合格体験記2017年

Uさん(同志社女子大学国際教養学部合格 京都女子高校卒)

私は、入江塾でお世話になり、京女に合格した後間もなくVキャンパスに通い始めました。入江塾で自習をしている時に、何故か林部先生が理科を教えて下さり(笑)、とってもわかりやすかったので、「あ、もう中学合格したらすぐにVキャンパスに通おう!」と勝手に決めました。そして、中学入学前から通い始めたのでした。親には、やっと中学受験が終わったのにもう塾に通うのか、と驚かれました。

中学に入ってから暫くは、英語力は至って平凡でした。でも、確か中1の後半になって、英語の指導に力を入れてもらうことになったのです。そして、毎日毎日林部先生オリジナルの「和文英訳練習帖」をこなしていくうちに段々成績は上がり、中3になってついに学年で1位を取れるほどになりました。

その後、Vキャンの先生方の丁寧なご指導(主に音読をしたり文法を教えていただきました)のお陰で、卒業に至るまで大体毎回テストで1位を取ることができました。また、模試でも、ずっと安定して良い偏差値を取ることができました。

ここで皆さんに、英語に関して何点かアドバイスしたいと思います。まず、学校での勉強を大切にして下さい。英単語などは、書いて書いて書きまくるのが良いです。英語だけでなく日本語も書いていました。私は字を書くのが好きなので、嫌な作業だとは思わなかったし、よくルーズリーフが字でぎっしり埋まるまで書いたものです。そして、学んだことを実践して下さい。

私はE.S.S.クラブの部長をしていたので、色々英語学習の役に立ちそうなこと(例えばみんなで京都駅に行って外国人に道案内をしたり、洋楽のディクテーションをしたり)を計画して活動してきました。

次に、リスニングに関してです。とにかく洋楽を聴いたりして英語に触れて下さい。多分幼い時から聴けば聴くほどリスニング力はアップします。私は、幼稚園の時から洋楽を聴いたり、小学生になってからは海外ドラマも観たりして現在に至ります。これだけ耳が慣れていると、ある程度のテンポの曲なら、大体どんな事を言っているのか理解できます。

また、洋画の台詞は、文法書に載っているような文法を話したりするので、凄く印象に残り、覚えることが出来ます。私の場合、好きな女優さんの話す、文法書に載っているような文法の台詞は特に覚えやすく、為になりました。テストの時もその文法が出ると、その女優さんが喋っているシーンを思い出していたくらいです。歌詞や雑誌の翻訳も良いです。私は高1になってからしています。もちろん、訳はかな~りぐっちゃぐちゃです。でも、自然と学校では習わないような単語や言い回しを学ぶこともできて、楽しいですよ!

もしかしたら、皆さんの中にTOEICの受験が必要になる方がいるかもしれません。私は、3回目の受験で820点を取ることができました。TOEICは文法力だけでは点が取れません。半分はリスニングだからです。ぜひ、どんな形でも良いので、学校以外でも英語に触れて下さい。

私の家族は、全てが出来なくても、何か一つが秀でていることが素晴らしいのだ、と言ってくれます。私にはその言葉が良かったのです。全てが均等に出来るよりも、一つが飛び抜けているのがカッコいいのです。そして、最初は1人でなど危険すぎるので絶対にダメと言っていた留学を、私の英語力を見て、色々と考えた結果、許してくれたことに対して本当に感謝しています。

林部先生はじめとする、Vキャンパスの先生方。ずっとずっと、お世話になりました。理解の遅い私には随分と苦労されたことだろうと思います。英語力をここまで伸ばして下さり、ありがとうございます。国語を教えて下さった山口先生にも感謝しています。先生の用意して下さった沢山の資料のお陰で、私は以前より成長出来たのではないかと思っています。

Vキャンパスで受験シーズンを共にしたみんなも、ありがとう。みんながいたから私もやる気が出ました。お食事会も楽しかったです。

次に、入江先生をはじめとする入江塾の先生方へ。先生方には感謝の気持ちしかありません。真面目に勉強し、時には公園で遊んだり。全てが楽しかったです。お正月にみんなで、北野天満宮さんへお参りに行った時のことは鮮明に覚えています。また、入江塾に来なければ、今も毎月会うような大親友に出会うこともありませんでした。そして、佐藤(ち)先生、八木先生という素晴らしい先生方との出会いもありました。私にとって、育星舎は「出会いの場」でもありました。

受験を含め、人生において起こることは「縁」と「運」によるものなのだ、と私は中学生の時から考えています。何か予想外な事があっても、その「予想外な事」は、ご縁や運命によって起こるのです。今回、私は素晴らしいご縁があり、同志社女子大学に入学することとなりました。このご縁を大切にしていこうと思っています。

取り敢えず、小学校受験から続いた受験人生はやっと終わりました。でも、自分の人生はここから始まります。Vキャンパスで培ってもらったこの英語力を存分に活用し、これからも大好きな英語の勉強に精進していく所存です。Vキャンパスの先生方はもちろんのこと、これまでお勉強を教えていただいた育星舎の先生方、お世話になりまして、本当にありがとうございました。

 

 

 

Uさん(同志社女子大学国際教養学部合格 京都女子高校卒)のお母さん

育星舎には小学5年生の時からお世話になり、8年間の長いご縁でございました。

入江塾でお世話になり、京都女子中学校に入れていただき、引き続きVキャンパスにも通わせていただくことになりました。娘のその後は、以前書かせていただいた(成績アップ例2013)通りでございます。高校に上がっても林部先生のおかげで、英語の成績はもう順位など心配することのないレベルにまで引き上げていただきました。

例えば、娘はTOEICの勉強を特別にやったわけではありません。ただただ塾の方針に従い、まず普段の学校の授業内容を理解し、そのうえで単語を少しずつ補っていったという感じでした。それで、知らず知らずのうちに高得点をとれるほどの英語力が身についていったのだと思います。

長年お世話になってわかったことですが、Vキャンパスは、入江塾と同様に他塾には真似のできない指導法をお持ちのようです。国語も高校生になってから少し落ちてきたかな?というところで、山口先生にご指導をいただいたところ、持ちなおすことができました。

普段ご指導をいただいていない大西先生や佐藤(ゆ)先生には、いつもさり気なく声をかけていただきました。また、進む道はそれぞれですが、励まし、時には心配してくださった同級生の皆様にも御礼申し上げます。おかげさまで、念願の英語漬けの4年間、また夢にまで見た留学が決まり、娘の心は希望と期待に満ちあふれています。将来、育星舎での思い出がきっと彼女を助けてくれると信じております。本当にありがとうございました。 合掌

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Tくん(関西大学社会学部社会学科社会学専攻合格 京都文教高校卒)

僕は中学校の時から英語が不得意で、高校受験の際は育星舎の個別αで指導を受けてきました。入学した第一志望の高校では生徒会に入り、予想していたよりも多忙な生活を送りました。

 

志望校を決めたのは高二の夏休みで、そのときには既に英語はかなり落ち込み、志望校の合格点には遠く及ばない状況でした。正直、生徒会と勉強のバランスを間違えているのではないかという自覚はありましたが、生徒会を休むのが嫌で、三年までこの状態のまま過ごしてしまいました。

 

三年になり周りが受験モードになり始め、今までの英語を振り返ると、このままでは何処の大学にも行けないのではないかと不安になりました。そこで以前お世話になっていた個別αの先生に相談したところ、Vキャンパスを薦めていただき、すがる思いで入塾しました。

 

入塾当初は、語彙力の無さを補うために、簡単な英単語からひたすら覚える授業でした。もともと覚えるのが苦手な僕にとってはかなり苦しい期間でしたが、少しずつ分かる英単語が増えていき、学校の問題集の文も読めるようになっていきました。英文法の授業にも入っていき、少しずつですが学校の授業にもついていけるようになりました。

 

僕は幸いにも国語は得意で成績は良かったため、第一志望の指定校推薦をとることが出来ましたが、学校からは英語検定で準二級をとるようにと課題を出され、そこからは英語検定の長文の猛特訓が始まりました。ひたすら過去問を解き、最も苦手としていたリスニングの練習もしていただき、何とか英語検定一次に合格し、続く二次も合格しました。その後大学受験も終了し、無事第一志望に合格することが出来ました。

 

生徒会もあり、体力的にも精神的にもつらい一年でしたが、Vキャンパスで一生懸命勉強し志望校に合格することができたのはこれからの人生の糧になると思います。Vキャンパスでなければ間違いなく合格は不可能だったと思います。本当にありがとうございました。

 

Tくん(関西大学社会学部社会学科社会学専攻合格 京都文教高校卒)のお母さん

中堅私立高校特進コースの息子が志望校を決めたのは、高2の秋でした。高望みであることは自覚していました。学校の課題の多さと生徒会の行事活動の多忙さに、定期考査の評定はまずまずでしたが、模試結果は目を覆うばかりでした。特に英語はあがきようのない位で途方に暮れました。

 

高3の春、以前高校受験の際に個別αでお世話になった池田先生にご相談したところ「彼には少しキツイかもしれませんが、Vキャンパスを強くお薦めします。」と助言いただきました。超エリート高校生の多いVキャンパス。果たしてついていけるのか?

