり、受験のためだけでなく人として成長させて下さる入江先生。国語においては書くことを面倒くさがり解かずに提出するような息子でしたが、個人指導のK先生のおかげで偏差値は少しずつですが最後まで上昇し続けることができました。他の先生方も、厳しさ優しさ楽しさを持ち合わせた熱意のある先生方ばかりで、最後まで入江塾は楽しい場所であり続けたようです。

時には落ち着きなく、…ガツンとおこるとへこたれる。

かとおもえば調子のり。自信をなくすと一気に不安感急上昇。

と思ったら意外に切り替えは早い?!集中していないと思ったら実は集中していた?!―いろんな側面をもつ息子に入江先生、S先生、Y先生、皆様が、その都度適切に対応して下さいました。

個々に合わせたご指導、受験に対してだけでなく、モチベーションを高めていく先々までみこした教育。親も子も安定した気持ちで受験の日まで前向きに取り組めたのは入江塾の皆さまのおかげです。洛星に合格をいただき息子は、「入江先生の後輩になれた。」と幸せな顔をみせてくれました。入江先生はこれからも彼の人生において尊敬し続ける存在であるに違いありません。

入江塾とのご縁に親子共に深く感謝しております。

 

Dくん (東山(エース)・龍谷大学附属平安 合格)

僕は、四年生の時に中学受験を目指して地元岐阜にある大手の塾に入りました。でもそこでは成績が上がらず、やめて入江塾に通うことになりました。でも入江塾は岐阜から遠く離れた京都にあります。通うことは大変でしたが楽しみでした。

入江塾に通い始めた頃の偏差値は29でした。入江先生の個人指導をやって頂いて40前後にもっていくことが出来ました。でも油断してゲームをしたり個人指導中に集中力がなかったりして、入江先生にすごく怒られました。それから心を入れ替えて個人指導を受けました。

「先生たちは本気なんだなぁー」「僕も頑張らなきゃいけない」と思い必死に頑張りました。そして、偏差値が50になりました。

6年生の冬期講習には、連日S先生、Y先生に色々と熱心に教えていただきました。

試験当日は、先生方からのメッセージをいただき、やる気が出ました。

そして、合格発表の時『あったー!!』と思わず泣いてしまいました。何回も何回も受験番号を確かめて見ました。

本当に心からうれしいです。

有難うございました。

 

Dくんのお母さん

入江塾にお世話になったのは五年生からでした。

四年生のときは名古屋に本部がある大手進学塾に通っていました。沢山の宿題に追われ「休みたい」と言い出す息子、私自身が不安になる毎日の中でした。そんなときインターネットで京都にある入江塾を知り、入江先生に出会いました。

家が岐阜にある事で毎日の演習に通えず、入江先生は息子のためだけに岐阜に教室まで作って下さいました。大変な労力、お心を頂きました。

毎週土曜日は京都の入江塾で授業を受け、日曜日は塾がお休みの中、入江先生はマンツーマン指導をして下さいました。息子は一日も嫌がらず休まず岐阜でも演習を受け、京都にも喜んで毎週通いました。

入江先生のマンツーマン指導では、算数から始まり国語も教えて頂き、私自身もマンツーマン指導に参加させて頂く事もありました。入江先生は「勉強とはどうしてしなければならないのか」「これからどう生き抜くのか」と生きるための教えも説いて下さいました。それに伴って、息子が人間としても成長してゆく姿が見受けられました。

六年の夏期講習を過ぎ、先生方のご指導、努力の結果、息子の偏差値が10以上伸びました。

大変な二年間でしたが、仕事と息子だけを一心に見つめてきました。両立が大変な中嬉しく励まされたのは「入江塾の演習にもっと行きたい!もっと行きたい!!」と言って帰ってくる姿でした。私も「がんばるぞー」と岐阜から学校終了後、何度か夜の演習にも伴に通いました。京都から最終の新幹線で帰る事もありました。帰路、疲れより達成感とともに醍醐味もありました。それは、いつも入江塾の演習に参加した息子が輝いていたからです。漢字も文章も書けなかった息子をここまで成長させて頂き、東山中学校、平安中学校より合格を頂けたのは入江塾皆様のおかげであり、京都の入江塾に通えたからだと思います。

 信じるものは救われる。

 必ず、努力は報われる。

私自身が入江塾で学んだ事です。これからも京都で学ばせて頂いたことを実践してゆきたいと思います。

入江先生、入江塾だけを信じてきた二年間、京都に来る事で息子との時間を作る事が出来た二年間。入江塾で良かった。

入江先生、S先生、Y先生、入江塾の全ての先生、入江塾の生徒の皆様、本当にありがとうございました。

感謝、感謝、皆様に感謝です。

 合格は私の中で今も夢のようです。

 感動をありがとうございました。

 

Eさん (同志社・同志社女子(LA)・立命館宇治 合格)

わたしは、楽しい先生方やおたがい励まし合った友達のおかげで、同志社中学校の入学考査に合格することができました。

1月18日の試験当日、学校の門の前にはわたしにとってライバルとなる人たちがたくさんいました。でも、その中で入江塾からの受験生がいちばん晴れやかでにこにこしていたと思います。学校にはY先生が来て下さっていて、お菓子やカイロが入っている袋をもらいました。その中に、入江先生とS先生とY先生の似顔絵が描いてある消しゴムが入っていて、わたしのお母さんが爆笑していました。リラックス効果があるので、来年も絶対やった方が良いと思います!(笑)少しかわいすぎる気もしましたけど…というふうに、今まで模試では緊張して点数が悪かったのですが、本番は緊張せず楽~な気分で受けることができました。

結果は別の学校の入試の帰りの地下鉄で知りました。

お父さんやおばあちゃんにも電話し、わたしの身の周りの人がどれだけ心配してくれていたのか、分かりました。いとこや学校の友達も同志社中学校にいっしょに合格しました。

そのときの嬉しさは、言葉では言い表せません。嬉しくて、声が出ませんでした。

入江塾の先生方、本当に本当にありがとうございました!

とっても、楽しかったです!!一生忘れません!!!

 

Eさんのお母さん

「勉強は楽しい♪」―受験勉強でも学校の宿題でも道端の草の名前でも、わからなかったことがわかる・わかっていたことがもっとわかる・知らなかったことを知る…なんてことが、楽しくないはずはないのですから(あくまで私の考えです)。

でも、大手の塾は合格だけが目標で、そんな雰囲気は微塵も感じられませんでした。泣きながら勉強する、とりあえず量をこなす、長時間やらせる、学力別にクラスを分ける…とても違和感がありました。たとえ合格することができたとしても、それで勉強が楽しいと思えるはずはないだろうと。

入江塾を知ったことは、本当に幸運でした。泣きながら宿題をしていた娘が、入江塾に通い始めてからは一度も勉強をイヤと言ったことはなく、塾の先生やお友達のことなどをいつも楽しそうに話し、毎日でも塾に行きたいと言いました。本当に塾が楽しかったのだと思います。私は「この塾なら『勉強は楽しい♪』と実感できる」「この塾でダメならどこでもダメ!」と信頼しきっていました。

塾の先生やお友達が大好きだっただけで、勉強自体が楽しかったわけではないかもしれません。でも、少なくとも「楽しく勉強した」ことには間違いないと思います。「楽しく受験勉強した」娘は、今後、「勉強は楽しい♪」と感じてくれることでしょう。

受験なのですから、まずは合格が目標です。でも、合格さえすればいいと言うことではないと思います。入江塾は、合格するための勉強はもちろんですが、もっと大切なことを大事にしてくれる塾でした。この塾に出会って楽しく勉強できたことが勝因だと思ってます。

最後になりましたが、入江先生・S先生・Y先生をはじめ、先生方には本当にお世話になりました。娘も楽しかったと思いますが、私もとても楽しかったです。ありがとうございました。

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Fさん (京都女子(Ⅲ類) 合格)

私は母やS先生にすすめられ、さんざん迷った末、京都女子中を目指すことにしました。

それを決めたのは9月半ばごろ。第一志望校を決めるのに、これほどの時間がかかるとは思いませんでした。これまで目指していた学校とは全く違うスタイルの問題が出るので、それに慣れるのにかなりの時間がかかりました。それでも、先生達は分かりやすく教えてくださったし、私も苦手だった問題を解くことができました。どんどん得点も上がってほんの少し自信も持てるようになりました。

京女オープン模試でもA判定をとることができ、そして本番の試験でもⅢ類に合格することができました。計算間違い、問題の読み忘れ、もったいないボンミス……そんなたくさんの欠点があった私を最後までずっと指導して下さった先生方。いっしょに勉強してくれた友達。みんなとは公園で遊んだり、北野天満宮へ初詣に行ったり、とても楽しい時間を過ごすことができました。これら全てが私を合格へと導いてくれたに違いありません。

私を支えて下さったみな様、本当にありがとうございました。

 

Fさんのお母さん

統一入試前の最終登塾日。娘は声をあげて泣きながら家に帰ってきました。

「もう塾のみんなに会えへん…さみしい…。」

あまり素直に感情を表すことのできない彼女が、まっすぐに気持ちを伝えてくる様子に驚きつつ、受験が終わってもいないのに私はどこかほっとした気持ちになっていました。

そもそも、育星舎に彼女が通い始めたきっかけは、学校とは別の居場所―息抜きができ、彼女の歩みをしっかり認めてくれる第三者がいるところを持つことができないか、と考えたからでした。
まずは個別α(現・伸学α)で数年間お世話になり、学ぶことへの興味関心をI先生に粘り強く引き出していただきました。個別といっても他学年や中高生の方と同じ空間で勉強するなかで、近い未来へのあこがれや想像力が膨らみ、視野も拡がったらしく、いつの間にか学校でも楽に過ごせるようになっていました。
5年生の冬、受験に向けて入江塾に移籍しました。しかし、6年生の秋口に志望校を決めるまでは親子ともに気持ちだけが空回りしているような状態が続き、タブーとされる「やる気ないなら受験やめたら?」発言も親から出る始末でした。
ところが、受験校を一つに絞った後は、「演習の時間を増やしたい、弱点をチェックしてほしい。」と口にするようになりました。先生方のサポートもあって、手ごたえが感じられるようになり、焦りがなくなってきたのか、学校での活動にも積極的に取り組み、続けたいと譲らなかったバスケットも11月まで両立できました。また、塾で過ごす時間もぐっと増えましたが、お友達と過ごすお弁当や送迎の時間が楽しくてたまらないらしく、いつも送迎の車から笑顔で降りてきました。
受験までひと月をきっても、塾のお友達に年賀状を書いたり、初詣や受験前日の記念写真を楽しみにしたりと、むしろ受験を決めてから一番安定した精神状態で過ごせていたように見受けられました。
そして迎えた最後の日の泣き顔。育星舎で過ごした数年間がどれだけ充実したものとして彼女のなかに積み重なっていたのかと思うと、良い時間を過ごさせていただいたと、本当にありがたい思いで胸がいっぱいになりました。
泣いて泣いてすっきりしたのか、翌日の入試には落ち着いて臨むことができ、模試で一度も安心する判定が出たことのない志望校に無事合格することができました。
授業を通して受験に対する心構えを説いて下さった入江先生、慎重すぎる娘をどうしたものかと、面談のたびに一緒に考えて下さったS先生、Y先生をはじめ、個人指導や授業、送迎で関わってくださった先生方に改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
 

Gくん (京都府立洛北高等学校附属 合格)
僕が洛北に行きたいと思ったのは、6年生になってからで、それまでは志望校を決められないまま勉強していました。しばらくは学力もあまり伸びず、駸々堂などの模試でも、悪い結果に終わっていました。苦手な作文でも、他の人よりずっと下手で、洛北をあきらめようとも思いました。それでも、入江先生や、優しい(?)S先生やY先生など、入江塾の先生方の支えがあって、試験まで頑張ることができました。特に冬期講習中や直前の演習では、作文を直してもらったり、過去問をひたすら解いたものを見てもらったりして、成績もずいぶん伸びたと思います。

試験の前日と当日は、とても緊張しましたが、N先生や、他の先生のコメントをいただいてからは、落ち着いて全力を出すことができました。合格発表で自分の番号があったときは、とてもうれしかったです。頑張った分は結果につながることを実感しました。

もし入江塾に入っていなかったらどうなっていたかな?入江塾で学んだことはこれからも絶対忘れません。

今まで本当にありがとうございました。

 

Gくんのお母さん

息子が中学受験をしてみたいと言い出したのは、5年生になってからの事でした。お友達が行っている学習塾で入塾テストを受けましたが、「こんな成績では受験は無理です」と入塾をお断りされてしまいました。それでも、子供には伸びしろがあるに違いないと思っていた私は、すがるような気持ちで入江塾でお世話になる事を決めました。

のんびりでマイペースな子なので、なかなか成績も伸びませんでした。本人は「勉強が大変だとか、やめたい」と言ったことは、一度もありませんでした。それどころか、試験が終わった今でも、勉強がしたいと、毎日机に向かっています。

入江先生には「勉強は子供まかせではいけない。親がどのくらいかかわっているかで変わってきます」と言われた事が心に響き、わからなくても一緒に問題を解いたり、考えるようにして、私も一緒に勉強してきました。

そして私からみて冬期講習以降試験までの間の息子の集中力と頑張りはすごかったです。まさかの第一志望校合格で本人もびっくりしていますが、「本当にいい先生方とめぐり合えて良かった」と言っています。ここまで引っ張っていただいた入江塾の先生方には、感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。

 

Hさん (同志社・京都女子(Ⅱ類) 合格)

私が入江塾に来て、よかったと思っていることは二つあります。

一つ目は、先生が一人一人の性格をよく見てくれることです。その人にとって、一番いい対応を考えてくれました。私はマイペースなので納得しないと前に進めない性格です。そんな私には、自分で答えを出すまで待ってくれたり、自分なりの解き方を試させてくれた後簡単な解き方を教えてくれたりという対応をしてくれます。

二つ目は、入江塾にはたくさんの素晴らしい先生がいることです。塾長である入江先生は静かな雰囲気ですが、意外と熱血で本気で頑張ろうとする人には、本気で接してくれます。S先生やY先生は、怒っても怒らなくても、とても恐い先生ですが、話していると自然と笑顔がでてくる楽しい先生です。他にもたくさんの先生方が、私達六年生を支えてくれました。私たちを支えてくれた、たくさんの先生方、本当にありがとうございました。

 

Hさんのお母さん

娘はとてもマイペースで、粘り強いのはよいところではありますが、要領よくこなしていける性格ではありません。しかし、先生方は娘の個性を大切にして気長に丁寧に指導して下さいました。

夏休み前に体調を崩し、塾も休みがちになり相談した時、入江先生に「任せて下さい。」、S先生に「○○なら大丈夫です。」と言っていただいたことは忘れられません。

S先生、Y先生には、勉強面だけではなく、精神面でも支えていただきました。少人数の中で、励ましあい刺激しあえるお友達と出会えたこともよかったと思います。娘にとって塾はとても快い場所であり、そのような塾での勉強は楽しいものとなりました。

娘にとって合格がゴールではありません、学ぶことを楽しいと思わせていただけたことを嬉しく思っています。

最後になりましたが、入江先生、S先生、Y先生をはじめ諸先生方、本当にありがとうございました。

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Iさん (京都女子(Ⅱ類)・京都聖母(Ⅲ類)・大谷(マスター) 合格)

私が入江塾に転塾したのは4年生の冬期講習からでした。前の塾は宿題がたまり、やめてしまいました。

入江塾に入ってからも前のように宿題がたまってしまいました。そんな時に助けてくださったのはS先生で、一番大変だった書写の天声人語を全て捨ててくださいました。それから私にとって塾への考え方が大きく変わり、宿題が提出できるようになっていきました。

六年生になってからはS先生に個人指導をしていただき、夏休み前後から算数の成績が上がりだしました。その前までは算数は好きではなかったけれど「一番得意な科目」へと変化しました。10月くらいから京女対策が始まり、理科にも力を入れながら進めていきました。理科は赤本でやった後、直しをする時Y先生に詳しく教えていただきました。

本当に2年間お世話になりました。受験校全ての合格は私の「自信」につながりました。ありがとうございます。

 

Iさんのお母さん

娘が入江塾に通い始めたのは4年生の冬期講習からでした。その前は自宅から近い塾に通っていたのですが、毎週の宿題が多く、思うように勉強ができてませんでした。面談を重ねるうちに、その塾の先生の指導についていけなくなり、転塾を考えていたところ、たまたま入江塾を知ることになりました。

通い始めた頃は自宅から近い入江塾の教室の授業に行き、週に1度北野教室の演習に参加していました。始めの頃は以前の塾通いの影響で、勉強に対する自信を全くなくしてしまっていたため、宿題が終わらず「行きたくない」と言って休むことが何度かありました。まだ字を書くのも遅かったこともあり、天声人語の書写を何枚もためてしまい、「これが終わらないと塾には行けない」と言って娘はよく泣いていました。その時には入江先生にお電話で「宿題をやることよりも塾に通うこと自体が大事だ」と励ましていただき、S先生には「処分してあげるから持っておいで」と言っていただき、たまりにたまった天声人語を全て手放しました。そのことがきっかけで、徐々に気持ちが落ち着いて塾に元気に通えるようになっていきました。

5年生の時は宿題をこなすことに必死になるだけの1年間でしたが、6年生になって北野教室に通うようになると、土曜日の授業に加えて個人指導や算数の対策授業、京女対策等に参加する日が週に2日から4日へと増えていきました。秋になるとお弁当を持って遅くまで塾で勉強する日々が続きましたが、「通いたくない」と弱音をはくことはありませんでした。

プレテストや過去問の対策授業で、娘は自信がない問題の解答を全く書かないということが度々ありました。そんなときはS先生から「とにかく書くように」「自信を持って」と声をかけていただき、本人も何とか書くように努力を重ねるうちに、少しずつ正解が増え、力がついていったように思います。娘にとっての最大の欠点は「自信がないこと」でしたが、受験が近づいてきた頃には「プレテストを受けていたときよりはできるようになっている」と娘自ら言えるようになっていました。

冬期講習から受験の前日までは元日を除いて毎日塾に通い、今まで以上に集中して勉強していました。親の方から「少しは時間を短縮する日を入れたら?」と話すと、娘は「みんな頑張ってるし、行かないと不安だから」と言って、勉強は塾でするものだと思って本当に頑張っていました。

入江塾の夏期講習や冬期講習では公園に遊びに行ったり、アイスクリームやパンを食べさせていただいたりして、以前通っていた塾では決して考えられないようなアットホームな雰囲気の中で勉強できたことが娘自身の自慢だったようです。「他の塾に通っている学校の友だちにそのことを話すと必ず驚いて羨ましがられる」と言っていました。そのような経験をさせていただいたことや往復の送迎の車の中で、塾での友達とたくさんの交流が持てたことでとても楽しく過ごすことができたようです。受験の前日に6年生がみんなでホワイトボードにいろいろなことを書くことが恒例になっているそうですが、受験の前日にも関わらず、「今日は楽しかった~!」と言って塾から帰ってきました。本当にいい状態で塾の最後の日を迎えることができて、親としては心から安心しました。

第一志望の京女の入試当日は、親子共々緊張しながら試験会場に向かいました。すでにS先生が応援に来てくださっていて、娘は親には見せないような不安な表情をし、S先生はすぐにそのことに気づいてくださいました。娘の頬をなでながら「大丈夫だから!」と力強く励ましてくださり、安心して試験会場に入ることができました。娘と先生との間に私には気づかなかった絆ができていたように思えて、この時は胸が熱くなりました。信頼できる先生と出会うことができて、本当に入江塾に通わせてよかったと思いました。

朝から夕方までの3日連続の入試は本当にハードでしたが、受験した中学にすべて合格することができました。転塾したころの不安でいっぱいだった娘が本当にたくましく成長していました。

入江塾の先生方、本当にありがとうございました。

 

Jくん (明星(特進)・東山(エース)・岡山(難関) 合格)

ぼくが、中学受験を目指そうとしたのは小学4年生のときでした。その頃は三重県に住んでいて兄と同じ塾に通っていましたが学習しませんでした。引っ越したので大手の塾に移りましたがそれでも同じでした。そのため入江塾に通うことになりました。「これ以上塾を変えるなら中学受験をやめなさい」と言われました。受験に力を入れはじめたのはちょうど小6の夏ごろでした。キャンプに行きたくて塾を休んだぼくを入江先生は特別にお盆休みに指導してくれました。お盆のときは生徒は二人ぐらいしかいなかったです。ぼくのために塾をあけてくれたと知り、うれしくて「いい塾だなあ」と思いました。受験が近くになるにつれ毎日のように塾に行きました。第一志望校の明星学園は英数コースは落ちる気が全くしませんでしたが、特進コースは自信がありませんでした。受けたのはA日程と、A日程午後特進でした。難しい苦手な二教科のA日程午後特進に受かりました。国語と算数は苦手だったのでこれも個人指導のおかげだなと思いました。

 

Jくんのお父さん

上の子が中学受験したこともあり、小学校4年から他の大手中学受験塾に通塾していましたが、積み残しは多く、いわゆる月謝運び屋の状態でした。大量の宿題を出されヒーヒー言ってる状態は親からみて「このままでは本人にとって良くない。最悪の場合、勉強嫌いになってしまうかもしれない。」と思われました。転塾を考えて調べてみると、ネット上の掲示板に“大手塾が合わない子供にとっての駆け込み寺”のような書き込みがあり、初めて入江塾の存在を知りました。

入江塾のホームページの問い合わせフォームに情報を入力したところ、数日後に入江先生から直々にお電話をいただき、まだお会いしていないにもかかわらず、親身になって相談にのっていただきました。

それからお世話になりましたが、親子共々、悩みながらの通塾でした。宿題がなかなか出来ませんが、これも先生方が辛抱強く付き合って下さり、徐々に出来るようになっていきました。毎月郵送されてくる郵便物にコメントがあり、皆の先生方が目配りしていただいていることが伝わってきました。

最初は洛星中学を目指していて、6年生の夏前から洛星中学校対策講座が開講しました。普通の中学受験であれば、オプション講座をどんどん取らせると思いますが、入江塾は違いました。子供は通常の授業や演習に加えて対策講座にも参加し始めましたが消化不良を起こしていました。それが先生方から見ても分かったようで、急遽“保護者面談”をしていただきました。そこで

“現在は上から降ってくる課題を懸命に避けている状態です。一旦、対策講座は止めて本人なりのペースを掴んで、それでもし本人に余裕が生まれたらその時に改めて考えてみましょうか?”

と提案していただきました。その後、中学受験をするか否か?ということを含めて家族で相談し、志望校を変更するとともに対策講座を止めたところ、消化不良が改善したようでした。

また、6年の夏という大切な時期でしたが、夏休みの最初の時期に他からキャンプを誘われていて、本人が“このキャンプに参加してから勉強に集中したい。”という希望がありました。入江先生に相談したところ受け入れて下さり、それだけでなく夏期講習で抜けた穴の穴埋めのため、善意でお盆休みにも個別に対応していただけました。(息子以外にも他に1~2名いたようです)

その後、家では宿題以外は全然勉強をしませんでしたが、入江塾で演習と個別指導をしていただき、先生方皆さんに支えられながら頑張ってくることが出来たと思います。本人の調子を見ながら無闇に追い込むことなく、程よい刺激を与えながらご指導いただきました。

あの時、入江塾および入江先生との出会いがなかったら今回の合格はあり得なかったと思います。それどころか、中学受験自体、最後まで走りぬくことが出来たかどうかも怪しいと思います。そして、入江先生は最初から一貫して、実績を上げることには主眼点を置いてなく、「将来的に子供にとって何が好ましいか?」常にそのスタンスで接していただいたと思いますし、だからこそ信頼して最後までお願い出来たと思います。

入江先生、S先生、Y先生、K先生を始め先生方皆さんに本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 

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Kさん (同志社女子(LA自己推薦) 合格)

私はこの塾に入ったからこそ、志望校に合格できたのだと思います。私が同志社女子に行きたいと思ったのは、六年の秋ごろでした。私が苦手だった科目は社会で歴史が特に苦手でした。とても大変だったけれど、先生方が優しく時には厳しく教えてくださり塾の友達のはげましや支えもあり、授業をうけるのが楽しかったです。そういったこともあり、おかげで推せん試験を受験することができました。そして推せん試験の日、先生が門まで来てくださって、「ファイト‼」「がんばれ‼」と声をかけてもらえて勇気がでました。いただいた物には、先生方のよせ書きもありました。塾に行っていたときは、すごく楽しくすごせたし、いい思い出もたくさんできました。この塾に入って本当に良かったと思います。

 

Kさんのお父さん

「そろそろ塾を考えないといけないのかなあ」と妻と二人で話しあったのが、四年生のころでした。私も妻も中学校から私立に通い非常に楽しい思い出を作ることができたので、娘も私立に通うことができればいいなあと考えるようになりました。塾選びについては娘が幼少から体の不調を訴えることが多かったので、猛烈なノルマをこなす形の受験勉強はおそらく無理だろうと考えました。おだやかな時間の中でしっかりと勉強を見てくれる塾はないかといろいろな塾のパンフレットを妻に取り寄せてもらい、妻に実際に見学してもらい検討した結果、育星舎・入江塾に通うことに決めました。五年生からの入塾ということもあって、「みんな理解していることを私は理解できていない」と不安がっていた娘も、よい友達にめぐりあえ、お互いに励まし合い、ともすれば殺伐とした状況になりがちな受験勉強を楽しんでくれるようになりました。六年生の時には「今日の○○先生、めっちゃおもしろかってん」「今日算数でこんなことあってん」「今日休憩の時、公園でこんなことしてん」と塾の話を楽しそうにしてくれるようになり、「○○さんはとっても勉強ができるねん。ほら、ここに名前載ってるし、尊敬するわ~」と、塾の友達をまるで自分のことのように語る娘の姿に感動さえ覚えました。

私自身は「塾に友達を作るな!自分以外は皆ライバルだ!」と教えられるスパルタ塾に通っていました。私はその殺伐とした雰囲気が嫌いだったため、娘の塾通いにも最初は懐疑的でしたが、さすがは妻が選びぬいた塾だけあって、娘はすばらしい環境の中で勉強ができたのではないかと思います。

夏に娘が体調を崩し、入院したこともあって、学科試験のない自己推薦入試を受験する方向に変更しました。授業を受ける必要はなくなりましたが、それでも娘は「塾の雰囲気が大好きだし、自分よりすごい人がいる中で勉強を続けたい」と言いましたので、そのことを先生に申し上げると、「ぜんぜんかまいませんよ。ぜひ来てください。」と笑顔で答えてくださいました。そのときに、娘がなぜこれほど入江塾が好きなのかを理解することができました。

2年間娘は入江塾に通い勉強をしましたが、先生方には受験勉強よりももっと大切なことを娘に教えていただいたことに本当に感謝申し上げます。

 娘と妻にあまり協力できなかった父親より

 

Lくん(同志社・龍谷大学付属平安(全免) 合格)

僕は5年生のときに別の塾に通っていました。しかしすごくたくさんの宿題に追われ、僕が1年から続けていたサッカーとの両立も上手くいかず、塾に行くのが面倒になってきました。「このままではダメだなあ」と思っていたときにお母さんから「入江塾というとこがよさそうだよ」と言われ、転塾することになりました。

始めは土曜日に基本授業を受けに行ってました。そして6年から基本授業として月曜に国語と算数、火曜日に理科と社会を受けました。最後のほうは水曜日に難関算数、木曜日に同志社対策、金曜日は演習と平日は予定がつめつめでした。しかし、そのおかげで土曜と日曜が空き、サッカーに専念することができ、モチベーションもあがってきました。

入江塾でとくに効果があったのが算数でした。それまでは算数の成績は良いとは言えませんでしたが、今では一番好きと言えるほどになりました。授業や演習の他に、S・S先生の個人指導があり、それで算数が得意になりとても良かったです。

「この2年間の塾生活も終わりか」と思うと、早かったようにもゆっくりだったようにも思えました。入江先生、S先生、Y先生、K・O先生、K・I先生、その他たくさんの先生にお世話になりました。

最後の何日間は「あとは試験にのぞむのみ」という気持ちで過ごしました。合格通知を見たときは自然に笑顔になっていました。「入江塾に来て良かったなあ」と思います。

 

Lくんのお母さん

4年生の2月、息子に受験をしてみたいと言われました。仲の良いお友達の影響を受けてのことでした。

主人が小学校のサッカークラブのコーチをしていることもあり、それまではサッカー1本。学習塾すら通ったことがありませんでしたが、本人のやる気があるならと、大手の中学受験専門の塾に入会しました。

塾に通い始めてすぐに生活は一変しました。塾での拘束時間の長さに驚き、塾と学校以外のほとんどの時間を充てなければ終わらない程の量の宿題に驚き、また睡眠時間の管理までしなければ生活が回らないことに、「まだ小学生なのに?」と、疑問を感じました。5年生の時点でこんな目まぐるしい状況で、6年になったら一体どれだけハードな日々を過ごすのだろうと不安になり、転塾を考えました。

自分で決めたことならば受験を最後までやり切ってほしい。でも小学5年生、6年生の子の人生はそれが全てではないから、学校生活も100%楽しみ、大好きなサッカーも全力で頑張ってほしい。体も心も成長期だから、良く寝て良く食べて良く遊んで、元気で健康に受験を乗り越えて小学校を卒業してほしい。

そんな親の希望を、入江塾では丸ごと叶えていただいたように思います。

入江先生やS先生にはサッカーの練習や試合を優先したスケジュールを提案していただき、土日は練習も試合もほぼ休むことなく参加できました。

おかげでチームメイトに引け目を感じずに思い切りサッカーができ、そのぶん平日は切り替えて勉強に集中しているようでした。

引退試合は入試本番のちょうど一週間前。試合後帰宅した息子の「さあ、次は来週の同志社本番やな。」と言った清々しい顔がとても印象的でした。

勉強の内容に関してはすべて入江塾の先生方に任せきりでした。

家ではほとんど机に向かうこともなく、最後の最後まで一度もピリピリした顔を見せることもなく入試本番を迎えました。勉強がイヤ、塾がイヤということは一度もなく、無理して体調を崩す事もなく。

6年間サッカーを最後まで続け、自分で決めた受験も最後までやり遂げた息子を誇りに思います。入江塾でなければできないことだったと思います。

息子の環境を理解してサポートしていただき、見事に結果を出していただいた先生方にはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。やり遂げたこと、そして努力が結果として表れたことは、これからの息子の人生の大きな自信に繋がっていくと思います。

本当にありがとうござました。

 

Mくん(同志社・東山(エース)・同志社香里 合格)

「がんばれよ!」

と、Y先生の強い喝をもらう。これは同志社中学校受験当日のことである。

入塾した日の事や入江塾に通っていた日々を思い出す。去年の春のことだった。前の塾では野球を続けられず、そのため親に入江塾に入ることをすすめられた。でもぼくはいやだった。友達のことや授業の事、たくさんの不安が重なった。でも体験授業の時、入江先生が「この塾なら野球ができるよ」とぼくに言ってくれ、それを信頼した。それに算数の解き方も面白かった。ぼくは、チャレンジしようと決め、思い切って入江塾に入った。たくさんの先生や友達と一緒に勉強し、時には公園で遊んだりした。こんなに有意義な時間は今までにはなかった。そんな日々があっという間に過ぎ、迎えた一月十八日。思いっきり実力すべてを出せた。そして合格発表。見事合格した。今はもう感謝の気持ちしかない。入江塾に入って本当に良かった。

 

Mくんのお父さん

『習い事との両立』。ほぼ確実に土日に活動がある少年野球と受験との両立が最大のテーマでした。

どうすれば良いのか懸命に模索する中で、「野球を受験のマイナスでは無く、プラスにすればよい」という入江先生の言葉に強く共感して、6年生になる直前に入江塾への転塾を決断しました。

あれから1年間、学校に行くのは嫌がっても、塾に行くのは嫌がりませんでした。むしろ楽しみにしているようにも見えました。お弁当を届けに行った時の、塾とは思えないような楽しそうな教室の雰囲気に正直不安になったこともあります。ですが、本来苦しいはずの中学受験を楽しく出来るのであれば、それは親にとって本望でした。

第一志望校の合格発表前日の夜、まだ結果も判らないのに本人が「入江塾にして良かった」と言いました。これは、最終的な合否の結果ではなく、楽しく中学受験をさせてもらったこと、そして最後まで野球が続けられたことに対しての正直な感謝の気持ちだったと思います。

入江先生、S先生、Y先生をはじめ諸先生方、子供を合格まで導いて頂き、そして『野球と受験との両立』を実現させて頂きまして本当に有難うございました。おかげさまで、親子ともども非常に充実した1年間を過ごすことが出来ました。

これからも色々な形でお世話になることもあるかと思います。今後とも引き続き宜しくお願い致します。

 

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Nくん (花園・京都学園(進学コース) 合格) のお母さん

息子が入江塾に入塾したのは小学校4年生の11月でした。

息子は他塾の学力診断を受けるたびに、落ちていました。

そのため、仕方なく個別指導塾に通っておりました。

しかし、息子は個別ではない塾に通えることを願っていました。

ある日、入江塾をネットで見つけることができ、すぐに電話をしました。

すると、入江先生からすぐに、折り返しの電話を頂き、これまでの経過を受け止めて頂き、すぐに来なさい!と・・・・

その時のことが、今でもとても忘れることが出来ない感動でした。

いよいよ、受験に向けて新たなスタートを切ることが出来ました。

しかし…息子の成績が伸びない、集中できない、やる気があるのか?

