>
>
合格体験記 2012年以前

 京都市の大学受験専門塾Vキャンパス

合格体験記2012年

Kさん(京都大学文学部合格 京都女子高校卒)

二次試験後は絶対落ちたと思っていたので合格を知った時は拍子抜けして特に嬉しいと思いませんでしたが、今改めてこれから4年間京大で勉強できるんだと思うとじわじわと喜びを感じます。

私は小学生のころからずっと算数・数学が苦手で、他の教科はある程度まじめに勉強していればできたのに、数学だけはいまいち理解できないままほったらかしてきました。

Vキャンパスに通い始めたのは高校一年生の時で、高校に上がってからは「受験を見据えて勉強しなければいけない」と頭ではわかっていても、なかなかスイッチが入らず、このままでいいのかとぼんやり不安に思っていた時に「苦手な数学だけでも見てもらったら」と母に勧められたのがきっかけです。

高1から高2にかけては、定期テストに向けての問題演習を先生と一緒にやりました。

高1の時点で、私は判別式の意味も、方程式とグラフの関係も、方程式の「解」が何を指すのかさえいまいちわかっていませんでしたが、林部先生はちょっとでも「こいつわかってないな」と思ったら毎回簡単なことからゆっくり教えてくださいました。先生は、生徒の「わかっているふり・わかっているつもり」を見抜く天才だと思います。

その積み重ねの効果は、学校のカリキュラムがすべて終了した後、問題集二冊と青チャートを使っての総復習を始めてから実感しました。急に数学が得意になったというようなことは決してありませんでしたが、以前ではあまり理解できていなかった基本問題も、「なんで今までわからへんかったんやろう」と思えるようになりました。

私立大学を受験するときに受験科目として社会ではなく数学を選択できるまでになるなど、初めのころは夢にも思わなかったことです。

国語はもともと得意でしたが、模試でもいつもなんとなく解いてそれなりにいい成績をとるという感じだったので、それでは京大に通用しないだろうと思い不安でした。そこで、高3秋から山口先生のお世話になり、東大や阪大、京大の過去問などで問題演習をしました。

赤本や問題集などの答えと比べて答え合わせをすると私の解答は大概×になり、何をどうすればいいのかわかりませんでしたが、山口先生は私の文章の個性をしっかり理解した上で完璧ではなく合格点を目指す的確な指導をしてくださり、根拠と自信を持って解答を書けるようになりました。

高2の終わりごろは、周囲の友達を見ていて大手の予備校に通った方がいいのではないかと考えたこともありました。

実際予備校の冬期講習や夏期講習をいくつか受け、過去問などを解く機会を与えられたことは自分の課題を見つけるよいきっかけにはなりましたが、「先生との距離が遠いとどうしても受け身になる」こと、「超マイペースな私が予備校に通ってもあまり意味がなさそうだ」ということに気付きました。

なんだかんだ言って私が「できひんどうしよう」と思っていたことの大半は、新たに講義を取ってみたりうまい言葉で宣伝されている参考書をたくさん買ったりすることではなく、自分で時間をかけて地道に復習することでしか解決できないことでした。

しかし、私は「地道」が一番苦手で、高3の夏まで学校以外で毎日机に向かう習慣がなかった上に、極度の気分屋なので、気が乗らないときは本当に勉強が手につかなくなります。

それでも、どうしてもやる気が出ないとき、思うようにいかないとき先生方は「そういうときもあるよな」と言って愚痴を聞いて励ましてくださったし、毎日友達との時間が楽しく、自習重視でアットホームな雰囲気のVキャンパスに毎日通うのは全く苦になりませんでした。

自律性皆無の私が合格できたのはひとえにVキャンパスの先生方、友達、そしてVキャンパスに通わせてくれた両親のおかげです。心から感謝します。ありがとうございました。

 