体験授業を終えた息子は「空気が違う。あそこなら本気で勉強できる。」と言いました。

 

すぐに林部先生と面談しました。「受験まで、あと9か月。高3は週6回通塾が基本。特に彼は英語が致命的。」次々に厳しい現実を指摘されました。そのころ生徒会副会長を務め、その活動に忙殺され睡眠も満足に取れない毎日。

 

なんとか週2回の英語授業をお願いしました。「では英単語200語暗記とその確認テストを毎日FAXすることが最低条件。相当覚悟してください。」え?今から単語?間に合うの?半信半疑でした。「彼には佐藤先生を専任にします。英語のエキスパートです。任せてください。」私の気持ちはお見通しでした。

息子の悪戦苦闘が始まりました。根が真面目で、学校の課題、生徒会、塾の宿題、どれもこなすため必死でやつれ行く息子の体力がもつのか、一番心配でした。佐藤先生にも「死なんように、ちゃんと寝るんやで」とご心配をおかけする始末。

 

努力は裏切らない。基本のキからコツコツ積み上げ、文法の勉強が始められると、少しずつ長文が読めるようになりました。すると、もっともっと欲が出て励みになりました。

 

幸運にも第一志望校の学校推薦が一枠新設され、日頃の努力と評定が認められ推薦をいただき、合格通知を受け取ることができました。

 

Vキャンパスは大手塾にはない本当の個別指導があります。息子の気持ちに寄り添い、諦めず今日まで導いてくださった林部先生、佐藤先生、感謝しております。ありがとうございました。

 

追伸

 

「科学の学校」で遊びの延長のように楽しんだ6年間。布柴先生ありがとうございました。

 

中2の秋から成績が急降下、「伸学α」で学び、受験直前に祖父を亡くしショック状態の息子の心のケアまでしていただいた池田先生、感謝しています。ありがとうございました。

 

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合格体験記2016年

Vくん(京都大学・工学部(情報学科)合格 洛星高校卒)

 私が育星舎に初めて来たのは、小学二年生のときに「マナスクール」(現「マナ英才学院」)に通うことにした時でした。その後理系分野に興味を持ち、「科学の学校」にも通うようになりました。実を言えばマナと科学は私にとってずいぶん前の話であまりはっきりと覚えているわけでは無いのですが、私の算数(数学)の基礎的な考え方や物理化学への興味を養ってくれていたような気がします。

小学四年生となり、中学入試を見据えて、私はそのまま「入江塾」に入塾しました。当時育星舎は今ほど大きくなかったのですが基本スタンスは今も変わっていません。生徒を志望校や学習到達度で画一的に扱う一般的な大手の塾では合わなかった私にとって、入江塾は快適で適切な勉強方法を提供してくれました。

無事第一志望の中学に入学させていただき、その後しばらくはどこの塾にも行かず、学校の勉強のみでなんとかしていました。しかし、そろそろ受験を考え始めた頃には、せっせと塾に通う周りの同級生を見て、内心は不安でした。そこで学校の担当教師一人に頼ることを止め、自分の勉強時間の不足を解消するため、この「Vキャンパス」へとお世話になることにしました。

Vキャンパスを選んだ理由は中学入試の時と同じです。大手予備校生は私には務まらないことは小学生の時にわかっていましたし、育星舎は生徒一人一人に合った学習法を可能にしてくれると思ったからです。

化学は、私は最初から最後まで指導していただきました。通い始めは遅れていると感じていたにもかかわらず、受験前には必要なことは終えて、自信をもって本番に臨むことが出来ました。

長文英訳は、過去問を一文ずつ訳し読み進めながら解説していただく方式であったため、志望校の問題傾向に沿った学習ができ、京大に頻出の単語・熟語・文法を重点的に把握することが出来ました。

国語は、理系に合った読み方・書き方があることを、またそれ故に、理系の多数の受験生のように配点が低いことを理由に捨て科目と認識していては勿体無いことを痛感させられました。現代文・古文共に文章のテーマごとに体系的な読解と解説を繰り返すことで、どんな文章に出会っても答案作成に必要な単語・構想が頭に浮かぶように訓練されていったと感じます。事実、入試本番でも国語への自信は他受験生に対してアドバンテージがあるという精神的余裕としても働きました。

その他センター対策や物理・和文英訳・数学は、わからないところや添削希望があれば、いつでも先生に教えを求められるという環境の中で、学習法や内容についてアドバイスを受けながら自習を行いました。自分一人で計画を立てて遂行していかなければならない状況に比べれば、ずっと効率的な自習が出来たと思います。

このようにVキャンパスでは生徒ごと、科目ごと、単元ごとに最適な学習が可能です。私の合格はVキャンパス無しではありえませんでした。生徒一人のために力を尽くして下さった先生方に感謝しています。

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一浪人生の合格に寄せて

2016年春、Vキャンパスで一年間の浪人生活を過ごしたある青年が、無事大学に合格した。

洛星中高卒、浪人という一頓挫はあったものの、京大法学部合格。これまでのところはまあ順風な人生の滑り出しと言えるだろうか。

仮にこの青年をT君としておこう。T君に初めてあったのは、彼が高校生になろうかという時期の育星舎説明会のときだった。ご両親に連れられて説明会に現れた彼は、真面目なおとなしい感じの中学生だった。学校の定期テストの成績は悪くないものの、模試などの実力を試すテストとなるととたんに成績が下がってしまい、実力がないことはお母さんだけでなくT君本人も認めている。

体験指導で英語の学力を試してみると、英文をなんとな~く訳していることがすぐにわかった。英語を直訳するという作業がまったくできていない。文型や構文を確認せず、単語の品詞に気を配ることもなく、知っている単語の意味をつなぎ合わせて、ただ感覚的に訳している。これでは英語の学力はないに等しい。聞けば中1の最初から、「英語はこんな調子で適当にやってきた」のだという。和訳を丸暗記してテストでそこそこの点数を取ってしのいできたというのもよくわかる。

数学も然りだった。公式はなんとな~く覚えている。ところがどこでどの公式を使えばいいのかさっぱりわかっていない。理解の伴わないままに「この問題が出たときにはこの公式を使う」という作業を中学入学後の三年間続けてきたのだそうだ。

早速入会してもらったものの、T君にこびりついた勉強法の悪癖を拭い去ることはなかなかできなかった。しかも運動部に入っている関係で通塾日数も限られている。

高1の秋頃の全統模試だったろうか。返却された英語の成績を私に見せるなり、「まったく勉強していない○○君にも負けてしまいました。僕はどうすればいいんですか?」と、半分泣きながら私に訴えてきた。たしかにひどい学年順位だった。留年するか、とまで言われている同級生にも届かない得点。テスト直しで長文問題の音読指導を行なってみたが、雰囲気で訳す癖がまだ改まってはいないようだ。

部活引退後、ようやく時間もできたので毎日こちらに来て勉強してもらった。センター模試や記述模試の成績も次第に上がってはきたが、京大の合格判定はほとんどがEでたまにDがつくくらい。センター本番では実力どおりと言ってよい得点しか取れなかった。当時の彼の二次力から見て京大合格はありえない。私はT君に前期・後期とも阪大法学部を受けることを勧めた。たとえ落ちてもいいから京大を受けたい、という気持ちも良くわかった。しかし、阪大にも届かない、というのが私の見解だった。「今年は京大には絶対に受からない。もしも運良く阪大に受かったら、そのとき、阪大に行くかどうかを考えればいい。」そう説得して、阪大過去問の勉強に取りかかってもらった。

案の定阪大前期・後期ともに不合格となり、洛星生の常として現役時には滑り止めを受けていない。さあ、これから浪人生活が始まる。予備校をどこにするか、という話になる。駿台や河合塾という大手予備校に行くのが一般的だ。Vキャンパスの高3生で浪人が決まった他の生徒には、駿台か河合塾かどちらに行くのか、を尋ねた。「一年しんどいが、しっかり勉強せよ。」と言って送り出した。ところがT君の場合、大手に行っても学力が伸びる気がさっぱりしない。予備校でマスプロの授業を受けても、また洛星時代と同様に覚えて終いのその場しのぎの勉強に戻るのが目に見えている。かと言って、Vキャンパスにあと一年通ってもらったとして彼を京大に合格させることができるのか、これもわからない。浪人生を預かる以上、こちらにも相当の覚悟が必要になる。過去、二名の浪人生を預かり、幸いにして国立大の医学科と京大に合格してもらった。T君もその二名のことはよく知っている。だが、果たして一年後T君を京大に合格させることができるのだろうか。

ご両親との面談で、一年間T君をお預かりする覚悟があることを伝えた。そしてその場合、時間はかかるがもう一度英語・数学・国語ともに一から勉強をし直してもらうという方針も伝えた。大手では彼は伸びないだろうという不安、暗記だけの勉強から思考と理解を伴った勉強へと移行しなければ京大には受かれないという現実など、私の思いを率直にお話しした。そしてT君には、これからの一年間、疑問に思ったことはどんな些細なことでもいいから必ず質問せよ、たとえ前と同じ質問であっても恥ずかしがらず何度でも質問せよ、と指示した。

こうして、T君のVキャンパスでの浪人生活が始まった。予定通り、英語はもう一度英単語・英文法の復習から、また数学は青チャートⅠA・ⅡBを一から解き直してもらった。

京大法学部の判定は、10月に返却された京大実戦模試でようやくBがつき、12月返却の京大即応オープンでついにAとなった。「センターさえ無難に乗り越えればなんとかなるかもしれない。」そう思えるようになったのはこの頃だったろうか。

年が明けて、日に日にT君の緊張の増していくのが私にもはっきりと伝わってきた。「去年はダメ元だから気楽だったんですよ。でも今年は失敗するわけにいかないと思うと、毎日怖くて仕方ありません。」

結果、センターは期待したほどは取れなかった。駿台でも河合塾でも京大法学部の判定はC、阪大法学部前期の判定は河合塾がBで駿台がAとなっていた。悩ましい。もう一年の浪人は考えられないから、私立の滑り止めは確保してある。しかし、国公立前期は京大か阪大か・・・。

この一年間で培った二次力を頼りに、私は京大を推した。「でも、僕は去年阪大に落ちたんですよ。こんな僕が、本当に今年京大に受かれるんですか?」たしかにあまり聞かない事例だし、たいていの大人に相談すれば無難に阪大にしておけと言われることだろう。T君自身さえも世間的常識に騙されようとしていた。だが、この一年間彼とほぼ毎日顔を合わせてきて、英語や数学や物理の質問に答え続けてきて、だから、私は京大を推した。

二次試験翌日、教室に顔を出した彼に聞いた。「おい、数学は何問出来た?」「たぶんですけど、4問弱です。」「良し。受かったな。」

合格発表数日後、挨拶のため学校を訪れたそうだ。

「『T君。どうしたの?何が起こったの?』って、あまり親しくもなかった先生たちが大勢僕に話しかけてくるなんて。」

と、笑いながら話すT君だが、現役当時の学力や模試の成績を知っている学校の先生方にしてみれば、T君が京大に合格したのは信じられないことなのだろう。しかも、昨年は阪大にもまるで手の届かなかった生徒が、名もない塾で浪人した上でだ。

Vキャンパスの学習指導は、基礎を徹底するという基本方針に貫かれている。どの生徒についても例外はない。野球にたとえれば、素振りやキャッチボールや走り込みや筋トレといった地味な作業に時間をかけろということだ。T君にもこの一年間、この基本方針のもとに一から学力の再構築を行なってもらった。泣き言や愚痴もあったけれど、へこたれずに最後までよく頑張ってくれたと思う。

二次試験直前、「これだけやってきたんだから今回落ちても後悔はありません。」と晴れ晴れと話してくれた。一年間やれることをやりきった者だけが語れる清々しい言葉だった。私たちもやれるだけの応援はさせてもらった。そして、君への指導を通して我々一人ひとりもまた成長させてもらった。ありがとう。