いつも息子に、問いかけておりました。

その状態が6年生でも見られました。焦る気持ちもあり、半分はあきらめモードにもある心理の私でした…

駸々堂模試のテストの結果も、100点満点ではなく50点満点?と思う結果で、一桁の点数もあり、もう絶望的な気持ちでした。

しかし、入江先生、S先生、Y先生、O先生は、息子を支えて下さり

叱咤激励で、息子に寄り添い、あきらめる事なく、また私に対してもS先生は、明るい笑顔でいつも励ましてくれました。

入江塾の先生たちは、家族のように、いつも息子と私のそばにいてくれました。

息子は夏期講習では「アイスクリームがもらえた」、「公園で野球をしてきた」

冬期講習では「入江先生がパンをくれたんだよ」と、毎日楽しみの一つのように楽しそうに話していました。

いまでも、息子が合格した事が奇跡?と思うことがあります。

しかし、本当に合格できたのです!

どんなに低い点数であっても、やる気がみられなくても、集中力がなくても

息子の可能性を真剣に考えて下さり、夢の実現をあきらめない

先生たちの熱いご指導のおかげで、合格できたと思います。

入江塾は、本当に素晴らしい、心の通う塾です。

親子をいつも、支えてくれました。

そして、入江先生

息子を引き受けてくださいました、4年生の11月があるから今があります。

一生忘れることができません。

本当に本当に

ありがとうございました。

 

Oさん (龍谷大学附属平安 合格)

私が受験をしようと思い、入江塾に入ったのは6年生の夏休み前でした。

入塾したものの、最初は授業に全くついて行けず、何から勉強したら良いのかも分からないような状態でした。模擬試験でもなかなか偏差値が上がらず、とてもきびしい状況でした。最後の模擬試験が終わった時、私は一度「受験をあきらめようか」と思いました。でも先生や両親に、「最後まであきらめてはだめだ」とはげまされ、「自分で決めた受験なのだから最後まで頑張り抜こう」と決心しました。

結果発表で自分の番号を見つけた時、言葉では表せないくらいうれしくてたまりませんでした。あきらめず、最後まで頑張って良かったと思いました。ずっと応援し続けて下さった先生方、両親に本当に感謝しています。

 

Oさんのお母さん

中学受験がしたい。そう娘が言い出したのは、6年生の夏休み前でした。こんな時期からでは無理だろうと思いながらも、まだ半年ある事に期待をしながら、入塾させることにしました。

しかし、最初の模擬試験から成績は先が思いやられるものでした。もともと楽観的で、マイペースな娘。自分で言い出した筈なのに、いつまで経っても一向に成績が上がらないばかりかテンションも上がらない。次第に、このままの状態がいつまで続くのだろうか、いっそのこと受験を止めさせた方が良いのではないかと、考えるようになっていました。

そんな娘も、入試まで残り二週間を切った時、さすがに目の色が変わりました。初めて自分の意志で勉強しているように見えました。

志望校は最後まで悩みましたが、最終的には本人が望み、満足できる学校に合格することができました。

勉強に対してはいつも自信なさげであった娘が、受験を通して得たものは大きかったと思います。これからの長い人生にこの経験を活かし、何事も最後まで諦めることなく頑張って欲しいと思っています。

最後になりましたが、最後迄、応援・ご指導頂きました先生方、本当にお世話になりました。有難うございました。

 

Pくん (京都学園(特進コース)・龍谷大学附属平安 合格)

僕は最初は大手の塾へ行っていましたが、行くのが嫌になっていました。そんな時、入江塾を知り、桂校に通いだしました。授業もわかりやすく、「今までの塾とはちがうなぁ」と思いました。

6年生になってからは、北野校へ通いました。

夏期講習や冬期講習の時は、公園遊びも楽しみに通いました。毎日の様に塾へ通って遊びたいなぁと思ったりもしました。合格発表で自分の番号を見つけた時、人生で一番うれしい気持ちになり、おもわず「よっしゃー!」と言ってしまいました。

入江塾でたくさんの先生のお世話になり、ありがとうございました。

 

Pくんのお母さん

4年生から大手塾に通っていましたが、順位主義の方針になじめず、

このままでは勉強嫌いになってしまうような気がしたので、転塾を決めました。

転塾後は、日に日に、塾での友達も増え、最後には、学校より塾の方が良いとすら言いだしていました。

受験当日は受験校門前での激励、S先生からのメールで勇気をいただき

また、先生方からの手書きメッセージには肩の力もいい意味で抜け、テストに臨むことが出来たと思います。

合格の報告に塾へご挨拶に行ったときに、息子の頭をくしゃくしゃにしながら

「良かったな~!!おめでとう!」と満面の笑みで出迎え、一緒に喜んで下さったS先生、Y先生、

その様子を見ていて、あまり感情を出さない息子ですが、先生方に心開いている様子が、とてもよく解りました。

本当に、厳しくも温かく支えて下さり、息子にもそれがきっちりと通じて、この塾がずっと好きでいられたからこその合格だと、

その時、改めて実感しました。

あの時転塾を決断し、入江塾で勉強ができ先生方に出会えた事は

息子にとって、本当に良かったと感謝でいっぱいです。

最後になりますが、私が入江先生との初めての電話で転塾を決め、以来、何度となく入江先生、S先生とお話する機会がありました。そのたびに不思議と最後には、いつも安心感を感じていました。

何かしら、心配や不安な事があっても、すべてお見通しのように、対応していただき

私自身も支えていただき、受験会場に息子を送り出すときには、不安はありませんでした。

本当に、私にとっても先生方の考え方、指導方針すべて勉強になったと思っています。

ありがとうございました。

 

Qくん(立命館宇治中学校・大谷中学校(コア) 合格)

第一志望の立命館宇治の発表の日は、合格するとは、思っていませんでした。けど、すでに別の中学校に合格していたので気は楽でした。

立命館宇治を受けようとした時は、6年生の11月~12月ぐらいでした。母から「立命館宇治はむずかしい」と言われていたので、ぼくは受験しようとは思っていませんでした。だけど、S先生に「受けなさい!」と言われたので、ぼくは受けようと思いました。今になっては、受けといてよかったなぁと思いました。勉強面では、S・S先生による算数の個人指導は厳しかったけど、そのおかげで算数ができるようになりました。

入江塾には、感謝しています。

2年間本当にありがとうございました。

 

Qくんのお母さん

はじめは大手の塾に通っていました。

五年ごろになると時間数も増え宿題も多くなり、だんだんスピードについていけなくなってきました。宿題も答えをまる写ししたりする様になってきて「このままでは中学受験もあきらめないといけないかも」と思っていた時に見つけたのが新聞にはいっていた入江塾の広告でした。

入塾テストもなし、一人一人にあう指導をしてくださる様なので一度見学に行ってみようと思いました。子供も塾をやめたいと言いだしたので思い切って体験してみました。

子供はすっかり気にいって伏見教室に通いはじめました。六年生からは北野教室に行く様になったのですがいやがらずに楽しく通っていました。成績の方はいまいちで先生からも「立命館宇治はむずかしいかな」と言われていたのでいろいろな学校も見に行きました。

夏休みも長時間の学習にもかかわらず、いやがらず楽しそうに通っていました。その結果九月の模試では成績があがりおどろきました。

本人もやる気がでてきて毎日通う様になり「遅くまで残る」と自分から言いだしたのにはびっくりしました。

途中病気をしたりして少し気分が落ち込んだりもしましたが、先生方のはげましによりまたやる気がでてきました。S先生にも立命館宇治に挑戦しましょうと後押ししていただきました。

発表の日、私が見に行ったのですが「たぶんダメやろうなぁ」と思っていたので番号があった時は感激しました。

本人も家族も「ここまでこれたのは入江塾にはいったおかげだな」と思っています。

子供にあう指導をしていただき感謝しております。ありがとうございました。

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Rくん(東山(エース)・清風(理Ⅲ)・岡山・土佐塾 合格)

入試2か月前の東山プレテストで、自分の東山中学エースコースの判定は「C」でした。このままでは合格は難しく、まだまだ頑張らなければならないという状況でした。それから入試までの2か月間なんとか頑張りました。

その結果、岡山中学、土佐塾中学、東山中学(エ―ス)そして可能性がほとんどなかった清風中学(理Ⅲ)に合格することができました。2か月間頑張った甲斐がありました。清風中学は自宅から遠すぎるため入学はあきらめましたが、これから東山中学で志望大学をめざしてがんばって勉強していこうと思います。入江塾で勉強させていただき本当に良かったと思います。ありがとうございました。

 

Rくんのお父さん

息子の駸々堂模試の結果は毎回伸び悩み、最終回では上がるどころか成績を落としてしまい、志望校のレベルをどんどん下げざるを得ない状況でした。「暢気でマイペースの息子の調子ではどこにも合格できないのでは」と心配しました。そんな中、入江塾の先生方は辛抱強く指導を続けてくださっていましたが、息子は傍目にもとてもやる気を出しているとは思えず、かといって嫌がりもせず、12月からは黙々と毎晩9時20分まで入江塾に通い続けていました。親としては傍観していることしかできず、気をもむ毎日でした。そして入試週間がおわってみると、、、。意外にも最後の2か月間で成績の悪い息子なりにある程度学力を伸ばすことができ、結果的になんとか収まるところへ収まることができました。今回入試を経験することで息子なりにわずかながら自信を持つことができたようです。これを今後につなげていってくれればと思います。2年間粘り強く指導いただいた入江塾の先生方には心より感謝申し上げます。

 

Sくん (京都市立西京高等学校附属・東山(ユリーカ)・京産附属(全免) 合格)

ぼくは5年生の3月に入江塾に入りました。それまでは、別の塾に行っていました。しかし、野球と受験勉強との両立が難しくなりました。だから、野球の練習や試合がある土曜日や日曜日に授業がない入江塾に行きました。その結果、野球は最後の公式戦も出ることができました。

入江塾では、普通の授業とは別に演習と個人指導がありました。ぼくは、この2つのことがあったので西京の問題に慣れることができました。演習では自分のペースで勉強ができたので、11月ごろから毎週西京と洛北の赤本を解いていました。個人指導はK・O先生に作文、入江先生に赤本の解説をしてもらいました。作文では、間違っている部分を注意してもらうだけではなく、良い部分も教えてもらい自信になりました。赤本の解説では、間違っている問題を一つ一つていねいに教えてもらいました。そのことにより、西京の算数の問題を解くことは楽しい、と思えるようになってきました。

さらに、入試直前には面接の練習があり、志望理由が長いと言われました。だから入試前日30秒程度にまとめました。

ぼくは、約10カ月入江塾に通い、勉強は全教科楽しいものだと分かりました。だから、入試当日でもあまり緊張しなかったです。

この入江塾で学んだことは中学受験後にも役立つと思います。

 

Sくんのお母さん

息子は当初から公立中高一貫校が第一志望でした。しかし作文が苦手で算数が得意、どちらかといえば私学受験に強いタイプと思われました。そこで、はじめは志望校を絞らずに私学受験型の他塾に通い始めました。よい塾でしたが、5年生の終わりから土日にも授業が入り、野球との両立が難しくなりました。一方、作文強化のために入江塾の個別指導に通い始めたのもこの頃。その際に入江先生から、一人一人のニーズに合わせてオーダーメイドに近い対応をしますと伺い、息子と相談して全面的に転塾することを決めました。

おかげで土日は野球に専念できるようになりましたが、直後の模試で成績が一気にダウン。私は慌てて入江先生に面談をお願いしました。すると先生は、私の不安を受け止めつつ、転塾直後に成績が一時的に落ちるのはよくあることと穏やかに説明してくださいました。その上で、演習時間を増やすことと、オプションの問題集に取り組むことを提案してくださいました。おかげで、その次の模試では偏差値が10近くアップしました。

一方、作文は、週一回の個別指導を続けていたものの、その進捗は牛歩の歩み。もはや見極めが肝心かと思いつつ夏休み明けに公立対策模試を受けたところ、意外にも作文で高い得点を得ることができ、いよいよ第一志望を公立に定めることができました。しかし製作Ⅰ・Ⅱの成績は思わしくなく、公立の問題の特殊さを実感しました。

そこで9月からは過去問題に取り組みました。ところが、これがなかなかの難問ばかり。取り組んだはいいがやりっぱなしという状況が続き、「これはアカン!」とまたもや入江先生と面談し状況を訴えました。すると先生は静かに、しかし力強く、「では私が個人指導しましょう」と言ってくださり、次の週から毎週一回、過去問の解説をしてくださいました。おかげで張り合いができた息子も取り組みの姿勢が変わってきました。年末年始には集中して個人指導をしていただき、冬休み明けには自力で3巡目に取り組みました。そうして自信を深めて臨んだ本番。息子は終わった瞬間から「受かった」と確信を抱いたようです。第二志望として受けた私学も、基礎学力がみっちり身についていたおかげで合格。最後に最難関校にも挑みましたが、その頃には受験勉強が楽しくて仕方なかったようで、先生から「ますます生き生き勉強してます」と仰っていただきました。

こうして中学受験が終わり、ちょうど昨日、大量の教材やプリントを整理していると、作文の束が出てきました。同じテーマで繰り返し書き、その一枚一枚に先生のコメントが添えられていました。読んでみると、夏休み前までは拙かったのが、9月頃からグレードアップしているのが分かります。今回息子が書いた体験記も、母としてはもう一字の添削を入れる必要も感じないくらいです。親バカでお恥ずかしい限りですがコツコツ努力して成長した我が子を誇りに思います。同時に、根気強く指導してくださったK・O先生への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

もちろん作文だけではありません。息子に勉強の面白さを伝えて下さり、そして息子の成績に一喜一憂する母を穏やかに受け止めサポートしてくださった入江先生、常に叱咤激励してくださったS先生とY先生、そのほかの先生方に心から感謝しています。本当にありがとうございました。

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Tさん(京女(ウィステリア)・京都文教・(京大・医歯薬コース)合格)

私は、入江塾の先生方の支えや友達のおかげで、第一志望に合格することができたと思います。

毎日、塾に通うのがとても楽しかったです。夏期講習や冬期講習では、休憩の時間にみんなで公園に行きました。公園で遊ぶと、気分もリフレッシュして勉強をすることができました。また、お正月には、みんなで北野天満宮へ初詣に連れて行ってもらい、とても楽しかったです。

塾に通う毎日が楽しすぎて、受験前日の入江塾最後の日には友達と別れるのがつらくて泣いてしまいました。試験当日、京女の門の前にはS先生が応援に来てくれていました。そして、先生方のメッセージ、消しゴムが入った袋をいただきました。メッセージを読むと少し気持ちが楽になりました。先生方のメッセージは、お守りのようでとても心強かったです。

入江塾で過ごした時間は、私にとってとても大切で、充実した、忘れることのできない時間です。入江先生・S先生・Y先生をはじめ、たくさんの先生にお世話になりました。本当に感謝しています。ありがとうございました。これからも入江塾で学んだことを忘れず、いろんなことにチャレンジし、なにごとも楽しみながらがんばりたいと思います。

 

Tさんのお母さん

娘が入江塾でお世話になることになったのは、5年生のG.W明けからでした。4年生の時は、のんびりマイペースな娘の性格を考慮し、他の進学塾に通ってました。その塾でもお友達に恵まれ、楽しく通塾していましたが、4年生の2月頃から、急に塾の宿題が多くなり、寝るのもおそくなる毎日が続きはじめました。そんな娘の姿をまのあたりにし、私がいらだつことも多くなり、家族に笑顔が減っていきました。その頃の私は、必死で宿題をこなそうとしている娘のがんばりを、ちゃんと評価してあげることができていなかったのです。なんとかしてあげたいとあせればあせるほど、空回りをする毎日で、さすがに本当にこのままで良いのだろうか?と疑問を持ち始めて、転塾を決意し、めぐりあえたのが入江塾です。

かわった当初は、塾の宿題の少なさにびっくりし、これで大丈夫なのかな?と、不安に思ったこともあります。何より、楽しく塾に通ってくれるのか、そちらの心配が大きかったのですが、全く問題ありませんでした。週に2度、桂教室に通い、週に1度、演習で北野教室に通った5年生。そして6年生からは北野教室へ。電車やバスを使い、一人で塾へ向かう娘を心配しつつ、でもそれを立派にこなす娘をみながら、ずいぶんたくましくなったと、感心していました。塾がとても楽しいようで、6年生になってからは、もっと塾に通いたい、もっと遅くまで残りたいと自分からいいだす娘に、いったい何をしに行っているのだろう?と不思議に思ったほどです(笑)。演習の時間を増やし、個人指導もお願いしました。先生の話、お友達の話をしてくれる娘はいつも笑顔でした。夏期講習、冬期講習の時には、休憩で公園につれていってくれるそうで、それがなによりの楽しみだったようです。

冬期講習明けからは、気持ちや体調管理のために、ある程度のんびりしたスケジュールで塾に通わせようと予定をたてたのですが、私の思いに反して、娘は、朝から塾にいきたがり、何度となく予定変更をお願いしました。先生やお友達と過ごす時間が、娘にとって楽しく、充実した時間だったようです。その証拠に、統一入試の前日、最後の入江塾では、お友達ともう会えないかと思うと、さみしくなったようで、泣きながら帰ってきました。お迎えにいった車の中で、家につくまで泣いている娘をみて、入江塾でお世話になって、本当によかった‼と、心から感謝しました。

入江塾のすてきなところは、先生と生徒、親との絶妙な距離感、信頼関係にあるとおもいます。また一人一人にあわせて適切な指導をしていただけることで、安心しておまかせできました。迷いや不安がある時には、その都度、S先生に相談させていただき、一つ一つクリアできました。ともすれば、つらく苦しい3年間になるところでしたが、最後まで楽しく塾に通う娘の姿が、わたしにとって何より励みとなりました。娘とともに、親子でいろいろなことを学ぶ機会にも恵まれ、家族みんなが、最後まで笑顔を絶やすことなく過ごせたことに感謝でいっぱいです。入江先生、S先生、Y先生、ご指導いただいたたくさんの先生方、本当にありがとうございました。

 

Uくん(函館ラ・サール・平安(半免)・東山(エース)合格) のお母さん

育星舎には大変お世話になりました。小学校1年生時より“マナ英才学院”と“科学の学校”に、3年生より“入江塾”に通わさせていただきました。本当に長い間ありがとうございました。良い意味でも悪い意味でもとてもマイペースな性格な息子をあきらめずに指導してくださったことに本当に感謝しております。

5年生時、受験勉強を開始するにあたり習い事を調整しました。“剣道”と楽しい“科学の学校”は継続したいという本人の強い意向に沿い両立を目指すことになりました。しかし、本人曰く「塾では集中して取り組めている」とのことでしたが、家ではゲームやテレビばかり見ている状態、宿題を忘れることも頻繁で、本当に受験をする気があるのかやきもきした日々が続きました。何度となく「本当に中学受験をするのか」を話し合いをしました。毎回、「塾は止めないし僕は受験する!」と心強い答が返ってくるのですが、同じ事の繰り返しでした。成績が一向に上がらない中、先生方に根気よく指導していただき、真摯な対応のおかげでなんとかすべての試験を無事に終了することができました。本当にありがとうございました。

今回、遠方の函館ラ・サールを志望したのは、「とても良い学校がある」と入江先生の助言があったからです。初めは、「そんな遠くに・・」という気持ちが強かったのですが、学校説明会に足を運び80人部屋の寮を知り、こんな学校があったのかと驚いたと同時に興味を覚えました。受験校選びも二転三転し、最終決定が年明けとなってしまいました。試験直前にも関わらず、函館ラ・サールの過去問を快く指導していただき本当に感謝しております。また、試験開始後は翌日に合否がわかり、連日試験という過酷な毎日でした。その間、塾はもう終了していたのですが、私が無理を言って頼み、後期の試験に出たら解けるようにと試験問題の解答を1日で用意していただき、また指導もしてくださり本当に有難うございました。どんなに息子の支えになったかわかりません。合格の報告に行った時に、涙を浮かべて一緒に喜んでいただいた先生方を拝見し、息子がよき師にめぐまれ本当に幸せ者であると感慨深いものがありました。入江先生、S先生、Y先生、K先生はじめお世話になった先生方、本当に有難うございました。

 

Vさん(同志社女子(LA)・同志社合格)
同女の合格発表の日、私は少しの不安を胸に抱えて学校から帰ってきました。結果は、合格!私にとっては『夢か幻か』と感じるくらい嬉しかったです。年長からマナ英才学院に通っていましたし、入江塾にも進級しましたが、勉強に関しては、呑気な取り組み方で志望校が決まったのも、5年生になってからでした。
5年になりそれまで国語、算数の2教科しか受けてなかった授業を4教科に増やし、算数ではS先生に個人指導していただきました。でも、いつも苦手意識を感じるとシャッターを閉めては、先生を困らせていました。6年生からは入江先生に志望校対策もしていただき、少しずつですが、「わかる、解ける」と自信になっていきました。その頃からY先生に理科の個人指導もしていただき、冬期講習では、S先生、Y先生の愛のムチ?もたくさん受けながら、ひたすら過去問を解く毎日でした。でも焦るばかりでなかなか成果が出せず、自分自身に腹が立って、友達に迷惑を掛けたり、先生方に心配をかけたりしました。そんな私を受け止めて励まし合えた友達や根気強く支えて下さった先生方のおかげで、中学受験を乗り越えられたと思っています。おまけに、最後の最後で同志社中学にも合格する事ができました。入江塾で過ごした日を忘れず、ここで出会った友だちをこれからもずっと大切にしていきたいです。
入江塾の先生方、本当にありがとうございました。

 

Vさんのお母さん
身体に心配を抱え、体力的にスタミナのない娘に、なにか自信になる事をとマナ英才学院、入江塾に入塾させていただいて7年。娘は本当に手の掛かる、我儘な生徒だったと思いますし、親の私は何かにつけて、先生に泣きつく、困った保護者だったと思います。
何度も心配を掛け、一時は中学受験を辞めさせようかとまで悩む事もありました。あの時、S先生の「どんな結果であれ最後まで娘を見守っていきます、大丈夫です!」という温かい、力強い言葉に支えていただいた結果が同志社女子中学、同志社中学合格に繋がったのだと思います。
本当に長い間、お世話になりました。
そして入江塾で過ごした時間は、娘にとっても私にとっても、かけがえのない大切な時間でした。
これで卒業・・となるといいのですが、何かあればすぐ相談しよう~と思ってしまう母娘は、きっとこれからも何かにつけて、お世話になると思います。(笑)その時はまた宜しくお願い致します。最後になりましたが、入江先生、S先生、Y先生、入江塾の諸先生方、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 

(「2014年度 合格体験記」 ここまで  …このページの先頭へ

 

2013年度入試合格実績 計26名(学力選抜なし)

 

洛星4名、同志社3名、東山(ユリーカ)4名(エース)9名、京都女子(ⅡSコース)1名(ⅡLコース)2名、高槻2名、立命館(AD)2名、函館ラ・サール1名、京都産業大学附属1名、龍谷大学付属平安3名(うち1名学費半額免除)、同志社香里1名、大谷(マスター・コア)各2名、ノートルダム女学院(特進特待)1名(標準)2名、京都聖母学院(Ⅱ類・Ⅰ類)各1名、京都文教(京大医歯薬・進学)各1名、京都学園(進学)1名、平安女学院(RS+・GS+)各1名、土佐塾3名
 

洛星中学合格 Aくん
「洛星中学校の入学試験を受けたい」と思ったのは5年生になってからでした。その思いは学校見学などをしているうちにさらに強くなりました。ところで入江塾に入ったのは5年生の秋でした。はじめは授業もよく分からずとまどっていましたが友達や先生が優しくしてくれて落ち着いて学習できるようになりました。6年生になり、洛星を目指して頑張って勉強していましたがなかなか成績はのびず、くやしい気持ちでいつもいっぱいでした。さらに11月の洛星模試でもE判定が出て気落ちした時もありました。しかしその後入江先生や他の先生方のおかげでグングン学力が伸びていきました。それが冬期講習の終わりごろだったので入江塾の「追い込み」の意味がとてもよく分かりました。そして1月、むかえた本番の時はなぜかとても落ち着いていました。なので問題をしている時も冷静に考えることができました。そして見事合格しました。これも全て入江塾の先生方のおかげです。入江塾に通ってとてもよかったと思いました。

洛星中学合格 Aくんのお母さん
 息子が私立中学を受験してみたいと言い出したのは5年生の頃でした。それでもなかなか行動に移せずに、ようやく入江塾に入ったのは11月でした。親子共、中学受験の何たるかもわからず、のん気に構えていましたが、6年生になり北野教室での一斉授業を受け始めてからもそれは変わりませんでした。今にして思えば、私自身が一番わかっていなかったのだと思います。
 息子は口は一人前ですが、中身は本当に幼くて、受験を現実的にとらえて目指していくという状況の変化に気持ちがついていかなかったのでしょうか、宿題をやっていかなかったり、大きなトラブルもおこしたりして、一時は「もう受験自体をあきらめようか」ということまで考えました。でもその時に、入江先生、佐藤先生が、心からのアドバイスと励ましを親子共にかけて下さいました。よもや塾の先生からこんなにあたたかい、親身な言葉をもらうとは思っていなかったので、涙が出ました。家族で話し合い、本人の気持ちも確かめ、「もう一度がんばってみよう、この塾にお任せしよう」と決めました。
 それでもまだ夏期講習の頃はいいかげんなことをしていて、その事実を知ったときには愕然としたのですが、そこでようやく私自身が親としての役割を果たしていなかったことに気づきました。入江先生は、入塾説明会の時に、「塾・生徒・親が三位一体となって受験に向かっていかなければ」とおっしゃっていましたが、正直に言って、親の役割というものが、具体的にわかっていませんでした。塾にさえ行っていれば…という気持ちも少なからずあったと思います。でも、宿題をためこんでどうしていいかわからなくなっている息子を前にして、「この子が気持ちよく勉強に向かえるように手伝ってやらなければ!」と初めて気がつきました。(本当に鈍いにも程があります。)それ以来、二人三脚、主人も入れて三人四脚で、塾に向かわせるようにしました。
 成績は順調に伸びていったわけではありません。まさに一喜一憂で、ようやく少し手応えを感じ始めたのは冬期講習に入ってからでした。志望校を決定する時も、入江先生の言葉に励まされて、「洛星を受けよう」と強い気持ちで本人と決めました。
 冬期講習の頃、毎日のように「塾、楽しいわぁ」と、塾の友達のことや、先生との会話などを話してくれました。それまでも楽しいと言ってはいましたが、「プレッシャーのかかってくるこの時期に心から楽しいと思える塾って、本当にいい塾なんだなあ」とあらためて思いました。
 当日も落ち着いて試験に臨めたようで、あのフワフワと落ち着きのない息子をここまで導いて下さった入江先生はじめ諸先生方に、本当に心から感謝しました。(個人指導して下さった先生方もありがとうございます!)
 今、合格を手にすることができ、夢のようです。
 本当に、入江塾にお世話になってよかったです!ありがとうございました!!
 