Kさん(京都大学文学部合格 京都女子高校卒)のお母さん

理系の親に文系進学希望の娘。しかも入試体制も私達の時代とは大きく変わり、センター利用だの何だの訳の解らない事ばかり。何をどうすれば良いのか右往左往している間に、自分の進みたい道を決めている娘と、その娘を理解し指導して下さった育星舎の先生方と学校の先生方で『結果』を出して下さった気がします。本当に感謝しています。

娘は中学時代365日を水球部に捧げ、高校で文学部に進路を決めました。そこで国公立に向けて苦手な数学を克服すべく、高1の春から週1回のペースで育星舎にお世話になりました。

高3の夏頃より国語もお世話になり、指導時間も増えました。それすらも『国語も習って良い?』と言う娘の言葉と、『指導時間を増やして良いですか?』と言う林部先生の電話で決まり、親の私はお弁当を作る以外何もしていません。

高3の夏休み明けからは、朝学校に行きそのまま塾に直行。個別指導の前後も『いつでも先生に質問出来る環境で、同じ目標に向かって頑張っている仲間達と一緒に』自習をし、家にはただ寝に帰るだけの毎日でした。

Vキャンパスの仲間と一緒に夕食を食べるのが息抜きで、塾が休みの日には家で『あー塾行きたい・・・』とぼやいていました。

娘が志望校に合格出来たのはこの環境で的確な指導をして頂いたからだと思っていますし、この3年間で勉強以外に得たものも多く、これからの人生に役に立つと思います。

林部先生をはじめご指導下さった先生方、本当にありがとうございました。 

このページの先頭へ

 

J君(大阪大学工学部地球総合工学科合格 洛星高校卒)

インターネットの合格発表で自分の受験番号を確認したとき、「あった!」と思わず叫びました。

 

センター試験直後四十日間の自分の努力が実った、その喜びでいっぱいでした。

二次試験まであと四十日というとき、僕はセンター試験での失敗が原因で、余裕のない状態でした。
僕は不安を抱えながらも、二次までの四十日間はどのように勉強するべきか、林部先生に相談しました。
先生は「四十日あれば十分逆転は可能だ」とおっしゃり、的確なアドバイスをくださいました。

僕はアドバイス通りに、過去問の復習、理系科目や、英語の復習などを徹底しました。
親に「今からそんな勉強をしていて間に合うのか」と言われようとも、
「先生が言うからには間違いない」と返し、学習を続けました。
その甲斐あって、僕の成績は急上昇し、自信を取り戻すことができました。

二次試験当日、合格に確信は無かったものの、
「どうせ落ちるだろうな」という不安は微塵もありませんでした。
四十日前の自分とは違う、穏やかな気持ちで試験を受けました。

自分は、たった四十日で変わることができました。
成績に限らず、精神的な部分も大きく好転させることができました。
このような変化が可能になったのは、自分に必要な分野だけ勉強することができたからだと思います。

「自立型学習」という形式で、学ぶべきことを学びたいときに学ぶことができる。
さらに何をどう学ぶべきか教わることもできる。
おそらくこの塾に来なければ、合格は成し得なかったことでしょう。

Vキャンパスは、自分を変える機会を与え、その機会を生かす力を与えてくれました。
この経験は生涯残るでしょう。心から感謝しています。

 