さあT君、ようやく君の大学生活が始まる。大学でも、地に足のついた勉強を続けていってもらいたい。

[追記1]T君には現在、Vキャンパスでアルバイトをしてもらっています。幸い評判も上々です。

[追記2]その後の得点開示で、T君の入試の得点は合格者最低点どころか合格者平均点をも大幅に上回っていることがわかりました。

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Wくん(京都大学・法学部合格 洛星高校卒)

中1から英語と数学に躓き、定期考査や毎日の小テストは殆ど訳がわからないまま、ほぼ丸暗記でなんとか平均点を取るという感じの中学時代でした。自分の勉強は、目の前のテストをただ乗り切るためだけの中身のないモノだということをわかってはいましたが、どうしようもなく過ごしていました。だから、全く実力がない英語や数学の模試の点数はとにかく散々な有様でした。このまま高校生になって大学受験を乗り越えるなど不可能だということは自覚していたので、塾を探そうと思いました。


友達が通っているような大手塾にも体験に行きましたが、成績が同じレベルのクラスに入ると成績が上がる気が全くしない雰囲気だったので、即ダメだなと思いました。そんな折に、偶然校門前で受け取ったチラシでVcampusを知り、こんな僕でもなんとかなるかもしれないと思い入塾しました。


入塾して驚いたのは、先生方のレベルの高さです。英語を理解する為に必要なことをわかりやすくかつ根気強く教えて頂きました。「自分が何をどうやるべきなのか。」を具体的に教えて頂けるので、少しずつ勉強の筋道が分かってきたように思いました。


しかし、入塾するまでに自分が取りこぼしていた膨大な勉強量の上、部活動も続けていたので、時間的にかなりキツかったです。結局、現役のときは大阪大学(法学部)を受験しましたが不合格でした。


浪人が決定し、林部先生との面談で「君をVcampusで面倒を見る覚悟だ」と言って頂けたので、ここで後悔しないように、もう1年頑張ろうと決めました。


英語は、佐藤先生とマンツーマンで文法書を徹底的に一言一句見直し、改めて理解を深める作業をしました。今までなんとなく読んでいた長文も構文が取れるようになり、新しい発見のようで嬉しく感じることもありました。


数学は、市販の青チャートを使用し、単に解法の暗記ではなく、「どうしてこの公式を使うのか。」と理論的に自分の中で納得できるようになるまで先生が付き合って下さいました。自らは、『数学Ⅰ+A』『数学Ⅱ+B』の約4000問を何周も解き続け、自力で解けなかった苦手な問題をとにかく潰していく毎日を過ごしていたので、だんだん苦手な問題ばかりが残っていき、精神的にキツかった時期もありました。そんな時には、先生方に愚痴や悩み、不安を気軽に打ち明けて、支えて頂いたことは非常に大きかったと思います。京大数学の過去問に手をつけ始めたのはセンター試験後でしたが、去年の自分との違いに驚きました。去年はなんとなく解き始めてすぐに行き詰まっていましたが、今年は答えを求めるために「この段階で何をすべきなのか。」、「自分にはどんな武器(アプローチ)があるのか。」を考えることで格段に解けるようになっていたからです。そのように自分が変われたのは、青チャートを演習している時に、今更、人に聞くのは恥ずかしいような質問でもすぐその場で聞けて解決出来るVcampusでの環境だからこそ、本当の理解につながったのだと思います。


自分と向き合い、Vcampusで本質的な勉強が出来る学習環境と、なにより自分の理解度を毎日把握して下さった先生方に支えられて、こんな平凡な自分でも今年は京都大学(法学部)に合格することが出来ました。
最後になりましたが、林部先生をはじめ全ての先生方に心から感謝しています。すぐに弱気になりがちな自分をいつも支えて頂き本当にありがとうございました。京都大学で過ごす時間は、自分に与えられたチャンスだと思って大切にしていきます。

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Wくん(京都大学・法学部合格 洛星高校卒)のお母さん

中学時代は学校のみで勉強していましたが、英語と数学がだんだんと苦手になってきて、さすがに高校生になる時、分からなくなった今までの学習を最初からやり直したいと塾を探し、Vキャンパスに入塾させて頂きました。それでも、高校の時は部活動もあり学習時間が限られ、もともと不器用で要領も良くないのに、学校の考査対策をやらなければならず、結果、考査はそこそこ、でも外部模試は・・・。結局、現役の受験時はセンター試験対策までが精一杯で、2次試験対策までは時間切れ状態でした。

 

浪人が決定した時、息子の場合、大手塾の集団授業では、何となくわかったつもりになるだけの今までの学校の延長になるだけ、それでは本質的な理解は難しく1年間がムダになるのではないかと林部先生にアドバイスを頂き、Vキャンパスでの浪人生活をスタートしました。

 

塾では、英語と数学、古典をただ単に暗記ではなく解答のひとつひとつを理論的に自分で説明が出来るまで演習を重ねていく学習の様子を月に1度の先生からお知らせ頂くので、親としては安心で全ておまかせ出来ました。息子から「今までは授業で習ったまま、何となく公式を使ったりしていたけど、今は問題と向き合って『どうして!?なぜ!?』が完全に理解出来るまで先生に何でも質問出来るから、自分が理解出来た実感があって勉強が楽しい」と聞いた時は、本当に驚きました。苦手な数学や英語の勉強が楽しいなんて、今まで聞いた事がなかったからです。自分がやるべき学習を自分のペースで勉強が出来ること、勉強以外のことに気を使うこともないVキャンパスでの学習環境も息子にとって何より良かったのだと思います。

 

年末に受験校を決める際は、前回の失敗もあり、息子がかなり弱気になった時期もありましたが、毎日、息子の学習内容や理解度を把握していただいてる先生方が適切なアドバイスを下さったことも、とても心強く感じました。

 

1年前、阪大に不合格だった息子が今年京大に合格出来たのは、Vキャンパスで密度の濃い学習内容・時間を過ごせたからだと思います。1年間の浪人生活は息子にとって自分を見つめ直す何よりの時間になりました。ずっと支えて頂いた先生方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

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Xくん(2016年 東京農工大学・農学部(地域生態システム学科)合格 嵯峨野高校卒)

僕はあまり勉強が好きではなく、高校に入ってからは自分の好きな数学と理科だけ勉強していました。定期試験や模試ではもちろん勉強した教科では良い結果が出て、しなかった教科は悪い結果が出ます。良い結果が出た教科はさらに努力して力を付けようという気持ちが湧いてくる一方で、悪い結果の教科は見ると気持ちが萎えるので、つい目をそらしてしまっていました。

 

高3の6月頃志望校も決まり部活も引退して周りの友達が受験モードに切り替えている中で、僕は一人返却された模試の結果を見て焦っていました。勉強してこなかった教科が足を引っ張ているのは明らかでした。特に英語は校内でも下から数えた方が早いくらいの順位でした。そして、親に勧められ育星舎で英語を見てもらうことにしました。

 

始めはただひたすら英単語と文法を覚えるだけの授業でした。「こんな事をしていて本当に力が付くのか」と疑念が浮かぶものの、気が進まないままこなしていました。ずっと英語の勉強をしてこなかったので高3の夏休みは英語のみに費やしましたが、夏休み明けのセンター模試の英語では6割しか取れず落胆しました。周りの友達は点数を上げているのに自分は夏休みに何をしていたんだろうという気持ちになりました。でも自分は精一杯取り組んでいるという自信があったし、先生の「もう少ししたら結果が出る。」という言葉を信じて腐らず次の模試に向けて勉強しました。

 

使っていたテキストの英単語をほぼ完璧に覚えられた10月ごろからは、ひたすらセンターの過去問を解いて、時間配分の感覚を身にしみこませていきました。そして12月のセンター模試の英語では9割近く取れました。今までお荷物だった英語が武器になった瞬間でした。


センター試験後二次試験までの一か月間は週7回ペースで育星舎に通いひたすら赤本を解きました。センター試験後気が抜けがちになりますが、僕の場合は尚更だったので勉強せざるを得ない環境を作ろうと思い、塾と親に頼んで週7ペースで英語に加え数学、理科も見ていただきました。そのおかげで無事前期第一志望校に合格することが出来ました。


自分の反省から後輩の皆さんに伝えたいことは、「もっと早くスタートする」です。後半になると焦ってしまうし、早くスタートすると心に余裕が出来ます。逆に「スタートが遅れても間に合う」ということも伝えたいです。焦ってしまうと何も手につかなくなるので、自分が何をやるべきなのかしっかり整理してから取り組むとよいと思います。


最後に、志望校に合格できたのは育星舎の先生方と支えてくれた家族や応援してくれた周りの人たちのおかげです。ありがとうございました。

 

Xくんのお母さん(2016年 東京農工大学・農学部(地域生態システム学科)合格 嵯峨野高校卒)

息子は高校3年の6月に育星舎に入りました。学校では難しい課題をこなし成績もそれほど悪くなかったのですが、模試では数学に比べて極端に英語の成績が悪く、具体的な志望校を考えるとき得意の数学を信じるのか、それとも苦手な英語に合わせなければならないのか悩みました。そんな時知人に育星舎を紹介いただき、無理やり入塾させてしまいました。

 

受験間近になって英単語を一から一つ一つ覚えていく単純な作業に彼は疑問と不満を爆発させ、ふてくされたまま一番大事な夏休みが終えてしまいました。ところが10月の模試の英語で点数が上がりました。まぐれかもしれないと思いましたが、息子は林部先生や佐藤先生を信じ、いよいよ受験体制に入りました。12月にはさらに点数をのばし、何とかセンター試験に間に合いました。

 

二次試験までのラスト一か月は週7回育星舎にお願いすることになりました。無事志望校に合格出来て本当に良かったと思います。


林部先生をはじめ諸先生方、そして6月に育星舎の事を教えて下さった友人に感謝しております。ありがとうございました。

 

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Yさん(2016年 同志社大学・文学部(英文学科)合格 京都女子高校卒)

私は中3の夏にVキャンパスに入りました。そのときは英語は得意科目だったので、苦手だった数学を教えてもらっていました。


そのおかげで、高校に入ってからも数学は平均点を下回ることはなかったけど、英語は余裕をこいているうちに、中学とは比べものにならない小テストの回数や宿題の量についていけなくなり、定期テストの点数はだだ下がりしました。大学で英語を学びたいと思っていたのに、そのうちまた元に戻るだろうと思ってのん気にすごしていたら、あっという間に高3になってしまいました。

 

高3になっても模試などの英語の点数は最悪で、英語を学びたいという人の点数ではありませんでした。点数が悪かった理由は、単語力が全然なかったことでした。今まで単語力については、先生から何度も言われていました。高3になってようやくそれを痛感した私は、それから英単語を必死に覚え、塾での単語テストを受験がおわるまで受け続けました。そのおかげで単語力がつき、テストの英語の点数は大幅に上がりました。