洛星・東山(ユリーカ) 各中学合格 Bくん
 5年生になるまで、塾に通うつもりも、受験するつもりもありませんでした。進学塾というと、厳しい場所というイメージがあったからです。勉強は嫌いではないけど、「そこまでしたくないなあ」と考えていました。
 ですが、実際に入江塾に通い始めてみると、とてものびのびとした雰囲気で、リラックスして勉強することができました。友だちとも仲良く勉強でき、思っていたような厳しさはまったくありませんでした。ただ、最初のうちはリラックスしすぎて、宿題を忘れてしまうようなこともありました。先生に何度も厳しく叱られましたが、そのおかげで、「ちゃんと勉強しなければ」と思うようになりました。
 そうしているうちに、「もっと勉強したい、もっと勉強できる中学校に行きたい」と思うようになりました。
 6年になって、具体的に受験校を決めてからは、受験に向けて個人指導もしていただきました。ほぼ毎日塾に通いましたが、先生方や友だちと会って、一緒に勉強し、話すことはとても楽しかったので、「嫌だな」と思うことはありませんでした。勉強以外にも、休憩時間には公園に、受験前には北野天満宮へ初詣に連れて行っていただきました。特に公園遊びはとても楽しく、勉強のやる気もでました。
 受験当日には、先生方からのメッセージをいただきました。とてもうれしくて励みになりました。
 合格発表の日、自分の番号を見つけたときは、とてもうれしく思いました。2年前には、まさか自分が中学校を受験し、合格するなんて思ってもいませんでした。最後まで温かく見守ってくださった先生方のおかげです。本当にありがとうございました。

洛星・東山(ユリーカ) 各中学合格 Bくんのお母さん
 入江塾に決めたのは、4年から通っていた「科学の学校」でパンフレットを読み「アットホームそうだから、うちの子に合うのでは」と思ったことが理由でした。
 実際に塾に通い始めたのは5年生のときです。周囲から「中学受験を考えている人は、おそくとも4年生で準備を始める」と聞いていたこともあり、当初はそれほど難関校に挑戦するつもりはありませんでした。今から勉強をして、入れそうなところがあればそれでいいかなあ、程度です。
 実際に通い始めてみると、先生方のご指導のおかげで、どんどん子どもの成績が伸びていったので驚きました。それを見ているうちに、ひょっとしたら難関校も狙えるかもしれないと、受験を考えるようになりました。
 本人に意向を確認したところ、受験をしてみたいとの返事。それではと、先生と本人と相談して受験校を決め、本格的に受験を始めたのが6年生のとき。自分でもかなりのんびりしていたのでは、と思いますが、先生方のご指導と本人のがんばりでなんとか合格までたどりつくことができ、よかったと思っています。
 家では、とにかく体調管理に気を配りました。ですが、それでも子どもが学校で無茶な遊びをして怪我をすることが多く、思わず「なんでそんな怪我を」と頭を抱えたことも1度や2度ではありません。また、勉強は嫌いではないけれども、他に楽しいことがあればそちらについ気が向く本人に、何度も「宿題をしなさい、した宿題はちゃんと持って行って提出しなさい」と口酸っぱく言い、それでも塾から「最近宿題を提出されていないようですが」と言われて驚いたこともしょっちゅうでした。
 こんな子でも無事合格できたのは、ひとえに先生方が根気よくご指導してくださったおかげです。受験当日には、心のこもったメッセージもいただき、とても感激しました。
 本人は今、目指していた学校に、塾の友だちと一緒に合格できたことをとても喜び、4月からの中学生活を楽しみにしています。入江塾に通わせて良かった、受験させると決めて良かったと心から思います。本当にありがとうございました。
 

洛星・立命館(AD) 各中学合格 Cくん
 初めは中学受験のためとはいえ塾にいきたいとは思いませんでしたが、今ふり返ってみると入江塾に通ってよかったなと実感しています。
 それはまず勉学面です。算数が全然ついていけなかった僕ですが、一年間でとてもできるようになったと自信を持って言えます。これは個人指導で明快な解説をしていただいたり、グループ指導などで友達と仲よく競い合ったりしたからだと思います。
 学習以外で一番楽しく心に残ったことは塾弁(食事)の時間です。友達といろいろな話をして盛り上がりました。また公園に行って追いかけっこや野球をしたりして良い気分転換になりました。
 こんな充実した受験生活と第一志望合格を与えてくださった入江塾の先生方に感謝しています。
 

洛星・立命館(AD) 各中学合格 Cくんのお母さん
 4年の11月も半ばを過ぎたある日、某大手塾の新聞広告を見て「中学受験って?洛星って?」と息子が聞いてきました。クラスのお友達が洛星を受けるとのこと。以前たまたま知り合いに誘われ洛星の文化祭に出かけたことがあり、そこの中学だと伝えると、「あそこの学校なら僕も受けたい。」ただ、そのころの私は「本当に自分の息子が洛星を受験し、合格する」とは考えていませんでした。塾探しは、以前から「科学の学校」にお世話になっていたので、一番に思いついたのが「入江塾」で、4年の12月からお世話になりました。とはいえ、最初の一年は塾に通っているだけで満足し、宿題こそこなすものの、復習をし、きちんと基礎を身につけていくという基本的な勉強方法が全く身についておらず、私も息子のそんな様子に違和感を感じながら、何をすればいいかわからずに時間だけが過ぎていきました。そういう状態だったので、なかなか偏差値も上がらず、かなり苦戦をしておりました。6年も夏に入ろうとした頃、私は志望校の変更を視野に入れ、私の出身地である兵庫の学校にも連れて行き、いろんな学校を視野に入れるよう息子に伝えました。しかし、洛星に行きたいという本人の意思は固く、駸々堂の最終回で何とか偏差値が上がり、洛星を第一志望にすることになりました。12月からは、本格的に追い込みに入りました。元気ではありますが、それほど体は丈夫ではなく、一度体調を崩すと長引いてしまう息子の体調を心配ばかりする私に、「体は疲れてるけど、勉強が楽しいし、塾も楽しいから心配しないで。」との返事。とにかく元気に本番を迎えてほしい、そう願いながら体調管理に気を使っておりました。
 入試直前の息子は、自信のない所ばかりに気を取られ不安がっていましたが、当日は落ち着いているかのように見えました。しかし、前期試験の結果は不合格。息子は「後期試験を受ける自信はない」というので、本人の自由にさせるため「入江先生も私たち父母も受ける必要はない」と考えていることを伝えました。しかし、しばらくして、「やっぱり受けたい」と言い出しました。「同じ学校から2回不合格をもらう必要はないから」と反対したのですが、「気持ちがもやもやしてすっきりしないから」といわれ、洛星への未練をなくしてほしく受験させてみることにしました。ただ、前期の合格発表の翌日から38度の発熱、体調を崩してしまい、回復したのは後期試験の前日。それでも、息子からは何の焦りも感じず、落ち着いた様子でした。理由を尋ねると、「入江先生の言葉で自信がついたから、このままで受けてくる。」息子の中で、何かが変わっているのを感じました。塾に前期不合格の報告に伺ったとき、入江先生は入試成績を見て、「点数は合格ラインからかなり離れていますが、学力は洛星レベルだと思っています。ただ、精神的に未熟なところがあるのでそこをきたえれば、これからの6年間大きく成長できるので、その姿を見るのを楽しみにしています。(その場にいなかった息子に対し)本人にもそう伝えて下さい」と言ってくださっていました。後期試験当日、自分から「一人でいく」と言いだし、出かける直前にちょっとしたトラブルがあったのですが、息子を信じ、一人で送り出しました。試験後の息子の表情は、とても清々しく、「全力を出しきった」この一言で「後期試験を受けてよかった」と思いました。合格発表の日は、不合格の確認だからと、15分くらい遅れて行きました。ところが、息子の受験番号が貼り出されています。見事、合格していたのです。「後期用の勉強もろくにせず、合格できるなんてどれだけのことを学ばせて頂いていたのか」、ただただ驚きとともに、感謝せずにはおられませんでした。
 前期試験不合格という挫折は、私たち親子に成長のきっかけを与えてくれた、貴重な経験です。
 入江先生をはじめ佐藤先生、八木先生、諸先生方、また、よきライバルであり、仲間である友達のおかげで本当に楽しく受験生活を送ることができました。入江塾でなければ、このような合格はあり得なかったと思います。
 本当にありがとうございました。

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同志社・東山(ユリーカ)・同志社香里 各中学合格 Dくん
 入江塾では、受験生としての心構えを教えていただきました。受験が終わった今、それが本当に大切なことだったと実感しています。「あきらめず誠実に努力すれば、報われる」「一つの目標をしっかり持って、それに挑んでいけば達成できる」「あわてず落ち着いて事に臨めば実力を発揮できる」経験した僕は、これらがどれだけ大切か気づくことができました。いろいろお世話になり、本当にありがとうございました。
 

同志社・東山(ユリーカ)・同志社香里 各中学合格 Dくんのお母さん
 入江塾との出会いは、小学4年生になる頃でした。一斉授業週一回というゆっくりながらも、少人数でしっかり教えていただき、本人の負担も少なく過ごすことができました。5年生になるとやはり難しくなり、個別演習を増やしながら宿題はきちんとすることを基本に頑張りました。
 いよいよ6年生。「子どもにとって何が大切でどのような人になってほしいのか」原点にもどり、いろいろ考え志望校を決めていきました。苦手科目の個人指導をお願いしたり、学校見学、説明会に足を運んだり忙しい日々でしたが、子どもと向き合う貴重な時間だったと思います。入江塾でお世話になることを決め3年。子どもには、受験勉強だけでなく、長時間勉強する子の為に公園に連れて行って下さったり、おやつタイムがあったり、お正月には北野天満宮へ連れて行ってくださったり、6年生という貴重な時間を勉強だけに偏らず、様々な事を経験させて下さったと思っております。遠方からの通塾は大変な時もありましたが、今思えば貴重な3年間。いろいろな経験と同志社中学合格を勝ち取ることができました。受験前の時期はひたすら子どもを信じて、当日はいつも通り送り出しました。
 “信じる”って大切な事だと強く思ったこの受験。本当にありがとうございました。入江先生、佐藤先生、八木先生、諸先生方、大変ありがとうございました。

同志社・龍谷大学付属平安(学費半額免除)・大谷(マスター) 各中学合格 Eくん
僕が入塾したのは5年生からでした。幼稚園の時から塾に行っていましたが成績が良くなったことがなく、それどころか授業についていけず悪くなる一方でした。
でも、入江塾ではわかりやすく教えてくれ、少し本気を出すとすぐに出来るようになりました。6年生になったときは受験などできない学力だったのに、第一志望以外の学校もすべて合格できました。僕をここまで成長させていただき本当にありがとうございました。
 

同志社・龍谷大学付属平安(学費半額免除)・大谷(マスター) 各中学合格 Eくんのお母さん
息子は6年生になっても志望校が決まらないまま(本人も全く考えておらず)塾に行っているだけで、家で鉛筆を持って机に向かっている姿を見たことがありませんでした。それでも一応受験校を決めていましたが、「本当に勉強しているのか」と心配になるくらいのんびりしていました。ところが受験日一ヶ月をきったころ息子の口から「本当は同志社に行きたい。志望校を今から変えたい」という言葉が!正直無理だと思いましたがすぐに佐藤先生に電話して「こんなことを言い出しました、なんとかなりますか?」と無理なお願いをしました。先生は「今頃やっと言いましたか!もう少し早く言っていればもっと出来たのに、でも大丈夫です。頑張ってもらいます」と言って下さいました。本当に心強い言葉でした。それからは毎日塾に通い先生方の愛のある厳しいご指導と励ましがあったおかげで合格することができました。その間も家庭での学習をしていなかったのでご相談させて頂いたところ「家では出来ない子もいますよ。でも塾では集中して勉強出来てますよ」と言って頂き、安心して息子を応援することができました。
受験当日は寒い中応援に来て下さり息子も私も落ち着くことができました。
手の届かなかった中学に行くことができるようにご指導くださった先生方に本当に感謝しています。有難うございました。

同志社・東山(エース) 各中学合格 Fくん
ぼくが同志社に行きたいと思ったのは、6年の夏休みごろでした。兄が同志社高校に行っておりその様子を見ていたら楽しそうだなぁと思ったので、同志社に決めました。といっても国語の成績は「こんな科目なんかなかったらいいのになぁ」と思う程ひどい時期がありました。しかし、個人指導のおかげで国語もけっこうのびていきました。冬休みには算数の個人指導に入江先生がついてくださり算数が楽しくなりました。入江塾の先生方、同志社中学合格に導いてくださり、本当にありがとうございました。
 

同志社・東山(エース) 各中学合格 Fくんのお母さん
兄が入江塾でお世話になっていたので、本人が3年生の頃「ぼくも塾へ行きたい」と言いだし、遊びの延長みたいに入江塾に通い出しました。受験の意味もわからないまま入塾したので、いつかは「やめたい」と言うかなぁと思っていましたが、この4年間1度も「やめたい」と言いませんでした。それどころか6年の12月は「もっと塾へ行きたい、とても楽しい」と言ってました。でも6年生の10月頃には「もっと成績を上げないといけない!」「もっとがんばらないと!!」というプレッシャーが徐々に大きくなり、「何をどうしていいかわからない」と言っていました。「わからなかったら先生に聞きなさい」と言っても「聞けない」と言い出す始末。何かあるたびに佐藤先生に相談し、本人の性格をよくわかってもらっていたのでそのときも的確に指導して頂き、本当にありがたかったです。冬期講習では入江先生にも個人指導をしていただき、そのおかげで「算数はばっちり」と言いだし、同志社の入試でも満点近くとれたとのこと。(本人は「ぜったい満点だ」と言ってますが…笑)
これだけ本人に自信をつけていただいたこと、これだけ勉強がおもしろいと思わせていただいたこと、入江先生 佐藤先生、八木先生、個人指導・個別指導をしていただいた先生方、本当にありがとうございました。

京都女子(ⅡS)・ノートルダム女学院(特進 特待生) 各中学合格 Gさん
 わたしは5月の模試の算数で、とても悪い点数をとってしまいました。それなのに、受験するのは得意な社会の点数を半分にして、算数の点数を1.5倍に計算する学校でした。わたしにとっては不利な学校でしたが、佐藤先生の「算数はやればやるほどできるようになる」という言葉を信じて、受験勉強ではたくさんの時間を算数に費やしました。塾でも演習の時間を算数にまわし、家でも今までやってきた問題を何度も何度も解きなおしました。すぐには効果が出ませんでしたが、冬休みの頃にはなんとか自分でも上向いてきたなという手ごたえを感じるようになりました。理科についても、水溶液・てこ・ばねなど、計算しなくてはならない問題は苦手でした。これも八木先生のもとで繰り返し勉強しました。
 苦手なところを丁寧に教えてもらい、本当に入江塾で勉強ができてよかったと思います。2年半、出町教室、そして北野教室には思い出がいっぱいです。ありがとうございました。
 

京都女子(ⅡS)・ノートルダム女学院(特進 特待生) 各中学合格 Gさんのお母さん
 入試の前日、娘がよい顔をして塾から帰宅したのを見て、この受験は娘にとって無理のない「いい受験」であったと確信しました。できないこともたくさんあった中で、「自分なりにそれをこなしてきたんだ」という自負と強さを感じ、「受験を通してこの子は精神的に本当に成長したのだ」とうれしく思いました。
 中学受験は娘の日常生活から大きく逸脱しない範囲でできることをと考えていましたので、「それが実現できたのも入江塾であったからこそ」と感謝いたしております。実際冬までは娘が強く望んだ小学校での朝ランも欠かさず、またヴァイオリンのレッスンも通常のペースで最後まで続けられました。追い込みに入っての最後のひと月は、佐藤先生や八木先生にしっかりと弱点を指導していただき、本人も気迫をもって勉強に取り組み本番に至れたようです。
 末筆になりましたが、佐藤先生、八木先生をはじめ諸先生方には大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
 

東山中学(ユリーカ)合格 Hくん
 僕は、東山のユリーカに合格しました。入江塾に入塾したのは5年生の秋からでした。一度も塾に行ったことがなかったので、授業についていけるかがとても不安でした。体験授業を受けてみたところ、思っていたとおり難しかったです。すぐに5年の最後の五ツ木・駸々堂模試を受けてみることになりました。結果は算数が6点しかありませんでした。僕は、親に見せることができず、そのことを黙っていました。でもそれもすぐに見つかり、隠していたことをすごく怒られました。「こんなのでは東山なんて夢のまた夢だ」と思いつつも、サッカーもバイオリンも続けていました。一月になるとさすがにサッカーは休みましたがバイオリンは続けました。
 6年生になって北野学舎での演習を始めてすぐ、個人指導をしていただきました。返ってくる五ツ木模試の成績がどんなにのびていなくても、佐藤先生や入江先生、八木先生、小林先生など、いろいろな先生がはげまして下さいました。夏休みから家でも少しずつ受験勉強をやり始め、秋前には秋定先生の個人も加わりました。受験が近づいてきても僕はバイオリンを続け、練習時間は減ったものの、九月にはオーケストラをバックにアッコーライのコンチェルトのソロも弾いていました。結局僕がバイオリンを休み始めたのは十一月頃です。最後の模試でも算数は40点しかなく、東山のユリーカはF判定のままでした。家では自分の好きで得意な国語と社会を固めていました。なので算数の時間はあまりとっていませんでした。成績が上がっても下がっても僕の力を信じて一生けん命教えて下さった講師の先生の力なしでは、ユリーカなんて絶対に通っていません。
 「大学受験ではこんなにあせることのないように日々努力して勉強したいなぁ」と思いました。先生方、本当にありがとうございました。
 

東山中学(ユリーカ)合格 Hくんのお母さん
 この度東山中学校ユリーカコースに合格させていただきました。発表から2週間が過ぎ、最近になってようやく実感が湧いてきました。
 思えば本人が突然5年生の11月頃に、「中学受験させて!」と私に訴えたことが中学受験の始まりでした。本人にしつこく真偽のほどを確かめてから育星舎にお世話になりました。私自身が小学校の時に大手S学園に半年通っていたものの勉強が嫌いになってしまい、やめた経験があったので慎重になったのです。育星舎の雰囲気が息子に合っているのではと思い、入塾を決めさせていただきました。遅いスタートでしたが、受け入れていただき感謝しております。本人も一度も嫌と言わず、最後まで通塾することができました。
 私自身は中学受験の経験者でしたが、主人は公立一本槍の人でした。当初は私達は親として受験に積極的とは言えなかったと思います。子供はそれまで続けていたサッカーを翌年1月に休むことにしましたが、6年生の5月と9月にはバイオリンの発表会がありましたし、結局その後も11月までレッスンには通っていました。その間、5年生最後の初めて受けた模試では、算数で信じられない点をとり、「どうすればいいのか」「受験自体が無理かもしれない」とまで思いました。その頃は塾の宿題も本人任せ、プリントも大量に溜まった状況で整理もできていませんでした。しかし、算数を基礎から教えていただいているうちに少しずつ点が伸びてきたように思います。6月頃に入江先生から親子で中学受験を乗り切るということを改めて教えていただき、毎朝かかさず学校へ行く前に苦手の算数計算だけはするようにしました。夏休みは夏期講習で通塾の傍ら、遅れていた5年生地理や歴史を自宅学習するだけで精一杯でした。9月頃から遅ればせながら主人も放っておけなくなったようでサポートしてくれるようになりました。ようやく人に遅れて10月から赤本を得意の国語から解き始め、12月半ばには国語、社会を3校・5~10年分解き終わってからは達成感が出てきたのかな、と思います。今思えばこの時期に得意を伸ばしたことが後で効いたように思います。五ツ木の模試では最終回でようやく上向きとなり、12月のN模試で国語、社会はまずまずとれるようになって自信が少しついたように感じました。一方で気が付いたらあとわずか…という時期になっているのに、理科と算数に関しては、これもできていない、あれもできていないという頭を抱えるような状況を経験し、親子で非常に焦ったりもしました。12月終盤になって理科の追い込みを家での赤本と塾での個人指導で、算数も個人対応の粘り強いご指導と家での復習でようやく形になってきて、ぎりぎり間に合ったと思います。試験当日の朝、「いつも通り!」という佐藤先生からのメールを胸に、緊張した面持ちで東山中学校の校舎に消えていったことを思い出します。
 皆さんのご家庭ではうちのようなことはないと思いますが、たとえ模試の点数が悪くても子供を責めず(苦笑)、間違った所はどこなのか、穴を探してください。そして決して諦めずに最後まで親子で頑張ってください。
 最後になりましたが、佐藤先生の的確なアドバイスには大変救われました。心よりお礼申し上げます。

東山中学(ユリーカ)合格 Iくん
 ~不可能を可能にした入江塾~
『受験するなら4年か、遅くても5年には勉強し始めないと間に合わない』よく聞く言葉だ。ところが、僕は6年の夏から勉強し始めた。当たり前だけど、しばらくはさっぱりわからなかった。算数が特にひどくて、9月の初めに受けた模擬試験では6点しかとれなかった。なのに、僕は塾に通うことが嫌いじゃなかった。理由は、できない僕をバカにせずにわからないところを教えてくれたり、はげましてくれた友達がいたからだ。先生も一生懸命教えてくれた。だから、そのうち少しずつわかるようになってきた。そして、苦手な算数で50点くらいまで点数が取れるようになるとそれが嬉しくて、ぼくは「もっとがんばればさらに伸びるかもしれない」と思った。だから、一月になってもあきらめずに毎日塾に通った。そして、ついに合格できた。
入江先生はぼくに、「苦手でもがんばれば必ずできる」ということを教えてくれた。全くわからなかったために苦手だった算数でも、楽しみながらがんばれば好きになるように。
ぼくは中学校に行ってもそのことを忘れずに、何にでもがんばります。半年間、ここまで僕を成長させてくれてありがとうございました。
 

東山中学(ユリーカ)合格 Iくんのお母さん
子供が地元中学校に行きたくないと言い出したのは、六年生の夏休みに差し掛かろうかという、極めて遅い時期のことでした。
それまでにも小学校での授業についていける程度の塾通いはしておりましたが、受験に対応したものではなかったので、急いで受け入れて頂ける塾捜しをしてたどり着いたのが入江塾でした。
入塾当初、想定内ではありましたが算数と理科についてはさっぱりわからない状態で、あまり勉強に身が入りませんでした。とにかく時間がない、そんな焦る気持ちが募る9月を目前にしたあたりから、理科の個人指導のお陰で『さっぱりわからない』から『ちょっと面白い』へ、更には『わかってきた』と徐々に変化していきました。恐らく、息子の性格などを理解して頂いた上でのご指導だったと思いますが、わからなかったことがわかるようになってきた理科への自信が、今度は算数への挑戦へと変わっていきました。
ようやく変化が出てきた10月からは入江先生に個人指導をしていただけることとなり、算数が更に楽しい科目となっていきました。
私が「力をつけてきたのかな、もしかしたらどこか受かるかな」と実感したのは、お恥ずかしながら12月頃からでした。
恐らく、休日返上で教えて下さる先生の真剣さが息子にも伝わったからではないかと思っています。
この度合格をいただけましたのは、息子の頑張りは当然ですが、大好きで大好きでたまらない入江先生をはじめ、飴とムチを巧みに使い分ける佐藤先生や八木先生、誉めて伸ばす秋定先生…勉強の楽しさを教えて下さり、一緒に頑張って下さった先生方のお陰と深く感謝します。そして、私自身も子供の底力を知りました。本当に有難うございました。

函館ラ・サール、高槻、立命館(AD)、東山(エース) 各中学合格 Jくん
僕は6年生の夏頃に、大手塾から入江塾に転塾しました。
入江先生や他の先生方が温かく迎えてくれました。
毎日通塾するなかで、志望校を真剣に考え始めました。
個別校対策、難関校対策、各教科の個人指導、通常授業を受講しているうちに、行きたい学校も決まりました。
入江塾に転塾してきてから半年、成績に波があったり思うように点数に結びつかず、辛い時期もありましたが、先生方の励ましで頑張ることができました。志望校変更などで納得できない受験となり、「このまま終わりたくない」という気持ちから、最後に一つ残っている学校の受験を決めました。先生方からの励ましの言葉を思い出し、当日はなぜか緊張感もなくリラックスして試験に臨むことができました。結果は合格でした。
僕は何度もくじけそうになりましたが、先生方や家族からの励ましで最後までねばり強く頑張ることができ、感謝しています。
本当にありがとうございました。
 

函館ラ・サール、高槻、立命館(AD)、東山(エース) 各中学合格 Jくんのお母さん
 大手塾での毎日の通塾や大量の宿題、毎回のテストに心身共に疲れ果てた状態になっていたとき、子供自らインターネットで入江塾を探したのが6年生の夏休み前のことでした。「そこまで追いつめられていたのか」と愕然とするなかで、学力判断のテストを受けに行き、初めて入江先生とお会いしお話させていただきました。お話が終わる頃には、私の気持ちも子供の気持ち同様「この入江塾、入江先生のもとで受験を頑張らせたい」と変わっていました。
 個別校対策、難関校対策、個人指導、通常授業を受講させていただいたので、ほぼ毎日の通塾でしたが、毎日楽しく通塾できましたのは、入江塾の先生方の温かく丁寧なご指導と、目標に向かって共に頑張っている仲間の存在が大きかったと思います。成績に一喜一憂し、また点数になかなか結び付かず焦り、悔し涙を流すことも多くありました。「どんな結果であれ最後までやり遂げる」ことが本人の希望でしたので、子供を信じ、ただ体調管理と精神的なフォローに徹しました。
 目標にしていた志望校を直前に切り換え入試を迎えました。毎日のように試験が控えているなかで、気持ちを保ち試験会場に向かう日々、子供もかなり不安とプレッシャーを感じているようでした。
 その後幾つかの学校から合格をいただきましたが、子供の表情は暗いままで、一人考えぬいた挙げ句、「受けることはないだろう…」と思いながら出願していた学校を「このまま終わりたくない。受けてみたい。」と言い出しました。
 近畿圏の試験も一段落した後、何か思い悩んでいる様子が見られた後の「受けてみたい」という言葉に、志望校を切り換えた結果に悔いが残っているようで、親としても責任を感じていました。一度は「終わった、解放された」と思っていた気持ちと集中力をもう一度高めることはかなり大変でしたが、「最後までやり遂げたい」という強い想いは子供の真剣な表情から伝わってきており、この受験生活や入試を通して何かを感じ成長していることも感じました。特に対策もしておらず、初めて過去問を解き始めたのは数日前のことでした。入江先生、秋定先生にも熱心にご指導いただき、温かいお言葉をたくさんいただきました。
 当日、試験会場に向かう道中、笑顔が見られとてもリラックスしているようでした。教室に入っていく際、「大丈夫。今までやってきたことを全て出し切ってくるから…」という子供の顔は、以前の不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた顔とは違っていました。試験が終わって出てきた時の顔は晴れ晴れとしており、最後までやり遂げ、全てを出し切ったことに充実感でいっぱいのようでした。結果は合格でした。
 この短期間に、何を感じ、何を考えていたのか計り知れませんが、ただ驚く程の成長を感じました。先生方が最後まで子供の可能性を信じ、子供に寄り添っていただいたことが、大きな自信につながり成長させていただいたことと、心より感謝致しております。本当にありがとうございました。

京都女子(ⅡL)・京都文教(京大医歯薬)・平安女学院(立命館コース) 各中学校合格 Kさん
 私が入江塾に入ったのが5年生で体験授業に行ったとき、北野教室には女の子が私しかいなくてびっくりしました。でも女の先生、佐藤先生と八木先生にしゃべりかけてもらい、とてもうれしかったことを覚えています。最初は週に3回個別演習に行って、個人指導もしてもらってました。
 私は以前大手塾に通ってましたが勉強について行けず辞めてしまいました。入江塾で1番驚いたのは個別に生徒1人1人を見てくれること、クラス別けせずに授業していることです。最初の頃、演習中に勉強でわからない所があっても先生に「わかりません」と言う勇気がなくてぼぉーっとしていたら、先生が私に気付いてくれて教えてくれました。それがすごくうれしかって、宿題なんてあっという間に出来てしまいます。演習中に宿題が全部できると先生が各生徒に合った苦手な教科のプリントを出してくれたりもします。
 対策授業もあってその学校の過去の問題集をやり、答え合わせをしてその年度の合格点を見るということを繰り返しやりながら自分の弱い所をまた勉強したりしていました。
 2年間本当にお世話になりました。先生方には辛いときにも色々相談に乗ってもらい応援してもらったおかげで、第1希望も第2希望も合格できました。感謝しきれないほどです。
 中学に入っても入江塾で勉強した2年間を忘れず頑張っていきます。先生方ありがとうございました。
 

京都女子(ⅡL)・京都文教(京大医歯薬)・平安女学院(立命館コース) 各中学校合格 Kさんのお母さん
 娘が入江塾に通い始めたのが5年生の時でした。その前は大手塾に2年間通っていましたが勉強についていけず、先生に質問もできず娘も「塾に行きたくない」と言い出しました。そこで、家から近くにある入江塾の授業体験にいかせていただきました。
 体験後娘が「行ってみたい」といったので通うことにしました。しかし土曜日の午後から4教科の授業で1日4時間塾で勉強する経験がなく、当時塾に女の子は1人もいなかったので親として不安でした。ところが娘は特に嫌がることはありませんでした。
 5年生の時は土曜日の午後からの授業と習い事もしていましたので、週に2、3回個別演習に通っていました。6年生になり個別演習の1日の時間量と日数を徐々に増やし、娘の苦手な教科は個人指導でお世話になりました。6年生の後半には毎日塾に行き、冬休みになると朝から夕方まで毎日塾に行っていました。親の私が「今日は塾休んだら?」と言ったくらいです(笑)勉強は本当に大変だったと思いますが娘は毎日楽しく塾に通っていました。お友達にも恵まれ6人の女の子とも仲良くしてもらい、冬休みの休憩時間には近くの公園に連れて行ってもらうのですが、外の空気を吸い体を動かすことですごくいい気分転換になっていた様です。
 年が明けいよいよ本番、3日間連日の入試すべてに佐藤先生が応援に来てくださいました。娘も私と話をしているより佐藤先生の顔を見ている方が安心できたみたいで、おかげで「不安なく受験できた」と言っていました。
 入江塾の先生方には本当に良くしていただき、また本人が頑張ったこともあり無事に第一希望の学校に合格することができました。本当に本当に感謝しております。ありがとうございました。
 受験が終わった今でも娘は入江塾に行きたいって言ってます。(笑)