J君(大阪大学工学部地球総合工学科合格 洛星高校卒)のお母さん

初めて育星舎を訪ねたのは、今からちょうど三年前、息子がもうすぐ高校生になるという頃でした。

中学時代は遠距離通学と本人いわく「多すぎる」宿題に手いっぱいで、塾を考える余裕はありませんでした。

学校の授業さえちゃんと消化できれば良い、と考えましたがそれさえ難しく、当時の成績は学校で真ん中くらいだったと思います。

高校の早い時期に中学時代の遅れを取り返し、後半の受験勉強に備えなければ・・・という思いで塾を探す中、

以前校門前でチラシをもらったことを思い出して、林部先生に電話をかけたのでした。

「自立型学習」に不安もありました。

というのは当時の息子には「絶対に成績を上げる!」というような強固な意志も計画性も感じられず、

完全な自立は不可能だったからです。

それでも、「学校の進度に合わせられること」、「自分に必要なことだけを勉強できること」、

「一人で無理ならばいつでも個人指導に切り替えられること」、それらは大手予備校にはない魅力です。

先生のアドバイスを受けながら自立を目指そうと、Vキャンパスに週二日通うことに決めました。

入会からの三年間をふりかえりますと、初めは塾で宿題を片付けるだけでした。あまり熱心とはいえませんでしたね。一時間しか塾に居なかった日もあったほどです。

途中から苦手な英語の指導を追加していただき、高二の夏には物理と古文・漢文の個人指導を受けました。

これは本人も手ごたえを感じた様子で、その後これらの科目の成績が安定すると、

それに引っ張られるように全体の成績が上がり始めました。

「塾で勉強するのが一番集中できる」とも言い始めました。

このままいってくれれば・・・と思っていたのですが、高三になってから二度ばかり躓きました。一度めは九月末、文化祭終了後です。

夏休み以降周囲は皆本気で頑張り始め、息子の成績は下がっていました。

それなのに焦る様子もなく、聞いてみると具体的な目標も計画もなく、「頑張るよ」の一言です。

「本気で取り組めていない」と心配になり、林部先生に相談したところ、すぐに本人と面談をしてくださいました。

その日、「やるべきことがわかった。俄然やる気がでた!」と明るい顔で帰宅したのを見てほっとしたものです。

二度めは十一月末です。

センター過去問のグループ指導を受けていた頃、一人だけ苦手な英語の点が伸びず、悩んでしまいました。

この時も林部先生がすぐに対策をしてくださり、センターまでに気持ちをたて直すことができました。

センター試験はあっという間にやってきました。

やはり不安だった英語と社会が足をひっぱり、目標にはほど遠い結果でした。

親としては正直今年は無理かと思いました。

しかし先生は、「充分挽回可能な点だ、頑張れ」と言ってくださったそうです。

先生を信頼していた息子は素直にその言葉を信じ、最後まで希望を失うことがありませんでした。

センター後は、志望大学別のグループで過去問の指導です。

この時期が、本人も一番充実した受験勉強ができたようです。

林部先生に言われていた課題も、試験前日まで欠かしませんでした。

少しずつ過去問の点数も上がり、前向きな気持ちで二次試験に臨むことができました。

このグループ指導がなければ、二次での挽回はありえませんでした。

赤ペンでぎっしりと添削された答案を見て、Vキャンパスで指導を受けられて良かったと心から思っています。

最後まで支えていただき、本当にありがとうございました。

このページの先頭へ

 

I君(京都大学理学部合格 洛星高校卒)のお母さん

合格発表後、中学高校の書類整理をしていたら、
通知表や模擬試験の結果が沢山出て来ました。
その中には英語の「校内偏差値37.9」という恐ろしい代物も出て参りました。

高校1年の担任の先生は、個人懇談の時に
「このままでは二浪してもどこの大学にも受かりませんよ。
大手の塾や予備校に行っても、伸びるのは上位10%だけです。」とおっしゃり、
目の前が真っ暗になってしまいました。

そんな時「育星舎の林部先生は成績の良くない子の成績を
上げることに生き甲斐を感じていらっしゃるのではないかしら」
という、通塾生のお母さんからの言葉に、藁をも掴む思いで 
息子もお願いすることにしました。

英語の単語は、中学1年生の最初からやり直し、
何度も音読を聞いて下さったようです。

お陰様でセンター試験の自己採点表を見ると
リスニングの得点は71.6の偏差値でした。

又、高校2年生の夏休みに見て頂いた漢文は
3日間の授業だけでセンター試験の得点は満点レベルにまで
引き上げて頂きました。
もちろん、実際のセンター試験でも漢文は50点満点を取っていたようです。