先生方のサポートのおかげで希望の大学に合格することができました。感謝の気持ちでいっぱいです。大学に入ってから、自分の夢に向かって頑張ります。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 

Yさんのお母さん(2016年 同志社大学・文学部(英文学科)合格 京都女子高校卒)

妹が育星舎の入江塾でお世話になっていたこともあり、塾に行くならVキャンパスと決めておりました。分からないところを質問したり、積極的に先生に話しかけられるような娘ではないので、少人数で一人一人きちんとみていただけるこの塾は娘にピッタリだと思いました。


最初は苦手な数学を主にみていただきましたが、林部先生の説明は大変分かりやすく、徐々に学校の定期テストで成果として現れました。


高3となり大学で学びたいことは決まっているようでしたが、なかなか志望大学を決められませんでした。人の意見に左右されフラフラしている娘を見て、このまま大学受験を迎えてしまって大丈夫なのだろうかと不安になりました。


しかし12月の頭にやっと行きたい大学が決まり、そこからものすごい集中力で勉強を始めました。先生方にも娘にあった指導方法で確実に力を付けさせていただきました。何よりも分からないことがすぐに聞けて解決できる環境は大変ありがたかったです。


娘はこの勉強方法でいいのだろうかと疑問に思ったり、周りの生徒さんたちと自分を比べ不安を口にすることも度々ありました。そのたびに「林部先生に相談してごらん」と何でも林部先生を頼るように娘には言ってきました。毎回的確なアドバイスで、勉強だけではなく精神面でも支えていだだきました。


無事に合格することができ、Vキャンパスに通って本当に良かったと思います。林部先生を始め、ご指導いただいた先生方、お世話になりました。ありがとうございました。

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Zさん(2016年 大阪市立大学・法学部合格 堀川高校卒)

私は高校1年の終わり頃に母の勧めで入塾し、二年間主に数学を見ていただいていました。


入塾した当初、数学の成績はひどいものでした。高校入学後一カ月ほどで学校の授業が分からなくなり、夏休み以降は数学の授業時間のほとんどを睡眠か落書きに費やした結果でした。テスト前であっても数学の教科書や問題集を開くことはほとんどありませんでした。


そのような状態でしたので、指導の時には「これだけ数学ができなくてよく堀川に受かったな」と先生に言われるほど基本的なことを質問し、同じ問題でも何度も分からないと言っていました。しかし、先生はどんな質問でも、何度でも丁寧に教えて下さり、毎日の宿題もきちんと指示してくださったので、私は少しずつ数学を勉強するようになりました。2年の終わりごろには学校のテストの点数もいくらか良くなりました。


入試に向けては、青チャートを一から教えていただいて少しずつ解いていきました。3年の秋ごろには数学はセンターだけと決めましたので、その対策をしていただきました。


最後まで数学が苦手だったことは確かですが、先生方のおかげで、きちんと数学の勉強をするようになり、センター試験本番ではⅡBはほぼ目標通り、ⅠAは目標を10点近く上回る点数を取ることができました。センター試験後は定期的に見ていただくことはなくなりましたが、英作文の添削は何度もしていただきました。先生方には本当に感謝しています。


また、私は何度も志望校を変え、迷い、最後まで「第一志望」と言える大学がありませんでしたが、最終の出願まで相談に乗っていただけたことも本当に良かったと思っています。


最後に、これから受験を迎えられる皆さんへ。分からないことがあれば、先生に質問してください。何度でも「分かりません」と言って下さい。前より少しでもいい点数を取ったら先生に思い切り見せびらかし、褒めてもらって下さい。そして受験を終えたとき、皆さんが「本当に頑張って勉強した!」と思えるように全力で取り組まれることを願っています。

 

Zさんのお母さん(2016年 大阪市立大学・法学部合格 堀川高校卒)

「数学の成績が悪くて留年するかも…」


娘がお世話になり始めた時はそんな状態でした。
(大学合格後,本人よりこの頃の定期テストの点数が1桁だったことがあると打ち明けられて冷や汗が出ました)
高校の数学の教師とも相性が悪かったようで,本人も全くやる気がなくなっていました。


入塾して間もなく何とか進級し,2年生から娘はまじめに数学に取り組み始めたようです。体調がよくなくて定期の授業をお休みした時も必ず振替の時間を取って下さり,また定期テスト前には授業を増やし,テスト後はゆっくり休むといった生徒第一の授業が娘にはとてもあっていたようです。


センター試験後は数学が必要なかったのですが,引き続き英語や小論文を指導してくださり,「次は○日に塾行ってもいい?」と聞いてくるなど前期試験の直前まで(結局受験しなかった後期試験の前までも)指導いただけたのは心強かったと思います。


本当にお世話になり,ありがとうございました。

 

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合格体験記2015年

Uくん (徳島大学・医学部医学科 合格 洛南高校卒)

高校では文系だった僕は、浪人するなら京大法学部を受けようと思っていました。が、自分が将来やりたいことをかなり悩み真剣に考えた結果、困難ではあるものの、理転して国公立の医学部を目指そうと決心しました。

初めは数学IIIと理科を新たに勉強する不安はありましたが、基礎からきちんと指導していただき、知識がほとんどなかった分、逆に素直に頭に入りました。英語は、まず単語を覚え、次に文法を勉強し、そして長文に取り組みました。音読指導のおかげで、単語の発音とアクセントも一気に覚えられ、また、合格するまで何度も単語テストを受けたので、頭に定着して忘れなくなりました。単語量が増えれば文法も理解しやすくなって、それが長文読解につながりました。

数学は、青チャートのIA・IIB・IIIを毎日まんべんなく解いて3周しました。解法を覚えるまで繰り返すことがセンターや2次でかなり活きたと思います。

理科は、同じテキストを3回解いてから別のテキストを使うようにしました。数学と違って覚えることが多かったですが、基礎となる知識がしっかり頭に入っていれば、応用問題にも対応できるということを実感しました。

昨年の京都府立医大は、数学の問題1つの差で不合格となり、かなりのショックでした。翌年から新課程に移行するため、センターの数学と理科は、大手予備校の実戦問題集を複数冊解きました。

二次試験に関しては、記述摸試でもそれなりの結果が出る努力をしてきたつもりであり、センター試験の得点もボーダーラインよりも高かったので、普通に二次試験に臨めば十分合格できると確信していました。しかし、予想以上に受験者が殺到し、足切りが実施されるなど、激戦の年になってしまいました。

前期試験当日は十分な手応えを得られたものの、不安を抱きつつ、後期試験の小論文の勉強に取り掛かりました。合格発表前の一週間は精神的に一番追い込まれました。もう一年浪人することが頭をよぎり…。

合格発表で自分の番号を見つけた時は、ものすごい脱力感に襲われました。林部先生も同じように力が抜けたとか。佐藤先生は涙を流して喜んでくださいました。

これまでのことは決して無駄ではなく、全部今につながっているように感じています。おかげで忍耐力や精神力も鍛えられたと思っていますし、今後の人生に必ず活きてくるはずです。また、Vキャンパスに通うことが嫌になったことはたぶん一度もなかったと思います。それは、周りの先生方が親身に一生懸命サポートしてくださり、明確な目標と意志が持てる環境だったからです。本当にありがとうございました。

 

Uくん (徳島大学・医学部医学科 合格 洛南高校卒)のお母さん

主人も私も裕福でない家庭に育ちましたので、職業を見据えて大学を選びました。本人にも、「将来の目的なく、有名大学ならどこでも、どの学部でもよいという安易な考えで大学には行くな」と言い続けていました。本人も随分悩んだと思います。

ようやく、将来へのスタートラインに立つことができました。先生方が全力で支えて下さったおかげです。親身な先生方の思いを本人もしっかり感じとっていたようで、途中であきらめず、強い気持ちで乗りこえられました。

育星舎で培った学習姿勢を今後につなげて、社会に貢献できる医師になるよう努力していってほしいと願います。

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Tくん (東京大学・理科II類 合格 洛星高校卒)

勉強において、最初の一歩を踏み出すことは難しい。Vキャンパスは僕の背中を押し、その一歩目を踏み出させてくれました。というより、気付いたら踏み出していました。

中学1,2年の頃はろくに勉強もせず、成績も悪く、友人に馬鹿にされていました。そんな僕の転機は中学3年の前期末考査でした。成績、特に英語の成績が、学年で上位になったのです。英語Aに関してはクラス1位でした。友人、学校の先生、親、そして誰より僕自身が驚きました。なぜ急に英語が得意になったのか。答えは「音読」でした。

Vキャンパスでは英語の音読をよくしていました。今思うと、音読は苦手な英語を、得意にする、最良の方法のような気がします。英語が苦手なうちは文法とか構文とか言われても分からなくなる一方で、楽しくありません。でも暗唱できるくらい音読をしていると、その文章が自分のものになっていき、英語に対する「違和感」が無くなる。英語が楽しくなるのです。

こうして「最初の一歩」を踏み出したのですが、考査の範囲だけを勉強した付け焼刃の学力では応用が利きません。真の学力をつけるにはまだまだ努力が足りませんでした。

しかし急に成績が上がったとき、僕はとてつもなく気分が良かった。またこの気分を味わいたかった。そして人間得意なことは好きになるもので、僕は勉強が好きになっていました。そうなるともうこっちのもので、成績はますます上がっていき、高校入学の頃には「僕=賢い」となっていました。

成績が上がってからも、Vキャンパスを、週1回と考査前1週間の、自習と個人指導に利用しました。また同じ学校の友人がいることも勉強の励みになりました。僕はガリ勉タイプではないので、食事や休憩の時間は十分にとり、友人と談笑する。息抜きがあるからこそ、勉強も続けられたのです。

自論ですが「学力=才能×勉強時間×質」です。僕は質を重視して勉強しました。短い時間でも集中してやれば、十分力はつきます。大切なのは、自分の「才能」と現段階での学力を研究し、何が必要なのか見極めることです。また、成績が上がると自信もつき、文化祭や留学プログラムなどにも主体的に取り組むことができ、より学校生活を楽しめました。親や先生に何と言われようと結局は自分の人生です。卒業するときに「ああしとけばよかったな」と思うことの無いよう、全力で生きてください。

最後になりましたが、Vキャンパスのおかげで勉学を含め、高校生活を悔い無く終えることができました。本当にありがとうございました。

 