東山中学(エース)合格 Lくん
僕は6年の最初から入江塾に入り、無事に志望した学校に合格することができました。そのためにまず、塾の中で同じ学校を目指す友達がいて、同じ気持ちで勉強に臨むことができたことが良かったと思います。またテストなどでは、結果によらず内容が良ければそのことを先生方も評価してくれていろいろと見直すこともでき、次回の回答へとつなげることができました。
僕が塾で勉強した時間はとても充実したものでした。
1年間楽しく学習することができありがとうございました。
 

東山中学(エース)合格 Lくんのお父さん
 この度、無事志望校に合格させて頂くことができました。
 本人もよくがんばったとは思いますが、先生方には本当によく指導して頂き、この結果に結びついたのだと思っております。
 6年生も中盤から後半にかけては学校の課題に加えて毎日の様に塾での学習があり、「継続できるのか?」と当初は懸念しておりました。
 正直、小学生ぐらいに学習塾と言ったら「毎日イヤイヤ行く・・・」「何か理由をつけて休みたい・・・」徐々にこうなることぐらいに考えておりました。ですが。この1年全くその様な態度を見せることもなく、むしろ生き生きと通わせて頂いて、かえって精力的に受験に臨む姿勢ができていくのが日に日に伺えました。
 これも先生方、職員の皆さんが、気持ち良く通塾できる雰囲気や、楽しく学習できる環境を整えて下さったおかげかと存じます。
 とても人間味のあるあたたかい学習塾に通うことができました。
 このような塾に出会えてとてもうれしく感じております。

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東山中学(エース)合格 Mくん
 僕がなぜ東山中学校を受験したかというと、男子校を志望していたからです。理由はクラスの女子が恐い(笑)からです。
 僕は6年生になっても、模擬試験の成績が悪くて自信をなくしたりもしました。特に国語の成績はいつも良くなかったです。しかし、塾のお弁当を作ってくれるお母さんのためにも頑張らなければと思いました。そして赤本などをやっていくうちに、ちょっとずつ成績が上がってきました。
 先生にも厳しくして頂いたけど今は感謝しています。ありがとうございました。
 

東山中学(エース)合格 Mくんのお母さん
 入江塾へ通い始めたきっかけは、1枚の広告からでした。出町校までの交通の便が良く、合格率も良さそうだったので、2年前の入塾説明会に参加しました。そこで、入江先生と出会いました。待ち時間で何気なく話した長男(当時中学3年生)、次男(当時小学6年生)の話にも親身に相談に乗ってくださりました。高校受験1ヵ月前であった長男を、急遽育星舎に転入させました。結果、わずか1ヵ月で志望校のワンランク上のクラス合格に導いてくださりました。
 あれから2年間三男を入江塾に通わせ、今回東山中学校エースに合格することが出来ました。この2年を振り返って、無理なく息子を塾に通わせることが出来ありがたく思っています。私自身仕事をしていて、なかなか送迎が出来ないところ、出町から北野まで送迎してくださり本当に助かりました。もし、送迎がなければ入江塾には通っていなかったと思います。息子からは、この送迎車内での話が面白かったと何度か聞きました。教室内での顔とは違いリラックスして先生と話せる時間が楽しかったのだと思います。
 また受験を通して私自身が感じたことは、息子が塾の友達と仲が良く、心からお互いの努力を認め友達の合格を喜べる子に育っていたことです。1度息子の口から、「入江塾の先生はいいで~、面白いしどこの塾よりもええで~。他の塾は勉強ロボットを作ってるだけや~。」と言っていました。確かに受験となると友達はライバルでもあるけれど、努力したぶん自分に返ってくることを学べたと思います。
 最後になりましたが、お世話になった先生方に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

東山中学(エース)合格 Nくん
 僕は5年生の2月に前に通っていた塾をやめ、入江塾に入りました。
 入江塾に入りたてのころ、僕は「塾というものは先生も真剣にやらないし、そのせいか生徒も遊び半分でやっている」という先入観がありました。
 ですが、入江塾ではそのようなことはありませんでした。全く別でした。まずここでは先生は楽しいけれど真剣にやってくださって格段に楽しかったです。しかも生徒は遊んでいる時と勉強している時のめりはりがはっきりしていました。入江塾に大分慣れてきた夏期講習のころ、休憩時間に「公園に行く」と聞いたときには「ここは本当に塾か」と疑問をもったほどです。
 でも成績は前の塾よりも良くなっていきました。無事東山中学に合格できたのは、先生たちの指導のおかげだとおもいます。
 ありがとうございました。
 

東山中学(エース)合格 Nくんのお母さん
 中学受験を考え始めたころからすると全く予想外の展開となりましたが、結果的には最も適した学校に進ませてやれたのではないかと思います。
 思い返せば私たちにとっては波乱の中学受験でした。はじめは、中学受験といっても公立中高一貫校を受験し、だめだったら地元の公立中学でいいだろうというくらいの気持ちで、5年生から大手進学塾の公立中高一貫受験コースに入塾しました。科目は国語と算数でしたが、もともと幼児の頃から通っていた塾で学習が進んでいたこともあり、学校でも学習面で困ったことはなかったのでとくに心配はしていませんでした。ところが授業が進むにつれ、得意の国語はどんどん力をつけていきましたが、若干苦手意識のあった算数はいよいよ苦手になり、ついには「見るのもいや」という状態になってしまったことから6年生への進級を前に転塾を考えました。
 育星舎には1年生のときから科学の学校でお世話になっていたこともあり、機関紙等で入江先生の考え方に関心を持っていましたので、公立中高一貫校向けの指導をしておられないかと相談し、ここに入塾させていただきました。入江先生と面談したあと「ぼく、できる気がしてきた」と自信をよみがえらせた息子は、やはり最後まで算数で苦戦しましたが、それでも何とか申し訳程度には算数に取り組めるようになってきました。
 そしてもう夏も終わろうかというとき、「ぼくは本当は公立の中学には行きたくない。私立の進学校に行きたい。」と言い出しました。この時期になって?という気持ちはありました。しかし彼の真剣な様子を見て、後悔だけは残してはいけないと思い、「どんな不利な状況にあっても必ずどこかに勝機はあるから!」と励ましました。とにかく今からでも可能な限りの準備をしてやろうと塾に相談し、個人指導等の計画を立てていただきました。
 具体的な目標ができるとぐうたらな人間でもやる気が出るようで、志望校が決まってからは信じられないくらいよく勉強したと思います。とにかく塾に行きたいと言い、試験の直前には毎日朝から晩まで塾で勉強していました。
 その結果、東山中学校に合格することができました。またこの受験を通して、彼なりに自分を見つめ進路を見定めていくという良い経験ができたと思います。
 単なる受験指導にとどまらず、日々変化する息子にその都度真摯に対応し、最後まで粘り強く指導して下さった入江先生をはじめ入江塾の先生方に、心から感謝いたします。そして、いつも勇気と安らぎをくれた他の生徒さんたちにもとても感謝しています。
 本当にありがとうございました。

東山(エース)・龍谷大学付属平安 各中学合格 Oくん
 ぼくは6年の6月に大手塾から入江塾に入りました。大手塾にいるときは授業内容も頭に入ってこず、宿題に追われる毎日で「塾はいやだなぁ」と思っていました。
 しかし入江塾では個別演習があり、宿題などのわからないところがあるとそのつど先生たちに教えてもらえました。解ける問題が増えて「塾は楽しい」と思うようになりました。
 入試当日不安でしたが、校門でもらった先生方のメッセージを入試のあい間に見て「横についてくれている」と思って頑張れました。
 佐藤先生、八木先生、その他の先生方、本当にありがとうございました。
 

東山(エース)・龍谷大学付属平安 各中学合格 Oくんのお母さん
  4年生から通っていた大手塾で大量の宿題に追われ、6年生の初めには集団授業についていけなくなり、塾での成績は下から数える方が早い状態でした。何をするのも余裕がなく頭の中は混乱し学校の成績まで落ち始めたため、親としては「受験そのものを止めさせよう」と思ったのですが、何故か本人の受験の意志が固く結局6年生6月に塾探しを始め入江塾のHPを見つけました。HPで丁度このような合格体験記を読ませてもらったように思います。
 その頃の五ツ木・駸々堂模試の偏差値は受験レベルに達していませんでした。「問題の意味を読み取ることの出来ない国語力をどうにかするため」「計算問題のミスをなくすため」と佐藤先生に個人指導をしていただきました。入塾した時期も遅く本人のエンジンもかからず結局最後の模試の結果も思うように伸びず、東山中学のプレテストでもエースでD判定と悲しい結果でした。このような不安な状態だったのですが11月末の面談で教頭の佐藤先生に「これからです。うちの子達はこれから伸びていくのです」と言っていただいたり、お正月に入ってからも「まだまだビシビシやります!!」とメールを頂いたり親の私自身の不安な気持ちを先生の力強い言葉で支えて頂きました。冬休みには本人も「毎日塾へ行って勉強したい」と言い今までとは顔つきも変わって家でも黙々と勉強するようになっていきました。
 受験当日は先生方の手書きのメッセージ、佐藤先生からのメール、先生方の激励のもとで何とか合格点がとれました。東山の発表当日校門の前で私達をずっと(たぶん何時間も)待っていて「合格おめでとう!」と声を掛けて下さった入江先生、合格の報告に塾へご挨拶に行ったときに息子の肩をパンパン叩きながら「ホンマに良かったな!ホンマに良かった!おめでとう!」と一緒に喜んで下さった佐藤先生、八木先生、「落ちこぼれていた子を厳しく温かく支えて下さり、息子にもその気持ちが通じて、この塾がずっと好きでいられたからこそここまで頑張れたのだ」と実感しました。
 12歳の7ヶ月間先生方のおかげで本当に成長させていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。

京都産業大学附属・大谷(マスター) 各中学合格 Pくん
 八月から約半年間入江塾でお世話になりました。初めは不安もありましたが、初めから声をかけてくれた人もいて、だんだんみんなと仲良くなれました。勉強するのは大変でしたが、塾で友達と過ごす時間はとても楽しかったです。
 以前はなかなか向上しなかった成績も少しずつ上がり始めました。最終的目標には到達できませんでしたが、半年間、自分なりに一生懸命頑張ったことは決して無駄にならないと思います。また入江塾の仲間と過ごした時間は僕にとって大変有意義なものでした。これからも、この経験をいかしていろんなことに挑戦し、努力し、がんばって、またいつかみんなに会いお互いの成長を確かめ合いたいと思います。
 

京都産業大学附属・大谷(マスター) 各中学合格 Pくんのお母さん
 二年半通い続けた塾をやめ、入江塾に転塾することを決断した大きな理由は入江先生の「まだ伸びる余地はあるし、伸ばしてみせる」という言葉でした。言葉通り半年間で偏差値は上がり、入試直前には、夢と思っていた第一志望の学校の過去問で合格基準点をとれるようになりました。その自信を胸に、今はこれからに向けて気持ちを切り替えているようです。
 半年間ではありますが、入江塾で、「勉強するということはどういうことか」を教えていただいたように思います。もちろん完全に理解したわけではありませんが、このことが将来においても、大変大切なことだと思っています。一区切りついた今は、入江塾で学んだ勉強以外のことも含めたすべてをこれからの学校生活にいかしてほしいと思っています。

聖母女学院中学(Ⅰ類)合格 Qさんのお母さん
 5年生の半ば頃より、娘の学校の学級崩壊と共に「勉強がわからなくなった。どこか塾へ行きたい」と言い出しました。入江塾のことは長女の塾探しの時に候補にあげておりましたので存じ上げておりました。私共が思うよりもはるかに学力の低下を佐藤先生より告げられた時はさすがにショックを隠し切れませんでした。しかし、その後個別演習や個人指導で厳しくも温かく接していただきました。娘は佐藤先生や八木先生を慕い、塾にも自分で準備してさっさと行くようになりました。信頼と共に受験の道のりを一歩ずつ歩ませていただいたように思います。仲の良いお友達もでき、学校での人間関係もうまく築けるようになりました。私共も入江塾の方針に本当に魅力を感じさせていただいております。
 自己推薦で聖母女学院中学校に行きたいと、オープンスクールを体験して本人が決めました。その後の塾での過ごし方は、実力以上の志望校だったと思いますが、苦手な算数を懇切丁寧に、時には超厳しい(親は激しい指導を佐藤先生にお願いしておりました…)愛のムチも入りながら教え込んでいただきました。
 お陰様でプレテストも回を重ねるごとに少しずつ点数がアップし、本人の自信となったと思います。職人気質の先生方が揃う入江塾で、娘は本当の教育をわずかばかりの期間に受けさせていただいたと思います。今後もまだまだ努力をしなければなりませんが、リズムをつけていただいたことはこれからの礎となると信じています。本当にありがとうございました。

京都文教中学(進学)合格 Rくん
 ぼくは、勉強が好きではありませんでした。四年生の終わりから個別αで勉強しました。五年生の終わりに入江先生に中学受験を薦められ、入江塾の個別で勉強しました。主にT先生に教えてもらいました。算数は佐藤先生に、理科は八木先生に週に一度ずつ教えてもらいました。苦手だった算数も少しずつ分かるようになり、比較的好きな理科もすごく分かるようになり、自信がつきました。六年生の六月くらいからいろいろな中学校の説明会に行き、その中にとても気に入った学校がありました。そこにどうしても行きたいので塾も週四回に増やし勉強しました。その結果、念願の志望校に合格することができました。それを知った時は、本当にうれしかったです。
 

京都文教中学(進学)合格 Rくんのお母さん
 息子は「私学に行きたい」という思いがある反面、全くやる気がなく、集中力もなく母である私は途方に暮れる日々でした。しかし、そんな息子や私に励ましのお言葉をかけて下さった佐藤先生のお陰で、なんとか受験を乗り切る事が出来ました。本人が志望校を見つけてから少しやる気が出てきて、塾で過去問を何度もさせていただきました。少しずつ点数を上げ、彼なりに自信をつけていき、無事志望校に合格することが出来、“ホッ”しています。
 諸先生方、大変お世話になり心より感謝いたします。ありがとうございました。

 

(「2013年度 合格体験記」 ここまで  …このページの先頭へ

 

2012年度入試合格実績 計25名(学力選抜なし)

 

洛星3名、洛北高校附属1名、同志社1名、立命館1名、京都女子(ⅡSコース)1名(ⅡLコース)3名、高槻1名

京都産業大学附属6名(うち1名学費全額免除)、立命館宇治1名、立命館守山2名、東山(ユリーカ)1名(エース)8名

龍谷大学付属平安2名(うち1名学費半額免除)、大谷(コア・マスター)各1名、ノートルダム女学院(標準・特進)各1名

橘1名、京都文教(京大医歯薬)1名、京都聖母学院(Ⅱ類)1名、土佐塾1名

 

2012年度 洛星中学校合格 Aくん(マナ英才学院出身 嵐山より通塾)
僕が育星舎に入ったのは2歳2か月の時だそうです。しかし僕はその頃の事はうっすらとしか覚えていません。たしか積み木を数えたり、穴の開いた板に黒い紐を通したりしたなぁ…という感じです。その時は岩田先生、梅田先生に教えていただきました。
そしてその後の1年生から3年生の頃の事はまだ記憶に残っています。算数では友達と計算の競争をしたり、佐藤先生に図形の問題を教えてもらったりしました。国語ではK先生に漢字や文章の書き方について教えてもらいました。どちらの授業も楽しく、塾へ行くのがいつも楽しみでした。
4年生から6年生までは算数は入江先生、国語は小林先生。理科は笠間先生やN先生、八木先生、社会は西田先生に教えていただきました。特に算数・国語・理科では入江先生、小林先生、金先生に個人指導を受けたり、算数・国語の洛星対策を受けたりしました。洛星対策では約20年分の過去問に取り組み、まさに「傾向と対策」の授業でした。途中で計算ミスや漢字の間違いが増えてきた時期もありましたが、その度に先生方に助けてもらいました。
ぼくは物心ついた時から「洛星に行きたい!」という気持ちを強く持っていましたが、塾の先生方のおかげでその夢をかなえることができました。中学生になった後も育星舎で学びたいので、これからもよろしくお願いします。そして、今まで本当にありがとうございました。
(育星舎注: K先生、N先生は今は退職しておられます。)

 

2012年度 洛星中学校合格 Aくんのお母さん
育星舎を初めて訪れたのは、息子がまだ歩きもしない10か月の頃でした。近くに主人の実家があり,たまたま育星舎の説明会のチラシが入っていて、「どんなものだろう?」と軽い気持ちでうかがいました。説明会の内容は、指を使うことが脳の活性化につながるということで、とても興味深く楽しそうな内容でした。先生が「お子様は何年生ですか。」とお尋ねになり、「10か月です!」とお答えしたときには、すごい教育ママが来たと思われたようです。
「お子様が言葉を理解する2歳になられたらもう一度いらしてください」と言っていただいたので、待ちに待って2歳2か月からお世話になることになりました。積み木やパズルで学ぶマナ英才学院に通い始めて、息子は本当に楽しそうでした。ノートルダム学院小学校の受験の時も、全くあわてることなく合格へと導いていただきました。
まだ息子が乳児の時にどうして私が塾さがしを始めたのかと言うと、私の父が洛星の卒業生、主人も同じく洛星の卒業生だったこともあり、「男の子が生まれた時にはきっと洛星ね」という周りからのプレッシャーが積み重なり、これは避けては通れないと思ったからでした。「洛星の良さは勉強もさることながら、人間形成にとても役立つ学校だった」と口癖のように言う父のもとで育ったこともあり、私のなかで10年計画の受験がはじまりました。
でも「洛星に進学させたい」という気持ちとは相反して、「受験だけにとらわれては、もし合格をいただけなかったときに息子はダメになってしまうのではないか」と考えました。それならば、「『受験は一つの通過点』と感じるくらいに、考える事自体が大好きな子に育てたい、考える事を面白いと感じる子に育てたい」という大きな理想を掲げました。
「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるように、体感型学習で楽しく学んでいけるマナ英才学院は私の理想の教室でした。当時から佐藤先生をはじめたくさんの先生方にご指導を受け、どんどん学ぶ楽しさを感じ、学習に興味を持ってきたことは今も印象に深く残っております。
初めて受けた三年生の四谷大塚の模擬試験では、「ぼく100点とれてないと思う」と挫折感をもって帰ってきました。学校の試験とはちがって、模擬試験での得点の難しさを感じたようでした。私としては、「模擬試験では半分得点できれば十分」と思っていたので、「息子にそれほど高い意識が芽生えているのか」と嬉しく思ったのを覚えています。その時は京都府内で1番という結果をいただき、楽しいだけじゃなく、「やればできるんだ!」という意欲が湧いてきたようでした。その一方で、5年生までは週2日の授業だけで、ゆったりと過ごすことができ、小学生らしい日々を送ることができたのも、今思えばありがたい時間でした。
6年生になって、通常授業のほかに入江先生をはじめ金先生、小林先生に個人指導をお願いし、充実した受験勉強が本格的に始まりました。受験を経験している主人も、「息子のすぐそばでみていただけること、息子本人が『自分自身で勉強をする時間』を持つことが大切」と考えていたようで、個人指導と演習は理想のスタイルでした。
そしてお友達にも恵まれ、「みんなで洛星に行こう!」と同じ志望のお友達とグループで受ける洛星対策授業がとても楽しい様子でした。また夏期講習や冬期講習のときには、先生方が近くの公園へ連れて行って下さったそうです。気分転換も考えていただきながら、大好きな先生方と1日中学習をすることができ、息子にとって毎日が非常に充実していたようです。
女性の佐藤先生や八木先生には、ちょっとした会話でも、優しく接していただきました。改めて息子に「入江塾のどんなところがよかった?」と聞くと、「先生がぼくたちの気持ちをわかってくれるところ!」と答えました。
秋になると模擬試験が目白押しとなり、さすがに緊張感が増してきました。息子も幼い時とはちがい、「結果を出さなければ」と思えば思うほど、初歩的なケアレスミスが目立つこともありましたが、そんな時も先生方は息子を追い詰めること無く、「落ち着いて、自信を持って!」と常に励ましてくださいました。
初めに申しました通り、息子にとって受験は避けられない環境にありました。6年生のときには、おそらく「私がしゃかりきになる→息子は嫌がる→楽しくない→勉強したくない→私がますますしゃかりきになる」というマイナスのスパイラルはある程度避けられないだろうとイメージしていましたが、結果は予想に反して最後の最後まで息子は「楽しい、もっと塾に行きたい!」と言い、恐怖心や不安感を持つことなく受験まで明るくいてくれたのは、親として何よりありがたく、うれしい誤算でした。
洛星対策では20年分にわたる過去問を課題として与えてくださったそうで、息子にとってそれに取り組んでいくのは容易ではなかったはずと思いますが、本当に育星舎の先生方の粘り強い、温かなご指導の下で、苦痛にも思わず自信をつけることができたのだと思っております。
最後に、このたび洛星中学の合格に導いて下さり、育星舎の先生方には深謝申し上げますとともに、息子本人も、祖父、父、そして何より入江先生の後輩になれたことを心より喜んでおりますことをお伝えして、親としての合格体験記とさせていただくことにします。

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2012年度 洛星中学校合格 Bくん(上賀茂より通塾)
6年生になってから、有名な大手塾からこの入江塾に変えて、洛星中学に合格しました。
入江先生の許可を得て、その大手塾の7月の公開模試(年間申込みをしていました)を受けたところ洛星中学合格判定で良い結果が出ました。
夏休みの間に有頂天になって遊んでいる間にだんだん成績が下がってきて、同じ公開模試で偏差値が15近く下がってしまいました。夏休みが終わった後、「このままでは入試で受からない」と思い家で勉強したのですが、どうしても両親とけんかをしてしまい、それで塾での勉強時間を増やしました。
そして年が明けました。
その時までには成績も戻り始めていましたが、何度挑戦しても洛星レベルの問題で合格ラインを突破することができませんでした。精神的に不安定な日々が続きました。
しかし、一人ではつらくて無理でしたが、先生と友達がいたせいでなんとか勉強できました。後期入試に備え塾で勉強しているとき、合格の知らせを聞いて、暴れたくなるくらいうれしかったことを今でも思い出します。先生たちもみんな喜んでくれて、忘れられない一日となりました。
成績が多少変動しても先生たちが諦めずに、僕の力を信じて教えてくれた事が合格につながったと思います。
大学受験の時にはこんなにハラハラしないでいいように、余裕を持って準備していきたいと思います。

 

2012年度 洛星中学校合格 Bくんのお母さん
私の子供はもうすぐ6年生という時期にそれまで通っていた塾をやめたいと言い出しました。理由は授業を聴いていなくて、ノートも取っていなかった為、ついていけなくなった事と、宿題に追われて寝不足になり、体調を崩す事が多くなったせいで精神的にも弱くなっていた為です。
「洛星に行きたいけど勉強は嫌だし、頑張りたくない」というわがままな我が子を見て、中学受験を諦める事も考えました。そんな時に入江塾のことを紹介され、体験授業を受ける事になりました。
授業を受けて帰ってきた子供が、「ここでなら頑張れそうだ」との事だったので、入塾する事となりました。入江塾に通うようになり、毎日息子は楽しそうで、その生活も充実してきました。ここでは、学ぶ事の面白さや、友達とともに頑張ることで諦めずに次に進もうとする粘り強さもできたように思いました。
第一志望の洛星中学はぎりぎりの線で合格できました。入江塾の先生方が諦めないで子供の力を信じてくれたおかげだと思います。また入江塾のお友達なしに一人では頑張れなかったと思います。合格を目指して、諦めずに支えて教えてくださった先生方、本当にありがとうございました。

 

2012年度 洛星中学校合格 Cくん
ぼくが中学受験を考えたのは、仲の良かった友人がすすめてくれたからでした。その後、洛星中学の学校見学をした時に校長先生の話を聞き、「どうしてもこの学校に入りたい」という気持ちが強くなりました。大手塾に入り勉強を始めたのですが、入塾が5年の6月からということもあり、なかなか成績が上がりませんでした。ぼくは「このままではいけない」と思い両親に相談すると、「一度体験指導を受けたことがある入江塾に行ってみてはどうか」ということになりました。そして6年の10月の中旬から入江塾に通うことになりました。
でも入塾してすぐに授業態度が悪い事で厳しく注意されてしまいました。ぼくは「成績が上がらない理由もそこにある」と言われ、それから態度を改めより一層勉強に集中するようにしました。
特にもともと得意科目だった算数と理科が、大手塾では苦手になっていましたが、入江塾のわかりやすくおもしろい授業でどんどん成績が上がっていきました。
そして受験当日、「今までの力を出しきってがんばれ」「やれるだけのことをやってこい」と両親に言われ、また先生方からは一言ずつメッセージをもらって落ちついて試験にのぞみました。
合格発表の時は心臓がこわれるんじゃないかというぐらいドキドキしていました。期待はしていましたが、番号が見つかった時は呆然としてしまいました。
今までがんばった成果が出て幸せです。
ここまで導いてくれた入江塾の先生方今まで本当にありがとうございました。

 

2012年度 洛星中学校合格 Cくんのお母さん
 「中学受験がしたいから、塾に行きたい」それまで全く考えていなかった言葉を息子から聞いたのが、4年生の終わりでした。中学受験は大変だと息子を説得したのですが決意は固く、とりあえず大手塾に入ったのが5年生の6月でした。本人の志望は洛星、最難関校を受験するには遅いスタートで 案の定、それまでの穴をなかなか埋められないまま6年の秋を迎えてしまいました。大手塾の合格判定はE、このままでは絶対無理だと一大決心をし、入江先生に相談したのがもう10月半ばでした。試しに五ツ木模試を受けさせてもらうと、偏差値は61、まだ間に合うと言っていただき、入江塾に転塾させていただきました。けれども、入塾してわずか一週間足らずで、本人の学習態度の余りの悪さに先生から注意勧告を受けてしまいました。それまでも事あるごとに私のほうからも注意をしていたのですが、全く聞く耳を持たなかった息子が生まれ変わったのがこの出来事でした。それからは、本人なりに少しずつですが、態度を改めそれに比例するように成績も上がり始めました。五ツ木の最終模試では判定がD、大手塾の模試ではB判定まで上がり、その後過去問でもコンスタントに7割以上の成績が取れるようになっていきました。冬休みには先生方に朝から晩まで勉強を見ていただき、そうして本番を迎えたのです。試験当日の朝には、先生たちのメッセージをいただき それをお守りにして落ち着いて試験に臨むことができました。振り返りますと、こうして合格をいただけたのはやはり大手塾にない個人個人にあわせたきめ細やかな指導のおかげだと感謝しております。なにより息子が「苦手だった算数も理科も得意になってきた。勉強が楽しい」と言った時は心の底からこの塾に会えてよかったと思いました。問題児だった息子を導いて下さって本当にありがとうございました。

 

2012年度 洛北高校附属中学校合格 Dさん(マナ英才学院出身)
私は、3年生の冬に入江塾に入塾しました。その頃からずっと塾が大好きで、毎日塾に通いたいと思うほどでした。5年生の時は、女子特別難関校対策授業と、一斉授業のみでした。6年生からは、入江先生の個人指導を受け、演習も4回に増やしました。入江先生の個人指導では、難問を解くことにより自信が持て、算数の成績を上げることができました。演習では一斉授業で習ったことの復習や、応用問題を解くことにより習ったことを忘れないように努力しました。冬期講習では、1ヶ月間1日も休まず毎日9:30~17:00までがんばりました。最後の1週間は入試前日まで長時間の学習も苦にならず毎日通いました。大手塾に通う学校の友達で喜んで塾に通う人を私は知りません。そう考えると、改めて最後まで楽しく通えた入江塾に感謝しました。目指していた洛北高校附属中学校にも合格することができ、女性の先生達と抱きつきながら喜びました。私は難関校対策や演習でお世話になった佐藤先生、個人指導でお世話になった入江先生、八木先生、富田先生など、たくさんの先生に心から感謝しています。

 

2012年度 洛北高校附属中学校合格 Dさんのお母さん
   ~娘と入江塾~
娘が入江塾に入ったのは3年生の冬でした。
以前より噂にきく大手塾の「大量の課題」「学力別クラスによる競争」には主人と共に抵抗を感じておりましたので、個々に合わせた丁寧な指導ができ、且つアットホームな入江塾はとても好印象でした。
娘も初めての体験の日、「明日もこの席に座る!ここに毎日座る!」と言い、娘が気に入ったことが何よりと即入塾しました。
5年生の後半までは週に1度の授業のみでしたが、入試まであと1年となったところで演習と算数の個人指導を追加しました。
娘の希望で演習を3回、4回、5回・・・・と増やし、6年の夏休み明けからは平日は毎日塾通い。娘にとっては通えば通うだけ塾がますます楽しくなり、解けば解くだけますます自信もつくので、塾が一番居心地のいい場所、落ち着く場所となったようです。入試前のひと月は、自ら演習スケジュールを開講時間いっぱいに組み、毎日嬉しそうに通っていました。
勉強づくめにせず、おやつタイム、公園タイム、買い物タイムを時々とり入れ、子供らしさをそのままに安定した気持ちで受験させていただけましたこと、主人と共に心より感謝しております。親以上に子供の潜在能力を信じて下さり、魔法のようにそれをひき出し伸ばして下さる、そんな入江塾の講師の皆さんの熱意、サポートにより、娘は最後の1年を自主的に励み、そして一歩一歩自信をつけながら最後まで前を見て取り組めたのだと思います。入江塾の皆様と、共に頑張ってきた6年生の皆さんとのご縁に深く感謝します。

 

2012年度 京都女子中学校(ⅡS)合格 Eさん
 私は、5年生の冬くらいに他塾から入江塾に来ました。授業は難しくて分からないこともありましたが、わからない所は演習で教えてもらえましたし、前の塾ではほとんどしてなかった宿題もできるようになりました。自分から学習しようとしない私のようなタイプには良かったです。私は算数が嫌いだったけれど、佐藤先生とか入江先生に教えてもらって少しましになったと思います。追い込みの時期も公園で友達と遊んだり、おやつを食べたりいつも楽しく勉強ができました。当日は、インフルエンザで39.7℃くらい熱があって、無理かなあと思いましたが合格できました。こんな状態で合格できたのは先生方のおかげだと思います。京女対策や個人指導でお世話になった佐藤先生、理科を教えてくれた八木先生、演習の時間いっぱい教えてくれた万波先生や佐藤駿先生、算数を教えてくれた入江先生、本当にありがとうございました。

 