英語の成績214人中191番の息子が
「もしかしたら合格するかも知れない」と
思い始めたのは育星舎で力をつけて頂いたお蔭に違いありません。

高校3年生の夏休みや冬休みには 
わざわざ塾まで出かける事を億劫がる息子に
林部先生は何度も連絡下さり、
通塾している友達を通しても
お誘い頂き、何とか足を運ぶことが出来たようです。

又、二次試験後から発表までの2週間の間、
不安になる私の多大なる心の支えにもなって頂きました。
本当に林部先生あっての合格です。
ありがとうございました。

 

このページの先頭へ

 

H君(東京大学文科 I 類合格 洛星高校卒)

僕は結果的に東大文一に合格できましたが、その基礎にあったのが学校の定期考査の勉強をVキャンパスでやったことでした。

V キャンパスは適温かつ静かな空間で勉強できる所でした。

わからないところがあれば何でもできる林部先生に聞けばたいていは解決できます(笑)。

近くにコン ビニもあり友達と休憩するときや晩ごはんを買うときによく行きました。

応用力をつけるには基礎力をつけることが不可欠であることは言うまでもなく、

その基礎力をつけるには学校の定期考査期間だけでもしっかり勉強することが大切です。

自宅ではいろいろな誘惑もあり本当にしっかり勉強することはできません。自習するならVキャンパスへ来ましょう。

 

このページの先頭へ

 

 

G君(京都市立芸術大学美術学部デザイン学科合格 洛星高校卒)

私は小学校の頃から育星舎の入江塾でお世話になり、先生方のご指導のおかげで洛星中学校に合格する事ができました。

小学校の頃から、育星舎ののびのびとした教育方針が合っていた私は、中学に入り、定期試験前だけ勉強ができるVキャンパスに入りました。

正直言って私は中学時代、勉強はほとんどしていませんでした。授業を受けて、部活をして、帰ってメシを食って寝る。そして定期試験が来るとあわてて勉強をする。そんな生活サイクルでした。

高一になって僕はデザインの道に興味を持ち始めました。けれど私は、芸大に行く決断もしきれなかったし、部活も続けたかったので、週一で芸大受験の塾に通いながら、試験前はVキャンパスに通い続けました。

高二の終わりにさしかかり、五年間Vキャンパスに通っていたおかげで基礎が身についていた私は模試で京大も合格圏内に入るくらいの好成績をとりました。

高三に入り、芸大一本に絞った私はVキャンパスで得た学科のアドバンテージのおかげで、実技の勉強に力を入れることができました。

試験当日、センターで9割得点し、志望学科の配点の7割をとっていた私はかなりのアドバンテージを持って実技試験を受けました。結果、現役合格。

合格して思ったのは、中学高校時代に学んだ基礎が本当に大切だということです。

中学高校でサボっていた友人は、高三でかなり勉強をしても結局サボった教科は苦手なままで終わっていました。試験前だけでも集中して勉強を継続していれば大きな力になります。且つ、試験前だけなので効率が良く、自分のしたい事 ができたり、自分のやりたい事を見つけることができる時間を確保できるのは本当に良いことだと思います。

私が現役で倍率の高い芸大に合格することができたのも、Vキャンパスの、ひいては育星舎ののびのびとした教育の中で自分のやりたいことを模索することができたからこそだと思います。

本当にありがとうございました。

 

このページの先頭へ

 

 

Fさん(京都府立医科大学医学部看護学科合格 龍谷大学付属平安高校卒)

私は、京都府立医科大学医学部看護学科の推薦入試を受験し合格しました。

合格した時はうれしくて信じられなくて、「合格証書がニセモノだったらどうしよう」と数日間思っていました。

私は部活に入っており、高二の夏ごろからはマネージャーのような形で部活に参加するようになりました。

少し部活から距離を置いたことをきっかけに受験のことなどを考え、塾に通おうと思いました。

大手予備校・大手塾の個別指導の見学に行ったのですが、環境が合いませんでした。

育星舎の個人指導は、分かるまで教えて下さり、また一科目だけでなく他の教科も教えてもらえること、「勉強しよう」と思っている人が集まっていて集中しやすい環境だと感じたことから、自宅からも学校からも距離がありますが、通おうと思いました。