Tくん (東京大学・理科II類 合格 洛星高校卒)のお母さん

せっかく入江塾のおかげで洛星中学に合格できたと言うのに、入学前に出された課題からして全くヤル気なし!「どうしたんだ?こいつは…」そして、そのまま初めての中間考査を迎え、結果は(;一_一) 林部先生にご相談して「Vキャンパスを勉強部屋代わりに使ってください」と、中学入試以来、早々の育星舎への出戻りになりました。

しかし、このあともヤル気スイッチの存在すら疑わしい状態で、たびたび「塾に行きたくない病」まで発症する息子を林部先生はいつも長い目で見守ってくださいました。実は毎月送られてきた『講師からのひと言』を中1の頃のものから手元に保存しています。不安になったときに振り返って、ここまで成長したじゃないかと自分を慰めたこともありました。今回これをひとつひとつ読み返せば林部先生との文通のようで、そのときどきに息子を否定することなくアドバイスしてくださったことが思い出され、感謝の想いで涙が出てきました。先生は息子の指導者であり、同時に私のカウンセラーだったのです。

卒業に際し、洛星のある先生から「本当に大人になって驚いている。教育の新たな可能性を教えてくれた」とのメッセージを頂戴しましたf(^_^;)。本人の努力はもちろんですが、そのきっかけを与え、導いてくださったのは間違いなくVキャンパスであり、林部先生でした。Vキャンパスは、やらなきゃいけないことは分かってるけれど、それができない。そんな子どもを導くところから始めて個々の性格に合わせた指導をしてくださる、柔軟で温かい塾だったと思います。

息子は洛星での学園生活をこころから満喫しました。そして、「東大で学ぶ」夢を叶えました。入江塾、Vキャンパスと連携した、育星舎のご指導のおかげだと感謝の気持ちでいっぱいです。育星舎の先生方、こころより御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

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Sさん (京都薬科大学・薬学部 合格 京都外大西高校卒)

私が育星舎に通い始めるきっかけは、弟が入江塾でお世話になっていたからでした。初め、個人指導を大きな教室の中で行うと聞いたので、集中できるかと心配でしたが、その懸念は杞憂に終わりました。高3生になるまで毎日机に向かう習慣がなかったのですが、塾に通うことで家に帰ってその日にやったことを見返したり宿題をすることですぐにその習慣は身に付きました。

5月頃に初めて記述模試に行きましたが、自分がどれだけ世間から引き離されているのかを思い知ることになりました。その後も、模試に行く度に志望校欄に到底行けそうにない所ばかり書いていたのもあって、DやE判定ばかりの成績表が返ってきました。

夏休みになり毎日塾と家の往復になりました。しかし、今まで勉強量が少なかったツケが回ってきただけなので、しんどいとは思いませんでした。

私は初めから行きたい学部というのが決まっておらず、文系には行きたくないとか物を作るのは嫌だとかいった完全に消去法でした。返ってきた模試の成績表を見る限り薬学部なんて絶対無理だと思っていましたが、模試の時にはいくつか判定が出るよう志望校欄に書いておくように言われました。そんな中で12月頃に返ってきた模試の成績表で1つだけA判定が出ていたことで、薬学部に進もうと決心しました。それから林部先生に近隣の薬学部のある大学を調べていただきどこの大学なら入れそうかの相談をしましたが、その当時は京都薬科大なんて夢のまた夢だし林部先生にも「無理です!」と連呼していました。

そんなある日の個人指導が始まる前、大西先生と願書の話になり、私は大阪薬科や京都薬科といった受かりっこないところにわざわざ出願するなんてお金がもったいないと言うと、先生から願書を出すだけなら出して受けないこともできるし、これから先の大学に入学した後の授業料などの莫大なお金のことを考えたらもったいないことはないと言われました。その一押しで京都薬科にも出してみようかなと思いだし、家に帰って親に相談すると、それはその通りだし、記念受験だと思えばいいし、まだ締切が来ていないから出したらいいよと言われ、出願することにしました。

センター試験は私立理系と的を絞っていたので、センター利用で使えればいいかな程度に考えあまり構えず受けようと思っていましたが、実際、大勢の人がいてガリガリと鉛筆の音が聞こえてくる空間で、極度に緊張し、力んでしまいました。数学が特に酷く、センターでこれだけ取れなかったということは一般入試の本番ではもっとできないのではないかと思い、家に帰って不安と恐怖で涙が止まりませんでした。しかし、終わったことをどれだけ悔やんでも時間は戻ってこないので第一志望の一般入試の赤本をバリバリ解くことで気持ちを切り替えようとしました。

しかし第一志望の入学試験当日、上がり症な私はまたもや緊張でくだらない計算ミスや式の度忘れなど些細なミスをたくさんしてしまい、これはもしかしたら駄目かもしれないと思いました。

その後、京都薬科の赤本を解いてみましたが、内容がややこしくて全然解けませんでした。そのため、京都薬科の試験当日は完全に負け戦だなと思いながら行きました。何としてもここに受かるんだという強い信念が無かったのと、センター試験が酷かったのだからあれ以上酷い点数にはならないだろうと思うと、非常に落ち着いて文章を読む事が出来ました。ですが、テストが出来たという感触はありませんでした。

(模擬試験の判定がよく、実力にみあった)第1志望の合格発表は残念ながら複数出願したものの全滅しました。ここまで支えてきてくださった先生や親に申し訳なくて泣きじゃくりました。他に受かった大学がありましたが、オープンキャンパスなどの行事に全く参加していなかったので試験当日に本校まで足を運び、これだけ遠いのはちょっと通えないななどと思っていました。また周りの先輩が浪人していい大学に入ったという話を聞いていて、「来年もう一度受ければ受かるのでは」と考え浪人しようかと悩みました。

次の日、(模擬試験の偏差値から判断すると実力からかけはなれた)京都薬科のインターネットでの合格発表がありましたが、受かっているなんて思いもしなかったので自分では確認しませんでした。すると、お母さんが「受かってる!」と叫びながら部屋に入ってきました。これは何かの間違いか冗談ではないのかと思い家にある全てのパソコンやスマートフォンを使って確認しました。その後、速達で届いた合格通知書を見て本当に受かったのだと実感しました。林部先生に解いた試験問題の冊子を見てもらいましたがちゃんと答えが合っているし間違いではないよと言われました。

今でも自分は夢の中にいるのではないかと現実味がありません。一生分の運を使い果たした気がします。先生方には沢山ご迷惑をおかけしたと思います。覚えが悪くても叱らず、何度も根気強く教えて下さったり私の事情も分かった上で指導して下さったことを大変感謝しています。あの時の先生の一押しが無ければ、今の私がありません。ありがとうございました。

 

Sさん (京都薬科大学・薬学部 合格 京都外大西高校卒)のお母さん

娘がVキャンパスにお世話になり始めたのは、約一年前でした。

通っている高校では、ごく基本的な内容しか習わないので、大学受験に向け、数学の個人指導をお願いする形で週一日だけ通い始め、そのうちに週二日にして英語も、そして夏頃には毎日、と徐々に通塾日数を増やしていきました。

もともと、解からない箇所を自分から質問しに行くということが性格的に難しく、大手の予備校に通うのは向かないと考えて、弟がお世話になっているVキャンパスにお願いしたのですが、娘のそういう性格や高校での学習状況など、最初に面談の時間を設けて頂き、詳しくお話させて頂けた事が、それ以後娘を指導して頂く際にも、安心してお任せできた一因だと思います。

高三になってやっと模試なども受け始め、やはり周囲より学習が足りていない状況も、否応なく認識させられました。ですが、Vキャンパスでは個人指導だったので、学校でやっていないところや、本人の弱いところを中心に、娘のペースに合わせて教えて頂き、あまり無理なく学習できたのではないでしょうか。いろいろな点で遅れをとっている事は親も分かっていましたが、毎月担当の先生から学習状況やコメントが頂けて、その時その時の状態が把握出来たので、うるさく口を出さずに見守ってやれたと思います。

はじめ、本人には大学へ行きたいという漠然とした希望しかなく、そろそろ志望校を決めなければならないという段階になっても、将来何をしたいのか、自分自身でもはっきり分からない状態でした。
一方で、模試の成績はそれ程良くなく、どこなら可能性があるかを選択するのが妥当なのでは、と思われました。

悩んだ中で少しずつはっきりした希望は、浪人はしたくないという事、家から通える大学で、可能なら薬学部へ、という事でした。

娘の実力で手の届きそうな大学はどこか、先生方のご助言を参考にして志望校を決め、一月最終週から一週間程、ほぼ毎日が受験の予定で埋まりました。

提出する願書の多さに、親子で混乱しながら何度も確認し、ようやく全て出願出来たという時に、個人指導をして頂いている先生から、大阪薬科大と京都薬科大に、願書だけでも出しておいたら、とのお話がありました。娘の実力から考えると、笑ってしまう位手の届かない大学でしたので、本人はただただ驚いて恐れをなし、躊躇していました。私も、合格するとは考えませんでしたが、この際いろいろな大学を受けて、それぞれのレベルに触れるだけでも勉強になるんじゃないかと思いましたので、先生のおっしゃる通りにしたら良いのでは、と結局願書を出しました。

大学入試において最初の関門であるセンター試験では、娘は極度の緊張と気負いで動揺してしまって、かなり不本意な出来でした。こうなると、一般入試の方で頑張るよりありません。

いよいよ試験日が続くようになると、相変わらず緊張はするものの、毎日次々とこなしていくような面もあって、少しは落ち着いて来ました。

大阪と京都の薬科大は、娘が組んだ日程の最終三日間で受験する事になっていました。そこまでは、なんとか合格しなければ、という気負いもあったようですが、最後の三日間の前夜になり、娘は「明日から負け戦に行って来るわ」と笑っていました。後になってみれば、娘には珍しい程リラックスしていた、この心理状態が、良い方に働いたと思います。

結果を待つ日々には、合格も不合格もありました。浪人しないという目標は、ひとまずクリアして、大学によって不合格だった時も、本人は落ち着いて淡々としていました。しかし、当初第一志望だった大学が不合格だと知ると、私の予想以上に落ち込んで動揺していました。


本当にそこへ行きたかったんだなあと思いましたが、本人が後に、家族にも先生方にも支援してもらったのに、それを無駄にしてしまった事が申し訳ないと伝えて来たので、この十日余りの間に、少し成長したのを感じて嬉しく思いました。

今後についても、毎日違った場所へ受験しに行く度に、他の受験生の方々の受験に対する態度とか雰囲気、大学が試験会場だった時には、その場の空気感や周囲の環境など、本人が肌でいろいろ感じるところもあって、もう一度よく考えてみたようです。