2012年度 京都女子中学校(ⅡS)合格 Eさんのお母さん
 5年生の12月に転塾してきました。娘にとっては前の塾に仲の良い友達がいたので「うまく馴染めるかしら」と不安でしたが、お弁当の時間や公園などで遊んでいるうちに少しずつお友達ともうちとけていったようです。入江塾では授業で出た宿題のうち、わからないところなどを演習で先生に聞きながらこなせるので娘は喜んでいました。6年生の冬休みでは「お正月ぐらい少し休む日をいれたら?」とアドバイスしても「みんなも行くし頑張りたい!」と言って毎日朝から夕方まで通っていました。受験前日には風邪の症状を訴え、当日もいつもの元気はなく微熱の状態で送り出したのですが、昼から高熱が出てきたようで迎えに行った時はフラフラの状態でした。結局A型のインフルエンザと判明しました。娘から試験の話を聞いていると合格は無理だと思い、入江先生にB日程のことをいろいろ相談しようと電話すると「結果が出ていない前からそういう事は考えないで娘さんを信じて下さい。そういう状態でも彼女なりに最善を尽くしたはずです。私は大丈夫だと信じています。結果が出た後のことは僕に任せてください。」と怒られてしまいとても反省しました。最後に、ご心配をかけ本当に申し訳ありませんでした。合格できたのは、入江先生や佐藤先生方のおかげだと思います。本当にいろいろありがとうございました。

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2012年度 同志社中学校合格 Fさん(出町柳より通塾)
 私は4年生のときにスパルタ式の塾に入りました。その塾では、生徒が少し悪い点をとったりすると、その子を長く厳しい説教で責めたり、立たせたりします。また模擬試験の成績順で座席が決められたり、全員の成績を表にしてはりだされたりしました。
 スパルタ式に私はついていけませんでした。緊張しながら授業を聞いていたので、内容は頭の中にそんなに入らなかったような気がします。
 そこで6年生の夏から入江塾に行きはじめました。特にお世話になったのは佐藤先生、入江先生、富田先生、八木先生の4人です。授業・演習に加え、算数は入江先生、国語は富田先生、理科は八木先生に個人指導をしてもらいました。入試の一週間前には長時間算数の個人指導をやってもらいました。算数は苦手で分からない問題も多かったのですが、最後の一週間で「全体の分野が得意となっている」という感覚が芽生えました。一番の難関である分野が理科でした。そこで八木先生に個人指導をやってもらうこととなりました。そのお陰で入試本番では時間が余り、見直す時間ができる程までになりました。「指導して頂く前と後では大きく違った」と思いました。結果は8割とれていて最高得点でした。
 ときには「同志社を受験するのをやめようか」と思うぐらい成績が落ち込んだこともありましたが、今は「受けて本当に良かったな」と思います。先生方のみなさんありがとうございました。

 

2012年度 同志社中学校合格 Fさんのお母さん
それは6年生の7月も下旬の頃でした。
それまで他塾へ何事もなく通っており、夏期講習も前向きに受講しているものとばかり思っていた矢先、「もう塾やめたい、行くのイヤや」と突然泣き崩れる娘の姿にこちらはすっかり動揺してしまいました。
ふりかえれば、「普段会社勤務のため家にいてやれず3年生で終了する学童保育の代わりにと安易に塾を選び、また、機嫌よく通塾しているとばかり思い込んで娘の変化に気付かずにいる」私達はそんなダメな親でした。よくよく塾の様子を聞いてみるとこれでは娘をつぶしてしまうと思いました。本人の受験の意志を確認の上、それまで近所の出町教室のパンフレットやHPで認識のあった入江塾にお世話になる事になりました。入江先生は一番に娘の精神面を気にして下さり、この時期からでも引き受けて頂きました。
途中入塾のため勉強のやり方や雰囲気に馴染めるか、そんな親の心配をよそに本人はアイスクリームをもらったとか送迎車でお友達とのおしゃべりが楽しいなど、リラックスして通ってくれました。先生方には新参者の娘の性格や長所、短所を把握するのにご苦労をおかけしたと思います。
秋も過ぎ12月にさしかかり最終受験校を決定する際、つい弱気になり迷いの生じている親の姿勢に活を入れて下さり受験生の親としてのあり方も教えて頂きました。
「入江が大丈夫と言ってるのだから大丈夫なんです。まだまだこれからが勝負です。
これからの一日は今までの何日間にも相当するんです。」の言葉に感服し、親子共々それより改めて一丸となって同志社を目指す事としました。
事実、冬期講習の追い込み期には朝から終日塾で過ごし、過去問の量も半端ではなく、幾度となく保管用のファイルも買い足しました。途中、疲れで一日休む事もありましたが、入試2日前には「もうやる事ないねん」とサラリと言ってのける頼もしさがありました。
試験当日は緊張する事もなく、諸先生方からの手書きの激励文、特に入江先生からの“オレがそばに居る”のメッセージのもと教わった事が発揮出来たようです。
紆余曲折でしたが、入江塾の門を叩いて正解でした。
親身になって相談に乗って下さり、本音で話せた佐藤先生、ネックの理科の底上げをして下さった八木先生、たった一人の娘のため入試会場まで来て下さった富田先生、そして勉強面、メンタル面でも親子を支えて下さった入江先生、本当にありがとうございました。
この経験をこれからの人生に生かせる様、親子ともども生きていきたいと思います。

 

2012年度 高槻中学校合格 Gくん(桂より通塾)
ぼくは、5年生のときに入江塾に入りました。その時は、バスケットボールをしていました。5年生の時は、バスケットボールも勉強も中途半端でした。でも6年生になると「バスケットボールも勉強もそれぞれ目標を自覚して、その目標に向かって精一杯努力するようにしよう」と思いました。しかし、バスケットボールでも思うようにいかず、心が折れそうになりました。でも、そのバスケットボールで受験勉強に大切な集中力を養うことができ、結果的には受験にとても効果がありました。ぼくは、受験には長い時間が必要かもしれないけれど、時間の使い方やその勉強の中身の濃さも大事だと思います。バスケットボールの目標も勉強の目標も達成できて、ぼくにとって5年生のときよりもすごく充実感のある1年間でした。

 

2012年度 高槻中学校合格 Gくんのお母さん
 今日この合格体験記を書く機会を得たことが本当に夢のようです。今までどこか他人事であった合格体験記です。「今私が書ける、ということは誰にでもそのチャンスがあるんだ」と実感しております。息子は小学校2年生よりミニバスケットボールをしておりました。特に上手な選手でもありませんでしたので「バスケットボールも楽しみたいし、中学も地域の公立以外に行ってみたい・・・」と二刀流のどっちつかずの生活を5年生いっぱいまで続けておりました。この頃のことを本人に聞いてみましたが、勉強したことが全く身に残っていないという状態でした。6年生になりバスケットボールのレギュラーメンバーとして活躍しだすと「京都代表として全国大会に出る」ということがチームと本人の目標になりました。受験生にはびっくりするような目標ですが、入江先生はじめ佐藤先生や他の先生方もバスケットボールと両立する方向で協力と理解をしてくださいました。バスケットボールのトップシーズン中、コーチから受験勉強の制限を受けたときも 先生方のご理解と励ましで乗り切りました。バスケットボールの京都代表として全国大会の切符を得て本気で勉強に取り組んだのはなんと12月25日を過ぎてからでした。それからは、先生方の親身なご指導を親の私もひしひしと感じました。何時間塾にいても嫌がらないのにはびっくりしました。塾で勉強するのがとても楽しいようでした。本日、この吉報を得られたのは、入江先生や他の先生方のおかげと本当に感謝しております。育星舎でお世話になって本当に良かったです。

 

2012年度 京都産業大学附属中学校(学費全額免除)合格 Hさん(二条より通塾)
私が入江塾に通い始めたのは、4年生の頃でした。しかし成績はあまり自慢できるようなものではありませんでした。
 自分の実力が出てきて成績が良くなった時は、もう6年最後の模擬テストでした。目標校は高いので、自分でも「このままでは時間が足りない」と思うようになりました。
 そこで受験一か月前、苦手な作文にこだわらないでレベルは下げずに学費全額免除での合格を目指すことに変更しました。
私はそれをきっかけに、本気で勉強を始めるようになりました。それはもう冬期講習の頃でした。個人指導も以前より多くなり、その度に復習もするようにしました。
 試験当日、私のために八木先生が会場に来て下さり、先生方のメッセージが書かれたメモを読んで、「大丈夫、私はがんばれる!」という気持ちになりました。
 それに、メモに書いてあったように「八木先生が机の上にいる」と思って問題を解き、ただ落ち着くようにと祈りました。
 試験では「算数はできた!」と思いました。
 あとは国語のみ!
 合格したとき、とてもうれしかったです。
 入江先生、佐藤先生、八木先生、本当にありがとうございました。

 

2012年度 京都産業大学附属中学校(学費全額免除)合格 Hさんのお母さん
 親戚から入江塾のことを教えてもらい、4年生の第1回目の体験授業に行きました。娘が入塾の意思を持ちましたので、入江塾にお世話になることにしました。
 4年生のころは、週1回の授業の宿題をやるだけで精一杯。5年生になり、算数の特訓+演習が増えても相変わらずの娘でした。しかし入江塾の方針では、終盤の追い込み型と聞いていたので、不安はあまりありませんでした。
 6年生の12月になり、入試までの時間が少なくなってきた時期に、「苦手な作文力に今から時間をかけても、功を奏するか分かりませんよ。」と入江先生から言われたので、志望校を公立中高一貫校との併願から私立だけにして、それも本番で高得点が必要な学費全額免除を目指して、得意な教科に力を入れました。
 それからの娘は過去問を繰り返し解き、塾で教えてもらったところを帰宅後すぐに復習し、朝も学習するようになりました。
 本人も親も気分的に煮詰まりそうになる受験生活を、「塾に行くことが楽しい」と言って1日も休むことなく通塾し、息抜きに公園に行ったこと、友達のことなど嬉しそうに話してくれる娘を見て、親自身も安心し本当に入江塾に入れて良かったと思いました。
 先生方には、感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。

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2012年度 京都女子中学校(ⅡL)合格 Iさん(松ヶ崎より通塾)
 私が入江塾に入塾したのは、5年生の11月頃でした。6年生の夏まではバレーボールばかりで勉強はほとんどしていませんでした。でも、成績が落ちてくると自分から勉強を少しずつやりようになり、土曜日の授業も積極的に受けるようになりました。6年生の夏までは、塾に行くのが嫌でした。けれど、公園に行ったりしてだんだん塾に行くのが楽しくなってきました。苦手だった理科は齋藤先生に、国語は佐藤先生に個人指導をしてもらいました。国語も理科も最後は点数が上がりました。入江先生、小林先生、西田先生、八木先生、佐藤先生、佐藤駿先生、万波先生、齋藤先生、お世話になりました。

 

2012年度 京都女子中学校(ⅡL)合格 Iさんのお母さん
 入江塾に入ったのは、5年生の11月頃だったと思います。それまでは、遊びとバレーボールに明け暮れる日々。もちろん塾には行っていないし、受験勉強もしていませんでした。そんな娘が受験することになったのは、二つ上の姉と同じ中学に行ってほしいという親の希望からでした。
「バレーボールを頑張りたいから、中学は公立でいい」と受験勉強を嫌がっていた娘を説得し、通塾する条件として「バレーボールを続けながら受験勉強ができる」でした。受験勉強を始めるには遅いのですが、バレーボールと両立させてほしい。「責任が持てない」とはっきり断られた塾もありましたが入江先生は「本人の頑張り次第ですが・・・」と前置きされた上で娘を引き受けてくださいました。
ところがなかなか本人のエンジンがかからず、「このままではダメかも」と不安になり、佐藤先生に相談すると「大丈夫ですよ。私に任せてください」と力強いお返事。何度も勇気づけられました。娘も夏くらいからだんだんと気持ちが変わり始め「京女にいきたい」と言うようになり、進んで塾に行くようになりました。勉強ばかりではなく、おやつを頂いたり公園に遊びに行ったりするのも塾に行く楽しみの一つだったようです。
合格通知を手にし喜ぶ娘の姿を見ることができ、入江先生を始めご指導をいただいた先生方に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

 

2012年度 京都女子(ⅡL)中学校合格 Jさん(百万遍より通塾)
 先生方の励ましと、公園に行ったりする様々な工夫のおかげで、今まで「塾が嫌だ」と思う気持ちがきれいさっぱりなくなりとても楽しく通うことができました。これからは、「勉強はつらい」というだけで断念せずにちゃんと向き合いながら学んでいきたいです。

 

2012年度 京都女子(ⅡL)中学校合格 Jさんのお母さん
 周囲の子が塾に通い出したことに焦りを感じ、育星舎の個別αに入塾したのは娘が5年生の春でした。その後は、中学受験に対して悩む私たちに塾長は「目標は上に持たなければ。下げるのは簡単です。チャレンジしなければ何も始まらない」という言葉で挑戦する勇気をもらい入江塾に入塾したときは、6年生の春になっていました。その後も中学受験に対して曖昧な気持ちのままでしたので模試の成績も上がらず秋には中学受験を半ば諦めていました。しかし面談で、「大丈夫です。今から伸びるんです。子供のやる気はすごいパワーがあるんです。今諦める必要はありません」と優柔不断な気持ちで居た親子に喝を入れていただきました。その後は先生の言われた通り順調に成績も伸びこの調子で・・と勉強の手ごたえを感じていたのですが、冬になり 娘の焦る気持ちからでしょうか、ケアレスミスや今までできていたことまでできなくなり最後の模試の結果もあまりに悪く、受験が目前なこともあり志望校の変更も考え、再度先生に相談しましたが、不安に思う親に対しても「大丈夫です」の力強い言葉で支え続けてくださいました。先生は、生徒の弱点・性格をよく理解し 弱点克服のため根気強い指導や、精神的に弱い娘に対して「大丈夫、できる」という言葉で励まし、力づけてくださいました。また、勉強の休憩時間には公園で遊んだりすることでリフレッシュできたため、「冬休みは毎日塾に行きたい!」と楽しそうに通塾していました。受験当日には、親子ともに大きな支えであった佐藤先生が門の前まで激励に駆けつけてくださり、娘も比較的落ち着いて試験に臨むことができたと思います。無事に終わった今、もう少し早くから親子とも強い気持ちを持って受験という目標に向かっていけばよかったと後悔しております。今があるのは、入江塾の先生方のおかげであり娘がここまで頑張ることができたのは、中学受験という同じ目標に向かう仲間がいたからだと思います。本当にありがとうございました。ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

 

2012年度 龍谷大学付属平安中学校合格 Kくん(桂より通塾)
 僕は、桂教室に5年生の頃から通い始めました。初めの日はとても緊張していて入江先生を前に全く何もできませんでした。最初は志望する中学校は難しいと言われながらも、それから2年間先生に励まされ頑張り、志望校に合格できました。先生方、ありがとうございました。友達と過ごした2年間は僕の思い出です。楽しかったです。これからも頑張ります。

 

2012年度 龍谷大学付属平安中学校合格 Kくんのお母さん
 息子が4年生の12月頃、同じ道場で剣道をしていた先輩が中学受験をすることを知り、自分も受験し中学で剣道をやりたいと言い出しました。全く塾に行ったことがない息子の塾探し。時間のない中出会ったのが入江塾でした。説明会で入江先生の話を彼なりに一生懸命聞き「ぼく、この塾に通う」と言い、ほかの塾を見る事なく入塾しました。受験するには相当頑張らないといけないといわれてのスタート。それでも、日に日に勉強に向かう姿勢が変わり 結局6年生の9月まで剣道、習字は6年生の12月にも空いた日には通い続けていました。「遊ぶ時間をほぼ0にし、勉強を主に塾に通い、空いた時間は息抜きに習い事に行く、そんな日々が楽しい」と言う彼の様子に、本当に入江塾にお世話になってよかったと実感しておりました。受験の後半では他塾に通うお母さん方と塾の話になると「いい塾を見つけたね」とよく言われました。「追い込みの冬期講習に公園で遊んだり、北野天満宮に行った」ことはとても喜んでいました。冬休み最終日に「今年の冬休みは楽しかった」と彼が言ったときには驚きました。また、塾では多くの友達もでき、一緒にお弁当を食べたり勉強を教えてもらったりしたことは、彼の友人観も変えたようです。今では、目標大学を語り今後も前向きに勉強していくとの意志を持つまでに至りました。ご指導いただいた全ての先生方に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。合格証を手に彼は「中学受験してよかった」と言っております。

 

2012年度 大谷(マスター)中学校合格 Lくん(東山より通塾)
ぼくはある大手進学塾に通っていましたが、授業時間が長く、帰りも遅く疲れてしまいました。お母さんに言われ入江塾に入りました。6年生になって学習時間が長くなりましたが、夏期講習や冬期講習で公園に連れて行ってもらって楽しくすごしました。本番でもリラックスして試験を受けることができました。そのおかげで第一志望の中学に合格しました。

 

2012年度 大谷(マスター)中学校合格 Lくんのお母さん
4年生の頃より大手の進学塾にお世話になっておりましたが、授業時間の多さの割に成績が上がらず、体調も崩しがちでしたので、5年生の9月より入江塾のお世話になりました。入江塾に通いだして2~3ヶ月たった頃、息子が「前の塾では、体はしんどかったけど頭は疲れなかった。今の塾は、体は元気だけど頭が疲れる。勉強するってことが大変だとわかった」と話しました。この時に、「塾を変えて良かった」と思いました。
その後、新6年生の保護者会にて入江先生より、受験のための塾の体制や受験に対する先生のお考えを聞き、改めて「こちらの塾に息子の受験の全てをお願いしよう」と強く感じました。(その為に、受験に対する細かい疑問や、勉強のことなどでの細かい事も、よく電話やメールで相談させて頂きました。その都度、丁寧にお答え下さりありがとうございました。)
息子に対しても、彼が頭に入りやすいように色々と工夫して頂いていた様で、本当に感謝しております。いつも、親身になって受験を応援していただきありがとうございました。受験の1ヶ月前、息子は家でも自ら勉強をするようになりました。(人よりは随分遅いのですが・・・)12歳の彼にとって「自ら動く」ことを教えて頂けた事は、大きな財産となると思います。入江塾にお世話になって、勉強だけでなく人間的にも息子は成長したと思います。ありがとうございました。

 

2012年度 立命館守山中学校合格 Mさん(百万遍より通塾)
私は冬休みまで志望校が決まらず、なかなか真剣に受験勉強に取り組むことができませんでした。しかし、立命館守山中学という目標を見つけ、短期間でしたけど本気で勉強に取り組むことができました。入江塾の先生方、ご指導いただきありがとうございました。

 

2012年度 立命館守山中学校合格 Mさんのお母さん
 この度、第一志望であった立命館守山中学校に合格することができました。娘が理科好きで、この学校なら理科の勉強がたくさんできるということで本人が納得して選びました。入江塾北野教室及び出町教室の先生方、いろいろご指導いただきありがとうございました。
 本人が「どこかを受験したい」と希望したため、5年生から入江塾でお世話になりました。「科学の学校でお世話になっていた」こと、また「姉がかつて育星舎でお世話になり、その時から入江先生をはじめとする先生方が保護者の意向を聞き、尊重してくださっていた」こともあり、安心して入江塾にお任せしようと思いました。しかし、本人の希望する学校は特になく、まず志望校選びで迷いました。小学校では比較的活発で言いたいことも言えるようなタイプだと思っていたので、家族が一致して「共学校が合っているだろう」と思っていました。ところが塾での人間関係につまづき、また成長に伴う低血圧のために身体のだるさ、胃腸痛、「朝起きるのがつらい」という症状が出ることがあり、そこに反抗期も加わって、一時は塾も受験もあきらめようかとまで考えました。それ以前にも「塾に行きたくない」ということがたびたびありましたので、もっと早くにじっくり話を聞くべきだったと反省しています。本人と話し合い、先生方とも相談し、特別カリキュラムを受けることになりました。
 志望校は、もしかしたらおとなしい感じの女子校のほうが向いているかもしれないと考え、一から志望校を考え直しました。最終的には年末になってからようやく志望校が決まり、急いで娘と学校に見学に行き、そのうえで受験を決意し、駆け込みで願書を提出しました。第二希望の学校はプレテストを2回受けていたので、落ち着いて試験に取り組めたようです。
 先生方、娘のペースに合わせて見守ってくださり、心よりお礼申し上げます。

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2011年度入試合格実績 計17名(学力選抜なし)

洛星前期1名、函館ラ・サール1名、同志社1名、立命館(後期アドバンスト)、同志社女子(LAコース)1名

京都女子(ⅡLコース)3名、京都産業大学付属2名、東山(エース)1名、大谷(コア・マスター)各1名
常翔啓光学園1名、ノートルダム女学院(特進)1名、花園(学費全額免除)1名、
京都文教(京大医歯薬・国際・総合)各1名(練成)2名、京都光華(スーパープリムラ)1名、土佐塾1名

 

 

2011年度 洛星・立命館(アドバンスト) 各中学合格  A君

ぼくが入江塾に入ったのは6年の8月のはじめでした。かなりおそくからの受験対策でした。「新しく塾に入ってきた自分を、他の人はどう思うか」と怖い気持ちがありましたが、みんなは意外にも最初から仲良くしてくれました。最初思っていた塾のイメージと全然違って、気持的にも楽でした。

ぼくが洛星中学校に合格できたのは、育星舎・入江塾の先生方のおかげです。授業で分からなかったことは、演習中に教えてもらいましたし、個人指導、特に理科では、山本先生や金先生に自分の分からないことなどを分かりやすく教えてもらいました。それに、入江先生の算数特訓。これでぼくの算数の実力はとても上がったと思います。本当に有難うございました。


2011年度 洛星・立命館(アドバンスト) 各中学合格 A君のお母さん

入江塾は「追い込み決着型」の塾である――と入江先生はホームページに書かれていますが、息子はまさしくそのパターンで合格へと導いていただきました。
6年の夏、それまで公立中高一貫校を受験するつもりで何ひとつ私立中学受験の準備をしてこなかった息子が、急きょ私学に行きたいと言いだし、正直「今からでは遅いだろう」と思いながらも入江塾の門をたたきました。(それまで育星舎・個別α北野に所属しておりました。)
夏休みに受けたある大手塾の模試の偏差値は52。中堅クラスの学校も難しいと思われるところからのスタートでした。その2~3ヶ月後、偏差値がぐっと伸び、入江先生から「洛星を目指してみないか」と言われたのです。しかし、姉の受験時にその厳しさを見ていたので、そのような難関校への志望はおそれ多いという気持ちでした。
しかし、先生方の細やかな指導のおかげでその後も成績が上がり、洛星中学挑戦を現実に考えはじめたのが12月。冬休みはまさに追い込みで、朝から夜まで塾でお世話になり、帰宅後も机に向いました。
先生方がとても熱心に教えて下さり、息子が手ごたえを感じているのはわかりましたが、実のところ母である私は洛星中学合格には不安がありました。ところが本人は、その自信はどこから出てくるのかと不思議なほど迷いがなく、「大丈夫!!」と言いきるのです。それはきっと先生方が手ごたえを感じるような指導をして下さったと共に、精神的なサポートをして下さったからだと思います。
こうしてベストな状態で受験日を迎えることができた息子は、半年前、手が届くはずはないと思っていた学校へ通う切符を手に入れました。もしも入江塾でお世話になっていなかったら、こうはいかなかったと思います。
入江塾の良さは「個々への対応と献身的なサポート」と共に、「子供達の仲が良い」というところにあると思います。遅くからの入室でしたのに、初日から他の子供達が受け入れてくれ、今日はお弁当のおかずの交換をしただの、公園で遊んだだの、とても楽しく通う息子を見て、本当にこの塾に入れて良かったと思いました。
――と言うのも、姉の受験時に大手塾へ2年間通わせたのですが、隣は皆ライバル、いじめとまではいかないものの人間関係の悪さを子供から聞いておりました。そしてテストの度に上がり下がりする順位に一喜一憂して少年期を過す娘の姿に悲しいものを感じていたからです。
受験を終えて帰ってきた息子が、同じ学校を受けた友達が受かればいいなぁーと心から願うように言いました。その言葉を聞いた時、仲間意識――心も育てていただいたなあと、良い環境の中で学ばせることのできた幸せをつくづく感じました。
今、先生方に感謝すると共に、塾生の皆さんにも感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。

 

2011年度 同志社中学合格 Bさん
 わたしは5年生の時、大手進学塾に通っていました。5年生の1月くらいに突然両親に
「塾(大手進学塾)を辞めて入江塾に行かないか。」と言われ最初はびっくりしました。2月に入塾して思ったことは、大手進学塾より楽しくできるなということでした。
 入塾してから最初は近くの入江塾の伏見教室に通い、演習や個人指導をしてもらいました。夏休み以降は、北野教室に行く回数が増えていきました。入江塾で特にお世話になったのは、入江先生、山本先生、吉岡先生です。入江先生は算数、山本先生は理科、吉岡先生は国語と社会の個人指導をしてくださいました。入江先生の指導によって、もともと苦手だった速さの問題がわかるようになり、図形も解いた後、「気持ちいい!」と感じるようになりました。個人指導は、わからない所や質問も丁寧に教えて下さったので、だんだん自分の力で解けるようになりました。山本先生の指導では、繰り返し繰り返し基本問題を解き忘れている所の穴埋めをしていきました。吉岡先生とは実際に地図や資料で調べたりして学習しました。最後の追い込みでは算数の過去問をひたすらやり、いつの間にか使っていたファイルに入らなくなるほどの量になっていました。試験当日は、「あれだけやったのだから落ち着いて自信を持って取り組もう。」と思って受けることができました。そして念願の第一志望、同志社に合格することができました。悪かった時はF判定という一番悪い判定がついたこともありましたが、先生たちの熱い指導のおかげで合格することができました。先生方本当にありがとうございました。

 

2011年度 同志社中学合格 Bさんのお母さん

 娘が受験勉強を始めたのは、5年の春でした。近くの大手塾に通い始めました。多くの生徒は4年から始めており、途中入塾というかたちでした。一番簡単なクラスに入り、基本的な勉強からのスタートでした。だんだんクラスが上がっていくにつれ宿題の量が増え、こなすのが難しくなっていきました。見ていると、塾で習ってきた方法で解いているのですが、応用問題になるとうまく解けず無理やりあてはめようとしているのがわかりました。そこで、「どうしてそのやり方で解けるのかわかっているの?わからないと解けないよ。」と声をかけました。すると娘は、「先生がこうすればいいと言っていたから。」の一点張りで、なぜそうなるのかを理解しようとしませんでした。そして、ほかの宿題も多いので理解する時間もありませんでした。このような勉強の仕方でいいのかとの疑問を持ちながらも、今さら塾を替えることなどできないと思いそのままになっていました。
 そんな時、丹波橋に入江塾が開校することとなりました。入江塾のことは、科学の学校に興味を持ちHPで調べたときから知っていました。こんな塾が近くにあればいいのにと思っていましたが遠過ぎて無理だと思っていた塾でした。説明会で入江先生のおっしゃった「受験には良い受験と悪い受験がある。」という言葉を聞き、このままでは「悪い受験」になってしまうと思いました。6年からでは遅すぎるかと思いましたが、「今からでも大丈夫」と入江先生に励まされ入塾を決めました。
娘に対し先生方は、理解できていない所を一つ一つつぶしてしっかりとした土台作りからしてくれました。模試の結果も上がったり下がったりでハラハラドキドキの1年でしたが、先生方は娘の性格や弱点などを見据えた上で辛抱強くご指導していただきました。最後は、「これで落ちても後悔は無い」と思えるほどとことん娘に向き合っていただきました。不思議なことに、娘は毎日塾に通いながらとても楽しそうにみえました。恐らくとても充実した時間を過ごさせていただいたのだと思います。「良い受験」ができていると感じたときでした。おかげさまで、無事同志社に合格することができました。今では娘との会話の端々に成長を感じることが多々あります。この1年は娘にとって精神的にも成長できた1年だったと思います。
入江先生、山本先生、吉岡先生、本当にありがとうございました。

 

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2011年度 同志社女子(LA)・文教(錬成) 各中学合格 Cさん
 私は3年生の12月から、近所の大手塾に入りました。そのころは順調で、先生の話も理解できました。しかし学年が上がっていくと、宿題の量も増え、だんだんと授業のスピードも上がっていきました。宿題や暗記が追いつかなくなったり、新しく入塾してきた学校の友達に追い抜かれたりして、劣等感を感じていました。やる気がなくなり、受験をあきらめかけていた時、友達の紹介で入江塾を知りました。
 初めて佐藤先生と2人で話した時、安心して「こんな塾だったら入ってみたいな」と思いました。つっかえていた物がとれたようでした。
 6年生の10月から入塾し、基礎から確認していきました。追い込みの時期には、入江先生に算数の個人指導をしていただけるようになり、過去問をたくさん解きました。人数の多い大手塾ではできないことをやれたので、とてもプラスになったと思います。
 担任の佐藤先生、理科・社会の個人指導をして下さった八木先生・万波先生、そして何より、算数をずっと見て下さった入江先生、入江塾を紹介してくれた友達。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。これからも、生徒の夢を叶える入江塾でいて下さいね!