入塾当初は半分以上が洛星の生徒というアウェーな感じの空間に緊張しました。育星舎を教えてくれた友人にもめったに会わなかったので、高二の間は緊張して塾に来ていました。春休みに林部先生が作って下さった交流をきっかけに、洛星の生徒や数少ない女子生徒と仲よくなり、緊張がとけ、塾に来るのが楽しくなりました。また、先生方に質問しやすくなりました。

育星舎の「仲間」はいつの間にか男女九人になって、毎日、夕食を摂ったり、話をしながら共に勉強していました。九人は、それぞれ目指すもの、好きなもの、学校生活があって、毎日「異文化体験」でした。特に勉強にそれは影響しました。

模試を見せ合うといつも校内平均は10点以上違いました。私の学校なら上位層であっても、いつも彼らは「足りない。できてない。」と言っていました。洛星と平安は偏差値は全然違うし、狙う大学が違います。でも受験では同じです。「彼らが『できていない』なら、私は『もっとできていない』もっと頑張らないといけない」と思わせてくれました。

私は数学と英語が苦手で、特に英語は、「何が書いてあるのかは、分かる単語だけから判断する」ような状態でした。はじめは数学を個人指導で教えてもらっていましたが、英語があまりにもできないことが分かり、四月頃から英語に切り替えました。その時、私は高三の春で中二レベルの英語しかできませんでした。自分の現状にショックを受けました。

それからは、学校から出される大量の宿題をやりながら中学の文法からやり直し、単語を覚えました。高校の文法を3回繰り返すと単純な文は読めるようになり、センター過去問をしていくうちにややこしい文構造も理解できるようになりました。苦手だった英語が好きになりました。

私は公募推薦で京都橘大学の看護学科と救命救急コースを受験し、好きになった英語で満足に近い点数を取り、二つとも合格しました。これはかなり自信につながりました。

京府医の推薦には全体評定4.0以上が必要で、私は4.2というギリギリの評定でした。本来、京府医は第一志望校ではありませんでしたが、模試の成績を見て、京府医または滋賀医を受験することに決め、「可能性の一つ」として京府医の推薦を出願しました。

推薦は5.0に近い評定の人が受験してくるものなので、当初は「落ちるから」と思っていましたが、推薦の対策をしているうちに、「推薦で決めて、京府医に行きたい」と強く思うようになりました。

受験形式は、小論文・英文要約・面接でした。対策は、学校の先生にしてもらい、育星舎では、英語のセンター過去問と、以前解いた英文について二回目の要約を添削してもらっていました。

当日、問題は例年の形式とは全く違うものが出題され、小論文は、内容が不完全になり、英文要約は、単語を取り違えて失敗しました。唯一、面接ではやりきった感がありました。

面接より筆記の方が重視されると考え、「落ちた」と思った私は、推薦対策で費やした分を取り返すためにセンター対策を必死になってやりました。「落ちた」と思っていても、自分のなかにある負けたくないと思う存在のことや、ちょっと残っている合格の可能性を考え、発表前日は受験前日より不安でした。

合格発表は、パソコンで、京府医のホームページで確認しました。自分の番号を見た時は、手が震えて信じられなくて、数秒たってから涙が流れました。

推薦を受ける前からセンター試験を受けると決めていたので、勉強のスピードをゆるめながらも受験しました。目標は、英語・生物七割としていましたが、センターを模試感覚で受けられたこともあって、結果、英語七割・生物八割を取り、英語・生物・地理で自己最高点を取ることができました。英文要約で失敗していた悔いをはらし、今やっと満足しました。