合格を頂いた大学のうち、ここならという大学は、実際に行ってみると予想以上に遠く、本当に毎日通えるんだろうかと不安になり、いっそ浪人して、第一志望の大学を再度目指そうかとまで考えていました。浪人はいやと言っていたのに、良い意味で欲が出て来た訳です。しかし浪人したからと言って、来年は合格するという保証はどこにもありません。悩みに悩んで、親子で何度も話し合いましたが、答はなかなか出せませんでした。

その翌日、もう合格発表の時間も随分過ぎてから、京都薬科大の発表があるのを思い出しました。はじめから合格出来ないと思い込んでいたのです。それでも結果は受け止めて、先生にもご報告しないと…とインターネットで調べ始めました。

期待していなかった私の目に、合格の二文字が飛びこんで来て、喜ぶよりうろたえてしまい、慌てて娘にその画面を見せに行きました。

「え、嘘!?」娘も眉間にしわを寄せて画面を見つめました。自分では、出来たという手応えもなかったようで、余計に信じられなくて、「何かの間違いじゃないの」と自分のスマホでも調べ始めました。やはり合格と出ていました。

夢にも考えていなかった結果に、じわじわと喜びと安堵がこみ上げて来ましたが、本人はいつまでも半信半疑でした。今もまだ、信じられないと言いながら、本当だとしても、入ってからついていけるんだろうかとひたすらネガティブに心配しております。

謙遜でも何でもなく、娘は数か月前には確かに合格圏内にはいなかったと思います。ただ、言われた事はきちんとやる真面目さや根気強さは、親から見てもある方ですので、先生方のご指導によって、着実に力をつけて頂いたのでしょう。それが、最後の最後で実を結んだのだと思います。

もしも、「願書だけでも出したら」と言われなかったら、こんな大逆転はありませんでした。今回、京都薬科大学に合格させて頂けた事は、娘にとっては、自分からつかみ取ったというより、何かいろいろなタイミングだったり、運だったり、ご縁だったりを与えられた印象が強いのですが、これから大学生活を送る中で、今度は自分自身で挑戦し、学び、失敗もしながら、大切なものは自らの手でつかみ取っていって欲しいと思います。

一年前には、夢にさえ見なかったような結果に導いて頂き、先生方には、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

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合格体験記2014年

Rさん (京都大学・文学部 合格 堀川高校卒)

受験した大学に全て落ち、Vキャンパスに初めて訪れたのが昨年の三月半ば。京大に合格した今、あれからもう丸一年経っていることを思うと、何か不思議な気持ちになります。

私がVキャンパスにて浪人生活をスタートさせたのは、大手予備校の授業が始まる約一か月前。何しろ国公立後期の結果を待たずして始めたわけですから、他と比べてかなり早かったと思います。今思えば「行く大学がない」という不安から、少しでも他と差を作らなければ…と焦っていたのかもしれません。

Vキャンパスでは午後二時から自習、途中一時間の個人指導を挟んで自習、ご飯食べて自習、自習、自習、自習…。伸ばしたい教科、範囲を自由に勉強できるというのは嬉しいものでした。しかし高校での授業形式の勉強に慣れていた私には、スケジュールや教材、勉強方法など、今まで学校に任せてきたことを自分で決めていくことが大変で、最初のうちは「何をすればいいんだろう。」と戸惑っていました。

とはいえスケジュールや教材は簡単に決められます。不安であれば先生に尋ねることもできます。しかしどうやって勉強すればいいのか、これが重要でした。現役時のような「やったらやりっぱなし」の方法ではいくらやっても伸びません。私はこの一見するとごく当たり前のことに気が付かなかったのです。私はこれを英語の個人指導や先生方からのアドバイスを通して学びました。

勉強の仕方ひとつでこんなにも違うんだな、と思います。現役のときはE判定ばっかりだった模試が、今度はA判定ばかりになりましたから。自分でもなんでこんなに?と不思議です。ですがもし勉強法を変えていなかったとすれば、これほど成績が上がることはなかったでしょう。私が京大に合格できたのは、基本的なことから、発展的なことまでこのVキャンパスで学ぶことができたからだと考えています。

最後に、林部先生、大西先生、山口先生、そして個人指導をしてくださった先生方、一年間お世話になりました。今回の合格は決して私一人の力では成し遂げられないものでした。支えてくださった皆様には本当に感謝いたします。

 

Rさん (京都大学・文学部 合格 堀川高校卒)のお母さん

2年前、今回合格させていただきました娘の兄は1浪の後、現役時に合格した大学とレベルの変わらない大学にしか受かりませんでした。私はやりきれない気持でパソコンに向かい「浪人しても不合格」などの語句を検索していました。そこで見つけたのがVキャンパスでした。

現役時、娘は同志社文学部、前期京大文学部は不合格、後期に受験した阪大外国語も受かっている気がしないというので発表前でしたが私の頭に残っていたVキャンパスに連絡を取りました。翌日伺った私と娘に林部先生は後期の発表を待ちましょうとおっしゃり、不合格の発表の後Vキャンパスに娘は通うことになりました。3月下旬のことでした。

その後、娘はただVキャンパスに通い、現役時の敗因は演習不足と林部先生に指摘されましたのでひたすら問題を解いていたようです。

兄である息子は娘と同じ堀川高校卒業後、大手S塾(難関国立大クラス)に通っていました。S塾と比較して私が一番ありがたく思ったのは、結果が出るまで目をかけていただけたことです。S塾では授業が12月またはセンター試験前に終わってしまい、その後は予備校生の自主性にまかされていたようでした。
また、毎月送られてくる育星舎の塾たよりの内容には驚きました。S塾はもちろんK塾、SK塾、個人の英語塾にも子供を通わせましたが、こんなことは初めてでした。さらにS塾にはない英語、国語の指導で娘は自信をつけたようでした。

息子はS塾の授業には全部出席したとのことでしたが、それが結果につながりませんでした。残念ながらVキャンパスの指摘通りです。

今、娘の合格が喜ばしいのは当然ですが、同時に息子の受験時にVキャンパスを知らなかったことが悔やまれて成りません。

林部先生、山口先生、大西先生、非常勤の先生方、教室の仲間の皆様ありがとうございました。

 

合格体験記2013年

Q君 (京都工芸繊維大学・工芸科学部 (設計工学域)合格 洛北高校卒)

はじめに、林部先生、そしてVキャンパスの先生方、本当に有難うございました。高校1年生からという2年ちょっとでしたが、僕にとっては大切な時期をとても充実して過ごせたと思います。

当時の僕はというと、決して勉強ができるわけでもなく、部活の方ばかりに目を向けていました。また、

通っている学校が中高一貫ということでそれなりのプラ イドや物事を上から目線で見てしまうといった部分も自分の中にあったと思います。親にも、良い成績でなければグチグチ言われるということもあり、何より自 分がそこまでの結果しか出せないということが認められませんでした。

そんな生意気な僕がVキャンパスに教えられ、勉強は「質のよいものをたくさんこなす」ものだと思いました。今までただひたすらがむしゃらにやっていた僕は 愚か者でした。まずは、自分に何が必要で、何が足りないかをしっかり知ること、その後それらを踏まえながら、自分自身で考えて学ぶ。一人で勉強するときは ずっと、このことを常に意識していました。

でも、一人でやるということはとても苦しいことです。高校の間も、受験勉強中も本 当に何度か逃げたくなるときもありました。そのたびに親とケンカしたり、まったく勉強が身に入らなかったりすることもありました。しかし、これを乗り越え られるのは自分だけであり、乗り越えられた時にはさらに成長できると思います。そう信じて、僕は勉強し続けていました。

最後の最後までなかなか伸び悩んでいた僕でしたが、それでもあきらめずに頑張ったら良い結果がついてきました。もともとメンタル面で弱い僕でしたが、なん とか最後までやり遂げることができました。時々飛んでくる林部先生の愛のムチは、部活中の指導よりもグサグサとくるものでした・・・(ストレートに飛んで くる言葉は父親や母親のものよりもきつかったかも(笑))。どちらかと言うと、部活よりもVキャンパスでメンタルが鍛えられたような気がします(笑)。

最後にもう一度、僕を支えてくださった先生方、そして家族。ありがとうございました。無事に終わって、ようやく自分の進みたい道へと歩みを進めることがで きそうです。ここで満足することなく、大学へ入学してからも、Vキャンパスや高校で培ったことを忘れずにしっかりと頑張っていきます。Vキャンパスへ顔を 見せにも行きますね!またお邪魔しに行くので、その時はよろしくお願いします!Vキャンパスは僕の大切な場所です。

 

Q君 (京都工芸繊維大学・工芸科学部 (設計工学域)合格 洛北高校卒)のお母さん

林部先生、Vキャンパスの先生方、有難うございました。お蔭様で第一志望校の合格を頂きました。Vキャンパスへは無理をお願いして高校1年の終わりからお世話になりました。

中高一貫で高校受験もなかったので、息子は自分の好きなことばかりに時間を費やし、大学受験に対しても"何とかなるかな?"と、どこか甘い考えを持ってい る様に感じていました。でも部活動も引退し、学校の友達も入試に向けて頑張り始めると、さすがに自分もこのままではいけないと、勉強の方に力を入れる様に なりました。しかし受ける模擬テストの判定は思うように上がらず、落胆したり、イライラしたりのくり返しでした。

それでもVキャンパスに行けば、先生方の適切なご指導と叱咤激励、時には慰めても下さったようです。それが本人はもとより私共、親にとっても何より支えとなりました。

林部先生、Vキャンパスの先生方、心から感謝申し上げます。有難うございました。

 

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P君 (京都大学・農学部 (食品生物科学科) 合格 洛星高校卒)

私が初めてVキャンパスを訪れたのは高校3年の5月でした。多くの高校3年生が受験に向けて勉強をしている中、私は何もしておらず、焦り始めていた頃でした。

Vキャンパスではとにかく基礎を重視した勉強をしました。苦手だった英語はVキャンパスで頂いた中学2年の文法から洗い直しました。周りの皆が演習を始める時期になっても教科書や基礎の問題集を開き、実際に問題の演習をしたのは試験前1ヶ月ほどでした。

結果、私は合格できず、他の予備校で浪人することになりました。スタートが遅かったので、合格できなかったのは当然ともいえます。

しかし翌年、劇的に成績が伸び、余裕を持って合格することができました。この伸びはVキャンパスで培った基礎によるものだと私は考えています。

予備校の授業は「演習を重視し、基礎事項を見直す」余裕がありません。そんな中、Vキャンパスで基礎を固めていた私は、引き続き通いながら演習で力を付けることが出来たのです。同じ予備校に通っていた友人は授業の合間に基礎を確認するのに必死になっていました。