 

2011年度 同志社女子(LA)・文教(練成) 各中学合格 Cさんのお母さん
 初めて入江塾の門を叩いた時、娘は問題山積の状態でした。中学受験に対するモチベーションの低下と受験勉強の中断、算数に対する苦手意識、理科・社会の大幅な遅れ等々です。6年生の夏にご相談に伺って、その時期でも受け入れていただけるとわかってひと安心したものの、娘はなかなか重い腰を上げず、入江塾に通い始めたのは6年生の秋も深まってからでした。
 その頃の娘は、極端に自信喪失状態にあり、劣等感から6年生全員で受ける講義の日は休んでしまう事もしばしばでした。そのような娘に対し、入江塾では演習を中心に、個人指導も含めて柔軟に対応して下さいました。入江先生は、「国語の得意な子は伸びますよ。」と娘が唯一国語が得意な事を上げて、力づけて下さいました。
 思えば、3年生の冬に小学校から歩いて行ける大手の進学塾に入れたのは、中学受験を目指すという目的の他に、仕事をしていて帰宅の遅くなる私に代わり、娘の放課後を共に過ごしてくれる、先生や友達を当てにしての事でした。もともと本の大好きな娘は、塾の授業が終わって母親を待つ間、塾の宿題そっちのけで、その大手塾の図書室の蔵書を読みあさっていたようです。3年生4年生のうちはそれでも何とかなっていたものの、学年が進むにつれ、膨大な量の課題が常に未消化のまま溜まってゆき、焦りばかりが先にたち、達成感の得られない毎日が続いていたように思います。
 5年生の時にオープンスクールに参加して、志望校として同志社女子中を考え始めていましたが、入江塾で受験勉強を再開して間もなく受けた五ツ木駸々堂模試の結果を見て愕然とした私は、同志社女子中は断念せざるを得ないと思い込んでしまいました。
一方娘は次の模試で、安全策として新たに選んだ志望校の合格可能性判定が思いのほか良かった事で、自信をつけるどころか、妙にやる気をなくしてしまったように見えました。
父親の勧めと大学生の姉の「両方受けられるなら両方受ければいいやん」の言葉で、私はハッとしました。 挑戦できるチャンスがあるのにそれを奪っていたのは、母親の単なる思い込みかもしれない、と。
 佐藤先生にお会いして「同女を受けさせてみます」と宣言した時、先生の表情が大きく変わったのをよく覚えています。その後は、12月下旬から入試前日までのほぼ毎日入江塾に通い、時間の長い日は昼と夜の二つのお弁当を持って行きました。 この、冬期講習から直前特訓までの長い勉強時間で、入江塾の友達とりわけ女子の友達との距離が急速に縮まり、娘はようやく入江塾が自分の居場所だと実感できるようになり、塾に行くのが楽しくなったようです。入江先生のご指導で算数の過去問題を沢山解いたことで、算数の実戦力も徐々に付いていったように思います。
入試当日は大手塾が円陣を組んでいるのは気にせず、娘一人だけの為に応援に来てくださった万波先生から、先生方からのメッセージをいただき、あがることもなく、リラックスして持てる力を出しきる事ができました。
 娘を失意の底から引き上げて、当初の志望校である同志社女子中合格を達成させてくださった入江塾の先生方、とりわけ、娘の問題点をよく理解して、その都度対応策を考えてくださった佐藤先生、大晦日元日にも算数を付きっきりで見てくださった入江先生に心から感謝申し上げます。もう少し早く入江塾を知っていたら、もっと充実した受験生活が送れたのに、というのが唯一悔やまれます。そして、入江塾を紹介してくださった娘の友達のお母様にも感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

 

2011年度 京都女子(ⅡL)・文教(京大医歯薬) 各中学合格 Dさん
 入塾当初、分数もわからず授業にもついていけなかった私が、ある中学入試の面接で得意科目を聞かれた時、胸を張って「算数です」と答えられたのは夢のようです。私は苦手な科目から逃げてしまう傾向がありました。だけど入江塾の先生は、ぬけ落ちてしまっていた単元のプリントなどを用意して埋めてくださったり、はげまして少しずつ取り組めるようにしてくださいました。その結果、受験直前には自分から苦手なものにも取り組むことができるようになりました。なにより志望校が同じ友達と、中学に行ったら「あんなクラブに入りたいね」とか夢を語りあいながらがんばれたことが力になったと思います。なかなか成績が上がらず、秋に一度受験勉強がいやになった時も「やっぱり彼女たちと京女へ行きたい」と思って乗り越えることができました。今年の1月1日に学問の神様の北野天満宮にみんなでお参りに行ったのが一番思い出深いお楽しみでした。京女の対策コースでお世話になった佐藤先生をはじめ、入江先生、八木先生などの先生方、1年半ありがとうございました。

 

2011年度 京都女子(ⅡL)・文教(京大医歯薬) 各中学合格 Dさんのお母さん
 娘が中学の部活でバトンをやりたいから受験がしたいと言い出したのが5年生の6月末。ゆとり教育で分数すら知らない状態で、2月スタートの受験体制からも半年遅れの塾探しでした。それでもまだ親の私が受験へ頭を切り替えられず、さらに「大手塾に通わせようか」と戸惑っていた時に「うちは後半追い込み型。習い事や部活なども本人が納得するまで両立してもらってかまいません。」という入江先生の一言で入塾を決意しました。その言葉どおり6年生の10月まではバトンを続けながら、土曜日の集中授業と週2回の演習、その時間内に遅れている教科の個人指導を織り交ぜながら、ゆっくりと基礎力をつけることができ、小学校生活全体を充実させることができました。
 受験への疲れが出てきたかと思っていましたが、11月頃から徐々に演習へ行く日を増やし、塾で過ごす時間が増えてくると、顔つきから目に見えて変化。比例するように学力も急激に上昇。何でも8分目で満足してしまうタイプの娘が、冬休み最後の自由選択演習の日には、朝から最終まで12時間演習に挑戦してみたいと自分から言い出すまでになりました。3~4時間の演習の日でも疲労困憊して帰ってきた娘からは想像もできませんでした。塾での集中の度合いが見て取れる中、毎日、塾の先生や友達とこんな話をしたとか、休憩時間に公園に連れて行ってもらったとか、入江先生に同志社女子中学入試の図形問題を1番に解いた人にお菓子をくれるといわれてGetしてきたとか、楽しい話題ばかり。直前まで子供たちの気持ちを上手に盛り上げていただいているのが手に取るようにわかり安心できました。また、ケアレスミスが多くなかなか成績に結びつかない娘に焦る私を「子供自身が心底から悔しいと感じて初めて変わるものだから大丈夫」と励まし支え続けてくださった佐藤先生の存在は本当に大きなものでした。塾の損得勘定を押し付けず、親子ともに納得し、選択するのを待って進ませていただけた入江塾だったからこそ今があると、しみじみ感じています。

 

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2011年度 京都女子(ⅡL)・光華(スーパープリムラ) 各中学合格 Eさん
 私が入江塾に入塾したのは、5年生の春の時。知人の紹介でした。
私は最初算数の出来も偏差値も良くはありませんでした。最初に入江先生が個人指導を一生懸命してくださり、次に佐藤先生や八木先生が熱い指導をしてくださいました。そして少しずつ偏差値も上がっていきました。
 色々なとまどいもありましたが、入江塾の先生は優しい方ばかりで、本当に入江塾に入って良かったです。先生方はただ必死に怒っているのではなく「生徒の可能性」を大切にし、優しく心配りをしてくださっていることが理解できました。そして楽しみながら塾に通える、というのが入江塾ならではの魅力でした。さらに大切な親友もできて本当に幸せです。
 ちなみに、私は入学試験の前にお腹の調子が悪かったこともあって、少し泣いてしまいました。でも、佐藤先生が応援に来てくださって、その際にいただいた入江先生の似顔絵付き消しゴムや、おかしですごく元気になりました。特にその中でも本当にうれしく、元気パワーがでたのが、一人一人の先生による手書きの一言メッセージ。本当に励ましになるお言葉をいただきました。そのカードや母の手紙を胸に、最後まで何とか諦めずに頑張りました。
 最後になりましたが、入江先生を始めとする入江塾の先生方、本当にありがとうございました。

 

2011年度 京都女子(ⅡL)・光華(スーパープリムラ) 各中学合格 Eさんのお母さん
 私どもが入江塾に御縁をいただきましたのは、娘が小学校5年生になる少し前でした。
 大学附属の小学校に通学しておりましたので、のびのびと成長して上に上がってくれれば良いと思っておりました。しかしある時、周りの友人に感化されてか「どうしても受験したい!」と言い出し、最初は驚きましたが、本人の意志も非常に強固であったので、方針転換せざるをえませんでした。
 もちろんいわゆる大手の塾も見学に参りましたが、たかが中学受験如きでハチマキを巻いて必死になっている子供たちのビデオを見せられた時には嫌悪感すら感じてしまい、さて困ったものだ・・・と思っていたところ、知人に「人間教育もしてくださる入江塾」を紹介され通わせていただくことになったのです。
 穏やかなムード、毎日授業があるわけでもない様子に、正直最初はとまどいもありましたが、入江先生や佐藤先生、八木先生、諸先生方の素晴らしいご指導のお陰で、どんどん本人のモチベーションが上がっていき、「自ら進んで今やるべきことに取り組むことが出来る子供」へと成長しました。
 自分から勉強する・・・なかなか小さな娘にとって容易なことではありませんでしたが、入江塾に通わせて頂いて、それが自然に身についたようです。
 結果第一志望校に合格させていただきましたが、まだまだこの先もお世話になりたいと娘共々希望しております。
 本当にありがとうございました。

 

2011年度 京都女子(ⅡL)・文教(練成) 各中学合格 Fさん
私は幼い頃からマナ英才学院に通いました。その頃に出会ったのが佐藤先生や梅田先生でした。
入江塾に入っても佐藤先生はとても熱心に私のことを指導してくださいました。
私は、算数や理科が得意ではありませんでした。
テンションが上がらずに何度も投げだしそうになってしまいました。
その時に助けてくれたのが、佐藤先生や八木先生、斉藤先生や諸先生方でした。
先生方の熱い指導やはげましのおかげで、力もついてきました。
また、「友達と第一志望を目指しはげまし合い、そのおかげで京女に合格することができた」と思っています。
最後まで心配させてしまった佐藤先生や諸先生方、迷惑をかけてごめんなさい。そして、ありがとうございました。

 

2011年度 京都女子(ⅡL)・文教(練成) 各中学合格 Fさんのお母さん
 娘は、最後まで先生方をハラハラさせてしまいました…
先生方に「おめでとうございます。本当に良かった!」と言葉をかけて頂いて、「これは夢ではなく現実なんだ。娘が希望していた京都女子中学校へ合格することができたんだ!」と、心の底から実感しました。
 幼稚園の頃から出町教室のマナ英才学院に通っておりました。小学校の学年も上がり、佐藤先生から、入江塾へ進まないかと声をかけて頂きました。うちの娘で大丈夫だろうかという不安がありましたが、「娘の通いたい中学校へ合格させましょう!」と先生から言って頂き、入江塾でお世話になることを決心しました。娘は自ら計画を立てて勉強をすすめていくタイプではありませんでした。娘の学習姿勢を見ていて、家で娘と何度バトルをしたことか… どうにもならない時、佐藤先生に相談しては、結局愚痴状態となっていました。それでも先生は、親身になって話を聞いて下さり、「大丈夫ですよお母さん、塾の方でも本人の様子を見ながら指導していきます。」と、いつも力強い言葉をかけて頂きました。本当に感謝しております。そして、塾でできたお友達は娘にとって大切な宝物となりました。お友達の「一緒に同じ中学へ行こう!絶対合格しよう!」この言葉にとても励まされたようでした。
 娘は、決して優等生ではなかったと思います。先生方の手を焼かせた生徒だったと思います。それでも最後の最後まで「京都女子中学に合格する」というあきらめない本人の強い気持ちは、傍で感じました。
 入江先生をはじめ、理科の個人指導でお世話になった斉藤先生、入江塾の諸先生方、マナでお世話になった梅田先生、そして最後の最後まであきらめずに娘のために合格まで導いて下さった佐藤先生、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
 

2011年度 京都産業大学附属・大谷(コア) 各中学合格 Gくん (マナ英才学院出身)
 ぼくは、桂学舎に3年生のころから通い始めました。最初の日はとても緊張したけれど先生が何度もやさしい言葉をかけてくれたのでとても嬉しかったことを今でもよく覚えています。5年生になっても6年生になってもなかなか受験に対して真剣に勉強していませんでした。でもそれではどこも受からないと気付かせてくれたのは入江先生でした。志望校に合格できたのも先生方の支えがあったからだと思います。本当にありがとうございました。

 

2011年度 京都産業大学附属・大谷(コア) 各中学合格 Gくんのお母さん
 育星舎へは、桂学舎のマナ英才学院に3年生に通い入江塾へ入塾させていただきました。
2つ上の兄の中学受験を見て育った息子は、受験が大変なことも知っていたと思います。なので、私たち親からは、決して受験することを息子には勧めませんでした。どちらかといえば、受験しないように息子を仕向けていたと思います。けれども、本人は「がんばるから受験したい」と言い出しました。
 しかし、口で言う事は簡単で、行動する事は難しいようでした。6年生になっても、相変わらず勉強してるふりをする事が多く、受験に対して甘い考えを持った息子に何度叱咤激励した事か…。そんな息子でも、先生方は見捨てず親身にご指導して頂きました。受験直前、あと2日で統一入試日という日までにサブテキストを終わらせる事ができ、本人も自信がついた様でした。このように最後まで頑張れる子に育ててくださったのは、先生方だと思います。
 塾へ通う事がとても楽しい時間だったようです。特に休憩時間に公園へ行ける事をとても喜んでいました。勉強するために通っている塾ですが、何事も楽しくなければ続かないと思います。その点でも入江塾に通わせてよかったと思っています。
 最後に入江先生はじめ「桂の母」岩田先生(マナの頃から指導して頂いておりました)には、本当にお世話になりました。感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。

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2011年度 大谷中学(マスター)合格 Hくん (マナ英才学院出身)
 学校の宿題と塾の宿題、ほかの習い事があり、大変だったけど、塾でたくさんの友達に出会えたことでそれを乗り切ることができました。みんなががんばっている姿を見て、「僕もがんばろう」と思って塾に通いました。
 6年の冬期講習には、休み時間に公園に行ったり、北野天満宮に合格祈願に行ったりして、楽しく過ごせました。そして無事、合格することができてよかったです。

 

2011年度 大谷中学(マスター)合格 Hくんのお母さん
 息子を、私立の中学校に入れたいという私の希望で入塾させました。そのため、息子には全くやる気がなく、ただ塾に通っているという状態でした。途中で受験を諦めようと思いましたが、入江先生をはじめ先生方が、親身になって考えて下さいました。そのおかげで志望校も決まり、入試日までがんばる事ができました。
入試当日には、先生方からの温かいメッセージに励まされ、リラックスした状態で受験することができました。仕事が忙しく、塾に任せきりだった事を反省しながら、いま合格まで導いて下さった先生方に感謝しております。ありがとうございました。

 

2011年度 大谷中学(コア)合格 Iくん
 ぼくは、勉強が嫌いでした。でもどうしても行きたい中学があったので、6年になってからほぼ毎日塾で一生懸命勉強しました。夏休みも冬休みもほとんど休まず頑張りました。すると、偏差値も少しずつ上がってきて、これならやれると思うようになりました。そして志望の中学に合格することができました。今になってぼくは思います。一番大切な事はあきらめずに一生懸命に頑張る強い心を持つ事だということを。

 

2011年度 大谷中学(コア)合格 Iくんのお母さん
 息子は最初大手の塾に通っておりましたが、全く成績が上がりませんでした。大手の塾は講師の先生の異動が多く、個人の時間をお願いしても大学生のアルバイトのような方しか担当して頂けないため、もともと自学自習の困難な息子には向いていなかったのかもしれません。そんな時、卒業生の保護者の方にご紹介いただき、入江塾にお世話になることにいたしました。
 5年生の1月からは、さすがに本人も危機感が生まれたのか、月~土まで毎日塾に通い先生方の叱咤激励を受けながら本人なりに努力していたようです。両親がフルタイムで仕事をしているため、自学自習できない息子に手を焼いていましたが、受験勉強を全面的に入江塾にお願いすることで、親は精神的に助かりました。入江塾の魅力は、講師の先生方が子供をよく把握し、受験当日まで 親が子供を見るような細やかさで精神的にも受験生に寄り添って頂けるところだと思います。
 おかげさまで子どもは、当初無理だといわれていた志望校にも合格させていただき、先生方には大変感謝しております。本当にありがとうございました。

 

2011年度 常翔啓光学園中学(進学) 合格 Jくん
 受験前日の夜は全然眠れなかった。そして当日。わざわざ来てくれた斉藤先生。ぼくは寒いだろうと思って母といっしょに自動販売機でコーンポタージュスープを買った。そのときは試験のことで頭がいっぱいでドキドキしていて何もしゃべられなかった。先生から袋をいただいた。中身はメッセージカード、カイロ、チョコレート、最後は入江先生の絵が入った消しゴムだった。消しゴムをさっそく使った。
 テスト後は合格すると確信していた。入試が終わってお母さんに「苦手な国語ができた」と報告した。ぼくが合格したのは、国語の点数が良かったからだと思う。

 

2011年度 常翔啓光学園中学(進学)合格 Jくんのお母さん
 「彼はものすごく繊細ですから、機嫌を良くさせて下さい。」と入江先生からお願いされました。その言葉は私の心に深く染み込みました。といいますのも、息子は家では口が達者で自分の物差しを持っており、容易に私には歩み寄らず、自分が納得しなければ譲らないところがあります。私の前では強引さを見せていますが、塾では私の知らない弱い一面を出しているのを知り、大変驚きました。その親には見えなかったガラスの様な脆さのある心を見抜いて下さったのが、入江先生、佐藤先生など塾の先生方です。その塾の先生方はいつも笑顔で接して下さり、常に希望を抱き続けるように最後まで指導して下さいました。息子は言うに及ばず、母親のこの私にまでです。受験当日に渡して頂いた、見かけは小さいですが中身の一杯詰まったプレゼント。魅了したのは、男前に描かれた入江先生の似顔絵の消しゴム。筆記用具に変身して、本番まで一緒にいて下さる強い味方です。そして先生方がお一人お一人書いて下さった「一言集」。しかも直筆です。筆頭は入江先生、そして黒色、青色や緑色のペンで書かれた沢山の先生方からの「見守っているよ!」という内容のお言葉集でした。本人はもとより、私の方が感激してしまい、胸にジーンと熱いものがこみ上げてきました。先生方の心の温かさがいっぱい詰まった大きな大きなプレゼントでした。
 これからも親子共々、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
 

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2010年度入試合格実績 計15名

 

洛星前期2名、東大寺学園1名、東山(ユリーカ)2名、立命館(前期・後期)各1名、花園(Sコース)1名、橘1名、光華(スーパープリムラ・ライラック)各1名、聖母学院(特進B)1名、京都学園(特進・進学コース)各1名、土佐塾2名、ノートルダム女学院(特進・標準)各1名、立命館宇治1名、洛北附属1名、早稲田摂陵1名

 

 

2010年度洛星・東山(ユリーカ)合格  A君(マナ英才学院出身・科学の学校在籍)のお母さん

育星舎には、2年生から科学の学校、マナ英才学院でお世話になりはじめ、マナ英才学院を終えた後、姪がお世話になったこともあり、入江塾へ入塾させていただきました。
私学の小学校に通わせているため、既に学校のお友達が大手進学塾へ通われている話なども聞いており、正直それらの説明会に参加したこともあります。しかし、そこでは「成績順にクラスを分け、席順もそれに従う」、「難関校を受験するには対策クラスに在籍する」などということが当然とされておりました。息子はあまり丈夫な方ではなくプレッシャーに強いといえるタイプでもなかったので、入江塾の「競争原理を利用しない」「学力選抜は行なわない」という方針がとても嬉しく入塾を決めさせていただきました。
入塾後、体調を崩した際にもなにかと考慮して下さり、息子自身とても居心地がよかったようで学校を休んでいても「塾には行きたい」と言っておりました。また、6年生最後の追い込みの時期には、入江先生、K先生を始め諸先生方に学習面はもちろんのこと、精神面でも(ネガティブになりがちな私達親子をポジティブに)親子共々親身に支えていただき、無事念願の志望校に合格することができました。
この受験を通して息子は精神的にも体力的にも一回り成長したように感じます。これも先生方のお蔭と感謝しております。本当にありがとうございました。

 

2010年洛星・東山(ユリーカ)合格  A君(マナ英才学院出身・科学の学校在籍)

僕は小学1年生の頃から、「洛星中学校に入学しよう」と思っていました。そこで、まず2年生から育星舎のマナ英才学院に入り、佐藤先生にお世話になりました。その後入江塾に入りましたが、週1回の授業のみで個別演習は長期休暇の時以外には6年生になるまでとりませんでした。6年生になって、個別演習をとるようになり、さらに入江先生から直々に個人指導をしていただけるようになりました。大手塾に通っている学校の友達に聞いていたような競争型の学習ではなく、むしろ友達と「一緒に洛星に行こう」というような考え方ができる環境でした。そして風邪などをひきやすく、あまり体が強い方ではない僕に合ったカリキュラムも立てて下さいました。また、大手塾に行きながら入江先生の算数ゼミを受け洛星を目指していた友達と「洛星G(グループ)」をつくってもらい、洛星専用の学習もしました。最後の追い込みの時期には、休塾日でも入江先生は僕の個人指導のために時間をさいてくださいました。そのおかげで洛星に合格することができました。本当に有難うございました。

 

2010年度立命館合格  B君のお父さん

小学校4年生から入江塾に通い始めましたが、当初は息子は中学校受験についてはまだ漠然としかとらえきれていず、明確な目標も持ち切れていませんでした。ただその中で徐々に勉強の習慣が身についていき、先生方の的確なご指導のもと従来理解し得なかったことも理解できるようになる中で、「受験」ということが自分の意識のなかに芽生えていき、模擬試験の結果などをふまえて自信もうまれてきたように思います。
志望校の選定については、本人もさることながら我々親も最後まで悩み、迷いましたが、最終的には本人と親の思いも一致する中で、K先生の助言や入江先生の強化指導をお受けして、最終合格に至ることができました。
今回の受験にあたり、ご尽力いただきました塾の先生方に感謝申し上げるとともに、これからの中学校生活が本人にとって充実したものになることを、今は願ってやみません。

 

2010年度立命館合格  B君
僕は小学校の4年生から入江塾に通いました。その時は水泳を週2回と学校の部活のバスケットボールを週2回習っていました。それらを休みたくなかったので、塾の勉強とスポーツの両方をしてきました。途中で「きついなぁ。」と思うこともありましたが、入試までスポーツをやめることなく続けてきたので、勉強も頑張れたのだと思います。
そして、入江先生やK先生に算数や国語を個別で教えてもらい、応用問題も少しずつ解けるようになり、自信をつけて、この3年間頑張ってこれました。
今回、先生達のはげましもあり、無事志望校に合格することが出来て嬉しく思います。今は新しい中学校生活が待ち遠しいです。
本当にありがとうございました。

 

2010年聖母学院(特進B)・光華(プリムラライラック)各中学合格  Cさんのお母さん
入江塾には、5年の11月よりお世話になりました。それまでは大手の塾に行ってましたが、宿題ばかりが多く空回り状態でした。
入江塾には姉もお世話になっていたので、先生方をよく知っていました。ですから安心して通わせました。ただこの娘には、大変苦労しました。集中力とやる気がなかなか続かず、模試の成績は伸びず、どうなることかと思いました。12月からやっとやる気も出てきて、志望校の過去問を何度も繰り返しました。この間K先生には何度も相談し、この娘独自のカリキュラムを作っていただき、諸先生方にも大変お世話になりました。
受験前は不安でしたがいつも励まして頂き、そして今、嬉しい合格を手に入れる事ができました。本当にありがとうございました。

 

2010年聖母学院(特進B)・光華(プリムラライラック)各中学合格  Cさん
私は、5年生の秋ぐらいから入江塾に通いはじめました。入ったときは、わからない問題がたくさんあって試験に受かるかどうか心配でした。けれど、先生方に個人指導で教えていただき、徐々にわからない問題も減っていきました。
入学試験当日は少し緊張していたけれど先生が応援にかけつけてくれて、よりがんばろうという気持ちになれました。
結果発表の時はドキドキしたけれど、合格のしらせを聞いた時は本当に嬉しかったです。
今まで教えていただいた先生方、本当にありがとうございました。

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立命館宇治中学 合格 Dさん
 私は4年生から育星舎に通い始め、5年生の時には立命館宇治中学校に志望校を決めていました。英語に興味があり、将来はそれを活かせる仕事に就きたいと思っていたからです。しかし、私は2年生からミニバスケットボールチームに入っていて、全国大会に出場するという目標がありました。今年の全国大会出場をかけた大会の決勝は1月10日、受験日の一週間前です。ミニバスケットボールと受験のかけ持ちがどれだけ難しいかは、兄を見ていてよくわかっていました。なので私は、なんとしてでも自己推薦の資格を取り、冬はバスケットに専念できるようにしようと決心しました。
ところが、自己推薦の基準は私にとって、簡単なものではありませんでした。まずは、小学校の通知表の評価。それに加え、模試の偏差値に漢検。漢検は母と一緒に勉強し、5・4・3級と10ヶ月で取得しました。ユニフォーム姿で模試を受け、終わるやいなや試合会場へ向かうということが何度もありました。「なんでこんなにしんどい思いをしなあかんのかな。」と思ったこともありました。でも、あきらめずにコツコツと続けていくと、目の前に立ちはだかる壁を少しずつ登ることができました。「高く遠い」と思った自己推薦の資格を、自分の頑張りとまわりの人達の協力で手に入れました。
「誰でもやろうと決めて最後まで頑張れば、必ず夢にとどく」と思うので、皆さんも、夢に向かって突き進んで下さい。


立命館宇治中学 合格 Dさんのお母さん
 育星舎には、兄妹ともで足掛け5年お世話になりました。中学受験は子どもたちの意志で始め、志望校を選んだ基準も、兄は「自由でおもしろい事ができそうだから」、妹は「英語が存分に学べ、色々な人との出会いがありそうだから」とそれぞれでした。兄妹ともバスケットボールをしており、週四日の練習に加え、二ヶ月に一度は府外へ泊まりで遠征があるというチームに所属していたため、まずは日程的に受け入れて下さる塾探しからのスタートでした。
 入江塾の先生方は、私共の考えを理解し、あらゆる面でできる限り要望に応じサポートして下さいました。自宅は西京区ですので、基本的には桂教室にお世話になりながら、六年生からは北野教室にも通いました。バスケットの練習で取れない授業分は、振り替えや特別にメニューを組んで下さいました。もちろん、そこまでして下さる先生方に応えるために、私たち親子も精一杯真剣に取り組みました。
 我が家のような中学受験は特異なケースだと思います。大手塾や地元の小さな塾でも、それぞれに利点があることも経験として実感しています。ですが、私たち親子にとって、偶然新聞チラシで知った入江塾との出逢いは、とてもとても大きなものでした(主人は今でも入江塾を見つけた事をほめてくれます)。兄妹とも、たくさんの愛情をいただきました。受験勉強で強く大きくなってくれました。心から応援してくださった事、本当に感謝しております。ありがとうございました。

 

橘・花園(Sコース)各中学 合格 Eくん
僕は小6からこの育星舎に入りました。入塾が遅かったのでなかなか授業についていけませんでしたが、先生が励ましてくれたので頑張りました。おかげで志望校に入ることができました。最後まで指導してくださった先生方、本当にありがとうございました。


橘・花園(Sコース)各中学 合格 Eくんのお母さん
 中学受験をすると決めたのは、6年生になる直前でした。ついていけるかと心配でしたが(実際、算数は大変でした)演習や個別指導で少しずつ進んでいくことができました。また、私の疑問や不安にも的確にアドバイスしていただき、試験当日は、「自信を持って取り組もう」と送り出すことができました。2つの学校の合格は本人にとって大きな自信となったことと思います。
 終わってみると、大変だった思いよりも、よい経験ができたという気持のほうが強く、こういう思いで受験できたのも、先生方の支えがあってこそだと思います。
 本当にありがとうございました。

 

ノートルダム女学院 合格 Fさん
 私にとっての入江塾の良さは何だったのかを考えてみました。

1、自分の勉強のペースに合わせて教えてもらえました。

2、国語の読解は苦手だったのですが、特にその対策をしていただきました。

3、くり返し計算練習をさせてもらったので、正確さが増してきました。

4、先生が私の学力の問題点を理解してくださっていました。例えば私の苦手な部分を見つけてプリントを渡してくれたり、テストの範囲に合わせて問題をつくってくれたので、何をしたらいいか迷わなくてとても感謝しています。

 合格できてほっとしました。先生方ありがとうございました。


ノートルダム女学院 合格 Fさんのお母さん
 塾と学校の勉強との両立に悩んでいた時、知人に紹介していただき、6年生より入江塾にお世話になりました。それまで通っていた塾と、6年生で習う単元で抜け落ちた部分のフォローや、学校のテスト対策、受験準備等、マイペースな娘を根気強く見守りながらご指導いただきました。
 入試前には、塾に行きたいと言うので毎日お世話になり、精神面でも支えていただきました。
 おかげさまで無事合格できました。先生方、本当にありがとうございました。


早稲田摂陵中学 合格 Gくん
 塾をかわったのは、6年生の10月でした。最初は塾になじめるのか、とても心配でした。でも、同じ学校の友達がいたせいもあり、すぐにみんなと友達になることができました。前の塾は行きたくない日が多かったけど、育星舎は楽しく、通うことがいやだと思ったことがありませんでした。僕は作文が苦手で受験の作文をどうしようかと思っていました。入江塾の先生は作文の書き方を何度も何度も丁寧に教えて下さいました。おかげで、当日の課題は練習していたものとは少し違っていたけれども、決められた字数を書くことができました。作文の応用力がついたのも先生方のおかげです。中学に入学しても頑張ります。ありがとうございました。


早稲田摂陵中学 合格 Gくんのお母さん
 6年生の10月に大手進学塾から入江塾に転塾してきました。大手では、授業の速さと宿題の多さについていくことが出来ずに勉強が嫌いになりかけていたのです。最初はこんな時期だし、今から転塾してついていけるか、他のお子さんとなじめるのか、などとても心配でした。しかし、塾全体がとてもアットホームな雰囲気であったことや、前の塾のテキストを使っての演習を許してくださったことなどから、見る見るうちに入江塾に馴染んでいきました。小学校内での推薦を決める試験の前は、過去の問題を丁寧に分析してくださり、しっかりと教えてくださいました。受験当日は作文だけでしたので、推薦が決まってからの一カ月は徹底的に作文の書き方を指導していただきました。文章を書くことが苦手な息子が作文を書き上げられたのは先生方の指導のおかげだと大変感謝いたしております。おかげさまで中学のクラス分けでは上位のクラスになりました。本当にありがとうございました。

 

ノートルダム女学院(特進コース)合格 Hさん(マナ英才学院出身)のお母さん
 うちの子供は、小学校低学年のマナ英才学院から育星舎にお世話になりました。算数が特に苦手だったのですが、佐藤先生に個人指導で丁寧に見て頂いたおかげで克服でき、とても感謝しています。
 受験勉強では、暗記ものの社会などが後回しになってしまったので、もう少し計画的に進めればよかったかと思う部分は反省点です。
 内部進学だったのですが、最終的には特進のクラスに合格することができて、本当に佐藤先生には感謝してもしきれません。ありがとうございました。
 