まだ時々、テレビを見ていると勉強への危機感が出てくることがあります(笑)。

「患者一人ひとりを思いやり、臨機応変に適切な技術と知識を使うことができる看護師」というのが京府医の看護師養成の目標であり、私の目標でもあります。大学に入ってからも勉強は続きます。私はのみこみが遅い方なので、何回も繰り返して、知識や技術を自分のものにして使えるようにしていきたいと思います。高校生活は部活に費やしてきたので、
大学生活は、遊ぶことと勉強することを両立させ、気持ちを切り替えられる生活をしていきたいと思います。

毎日迎えに来てくれて、やつ当たりしたり、崩れそうになった時に支えてくれた両親、多くのことを教えてくださった先生方、高三のみんなに感謝しています。

 

Fさん(京都府立医科大学医学部看護学科合格 龍谷大学付属平安高校卒)のお母さん

娘は中学高校とクラブ漬けの毎日。高2になり数学が苦手な娘は授業についていけなくなりました。

通学途中で大手の塾へ体験に行ったのですが、クラブとの両立と塾の雰囲気が気に入らず決めかねていました。

そこで以前、お友達に紹介して頂いた育星舎の個人指導を体験させて頂きました。

学校の進め方に合わせて指導して頂ける事。
テスト一週間前から毎日塾で勉強させていただける事。
クラブのない日にあわせて柔軟に通える事。
何よりも娘が「塾の前向きな雰囲気が良いので行きたい」と言った言葉で、育星舎に決めさせていただきました。

初め育星舎が通学経路と逆方向だったので、通塾できるか心配でしたが、先生方の丁寧な学習指導や言葉がけが力になり、前向きに通えました。塾の生徒さん達とも仲良くなり、良い刺激を頂いた様です。

高3に入るとセンター試験に向けての勉強が始まりました。それと同時期から、学校の定期テストと宿題の多さに、塾での勉強どころではなくなり林部先生にはご心配とご迷惑をおかけしました。娘が自分で勉強の進め方を試行錯誤しながら決めて行くのを見守って頂きました。ありがとうございます。

受験に対して何もわからない事ばかりなので、すべて林部先生にご相談させて頂いて、公募や推薦入試の対策や勉強の進め方について娘の納得のいくように考えて頂きました。

私のできる事は食事や睡眠時間、体調管理に気をつかい見守るだけでした。

無事に入試を受け第1希望だった大学の合格も頂きました。これで受験も終わりと思ったのですが「センターまで勉強させて欲しい」と娘が言い、少しペースダウンさせながらセンターと大学入学後に向けて指導して頂きました。

センター試験も無事に受験でき、娘なりに最後まで納得のいく受験をすることができました。

これも林部先生をはじめ諸先生方のご指導を頂いていたからできた事だと思います。良い経験をさせて頂きました。本当にありがとうございます。

娘と一緒に勉強を共にして頂いた生徒さん方にも感謝しております。

 

このページの先頭へ

 

合格体験記

A君(京都府立医科大学医学部医学科合格 堀川高校卒) 

入学手続きも無事に終わり、入学式を待つだけとなった。

もちろんそのために勉強もしてきたし、自分なりの自信も身に付けた。

しかしまだ実感がない。中学生の頃の僕は、高い山ほど登りがいがあると考えていた。

だから難関と言われる高校に入った時、それだけでテンションが上がったが、今は違う。

大学受験を通して、山に登ったことで何を得るか、そして何をするかを考えるようになった。

結果も大事だったが、本当に良い経験をした。

そんな経験を振り返ってみる。


堀川高校に入学してすぐ、担任の先生から「塾には行かなくていいから」と言われた。

僕は高校生活とVキャンパスをセットで考えていたので、Vキャンパスは、自主・自立の学習を大事にしていること、自分のペースで各々の課題をできること、疑問にはその場で答えてもらえることなどを説明した。