2年がかりになってしまいましたが、Vキャンパスでの指導のおかげで合格を勝ち取ることが出来ました。勉強の内容だけでなく、細かい方針まで相談に乗っていただけたため効率的な勉強が出来ました。本当にありがとうございました。

 

P君 (京都大学・農学部 (食品生物科学科) 合格 洛星高校卒)のお母さん

自分の進路について、なかなか真剣にかんがえることができず、成績も悪かった息子 が、友達に誘われて育星舎にお世話になりだしたのは、高3の5月でした。親としては、勉強に大きく出遅れた息子が、大きな予備校に行っても、ついていけな いだろうし、どうするべきかと悩んでいる時でした。

育星舎で、何から勉強するべきか、どのように勉強するべきか、本人にあった丁寧なご指導を受け、次第に本人が、目標を定め、落ち着いて前向きに勉強に取り組めるようになりました。本人の学力に応じた個別指導のお陰で、効率よく勉強することができました。

また育星舎では、良い仲間に巡り会え、食事の時間も休憩時間も、楽しい時間であったようです。アットホームな雰囲気のなかで、頼れる先生方と、良い友だちに恵まれて、育星舎での毎日は、息子にとって充実した時間だったと思います。

残念ながら、息子は、現役で結果を出すことができませんでしたが、一浪の後、志望校に合格することができました。浪人中も、いつでもアドバイスを頂ける林部先生は、息子にとっても、親にとっても、心強い存在でした。

進路について迷子状態だった息子に、考える道を見つけさせ、ゴールまで導いてくださった育星舎の先生方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

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Oさん(京都大学・医学部 (人間健康科学科) 合格 堀川高校卒)

「あ、あった…」

パソコンの画面にずらっと並んだ合格者受験番号一覧の中に、確かに私の受験番号がありました。

思い起こせば、私がVキャンパスと出会ったのは高3の4月でした。

当時の成績は、苦手教科はもちろんのこと、全体の成績も決して良いものではありませんでした。今まで得意科目としていた数学の成績が、少しずつ下がり始め ていることは大きな焦りにつながっていました。さすがにこのままではいけないと思い、今までの勉強スタイルを見直し、自学自習ではどうにもなりそうにない 国語と英語をVキャンパスで指導していただこうと思い、入塾させていただきました。

先生と相談させていただいた結果、週に2回のペースで通塾することになり、確実に国語と英語の勉強時間は確保できるようになりました。

しかし、Vキャンパスでの指導は、自分が想像していたものとは大きく異なり、初めのうちは戸惑いを覚えました。国語の指導では、「京大や東大の過去問を やってみましょう」と初回から言われ、「基礎もなっていないような私に先生は何をおっしゃるのだろう」と思いました。英語の指導においては、Vキャンパス のある作業が基本でしたが、それに私はあまり意味を見いだすことができませんでした。

しかし、入塾時に「Vキャンパスでは、その人に見合うと判断したラインから指導を始める」ということを聞いていたため、「これは必ず成果につながる指導なのだ」と先生を信じ、言われた通りのことをきちんとこなすようにしました。

すると2、3ヵ月もすれば、国語の文章に対する抵抗がなくなり、どんな難解なものにでも立ち向かえるようになっていました。また、その作業の効果により、 一度覚えた英単語は簡単には忘れなくなり、英文も明らかに読みやすくなっていました。 ただこれだけのことが私にはかなり衝撃的で、力がついてきたことを身にしみて感じた瞬間でした。

この頃から、Vキャンパスに通って力をつけようという思いが強くなり、納得がいくまで粘り強く問題にあたることを意識し始めました。そうすることで、自信 をなくしかけていた数学も徐々に自信をとりもどすことができ、成績は伸びていったように思います。このように、二次試験の対策は着実に進めることができま した。

一方、センター試験の対策は年末から本格的に取り組み始めましたが、苦手科目であった地理の点数を伸ばしきれずに、本番では失態をおかしてしまい、センター試験だけでの志望学部内順位はひどいものでした。すごく落ちこみ、二次試験の勉強をする気がおこりませんでした。

しかし、こんなときに私を励まし、支えてくださったのは、やはりVキャンパスの先生でした。「二次の勉強をこれだけやってきたのだから、二次力はついてい る。逆転は可能だ。」 そうだ、二次の勉強を随分前からやってきたじゃないか。逆転も可能かもしれない。あと1ヶ月、気を取り直して真剣に頑張ろう。本当にそう思いました。

もともと早寝早起きは苦手でしたが、1ヶ月間は頑張ろうと決め、朝型に切り替えました。分からないところは先生にすぐに質問し、少しでも苦手を克服するよ うに努めました。また、自分の過去問の答案を、Vキャンパスと学校の両方の先生に添削をお願いすることで、さまざまな角度から答案を見てもらおうと、自分 なりに工夫しました。悔いのないような1ヶ月をおくることを心がけました。

「受かると思うよ。」 入試の前日、先生に何気なくかけられた言葉でしたが、入試当日は私にとって強い味方となりました。受かってやるんだ。その一心で最後の1秒まで、解答を続けました。

今、憧れだった京都大学への切符を手にし、こうやって合格体験記を書かせていただいていることを光栄に思います。

これは、一重にVキャンパスの先生方のおかげだと思っています。唐突な質問にも嫌な顔ひとつせずに答えてくださったり、精神面で何度も支えてくださったりと、私ひとりでは乗り越えられない壁を共に乗り越えてくださいました。

Vキャンパスに通うことなしに、合格はありえませんでした。
1年間、お世話になりました。本当にありがとうございました。

 

Oさん(京都大学・医学部 (人間健康科学科) 合格 堀川高校卒)のお母さん

娘は高校2年の冬頃から成績が徐々に下がりだし、焦りが見てとれるようになり心配していたところ、友人より「Vキャンパスの個別指導を受けてみてはどうか」と薦められました。娘は今まで個別指導を受けたことがなく、この指導スタイルが合うかどうか不安でした。

体験授業を受けさせていただいた結果、「丁寧で分かりやすかった。ここに通いたい。」と言ってきたので、娘自身が納得しているのであればとお世話になることにしました。高校3年4月のことでした。

入塾し個別指導を受けるものの、すぐに成果として現れるのは難しいようでした。不安と焦りから幾度も林部先生に相談させていただきました。先生は、「時間 がかかります。力がついた時点で成績は上がります。もうしばらく我慢して見守ってやってください。」とおっしゃられたので不安も抱えながらではありますが 辛抱強く待とうと思いました。

秋に受けた模試から国語の成績が徐々に伸び始め、他の教科の成績も一緒に伸び出したようでした。この頃から娘の表情が少し穏やかになってきたように感じま した。改めて林部先生のおっしゃった通りだと実感しました。これからも時間がかかるものの、センター試験と二次試験に照準を合わせていけば道は開けるかも と前向きに考えられるようになっていました。

前向きな気持ちでいたつもりでしたが、センター試験では思うような点数がとれず、その結果だけが頭をめぐり気だけ焦ってしまいました。そんなときも「二次 試験まで1ヶ月もあります。全力でフォローします。任せてください。」と林部先生は不安になる私達親子を心強く励ましてくださいました。その温かい心の支 えがあり、私も娘も気を持ち直し二次対策に集中することができました。

このように1年間、学習面はもちろんのこと精神面でも娘を支えて頂き、状況に応じて的確なご指導を続けてくださった林部先生をはじめ先生方に感謝いたしております。


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N君(東京大学・文科I類 合格 洛星高校卒)

僕がはじめて育星舎に来たのは中学一年の六月でした。

学校の中間テストで赤点ギリギリの点数を取り、「何とかしなくては」と学校の前で配っていたビラの内容(僕のような生徒の成績を上げてきた実績)だけを頼りに母が電話をかけたのがきっかけです。

Vキャンパスという名前は知らなかったし、「学校から近いのは便利だけれども、選んだこの塾で果たして本当に良かったのだろうか」と不安もありました。

結局のところ、Vキャンパスは僕にとって大正解でした。

58点だった数学は、前期末には78点になり、後期中間には95点になりました。

その後も90台は維持していたように思います。

Vキャンパスのスタイルは、自分でまず勉強して分からない所を聞くというもので、おそらくそれが僕に合っていたのでしょう。

分かる所も分からない所も全て同じように聞く講義形式よりも効率良くできました。

僕は今年、東京大学の文科一類に合格しました。

もちろん、参考書や過去問はたくさんやりましたが、合格の土台となったのはVキャンパスで中一の頃から積み重ねていた日々の勉強です。

Vキャンパスのおかげで、学校と家の間に充実した勉強時間を挟むことができました。

家で問題なく勉強できればそれに越したことはないのですが、家では疑問を解決できませんし、何よりすぐさぼってしまいます。

その点Vキャンパスなら強制的に勉強する環境が作られるので大丈夫です!

最初はきついかもしれませんが慣れます。そして習慣になります。

この勉強の習慣が合格へとつながったのです。

Vキャンパスで僕が教えてもらった林部先生は、ダンディなだけじゃありません。

質問に答えられるだけの実力と、物分かりの悪い僕が理解するまで教えようとする根気とを兼ねそなえたエクセレントな方なのです。

林部先生についていけば、皆さんの学力も右肩上がりでしょう。僕もそうでした。

今の僕があるのは林部先生のおかげです。本当にありがとうございました。

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Mさん(京都薬科大学 合格 D高校卒)

私が受験勉強を始めたのは、試験の3ヶ月前。なんとなく行ったオープンキャンパスで、内部進学への意志が揺らぎました。ここに通いたいという気持ちが生まれた、というより、ここに通うということが、驚くほど自分の中でストンと納得できました。

受験するというと、親にも先生にもかなり驚かれました。なかなか難しいとも言われました。当然の反応です。なにしろ、残された時間は3ヶ月。親からは、成功率は分五分だ、浪人覚悟で受験しなさいと言われました。それでも、受験したいという決意は揺らぎませんでした。

可能性があるのは、受験科目が英語と化学Ⅰ、そして面接のみの一般公募推薦。英語は高1の頃から、内部で大学に入っても外部から来る人たちと同じように勉 強 できるように、と受験対策と同じようにコツコツ勉強していました。なので、今まで全く手をつけてなかった化学Ⅰをすぐに勉強し直し、単語をひたすら強化す ることを始めました。覚えることのあまりの多さに、やる気も失せかけましたが、予定よりも時間はかかりながらも、なんとか終わらせました。

けれども、試験1ヶ月前。少し形になった学力で英語の過去問を解いてみて、一気に現実を突きつけられました。合格最低点には到底届きそうにない点数だった からで す。かなりショックでした。現実のあまりの厳しさに、逃げ出そうともしました。けれど、逃げても現実は現実です。大学のパンフレットを見るなりして、自分 の選んだことを再確認し、なんとか、もう一度勉強に向き合おうと思えました。