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合格実績(2005年度~2009年度入試の合格実績) 計100名

 

洛星10名、洛南附属1名、同志社6名、同志社女子6名、立命館6名、立命館宇治6名、立命館守山2名、東山13名、京都女子7名、大谷15名、京都産業大附属8名、平安6名、平安女学院1名、聖母学院2名、ノートルダム女学院3名、花園4名、京都文教1名、京都学園5名、高槻2名、金蘭千里1名、関西大第一1名、大阪薫英2名、大阪清凌1名、開明1名、帝塚山2名、東海大附属仰星2名、奈良育英1名、土佐塾8名、京都教育大附属7名、洛北高校附属3名、西京高校附属3名

 

 

2009年度洛星・東山(ユリーカ)・土佐塾各中学 合格  D君(マナ英才学院出身・科学の学校在籍)のお父さん

1年生のときから、マナ英才学院と科学の学校でお世話になり、6年間のご指導を得て、このたび、志望校に合格させて頂きました。きっかけは、科学の学校での子どもの興味をそそる実験のテレビ放送で、勉強を楽しいと思わせてくれる教育に「ここだ!」と思ったことです。でも、正直に言えば、受験がこんなに大変だとは思っていませんでした。高校や大学の受験と違って「合格したい」という気持ちと「勉強しなきゃ」という気持ちが連動していないのですね。「合格したい、勉強はしたくない」が両立してしまうのが小学生。「合格したければ、勉強しろ!」という妻の声に「だったら、受験をやめる」とあっさり返す息子。文字通り「宥め、賺す」毎日でした。もっとも、苦労していたのは妻で、父親は「なるようになるさ」という態度。妻は、2人の子どもの面倒をみているようでした。
でも、受験1年前に、入江先生に本気で受験させるのかどうか覚悟を聞かれ、これで慌てて、時々ですが、算数の勉強に付き合い、理科や社会の自主勉を手伝い、志望校の学園祭を見学させ、少しは中学受験生の親らしいこともしたかと思います。そうこうするうちに、久しぶりに算数の問題に付き合ったら、いつの間にか、父親より計算が速くなっていました。社会や理科の知識も増えていて、漢字なんか親の知らない字を知っていたり。やはり、毎日の蓄積というのは、たいしたものだと思います。
そんな息子でも、受験当日は、不安と緊張でいっぱいでした。でも、両親は心配そうな顔をせずに「普通にやれば受かるから」と送り出しました。本人が自ら希望した入江塾の先生方の寄せ書き鉢巻も力になったようで、試験開始後は落ち着いて取り組めたようです。
1年前には諦めかけていた志望校合格を手にした今、先生方には心より感謝申し上げます。

 

2009年度同志社・東山(エース)・京産大附属各中学 合格  B君のお母さん

 「今までありがとうございました。」志望校に合格した日の家族への息子の言葉。こんなことが言えるようになったのか…。
5年生になる前、自分から中学受験をしたいと言ってきた彼。とはいえ、学校大好き、お友達大好きの彼は演習に行くと決めている日でさえも少しの時間を見つけては遊んでいるようでした。そんな彼も6年生になる頃には覚悟が決まったのか毎日通うようになりました。時間数を取っている割には思うように伸びない時期もありましたが、それでも楽しそうに出かけていき、スッキリした顔で帰ってきていました。模擬テストなどに出ていた実験を「ほんとにそうなるのかやってみたい。」と目を輝かせて帰ってくるというようなこともありました。
勉強が楽しいと感じてくれるのはうれしいことでしたが、「緊張感、切迫感が足りないのでは、」と言われたこともありましたし、親としてもそんな風に感じたときもありました。でも、その雰囲気も彼の個性だと認めて接していただいたことが彼なりのペースでやり続けることにプラスになったのではと思っています。
そして、試験当日。さすがに緊張しているようでしたが、会場前で教室の仲間(同志?)と先生の姿を見るなりリラックスした様子。試験を終えて出てきたときは「お母さん、算数が一番できた!」と。実は、算数は今まであまりいい成績を残してこなかったのですが、試験前に1週間、入江先生についていただいて算数をやりこんだそうなのです。最後の最後、不安だったところをやりこんだことが当日の自信に知らず知らずのうちにつながったのかもしれないと今になって思います。
受験勉強を辛いものではなく、しんどいけれどやりがいのあるものにしてくださった温かみのあるプロフェッショナルの技とまなざしは親としても学びたいものでした。最後までがんばれたのは、先生方、一緒に学んだ仲間(やっぱり同志!)の存在が大きかったと思います。有難うございました。

 

2009年度高槻(前期)・大谷・京産大付属各中学 合格  E君

僕は5年生のときからこの入江塾に入りました。けれども、真面目に勉強をし始めたのは6年生の難関校対策に入り始めた頃からです。それまでは、受験を意識した勉強を全くせず、宿題をやっていればいいと思って通っていました。冬期講習が始まり入試までの時間が限られてくると急に焦りだしている自分に気がつきました。それでも、入江先生や黒田先生のしてくださる個別授業はすごく面白く「受験」という意識よりは勉強することを毎日楽しんでいました。でも、そうしているうちに今まででわからなかった問題が急にわかるようになったり、赤本でも良い点を出すことができるようになりました。入試当日では、入江先生が教えてくださった問題とそっくりな問題が出題され、合格の得点源になったと思います。僕はこの入江塾に毎日くるのが楽しかったです。いろんな先生方にお世話になり、志望校に合格することが出来ました。有難うございました。

 

2009年度同志社女子中学 合格  Fさん(出町学習室出身)のお母さん

生まれる前からの志望校に合格させて頂き、育星舎の先生方には感謝の思いでいっぱいです。上の子が大手塾でしたので、「週1回の授業?しかも宿題これだけ?」と不安に思い、「もう少し難しい問題をさせたほうが…」と言ってみたところ、「まだ、5年生でしょ?これで良いです」とK先生に断言され、「これだけでも出来てはらへんし…」とも言われ、妙に納得してしまいました。
難しい問題に時間をとられ、基本に穴があくことを経験しておりましたので、仰るとおりに宿題を大切にこなしていくうちに、模試も学校も成績が上がってきました。入江塾は基本の捉え方がセンスいいと思います。
余裕があるので、おけいこや有志参加の学校行事も続けることが出来ました。子どものそういった活動を心から応援してくださる姿勢があり、たいへんありがたかったです。
6年になり「さあ、追い込み!」と焦る私に、「そんなことしたら、この子、潰れますよ」と諭されたり、夏期講習などに長時間(でも、夕飯時には家にいます)の途中に公園に連れていただいたり、〝子どもの心〟をほんとに大切にして下さるお気持ちが通じるようで、ずーっと楽しく通塾しました。
当日、試験が始まるまで、先生方の励ましカードを読んで緊張が和らぎ「いける!」って気持ちになれたそうです。
ここ一番!に力を与えてくれるのは、追い立てられてこなした膨大な問題量でも、費やされた時間でもなく、子どもらしい暮らしのなかから生まれた力、一人一人を心に留めて導いていただいた暖かさ…、そういうものではないでしょうか。
入江塾は確かな学力に加えて、そんな最後の一押しを与えてくれる、子どもへの愛情に溢れた塾でした。有難うございました。

 

2009年度洛星・土佐塾各中学 合格  A君(マナ英才学院出身)のお母さん

 お姉ちゃんのおともでマナ英才学院に通い始めたのは、オムツの頃でした。あれから9年、桂の岩田先生を〝桂の母〟と呼ぶくらい、難しいわが子の性格に一緒に悩んで考えて頂き6年生まで続けてこられました。
  泣く日も、さぼった日もありましたが、「やめる」とは絶対に言わなかったのは、育星舎がとても居心地が良かったのだと思います。わが事の様に子どもの事を考えてくださる入江先生、K先生。勉強以外の悩みの色々な相談も聞いて頂き励まして頂きました。それがどんなに心強かったことか!
 今回の志望校合格も先生方の惜しみない愛情と力がなければ子どもも親も頑張れなかったと思います 。
 電話をいただく度に心配のあまり「何かしましたか?」と聞いてお話できる機会がなくなることが残念です。楽しい育星舎生活を有難うございました。

 

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2009年度洛星・土佐塾各中学 合格  A君(マナ英才学院出身)

僕が育星舎に通い始めたのは2歳ぐらいです。それから、幼稚園、小学校と続けているうちに塾に行くのが普通になりました。中学受験を初めて意識したのは3年から4年になる時でした。5年のとき、僕は洛星中学校ではなく、洛北中学校を考えていました。けれども、水曜日の算数、火曜日の国語の難関校対策を受講するうちに先生の勧めで洛星中学校にしました。僕は12月頃にやっと受験モードに入りました。それまでの僕は落ち着きがなかったので、先生に怒られてばっかりでした。そして、大晦日、お正月と休み無しで入江先生が指導してくださいました。年末年始は先生の出してくださったいろいろな速さのプリントでまさに「速さ漬け」になりました。そして、試験当日、僕はあまり緊張はせず、終わってからしばらくして「あっ、今日が本番だったんだなあ」と思いました。合格発表のとき、受験番号の368がありすごくうれしくなりました。
僕をここまで支えてくださった先生方、本当に有難うございました。僕は、育星舎に行って本当に良かったと思います。

 

2009年度同志社・東山(エース)・京産大附属各中学 合格  B君

 第一志望の試験が終わったとき、ぼくはそれなりに自信がありました。なぜなら、一番苦手だった算数を全て答えることができたからです。最後の一週間、必死で算数の個別をしてよかったと思いました。
そして、発表の日、ぼくはとても緊張していました。でも、心の中では受かっていると信じていました。結果は合格していました。初めは実感がなかったけど、次々と喜びがこみ上げてきました。僕は、入江塾にきて本当に良かったと思っています。なぜなら、一人ひとり丁寧に細かく教えてくれるからです。本当に有難うございました。 

 

2009年度京都女子中学Wコース合格  Cさん(マナ英才学院出身)のお母さん

マナ英才学院の頃からお世話になり有難うございました。他の塾では聞いてもらえないようなわがままな受験勉強をさせて頂き感謝しております。
個人の能力にあわせた対応の勉強を進めて、様々な要求や不安を受け止めて相談、指導をしてくださいました。入江先生、K先生、佐藤先生、田中先生に御礼申し上げます。
志望した京都女子中学校のWコースは本人の希望であり、親の方からは1校に絞るようにしました。本人の努力の結果が試験以外の書類審査の形で現れるので一つ一つの結果が自信につながったと思います。漢検や数検、文検の検定級の獲得、得意分野での受賞歴など着実にクリアしてくれました。
これからも、将来の夢に近づけるように、ゴールを手にした中学校で目標に向かって様々な知識を身につけられるようにスタートをきってほしいと思います。これからも見守って下さい。

 

2009年度京都女子中学Wコース 合格  Cさん(マナ英才学院出身)

私は幼稚園のときにマナ英才学院に入り、その後入江塾へと進みました。
入江塾に入ってから、勉強も難しくなり嫌いで仕方がなかった算数では泣いたこともありました。それでも、マイペースで学習をして宿題をこなしました。わからない問題も丁寧に教えてもらえ、自分にぴったりの塾でよかったです。夏期講習中には、休み時間に公園に連れて行ってもらい、気分転換ができ勉強がはかどりました。
6年生では、京都女子中学校のWコースを目指して、検定級の取得・ボランティア活動など出願資格獲得のために忙しい毎日でした。でも、学校から直接塾に来て勉強するスタイルは変えませんでした。
また、母が言っていた「最後まで自分を信じなさい」は本当にそうだと思いました。こうして合格出来たのも、私を良く理解してくださった先生方や家族、友達がいたからこそです。本当に有難うございました。

 

2009年度洛星・東山(ユリーカ)・土佐塾各中学 合格  D君(マナ英才学院出身・科学の学校在籍)のお母さん

主人の勧めで「科学の学校」にお邪魔してみると、そこには漢詩の暗唱・タングラムなど、およそ、私のイメージしていた学習塾とは違う「マナ英才学院」が併設されており、その趣旨に共感して両方に通わせることにしました。そして、4年生からは入江塾に…。通塾歴からみたらわが息子は優等生!
それが、小5(新小6)の2月、洛星志望とお伝えしたのを塾長に素直に驚かれてしまったことに、親のほうは当惑したものです。「勉強してこなかったでしょう」と言われて振り返ってみれば、塾に通い、提出しなければならない宿題は欠かさず提出してきたけれど、そのとき、私が初めて開いた社会のサブノートは、最初と最後の2ページずつを除いて、見事に真っ白。新品同様でした。また、算数は入江先生のプリントのみを解き、これもわからない問題は解答を写す作業をしていたようでした。「通っていた」けれど「勉強して」はいなかったと理解した瞬間でした。
このあとの親子での七転八倒の受験生生活は後項に譲ることにして、結果をみれば、行きたかった洛星に合格。東山ユリーカ、土佐塾24位と快進撃でした。つまり、遅いスタートを入江塾は間に合わせてくださったのです。

中学受験はよく5年生にはスタートをと言われます。昨年の合格体験発表会で実際に「6年になると忙しいのでオープンキャンパスは5年のうちに」などと聞いたとき、またまた愕然としたのを覚えています。我が家はすべてがこれからだったので。でも、受験も終盤にきて思ったのは、わが子には5年2月からのスタートがちょうどよかったということでした。それより長ければ息切れしたかも知れません。1年間だったからこそ、それに打ち込み、立ち向かえたように思います。

本当に、この塾ではよく話を聞いて頂きました。K先生は、ときとして、私の受験ストレスカウンセラーでした。正直にわが子の様子を伝え、家庭で親が何をみてやれるのか?どこまでならフォローできるのか?何はできないのか?を伝え知ってもらうことはとても大切です。
当初、我が家でできたのは、勉強に取り組ませること、サブノートも算数の計算問題も残さずに、その週のうちに仕上げさせることくらいでした。後に、主人が算数を一緒に解く時間をもつようになり、秋には、遅れていた歴史と地理(四谷では5年で既習。6年では特に取り組まない)を中心に社会の面倒を私が見るようになりました。
家庭でできることは、その都度、相談すれば、お勧めの問題集まで的確にアドバイスいただけました。また、目標に向かっているわが子の「現在位置」や、1月17日入試当日に到達するであろう「予想位置」まで教えていただけました。これが、不安だらけの私の希望につながったのは言うまでもありません。私の顔を見たらK先生は逃げ出したくなるんじゃないかと思うくらい先生をつかまえて話をしました。

精神的に幼いわが子は自分で受験すると言い出したのに(彼によると、言わされている雰囲気がかんじられたそうですが)、なかなか受験が自分の問題になりません。私のほうが音を上げて、何度も「もう、やめにしよう。やめてくれ!」と言ったものです。夏頃まで進路の選択肢に公立中学校もあったほどでした。
モチベーション…、これについては周囲の大人の『忍耐』と『根気』でしょうか。「大人の…」つまり、親と塾の先生方が一緒になってわが子を宥めたり、賺したり…。この宥め賺しはなかなか体力、気力を使います。   
最前線にいる私にとって、K先生との会話が即効性栄養ドリンクに。また、主人は算数担当を休んでいた半年近く、私の専従グチ処理班でした。落ち込んだり、力んだり、こまめに精神状態の変化する私に、聞き手にまわったり、共感してくれたりもしました。二親が一緒になって必死になったら子どもは悲劇でしょうか。でも、父親も同じ目標を持つ同志であってほしいもの。我が家は、互いの役割分担を理解しあって取り組めたように思います。
更に、入江塾では大手のように「大人になれ」と声高に叫んだりはしませんでした。等身大の6年生を認めたうえで、子どもたちに受験に対する心構えを教えて下さいました。やはり、プロです。
そして、もう一つ欠かせないのが、塾の仲間です。公立小学校では受験する子は特別な存在。でも、塾ではみんな同じ目標を持って集まっています。一緒に頑張るという思いがわが子の大きな救いになったと感じています。

我が家のドタバタ受験顛末記は以上です。合格発表を見た後で、先生に会いたい!と塾に飛んでいくわが子。そこには、合格を勝ち取って、お互いを祝福しあいたくて集まってきた笑顔の塾仲間たち。この姿が、塾との信頼関係を見事に表しているなと感じました。入江塾の先生方、本当に有難うございました。発表翌日の朝、入江塾でなければ得られなかったこの幸せを、親子で顔を見合わせて思わずニンマリしながら味わっています。

 

2009年度洛星・東山(ユリーカ)・土佐塾各中学 合格  D君(マナ英才学院出身・科学の学校在籍)

6年生の始め、僕は先生に「洛星を受験するのか」と驚かれました。つまり、当時は合格なんて夢のまた夢のような状態だったのです。しかし、そんな僕を、合格できるかもしれないところまで引っ張っていってくれたのは、母と父、そして塾の先生方でした。毎日のように塾へ行き、正直なところ、「もう、やめたい」と思うことも度々でした。それでも、周りの方がたはいつも励ましてくれ、僕自身も日に日に「合格したい」という気持ちが強くなっていきました。
本番は入江先生だけでなく、他の先生方もそばについてくれていると思い、精一杯努力しました。結果発表の日、自分の受験番号を見つけたとき、「合格したんだ」と実感しました。僕は受験には勉強することも必要だけど、「受かりたい、その学校に行きたい」という気持ちがもっと必要だと感じました。

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2009年度高槻(前期)・大谷・京産大付属各中学 合格  E君のお父さん

息子の第一志望は早くから高槻中学と決めておりましたが、模擬テストではいつも「再検討」「努力圏」という厳しい評価でした。それでも、先生方から「算数や理科の実力はある」「ケアレスミスが多いのでテスト結果にあらわれていない」「苦手の暗記をしっかりやれば十分間に合う」というお言葉を頂き、その言葉を信じて勉強させました。
この合格は、試験前の数ヶ月間において、算数・理科の難問、暗記チェック・過去問の繰り返しなどの個別指導によって、得意分野を伸ばし、理解不十分な箇所、苦手な分野を明確にして一つ一つ克服できたからだと思います。
親の口出すところは全く無く、息子は常に先生を信頼して学習をすすめていきました。過去問のくりかえしでよい点が取れ、応用力がついたことや、暗記事項が定着したことで、最終的に自信をもって試験に臨めたのが良い結果につながったようです。最後まで、熱意を持ってご指導頂き、有難うございました。

 

2009年度同志社女子中学 合格  Fさん(出町学習室出身)

私は普通の人よりのんびりした性格です。たとえば、6年生になって受験が間近になってきても焦らずにいました。焦ってきたのは、入試の9日前だった程です。なので、私が生まれて初めて行った本格的な塾が出町学習室でよかったと思います。私にはのんびりできる塾だったからです。お母さんは「これでええの?」と言ったくらいです。
  入江塾で勉強をいっぱいしたけれど、楽しく勉強ができたと思います。私は、入江塾で学校の成績が上がり自信もつきました。お友達とも仲良くできて、先生に呆れられるくらい騒いだりもしました。でも、そんなことをしてたりするのが一番楽しかったです。やっぱり、入江塾は私にあった塾だと思います。入試本番のときも先生のお手紙を見て、いつも通りに『ほわ―ん』とがんばれました。これまで本当に有難うございました。そして、これからもよろしくお願いします。


2009年度大谷中学 合格  G君のお父さん

 5年生のとき、受験など縁遠く思えるくらいまで落伍し、さりとて本人が離脱も潔しとしない、袋小路に入り込みました。が、その原因の一つが単身赴任による父=私の不在なのであってみれば、家族の団欒が戻った6年生の4月以降、再起が試みられないはずがありません。と書けばなにやら大げさですが、塾の宿題はやり残さない、が1点の基本―父が手を貸し、先生方にも見守っていただきながら、そうして耐えて夏、秋を経ると演習の時間を有効活用する意欲・能力も復元し、ついに本人も「勉強づけ」と書く冬を迎えました。受験生を持つ親が子にどう関わるかはそれぞれの家庭のありよう次第で、我が家は父(権)からの精神的自立という真の課題(?)を先送りしたのですが、この時点での判断としては正しかったはずです。自ら説明会にも足を運んだ、いろんな個性を引き出してくれそうな中学、高校では、好きな絵の道に進むことも含めて、存分に悩み、且つ主体的に選んでくれることでしょう。

 

2009年度大谷中学 合格  G君

 入江塾には4年から通っていましたが、5年生のとき、父がアメリカに行ってしまって気が抜けてしまいました。それでも、塾に通い続けたのはやめるのはもったいないという気持ちと先生方の励ましがあったからです。6年生になって、その父が帰ってくると、受験する気持ちが戻ってきました。冬休みに入ると、習っていた剣道も一時やめて、勉強づけの生活を送りました。合格した中学校は、秋の学校説明会で雰囲気が自分に合っていると感じていました。いい友達がたくさん出来るといいなと思います。

 

2009年度洛南高校附属中学 合格  H君のお母さん

 こちらにお世話になったのは、中学受験を決めた昨年の三月からでした。受験まで一年を切っていた上に、三教科受験を選べるという理由で「洛南高付属中」一本と決めていた私たちの希望をかなえて下さいました。
  これまで習い事などさせたことのなかった息子でしたが、週三回の塾の日をとても楽しみにして、どんどん力をつけていったように思います。マンツーマンのご指導も息子には合っていたようで、先生とたくさんお話をすることで学力アップだけでなく感情も豊かになった気がします。教わることの楽しさを教えてくださった入江塾の先生に感謝の気持ちでいっぱいです。本当に有難うございました。

 (育星舎註) この生徒は他塾との掛け持ちは一切しておりません。

 

2009年度同志社女子中学 合格  Iさん(マナ英才学院出身)のお母さん

 「入江塾(育星舎)はいい塾や」と今年受験を終えた子どもの兄がいつも言っている言葉です。我が家の三兄妹と育星舎とのお付き合いは10年ほど前、一番上の子どもが、科学の学校に通わせていただいた頃からです。それ以後、科学の学校・マナ英才学院・入江塾・Vキャンパスと、それぞれの塾部門で、子どもの学習レベル・発達段階に合わせたご指導をいただき、今回、一番下の子どもが無事、志望校に合格することができました。どの子も習い事やスポーツを続けながら、のびのびと充実した受験期を過ごし、それぞれ第一志望校に合格しました。これもひとえに子どもの学習意欲を高め、基礎をしっかりと教えていただいたことが良かったのだと思っています。子どもたちはそれぞれ教えていただいた先生方が大好きで、共に学ぶ仲間にも恵まれ、安心して塾通いをすることができました。
  「授業」のときは真剣に先生の話を聞き、「演習」「個別」で反復練習。お弁当の時間も楽しかったようです。入試の日には先生方が受験校まで合格グッズ(チョコ・入江先生の似顔絵付き消しゴム・ブドウ糖など)を持ってきてくださり、笑顔で励ましてくださいました。子どもたちにとって、勉強を詰め込むだけでなく、温かく個性を伸ばしてくださる塾に通えたことは本当に良かったと思っています。

 

2009年度同志社女子中学 合格  Iさん(マナ英才学院出身)

 私は一般入試ではなく推薦入試だったので当日は普通より遅い時刻に行きました。推薦とはいえ、すごく緊張しました。最初の科目、作文は今まで練習してきたのとは少し違ったのでどうなるのかなと心配したけれど、思ったよりスラスラと書くことができました。
  次にあった面接の質問は事前に練習していたものと同じような内容だったのでしっかりと答えられました。結果の速報で受かっているのを見たその時は実感がわかなかったけれど、入江塾に報告しに行くと合格したうれしさで涙が出てきました。本当に良かったです。今までありがとうございました。

 

2009年度東山(エース)・京産大付属各中学 合格  J君のお母さん

 五年生の十二月に、子どもから中学校を受験したいと相談され〝えっ〟という感じでびっくり!友人に相談したら入江塾を紹介していただきました。説明会のときに入江先生が転んでも子どもの成長を長い目で見ていけるようにというお話をいただき、また、教室の雰囲気もマイペースな息子にピッタリだと感じて通わせていただくことになりました。最初は勉強についていけないようでしたが、周りの友達にも刺激され、本人なりに必死で取り組んでいました。自分のなりたい夢も出来た事で、志望校も絞れ、クラブも習い事も続けながら頑張ることができました。
  先生方にも、友達にも恵まれた学びの場だったと心から感じることのできる塾でした。入江塾だったから夢のスタートラインに立たせていただけたと感謝しています。一年間、ありがとうございました。

 

2009年度東山(エース)・京産大付属各中学 合格  J君

 大げさかもしれませんが、12年間生きてきた中で一番うれしいことかも知れません。中学受験で合格したことは僕にとってそれほど大きな出来事です。
  早くから塾に通っていた人たちにはあつかましかったかもしれませんが、僕は一年間の勉強での受験でした。あとから思えば僕にとってはちょうど良い期間だったと思いますが。
 入ったばかりの頃は受験するという自覚がまだありませんでした。いろいろなことを教えてもらえるし、先生方は優しいしと、僕にとって塾は楽しい場所でしかありませんでした。
 6年生も中盤になると、周囲は徐々に緊迫した空気に包まれましたが、そんな中でも僕はいまひとつその空気についていけませんでした。
 僕がようやく自分が受験するんだという自覚が持てたのは、入試の2ヶ月くらい前になってからのことです。何度も受けているうちに試験というものに対しての緊張感がほぐれてきたせいもあるのか、模試の結果が受けるたびに少しずつ良くなっていったのです。
入試のときは、今まで勉強してきたことがすべて試されるので、とても緊張しました。全然出来なかったらどうしよう、とか、途中で投げ出してしまわないだろうかという不安もありました。理想では、国語が70点台、社会は50点台で、算数で追い上げ、最後の理科は70点台…のはずでした。初めの国語、次の社会までは順調。算数で追い上げるはずが3分の1もかけませんでした。理科が70点台だったら落ちてしまうと思い、がむしゃらに頑張りました。すると、全て書けたので、合格は理科のおかげだと思います。
  1年間、毎日辛かったですが、諦めなくてよかったです。

 

2009年度立命館宇治中学 合格  K君のお母さん

 「やっぱり、やってみようかな」友達との間で中学進学や受験が関心事になった6年の春、息子はそういいました。しかもサッカーを続けながら。「えっ!だから5年生になるときも聞いたやん」そこからは入江塾の先生と話し合い、「とりあえず、だめもとでも良いから」「受験勉強は決して無駄にはならないから」と始めさせていただきました。4年からのテキストを借り、家で理科・社会の暗記もの、塾では算数・国語をやり、理科の計算等は個別指導で補い、その他一斉授業の埋め合わせ、弱点の指南と強化、模試対策といろいろ指導してもらううちに志望校を含め2~3校を考えられるようになりました。
  サッカー(もちろん、模試で休むこともあり、周りの理解と協力があったからですが)をしながら志望校に合格できたのは、国算社理それぞれの細かなピースを先生方がそれぞれ埋めてくださったおかげだと感謝しております。ありがとうございました。

 

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2009年度立命館宇治中学 合格  K君

僕は去年の5月から入江塾に入りました。体験授業を受けたとき、まだ、学校では習っていないこと、今まで書いたこともなかった漢字、算数の記号。僕と同じ学年の人が問題をやっていくのを見ると「本当についていけるのか」と不安になりました。けれども、わからない所があると先生が徹底的に教えてくれたり、個人授業をつけてくれます。僕は、サッカーと受験勉強を両方やっていて、土曜日の授業には行けませんでした。
6年から受験勉強をはじめたのは遅いかなあと思ったけれど、先生が勉強を教えてくれたおかげで、志望校の推薦がもらえました。作文の練習は、家や塾で書いた文を先生に見せて直してもらったり、誤字脱字を注意してもらいました。僕は作文を上手に書けなかったのですが、色々な先生からアドバイスをうけて、楽しく書けるようになりました。良かったです。有難うございました。

 

2009年度京都女子中学 合格  Lさん

 私は5年生から入江塾に通い始めました。それは、1年年上の友達が楽しそうに通っていたからでした。成績の順番で座席が変わったりするのはいやなので、少人数で気楽に勉強できる塾が良かったのです。入江塾の勉強は学校よりもはるかに難しく、わからない問題ばかりで困りました。でも、解ける問題がだんだん増えてくると勉強がいやではなくなってきました。問題が解けると嬉しかったです。4月からはかわいいなと思っていたセーラー服を着て学校に行きます。頑張ってよかったと思います。

 

2009年度立命館・京産大附属・土佐塾各中学 合格  M君のお母さん

 4年から大手塾へ通い、5年から育星舎の桂学舎へ通いました。両親とも、中学受験を体験していないため、模試を含め、受験勉強の仕方も手探り状態で歩んできました。長男はすぐに人に馴染めるタイプではなかったため、少人数の桂学舎から、北野教場中心になった6年の初め頃は通塾を嫌がったこともありました。徐々に北野へ通う日を増やし、友達もできたため、最後の頃には〝今日は、こんな話を〇〇君としてた〟など日々の報告を聞けるように変わりました。
  我が家での初中学受験は第2志望合格という結果になりました。第1志望を後期受験にしたため、最後は1人でしたが通塾をしました。最後まで頑張ることのできない、少し気弱な長男を温かく見守り、指導していただきました。結果はさておき、目標のため最後まで頑張ることが出来、精神面でも大きな成長になったと思います。有難うございました。

 

2009年度立命館・京産大附属・土佐塾各中学 合格  M君

 僕が入江塾にはいったのは5年でした。そして、一番入江塾に来てよかったと思ったことは、たまに休憩のときに近くの公園に連れて行ってくれたり、勉強の合間に楽しいことが出来た事でした。他にも、わからないことを個別で教えてくれたりしたことも、自分には合っていたと思いました。お世話になり、有難うございました。

 

2009年度京産大附属中学 合格  N君のお母さん

 受験まであと一ヶ月少々という時期に、急に飛び込んだにもかかわらず、本当に親身に懇切丁寧にご指導下さいましたことを、心より感謝致しております。学習面以外のトラブルも何かとあった受験でしたが、最後に入江塾でお世話になれたことで、投げ出す事なく頑張れたのだと思います。温かいご指導を本当にありがとうございました。

 

2009年度京産大附属中学 合格  N君

 ぼくは6年の十二月に入江塾に通いはじめました。入江塾に元から通って勉強をしていた生徒のみんなは、とても感じがよくて、授業のときも楽しく学習ができました。個人でぼくの勉強をみてもらったときは、国語はK先生と小林先生、算数は入江先生に、とても親切に教えてもらいました。第一志望には受かることはできませんでしたが、育星舎に通って、とても意味のある日々を過ごせたような気がしました。短い間でしたがお世話になりました。