そうしたところ「そういう塾なら行きなさい。」と言われた。

たいていの塾や予備校は、それぞれ課題・宿題が多く、学校の学習との両立が困難らしい。

しかも大人数で僕には落ち着いて学習できる環境とは言えない。

学校とVキャンパス。

こうして僕の受験生生活は最強のものになると思った。


だが、敵は自分の中にいた。

簡単に言うと、本気で勉強する気になれなかった。

学校の友人はみんな天才か?と思うほど優秀だったし、何でもそつなくこなす。

そんな中にいると、頑張るのが普通だと思うが、なぜだか反発してしまった。

それでも塾にはしっかり通ったし、自分なりには最低限の学習習慣はつないだ。

定期テストも模試も悪かった。

勉強していないから・・・と親にも自分にも言い訳をした。

林部先生には恥ずかしい気もしたが、学校の先生や母のように痛いところを突いてくるようなことはされなかったので、正直になれたと思う。

いつも「やってないんだから仕方ないよ」と励ましてもらった。

全然出来ない問題があっても「こんなの出来なくていいよ」と言ってもらった。

もし「こんなのが出来なくてどうする!」などと言われていたら、僕はダメになっていただろう。

勉強以外でも、本当は叱られても仕方ないことはあったと思う。


だが林部先生は、そんなことで僕や母を注意するようなことを一切しなかった。

先生は些細なことにこだわらず、いつも大きな心で接してくれた。

そして何より先生のすごいところは、どんな問題でも、必ず自分で解いてみせてくれた。

僕は、自分が尊敬出来る大人しか信用しない。

そしてそんな大人は残念ながらあまりいない。

でも林部先生は尊敬できる先生だ。

ちなみにVキャンパスの他の先生も、頼りになる、分かりやすい指導をしてくれる先生ばかりだ。

そんな先生方に囲まれて、僕も少しずつペースを上げていった。


9月の文化祭が終わり、いよいよ本気を出さないといけないと覚悟を決めて、やっと本格的に受験生となった。

それからは毎日夜遅くまで塾に残った。

12時近くなったこともあったが、先生はいつも最後まで付き合ってくれた。

先生の都合で「早く帰れ」と言われたことは一度もない。

体調のことも気遣ってもらった。

睡眠時間を確保すること、生活のリズムを正しくすることなど繰り返しアドバイスしてもらった。

あまり言うことは聞かなかったが・・・。

基本的に自由に勉強させてもらった。

僕が頑固でマイペースなことは先生は分かっていて、要所要所を押さえながら好きにさせてくれたのだと思う。


初めてA判定を出した時「(合格が)見えてきたな」と言ってもらった。

すごく心強かった。

不安になった時は、その言葉を思い出した。
 
だからセンター試験も、あまり緊張しなかった。

それまでセンターで9割とるのはバケモノだけだと思ってきたが、おかげで達成できた。

2次もこの勢いでいけると思った。

今から思うと、勉強をやりこんだ自信があったからそんな考えを持てたのだろう。


発表までとても長く感じた。

いろいろなことを考えて、もしかしたらもう1年Vキャンパスで勉強するのか?とも思った。

でもこうして合格できた。

僕が進んだ学部は、将来の職業に直結している。

人としてまだまだ勉強だが、Vキャンパスでの頑張りを忘れない。


先生、本当にお世話になりました。ありがとうございます。

大学に入ったら、しばらくは花園学舎に通います。

府立体育館の隣ですから、またお会いするかと思います。その時はよろしくお願いします。

 

A君(京都府立医科大学医学部医学科合格 堀川高校卒)のお母さん

「ボク、びょういんのせんせぇになるの」と3歳にもならない息子が言った時から、「いつかはきっと」と願ってきましたが、こうして合格証を手にした今、喜びよりもその事実があまりに重すぎて怖さすら感じています。当然のことながらこの合格は、息子ひとりの力で叶ったものではなく、多くの先生方やお友達に引っ張り上げていただいたおかげです。特にVキャンパスの林部先生には、本当にお世話になりました。