それから、学校の中間考査を終え、試験まで2週間と少しのあたり。今度はもっと本格的に過去問を解き始めました。しかし、英語、化学、共にまだ最低点に届きません。

この時は前回以上に落ち込みました。もう時間がない。あと2週間しかない。もともと無謀な挑戦だったんだ。もしかしたら、もう無理かもしれない、と思いました。

でも、落ち込むとこまで落ち込んだ時、ふっとこういう思いが浮かんできました。落ち込むことも私には許されないんじゃないか、と。2週間しかないんじゃな く て、2週間も、ある。自分にできることはなんだろう。そう考え始め、できることを時間の許す限りやろう、と思いました。

それからは、もう必死でした。無我夢中で点数をのばすことのみ考えました。最後の1週間で、英語はやる予定のなかったデータベースを更に1冊覚え、過去問をとりあえず何回も繰り返し解きました。化学は、参考書に書いてある事をひたすらまるごと頭に入れました。

試験日2週間前の模擬試験は、緊張しすぎて、手応えも何もありませんでした。ずっと後で、その時の模擬試験の判定がE判定だったことを知るのですが、当時 は とりあえず、緊張するとダメだと分かったことがこの模擬テストの成果だと考え、テストへの気持ちの持っていき方を考え直しました。

そして、試験まで1週間と少しあたりのこと。なぜか英語の長文がすっと分かるようになっていました。若干の期待が私の胸に生まれました。でも、正直、過去問を繰り返し解いていたため、初見の文章は読めるか分からなかったので、不安も未だ根強く残っていました。

そんな状態で迎えた当日。実をいうと、あまりよく覚えていません。とりあえず、ニコニコして、どうでもいいことを考えたり、言ったりしていたように思いま す。不思議と、同じような受験者を敵だという風には考えませんでした。みんな私以上に緊張してるんじゃないか、と思うと、むしろ仲間とか、同志だとかと思 えてきたからです。そう思うと、必要以上に緊張することはありませんでした。なので、あとはただ集中することのみを考えました。

今、私の手元には合格通知書と入学許可書があります。でも、実物を目の前にしても、いまだ合格できたことが信じられない、実感がまだ湧いていない、という のが、試験から 1ヶ月以上たった今の正直な気持ちです。ほんとに、不思議なことだと自分でも思います。3ヶ月で受験に成功するなんて、一般的には考えられないことだとも 思います。でも、それほど、集中することや勉強の濃さというのは大切なんだと思います。

また、先生方にはたくさんご迷惑をおかけしたと思います。 普通の予備校では3ヶ月前に受験を決意しても頭ごなしに無理だと決めつけられ、無意味なことはするなと挑戦することも許されなかったのではないかと思いま す。こんな信じられないような結果が出せたのも、支えて下さった皆さんのおかげだと思います。ありがとうございました。

 

Mさん(京都薬科大学 合格 D高校卒)のお母さん

「育星舎との出会いは8年前・・・」

育星舎との出会いは8年前、娘が中学受験を考えたときでした。常に塾生同士がライバルでピリピリした空気の漂う大手塾には合わず、娘は入江塾で3年間お世 話になりました。アットホームで和やかな雰囲気の中でのびのびと過ごし、無事(いわゆるエレベーター式に大学まで行ける)D中学校に合格できました。

再び、育星舎を訪れたのは娘が高校1年の秋でした。自由自立をモットーにされているD高校では学習についても生徒任せといった感じでした。あまりに自由で どうすればいいのか分からないうちに成績が下がり始めましたので、再度懐かしの育星舎にお世話なることになりました。その時、先生とお話したのは「いずれ 内部推薦で進学するであろうD大学は関西でも名門私大です。外部受験生と内部進学生との学力の差はかなりあります。最終的には外部受験生と同等の学力を身 につけて行きましょう。」という目標でした。

ただ、娘はクラブ活動に没頭し、毎日練習、休日は試合という日々が続いていました ので、通塾は週1~2回のペースで定期試験の前に集中して学習するというスタイルで高校3年春まできました。どうしてもクラブ中心の高校生活だったので、 受験生と比べると学力は・・・。内部推薦で進学するのだから、焦らなくていいけれど、クラブを引退してから少しは勉強するかしらなんて思っていました。

不器用な娘は夏にクラブを引退し、ようやく将来のことを色々と考え始めたようです。「引退して、暇だから毎日塾に行くわ!」と言いだしたのは7月。娘は好んで毎日通い「Vキャンパスに行くと自然に勉強しようという気になる」とよく言っていました。

そして8月、京都薬科大学のオープンキャンパスに行った日、娘の心は決まったよう です。ただ私たち周りの者は慌て戸惑いました。受験勉強をしていないのに、せっかく内部推薦で大学に行けるのに、それを辞退して何の保証もないのに受験を するなんて!しかし、本人の意思は固く、京都薬科大学に行きたいと言いました。

8月末頃、先生に相談に行きました。先生も本当に驚かれていましたが、最終的には 「内部推薦を蹴るのは確かにもったいない気もしますが、本人の意思を曲げて進学させてもね・・・3ヶ月は短いようですが、長いですよ。取り組み方次第で力 はつきます。」と言って下さいました。そうです。娘の人生ですから、悔いを残してほしくはないのです。そしてやっと受験にGoサインを出しました。

それからの娘の学習態度、集中力は目を見張るものがありました。毎日、学校からV キャンパスに直行し、夜の10時まで勉強していました。10時過ぎに勉強を終えて出て行きた娘の顔は引き締まっていて、クラブの試合でいい結果を出す前の ような表情をしていました。「もしかすると行けるかも!」私もそう信じて毎日迎えに行きました。特に最後の2週間のラストスパートは素晴らしくどこにそん な力を秘めていたのかと驚き、また誇らしくもありました。この3ヵ月、その集中力を維持し続けられたのは、やはりVキャンパスのおかげです。

今思い返せば、高校1年から学校での学習内容に加え、高校生として必要な内容を学 習するよう指導して下さったので、このような短期決戦でもなんとか合格する事ができたのだと思います。娘の部活中心の学習スタイルに付き合いつつ、時に厳 しく、時にジョークを交えて指導して下さった先生方、また、夕食を共にして励まし合ってきたお友達、本当にありがとうございました。やはり、育星舎に来て よかったと心から思います。

 

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Lさん(関西大学・社会学部 合格 京都精華女子高校卒)

高校一年生の夏に、他の塾の夏期講習を受け、その時、自分の英単語力の無さを痛感し、祖母の薦めでVキャンパスに入ることに決めました。

入塾前、クラスでの席次は4番でしたが、学年の実力テストでは5番でした。同じ学年の他のコースの人たちが勉強以外の取り組みを行っている時間も勉強に充 てている特進コースで私は勉強をしていました。それで、標準コースの人に負けているということに悔しい気持ちを持っていました。

Vキャンパスに入ると、定期考査中と定期考査前の1週間、毎日塾に来て自習をすることを勧められました。同じように周りで勉強を頑張る塾生がいるという環 境で、家で勉強するよりも集中してテスト勉強を行うことができました。分からないところがあれば、すぐに近くにいる先生に聞くことができ、その上ほとんど の教科に対応し、絵や図などを使って、理解できるように分かりやすく説明してくださるので、スムーズに勉強を進めることができました。先生に声を掛けに行 くのが苦手な私にも、先生自ら「どこか分からないところない?」と声を掛けに来てくださったので助かっていました。

そして、通常の個人指導とは別に、テスト期間中には、特別な指導がありました。内容把握だけでなく、発音や文法、熟語などが自然に身につき、満点を取れたほど、効果のあるものでした。

こうして、入塾後初の定期考査ではクラスで総合1位を取ることができました。一回きりの結果だと思っていましたが、その次からも1位を取り続けることができ、勉強に対するモチベーションを高めることにも繋がりました。

入塾してからしばらくは、中一からの英語の復習を行いました。基礎をしっかり固めることなしに、レベルアップした学びはできません。この復習が、今の英語力の土台となっていると思います。

次に英文法の学習を行いました。英文法の基本的な参考書を三巡しました。英文法が身につき、学校での授業においても役立ちました。

わたしが一番苦手としていた単語については、毎日単語を書くことが宿題になっていました。高二の夏には、毎日12時間、主に単語を中心に勉強しました。こ れには、2冊の単語集を使いました。一日一回、範囲を決めてテストを行うことで、自分が本当に覚えられているか確認することができました。

夏休みに頑張ったことが自信になり、苦手だった英語も、今では得意教科になりました。夏休み後に行われた実力テストでは、学年総合1位を取ることができました。

一般入試に向けて勉強をしてきましたが、日頃から定期考査や実力テストを頑張ってきたお蔭で、高一から第一志望だった関西大学社会学部の指定校推薦に合格することができました。

Vキャンパスに入って、先生の話をただ聞くだけではなく、自ら考えて答えに辿り着く力や、毎日持続して勉強する力が身につきました。単語テストで間違った ところだけをピックアップしたプリントを作って下さったり、ひとつの問題に対して、様々な質問を投げかけて、学びを深めることが出来る、一人一人に会った 丁寧な指導を行ってくださった先生方に、本当に感謝しています。ここで身につけた力を、大学でも発揮し、充実した大学生活を送りたいと思います。

 

Lさん(関西大学・社会学部 合格 京都精華女子高校卒)のお母さん

高一の夏、他塾の夏期講習を受けたのですが、今一つ学力がついていない感じでした。本人は、友達が出来て楽しいから続けてゆきたいと言っていたのですが、こちらの塾に体験に行かせました。

最初は、友達としゃべったり出来ないからしんどいと言っていましたが、集中して勉強できるのか、入って2か月ほどでクラスで総合1位になり、本人もやればできるんだという自信がついたようでした。

高二の夏休みは、毎日12時間、塾で頑張り続けたおかげで、単語力がつき、苦手だった長文も少しずつ解けるようになったようです。あんなに頑張れる力を持っていたなんて、親としては驚いています。

高三は、夏休みから秋にかけて、体育祭と文化祭の生徒会での仕事が忙しく、両立しながらの勉強は大変そうで、顔つきも険しくなっていたので心配していましたが、先生方が時々、声をかけて下さる言葉で癒され、気持ちを切りかえて頑張っていたようです。

一般入試を目指していたのですが、第一志望の指定校推薦枠が学校にあり、評定や実力テストなどもクリア出来、選ばれ無事、合格することが出来ました。

 


いろいろな先生方のおかげでここまでやって来られたと思います。本当にありがとうございました。

 

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