 

2009年度花園中学(Sコース) 合格  O君のお母さん

次男が中学受験をしたいと言い出したのは6年に進級した頃でした。長男で受験に失敗していた私はどうしたものかと考え込んでしまいました。そんな時、育星舎のチラシを偶然目にし、兄弟3人お世話になることとなりました。最初は週3回の演習のみ。夏期講習は何とか毎日通ったものの演習量も増えることはありませんでした。志望校も直前まで二転三転する中で、彼が自分で選んだ学校に合格出来たのも先生方のお力添えがあってのことと感謝しております。次は、もっと手強い三男です。よろしくお願いいたします。


2009年度花園中学(Sコース) 合格  O君

僕は6年生のときにこの入江塾に入りました。初めは全然授業についていけませんでしたけれど、夏期講習・冬期講習をほぼ毎日塾に通ったので、だんだんみんなについていけるようになりました。志望の学校に合格できたときにはとても嬉しかったです。

 

2009年度京都女子中学 合格  Pさんのお母さん

娘が入江塾にお世話になったのは、5年生の11月からでした。その前には他塾へ行っており、その勉強方法に疑問をもち、どうしようかと悩み眠れぬ日々を過ごすほどでした。その時、思い切ってお電話した事を昨日の事のように思い出されます。内弁慶な娘ですし、すぐかわって馴染めなかったらどうしようと本当に悩みました。初めは算数の個別指導のみ行くことになり、6年生より全教科お世話になりました。
 ある日、娘が「塾をかわってよかった。授業が分かりやすく、楽しい」と言ってくれたときには悩んだ末に決断して本当によかったと思いました。先生方にも娘をよく見ていただき、「今、少しいっぱいいっぱいですね。演習を減らしましょうか」など細かいことまで指導していただきました。合格を手にするまでにはいろいろなことがありましたが、入江塾という塾に出会えて、娘が楽しく通えた事に心より感謝いたしております。本当にお世話になりました先生方、有難うございました。


2009年度京都女子中学 合格  Pさんのお母さん

私が入江塾に行ったのは、5年生の11月からでした。初めは、不安で毎回ドキドキしていました。みんなと一緒にお弁当を食べたり、話をしたりしているうちに、だんだんドキドキがなくなってきました。6年生になったらお友達もたくさんでき、勉強も楽しくなってきました。しかし、夏休みの塾は毎日で大変でしたが、自分でも「がんばったな」という気持ちになりました。秋には、少し疲れがでて、演習を減らしてもらいなんとか乗り切ることが出来ました。
入試当日は先生が応援に来てくださり、とても嬉しかったです。頑張ろうという気持ちになりました。そして、おかげさまで第1志望に合格することができました。多くの先生のお世話になり、ありがとうございました。

 

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2008年度立命館中学校(ADC)・京都女子中学校 合格  Aさん

当日は、当日という事を頭では分かっていても、気持ちが付いていっていない状態のままでテストを受けていました。悔いだけは残したくない、そう思いつつがむしゃらに答案用紙を埋めました。
国語と算数は不安がありましたがいつもの出来。苦手な理科はいきなり地層の問題が出て「最悪や」と思いながら解き始めました。合格発表の日は学校から帰ってすぐにパソコンを開きました。見ると、アドバンストコースの欄に自分の受験番号が!
初めは信じられず、何度も確認しました。「本当に合格したんだ。」とわかったとき、とても嬉しく、自然と涙がこぼれました。
毎日の受験勉強は辛かったけど、合格出来た事で大きな喜びを味わえました。こうして、合格できたのも先生方や友達の支えがあったからこそ。本当に有難うございました。

 

2008年度立命館中学校(ADC)・京都女子中学校 合格  Aさんのお母さん

入江塾との出会いは、二年前の事でした。三学年上の娘の受験が終わり、少し落ち着いた頃・・・・・「お姉ちゃんみたいに私も受験する」と一言。何事にも多種多様にチャレンジする娘でして「塾に行く」とは言ったものの「学校のスポーツ教室のバレーボールは絶対続ける!英会話教室も絶対に続ける!」と言い張り、その条件の中での塾探しもたいへんでした。インターネットで入江塾の存在を知り、体験学習させていただいたのがきっかけでした。
今振り返ればこの二年間、塾の勉強だけにもっと集中できたら、時間的にも体力的にも楽だったろうなぁと思います。けれど、私自身、子どもらしくその子らしく学校生活はもちろん受験勉強を続け、当日を無事迎えさせてやりたい!と強く思い続けてきました。
その私の意思を塾の先生方は、懇談会や電話での会話の中でとても理解して下さり、応援して下さいました。塾にとっては、優等生ではなく言うことを聞かない劣等生だったかもしれませんね。演習に行ける曜日も少なく、受験モードに入ったのも一週間前?「毎日少しの時間でもいいから、先生の顔を見てきたら?」と言うと「わかった!二時間コース!」と言って、その一週間だけは学校からいち早く帰ってきて、お弁当も持たず塾に向かいました。いつも、やりたいこともする代わりに、宿題も短時間で集中して終わらせておりました。おそらく勉強時間の少なさは、受験生No.1だと思います。
それぞれの子どもたちの特徴を捉え、きめ細かく認識し、理解し、指導して下さった先生方に感謝しています。ほんとうに一人ひとり大切に育てて下さっている様に感じました。
ほんとうにありがとうございました。

 

2008年度洛星中学校・明星中学校・土佐塾中学校 合格  B君

僕が、なぜ志望校に合格したかというと、それは、「絶対に諦めないぞ!」という気持ちがとても強かったからだと思います。判定がどんなに悪くても、赤本をやっていてとても点数が低くても諦めずに「志望校に合格したい」という強い気持ちを持って頑張っていたから合格したのだと思います。そして、さらに友達の励ましがあったからだと思います。これから中学校受験をする人達も「志望校に合格したい」という気持ちが大事だと思います。だから、最後まで諦めずに頑張ってください。本当に先生方、有難うございました。

 

2008年度洛星中学校・明星中学校・土佐塾中学校 合格  B君のお母さん

「お母さん、この塾を選んでくれて有難う。」息子がよくそう言ってくれました。それくらい、先生や友達との信頼関係は厚く、今回の合格はその励ましあってのものと感謝しております。
思い返せばいろんな事がありました。中でも特別心に残っていること。それは、夏休みが終わり、思うように模試の判定が出ず、親子でガックリしていた時のことです。ちょうど塾からのお手紙(毎月届く講師からの一言)が届き、先生方からの励ましの言葉がいっぱい目に飛び込んできました。あまりに以心伝心の内容に親子で涙ぐんだのをよく覚えています。後に私はこのお手紙をお守りのように何回も読み返し、心を落ち着かせていました。
受験の日を親子で比較的ゆったりとした気分で迎えることができたのも温かい先生方のおかげです。この塾に巡り合わせてくださった神様に感謝するとともに先生方に心からお礼を申し上げたいと思います。
 

2008年度京都産業大学附属中学校・龍谷大学付属平安中学校合格  Cさん

「受かったよ!!」そう言われた時は嬉しかった。 私は4年の頃から塾に来て、三年間も通った。その内二年間は少しも勉強をしていなかったが、6年からは勉強して合格した。もともと自分のできは普通だと自覚していた。でもそんな自分だから頑張った。どうしても合格したかったので、塾でも勉強し、家に帰っても母に教わった。仕事があるのに協力してくれる母に教わると「もっと頑張らなければならない」と思った。その成果が実り受かったと思う。
勉強の面倒をみてくださった先生方、なにもかもをしてくれた母、歴史を教えてくれた祖母、学費を稼いでくれた父、応援してくれた兄、塾の友達に感謝したい。頑張って良かったと思う。そして中学からも頑張ろうと思う。合格することは、「全ては根性と努力」母と祖母はそう言った。私もそう思う。根性だ!努力だ!

 

2008年度京都産業大学附属中学校・龍谷大学付属平安中学校  合格  Cさんのお母さん

「私!!中学受験する!!塾へ行きたい!!」と宣言してから早、三年。よほど入江塾の居心地が良いらしく、一度として「今日は行くのやめとこ~かなあ。」なんてことを言ったことがない。娘は、6年生になると京産大附属中に第一志望を決め、大好きな先生方の御指導のもと(紆余曲折を経て)無事合格することが出来ました。
これも本人の努力と楽観的な性格、そして何よりも!!諸先生方の的確な御助言の御蔭と心から深く感謝しております。育星舎で得た様々なものはきっと彼女のこれからの人生の糧となるでしょう。
本当に有難うございました。

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2008年度龍谷大学付属平安中学校・大谷中学校 合格  D君

試験当日は最初、少しだけ緊張しました。けれども、いざ始まってみると、最初の科目で思ったよりよいスタートを切れました。そのおかげであとはとても気が楽になりました。その調子で最後の科目までいけたので、見直しを何回もする事ができました。

 

2008年度龍谷大学付属平安中学校・大谷中学校 合格  D君のお母さん

兄弟によって、性格ってあるんですよね。姉では苦労しませんでしたが、今回は大変でした。いつまでも気分も成績も波に乗れない子どもを横目にただただ焦る親。なのに、何処から来るのかわからない「僕は大丈夫!」という自信。どうなることかと心配しましたが、最後は頑張ってくれました。先生方には親子共々勉強の面でもメンタルの面でもお世話になり、本当に感謝しています。ありがとうございました。

 

2008年度聖母学院中学校 合格  Eさん

私は2年の時からマナ英才学院に入りました。算数は積木遊び、水を使っての体積学習など、とても楽しくわかりやすく学習しました。
4年生からは入江塾になり、勉強も難しくなりました。だけど、桂教室では少ない人数だったのでつまずいたらすぐに先生に聞けて、わからないところを教えてもらいました。6年生の夏期講習や冬期講習では休み時間に公園に連れて行ってもらい、とても楽しかったのをおぼえています。つらいだけではなかったです。秋からは志望校にはどうしても行きたいと思って過去問を中心に勉強しました。最初は点数が高かったり低かったりといろいろでしたが、まちがった所をわかるまで教えてもらえました。そのおかげで最後は「がんばるぞ」という気持ちになりました。合格できてうれしいです。本当にありがとうございました。

 

2008年度聖母学院中学校 合格  Eさんのお母さん

ゆっくりとマイペースなわが子に「実りある豊かな学習」を身に付ける塾がないのかなと探していた時、「りんご丸一個」の意味を実感し、学習させるというマナ英才学院の姿勢に共感を持ち、小学校二年生の時に入塾しました。低学年でしたので、いろいろな教材を使い、楽しく文章力、数量等、基礎を学ぶ事ができたと思います。
受験の時期が近づくにつれて、勉強の量も増えてきましたが、少人数制のおかげで、細かくケアしていただき、焦らず、自分のペースでコツコツと最後まで気持ちを維持しつつ学習する事ができました。
志望校決定は、本人の意志を尊重し、志望校一校のみの受験となりました。親としては心配もありましたが、本人は大変満足し志望校合格に向けて、着実にポイントを絞り先生方と学習していきました。
良い結果が出て、本当にうれしく思います。最後までやり遂げる喜びを次のステップに・・・・・。そしていつものようにコツコツと進んでほしいと思います。

 

2008年度京都教育大学附属中学校 合格  Fさん

私はこの塾で一生懸命勉強をして、友達との楽しい思い出もたくさん出来ました。受験を受ける前は少し不安もあったけど、先生からお守りや合格のお菓子を貰ったり応援してもらって自信ができました。試験のときは少し緊張したけれど、塾でがんばったことを生かせて見事合格できてとても嬉しかったです。中学に入っても勉強をがんばっていきたいです。

 

2008年度京都教育大学附属中学校 合格  Fさんのお母さん

私のところは内部での受験でしたので、このような体験記を書くのはおこがましいですが、少し書かせていただきます。
5年の12月より外部での受験はあまり考えていませんでしたが、あえて中学受験する人達と努力することが、今すぐでなくても必ず将来にかえってくるものがあると信じ入江塾にお世話になりました。やはり他の人達に比べモチベーションを上げるのは難しいと思いましたが、周りの雰囲気つまりお友達が頑張っているのを見ながら勉強できたことが、この子にとってはヤル気の原動力になったと思っています。諸先生方、受験前にあたたかいメッセージ本当に有難うございました。

 

2008年度同志社女子中学校 合格  Gさん

勉強嫌いで面倒くさがりの私が見事に合格する事が出来ました。個別指導のお陰で楽しく勉強ができ、わからない問題も丁寧に教えてもらえて良かったです。夏には休み時間に公園に連れて行ってもらい、気分転換ができ勉強がはかどりました。
土曜日の授業は楽しく、宿題も適量で無理や無駄はありませんでした。最後に今までの事をふり返って、勉強は量も大切ですが質と集中力だと思います。合格できて嬉しいです!

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2008年度同志社女子中学校 合格  Gさんのお母さん

育星舎には小学校入学前からお世話になっております。
この度 無事同志社女子中学校に合格出来たのも、先生方のお陰と 心より感謝しております。途中一年間程他塾に移りましたが、あまりの詰め込み主義に親子で音を上げ、再び育星舎のお世話になりました。こちらでは個人の能力に合わせて対応頂き、マイペースで勉強を進める事が出来ました。六年生からはK先生に個別指導をお願いし、様々な要求や不安すべて受け止めて頂き、親子共々の良き相談相手であり、先生でありました。受験生ですが、夕食は自宅でとり、22時半には就寝する余裕ある生活で試験に臨む事ができました。
本当にありがとうございました。

 

2008年度花園中学校 合格  H君

ぼくは五年生の時に花園中学校に行きたいと思っていました。でもテストの合格率はEでした。ぼくは花園中学校をあきらめてA中学校に行くしかないと思いました。六年生になったときに竹内先生に「本当にA中学校に行きたいのか、それともいけるんだったら花園中学校の方にいきたいのかどっちなんだ?」と聞かれ、ぼくは花園中学校を選びました。すると先生が「じゃあ花園中学校に合格するようにがんばろう」と言われました。ぼくは毎日1時間だけ多く勉強することにしました。次のテストの花園中学校の合格率はAでした。ぼくはやったーと思いました。
それでぼくは自信がつき花園中学校を受ける事にしました。前日まではとても緊張したのですが、当日は入江先生の応援もあり落ち着いてテストに臨むことができました。しかしテストの内容は難しく「だめかもしれない」と思いました。次の日発表を母と見に行き、ぼくの番号があったのでびっくりしました。ぼくが合格できたのも先生方のおかげだと感謝しています。これから受験するみなさんへ一言。「最後まであきらめることなくがんばってください。」

 

2008年度花園中学校 合格  H君のお母さん

上の子を受験させた体験から、息子にはあれこれ干渉せずに見守り、本人のさせたいようにするという気持ちを持って今回の受験に臨みました。もちろん、親として考えるところはたくさんありましたが、子どもの気持ちを第一に考え、私の想いを押し付けることはやめておこうと思い、塾を信頼し、全てをおまかせしました。このことが、子どもが志望校に合格出来た勝因ではないかと思っております。親の思いと息子の思い等を全て引き受けてくださった塾に本当に感謝いたしております。ありがとうございました。

 

2008年度大谷中学校・文教中学校(練成) 合格  I君

受験をしようと思っていたけれど「受験勉強とはどういうものか」よくわかってなかったので塾ではよく話をしたり遊んだりしておこられました。でもまわりの人たちが真剣に勉強しているので、ぼくもだんだんと気持ちが落ち着かなくなってきて、あせる気持ちでいっぱいになりました。当日の試験では、とても緊張してえんぴつがふるえて字がかけませんでした。なんとかおわったので、あとは発表を待つだけです。自分で見にいってそしてぼくの番号があったのでとても感動しました。

 

2008年度大谷中学校・文教中学校(練成) 合格  I君のお母さん

塾にお世話になってしばらくして体調を崩し入院生活を送る事になりとても焦りました。入院生活も長期になりましたし、体の方も回復し元気になってくると勉強の方がとても不安になってきました。ずっと中学受験を考えていたにもかかわらず、それ以前に学校の勉強が遅れてしまい受験勉強どころではなかったのです。退院してからも勉強についていけなくて成績は下る一方でした。そのハンデを乗り越えての受験でした。道のりはとても長く感じました。
合格発表の時、自分の息子の受験番号を見つけた時の喜びは言葉に言い表せませんでした。息子いわく鬼の目にも涙でした。先生方の熱意あるご指導をいただき息子を最後まで見捨てずに見守っていただいたおかげだと思います。希望校に合格できたことに感謝します。本当にありがとうございました。

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京都女子中学校(W) 合格  Jさん

私が、初めてこの塾に入ったときは、わからない問題がたくさんあって、試験に受かるかどうか心配でした。でも、塾の先生に丁寧に教えていただいたり、夜遅くまで勉強したりして、何とか合格することができました。今まで私を支えてくれた家族や友達、指導して下さった先生方、本当にありがとうございました。
 

京都女子中学校(W) 合格  Jさん母

京女のWコースを目指し、通塾を始めて、あっという間に二年が過ぎました。通塾を始めたころは、学習ペースがつかめず大変でしたが、授業や演習での丁寧な指導で、受験に向かう姿勢ができました。
目標としたWコースは、娘のこれまでのがんばりが書類審査の形で問われるため、小学校での活動や分野を問わない検定級の獲得、ボランティア活動の実施など多忙な毎日でした。
特に、検定級(数検や漢検、現検)の獲得に向けては、バランスよく塾での学習内容を配分していただき、確実にクリアしていく事が出来ました。その事が、受験資格の獲得、合格につながったと考えています。娘が将来の夢に一歩近づけたことが何よりも嬉しく、塾の先生方には、本当に感謝しています。ありがとうございます。


洛星中学校・土佐塾中学校 合格  K君
四年生から塾に行っていましたが、本格的な受験勉強を意識し始めたのは、六年生の後半になってからのことでした。自分でいうのもなんですが、僕は結構、実力があったと思います。それでも他の塾に比べて、勉強時間が短くて心配でした。でも、今の親友がいるのは、この塾のおかげだと思います。今年度の夏期講習の時に、こんなやりとりがあったことを覚えています。
「クロロ(黒田先生)、紙って何の原子からできているのですか?」
「主なのは水素や炭素かな」
「へぇ~。じゃあ水素100パーセントの紙はどうなるんだろう」
「それは水素だろ!」
楽しいこともありました。喧嘩したこともありました。でもその度に仲直りしました。こんなに良い親友に出会えたのは、この塾のおかげだと思います。この塾に来ることができて良かったです。本当に感謝しています。


洛星中学校・土佐塾中学校 合格  K君母
私学の小学校に通わせているため、中学受験という言葉こそ早くから意識していたものの、塾の新年度が2月に始まることすら知らず、小四になる直前の3月から中進ゼミにお世話になりました。
受験成功の秘訣は子どもを早く大人にする事と公言する大手の塾も見学しましたが、私の子育て観や子どもの個性とはあいいれないものを感じました。育星舎にお世話になろうと決めたきっかけは、入塾説明会のとき息子が渡されたプリントを解くことに熱中しうるさくしたのを入江先生がしかって下さった事でした。子どもをお客様扱いしないことは、教育に熱意を持っていらっしゃるという事だからです。また、息子が家でと同じようにごんたが言えたことも大きな要因でした。小学校では大人数にうもれて、おとなしいだけの子だったからです。又、四教科すべての授業も拝見し、それぞれの先生が、工夫をこらし、充分に準備をして授業をされていると感じました。
特色のある教育をするという小学校の足りない面を補い、興味を持続し、勉強がキライになるどころか面白いと思わせていただいたのは、こだわりを持つ息子を大らかに受けとめ、ほめ続けて下さった先生方に感謝しておりますが、共に学ぶ良い仲間に出会えたことがすごく大きな力になったと思います。勉強は志望校に入れば終わりではないので、学ぶという姿勢、基礎ができた上に「唯三無四」の友を得て、子どもらしさを失わなかったこの受験は私の理想が現実となったものです。おまけに、運動オンチの息子が、大文字駅伝の予選まで朝練をがんばる根性が育ち、学校でも積極的になって居場所を見つけたのですからもう言うことなし、心から感謝申し上げます。
四谷大塚のテキストは分かりやすいですが、個人的には入江先生の手づくりプリントの方が、数字を書くお手本にもなり、問題を解くスペースも適切で良かったのですが・・・。
「育星舎行かへんかったらどこで(学校の)ストレス解消したらええん?」と生意気申します。「くろろ(黒田先生)と別れたくない」とも…。今は少し疲れが見えますが、又引き続きよろしくお願いいたします。


西京附属中学校 合格  Lさん
私は四年生から育星舎に通い始めました。その時から第一志望校は西京附属中学と決めていました。四年生の間は実感考房(現・考房リトル)で学び、図形・パズルなどを使った学習をして、勉強というよりは工作感覚で楽しむことができました。五年生からは中進ゼミで私学受験の勉強をしました。
育星舎では、とても楽しく勉強でき、受験が苦痛だと思ったことはありませんでした。また、授業の合間の息抜きに行った公園では、友達と存分に遊ぶことができ、今から思えばそれも今回の結果に結びついたのかもしれません。
しかし、試験日が近づいてくるにつれて、「このままで大丈夫なのだろうか」という不安におそわれたこともありました。そんな時は小学校の友達と一緒に過去問を解いたりして、励ましあいました。
実は私は、大事な所ですごく緊張してしまう癖があるのですが、今回の入試においては、緊張することなくスムーズに問題を解くことができました。その要因は、育星舎の指導内容が、試験の問題を解くことだけを考えたものではなく、問題を考える力を育むものだったことにあるのだと思います。だからみんながとまどうような形式の問題でも、私は楽しみながら取り組むことができました。
その後の面接も緊張することなく質問に答えることができました。だから、絶対合格している自信がありました。
中学校に行っても育星舎で学んだことを生かして頑張っていきたいです。先生方、大変お世話になりました。ありがとうございました。


西京附属中学校 合格  Lさん母
合格体験記を書かせていただくにあたって、先ず、我が家のわがままな受験希望に誠心誠意・臨機応変に対応して下さった育星舎の先生方に大変感謝しております旨をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。
娘の第一志望校は西京附属中学校と決めておりましたが、第二志望は私立校でした。どちらにも対応できる学力を身に付け、ある程度の難関私立校合格ラインの偏差値を取れる様になれば、くじ引きに運をまかす事なく必ず西京に合格できるものと勝手に信じて受験に臨ませました。今回の合格というのは当然、西京対策の文章・算数応用等の指導のベースがあってこその話ですが、私立校の受験勉強も結果的には西京の入試にも大変役立ったと思います。しかし、合格の一番の要因は娘と先生方との信頼関係にあったと思います。親の口出す所は全く無く、不安に思う箇所は常に先生に相談しながら学習を進め、良いところは褒めて頂き、自信を持って試験に臨めたのが良い結果につながったようです。
この他には、勉強漬けの生活ではなく、幼児の頃から続けているスポーツも止めずに両立することで、ほどよい息抜きができ、自分を信じる事が出来たのだと思います。


洛星中学校・東山中学校・土佐塾中学校 合格  M君
僕が育星舎に通い始めたのは2年前のことだ。それから2年間、それなりにしんどいこともあったが、やはり楽しかった。例えば、努力することの楽しさ、そして問題が解けた時の喜びなどがそれだ。他に、塾に関しては、色々な解き方を教えてくれることや、先生に何でも気軽に聞けることなどが印象に残っている。例えば、つるかめ算では僕は面積図があまりしっくりこなかったので、表を使ったやり方を教えてもらうと簡単に分かった。この文章を書くのに、まだ試験モードから離れられないようで苦労している。


洛星中学校・東山中学校・土佐塾中学校 合格  M君父
たとえ受験勉強であっても、勉強をする以上は、何かを本当に学ぶことが出来るところに通わせたい-これが2年半前に塾選びを始めたときの、唯一にして最大の、そして絶対に譲れないポイントでした。大量生産のマニュアル塾は願い下げ。受験結果がどうあれ(人間である以上、失敗することなんていくらでもありますから)、二年間の学びのプロセスで得たことは決してその後の人生にとって無駄にはならない、そんな勉強をさせてくれる塾。育星舎はそんな稀有な塾だったなと、今改めて思います。先生方に心からの感謝を込めて。


洛星中学校・東山中学校・土佐塾中学校 合格  M君母
生まれて初めて、自分が本当に努力することで夢がかなえられた、このふるえるような実感は、これからの人生において、折に触れ、彼を励まし、彼を勇気づけていくことでしょう。おめでとう!
育星舎、ありがとうございました。 父さん、ご苦労様!

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ノートルダム学院中学校(特進) 合格  Nさん
私はノートルダム女学院中学校<特進>クラスに合格しました。塾の先生方や、学校の先生、そして両親の協力のおかげで合格することができたと思い感謝しています。そして、私は3歳のときからバレエをしていて、受験生になってもずうっと続けていました。バレエと受験勉強の両立は自分自身としてはとてもしんどかったけれども、頑張って努力すればなんとかなるとわかりました。とてもしんどい一年だったけれど、毎日毎日将来の夢に向かって頑張っていて良かったなと思います。中学入試は、将来の夢に向かっての通過点なので、中学校・高校と進んでも、もっともっと勉強に励んで大学入試に臨みたいと思います。最後の最後まで集中できたので、本番のテストでも全力を出し切ることができて良かったと思います。


ノートルダム学院中学校(特進) 合格  Nさん母
一年半、大変お世話になりましてありがとうございました。おかげさまで希望校に合格することができました。
バレエとの両立・学校行事・夏休みのオーストラリアでのホームステイなども、その都度、娘を応援していただきながら熱心にご指導いただき、深く感謝いたしております。受験のために何かを犠牲にするのではなく、最後まで両立しながら頑張れたのも先生方の温かい励ましのおかげだと存じます。おかげさまで勉強面はもちろん精神的にも成長することができたと嬉しく思っております。中学合格がゴールではなく、その先の大きな夢に向かっての第一歩が始まったのだと娘は思っているようです。これも先生方のご指導の賜物だと思っております。合格後もまた少しずつ次に向かって自ら勉強に取り組み始めている娘の姿を見て、塾で〝勉学に対する真の姿勢〟というものを学ばせて頂けたのだと親として大変嬉しく思っております。どんなときもあきらめずに一歩ずつ忍耐強く目標に向かって頑張っていく力を与えていただき本当にありがとうございました。


京都学園中学校(アカデメイア・特待) 合格  O君
僕は小1から自分の意志で始めたゴルフを中学でも続けたいと思い、京都学園中学校を選びました。ゴルフをするのにお金がかかるし、授業料免除の特待生制度のあることを知り、それを獲得したら思いっきりゴルフができると思って、塾へいくことに決めたのは、5年生の夏でした。初めは、授業がさっぱりわからなくて嫌だったけれど、分数の割り算など、分からなかったことが一つわかると、つぎつぎに分かるようになり、学校より面白いなと感じて、がんばろうとおもうようになりました。一番面白かったのは、理科の水溶液の授業でした。興味を覚えてたちまち得意になりました。偏差値をこの一年でちょうど20もアップできたのは、自分の努力と先生方のおかげです。一方的な授業だけでは、きっとつまらなくなってついていけなかったが、演習で僕が分かるまでとことん先生が付き合ってくれたことと僕のへんな質問にもちゃんと答えてくれたおかげです。先生、本当にありがとうございました。中学校でゴルフと勉強を両立させて頑張ります。


京都学園中学校(アカデメイア・特待) 合格  O君母
息子はとても個性的な子で、やりたいことしかやらないタイプ。学校では、図工や理科は好き、でも他の勉強は「おもしろくない」「書く・読む・覚える・計算はキライ」といった具合で、私が呼び出しを受けることも…。しかし、興味のあることにはかなりの集中力を発揮し、とことんこだわる職人気質。そんな息子らしさが伸ばせるところはないものかと、親バカなりに日々悩んでおりました。思い返せば、私が子どもの時代は、学校で習うことが新鮮で楽しかった。きっと、小学4年頃の時期に知識欲が芽生えていたんだろうなと。でも、残念ながら、現小学校ではそれを満足させてくれるものは期待できないのかなとも感じていました。息子も、上の子も、フラストレーションを抱えていたのが4~5年生でした。「学ぶことの本来の楽しさを知ってほしい」「なぜ?を科学的に考えようとする視点を持っていてほしい」という私たち親の考えもあり、大手塾から個人塾までリサーチしました。結果、本人と私の意見一致で育星舎に決めました。息子にとっての育星舎の中身の良さは、彼の文章で十分伝わるかと…。当初から、息子の性格を配慮した計画で、様子を見ながら授業時間や演習の回数の調整をしていただきました。演習で、理解不十分な箇所・苦手な分野を明確にして一つ一つクリアしていく。この積み重ねが基礎学力の定着と、その後の実力アップ、自信へとつながっていったのだと思います。更に、息子のメンタルな変化にも気配りしていただき、何度となく面談や電話連絡をいただき親としても安心でした。(まるで、塾にもう1人のお母さんがいるようで)簡単なようでも、大手の塾ではそこまで面倒はみてもらえないでしょうね。息子のキャラクターを壊すことなくご指導いただいた育星舎の個性的な先生方に巡り会えて、本当に良かったと感謝しております。


京都産業大学附属中学校・ノートルダム女学院中学校(特進) 合格  Pさん母
育星舎と出会ったのは娘が5年生の春休みでした。出来る限り小学生らしい生活を送りながらの中学受験を望んでいたので、まさに希望通りでした。週1回の授業と必要最低限の宿題でしたので、放課後はクラスメートと遊び、お稽古事も続けられました。
6年生の9月から、週3~4日通うようになり、11月の成基学園の同志社オープンテストで50位内に入るほど伸ばしていただきました。入試直前もみんな仲良く励ましあう雰囲気だったようで「ここの塾で、本当に良かった!」と言っていました。
統一日の同志社中学は、生まれて初めて緊張したらしく残念な結果でしたが、「私が男の子やったら、入れたなあ。」と、一言漏らし、丸一日好きなことをして過ごしたあとは立ち直りも早かったです。今まで全く考えていなかった併願校2校のHPを自分で見比べて、これから6年間通う学校を決めました。結局、クラブや行事よりも共学であることを選んだようです。姿はともかく中身は少年のような娘なので、親も納得しました。
「こうなったからには、国公立大学を目指す!」と、前向きな娘を、これからも陰ながら応援していこうと思っています。ありがとうございました。

 


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