息子と林部先生との出会いは、中学3年生の時です。最初は他部門でお世話になるつもりでしたが、進路などの関係からVキャンパスに行くことになりました。

息子は、塾というものに通うのも初めてでしたし、そもそも塾などを信じていない子でした。けれど林部先生は子供の心を掴むのがお上手で、たった1回の体験指導ですっかり林部っ子になりました。先生の勧めで高校も、それまで興味のなかった堀川高校へと大きく志望を変えました。「堀川なんて」から「絶対堀川に行く」になったのには驚きました。そして無事堀川高校に入学することができ、あとは医学部合格に向かってひた走るだけでした。

ところが実際は違いました。学校が望む量の勉強をしなくなったのです。本人は「燃える気持ちが無い」などと言っていましたが、要するに勉強以外に楽しいものをいっぱい見つけたのでしょう。1・2年の担任の先生からは「君が医学部に受かったらまさに『堀川の奇跡』や!」と言われましたし、「みんながどれ程努力しているのか分かっているのか?」とも言われました。でもなかなか気持ちが勉強に向きません。そんな時でも林部先生は「学校はうるさいですね。」と言って、子供をかばって下さいました。わたしもいつも先生に愚痴っていたのですが、ただただ黙って聞いて下さいました。ただVキャンパスにはずっと通っていましたので、その時間だけは確かに勉強していました。だから先生は信じていて下さったのかも知れません。結局受験生らしくなったのは高3の夏からでした。

それからは毎日遅くまでVキャンパスで頑張りました。英単語の習得、古典の特訓、化学の個人指導など、苦手や穴を次々無くしていただきました。秋になる頃には、模試も少しずつ結果が出てきました。それでも判定はなかなかCを抜け出せませんでした。でも先生はいつも子供の良かったところを見つけ、褒めて下さいました。それが心地よいらしく、息子はどんな点数でも先生に見せていました。

一度得意の現代文で自己ワーストを取ったことがあり、母子で「さすがに怒られるよね。」と覚悟していましたが、「これ以上悪くなることはないからよかったね。」と言われた時には、感動してしまいました。親には言えないせりふです。本当にありがたく思いました。     

そして初冬には念願のA判定。大はしゃぎする私に「お母さん、そんなに甘くないよ」と冷静な息子。しっかり勉強してきたからこそ浮かれることなく、現実を見ることができたのでしょう。後に先生は、この時に合格を確信したとおっしゃいました。

いよいよセンター目前の冬休みにはこんなこともありました。いつものように塾に行った息子が、険しい顔をしてすぐに戻ってきました。「満員で席がない・・・。勉強できない。」明らかに動揺していました。「先生は何て?気がついてはるの!?」「分からん・・・どうしよう」センターが迫った子が勉強できないなんて・・・どうして?

そこに先生から連絡がきました。「満員だから帰ってしまったんですね。席が空きましたからすぐに来てください。」息子は一瞬教室をのぞいただけなのに、先生は他の生徒さんを指導中だったのに。気づいて下さっていたのです。本当にずっと先生を信じてきてよかったと思えた出来事でした。

そしてセンター。8割5分以上の得点を目指していましたが、なんと9割に届きました。学校での面談の結果、前期日程は第一志望の府立医大、後期日程は2次試験が面接のみの広島大医学部に出願することに決まりました。「前期で決めてきてや」とおっしゃる担任の先生の口からは、もう『奇跡』という言葉は聞かれませんでした。

1・2年の頃の先生からも「頑張りましたね」「力つけましたね。」と言っていただきました。

ところが喜んだのもつかの間、わたしの目には、息子がだらけてきたように見えました。そしてついには中学時代の友達と、夜遊びに出掛けてしまったのです。「林部先生には内緒にして。」と言うのを無視して、わたしはすぐに先生に言いつけました。次の日、塾から帰って来て「あんなに怖い林部先生初めて見た。ものすごく怒られた!」としょんぼりしていました。「もうしません。」と約束してくれました。先生は息子のために怒って下さる、数少ない大人のおひとりです。

その日以来、センター直前同様に勉強するようになりました。ですから2次は自信を持って臨めたと思います。それでも結果が出るまではとても不安でしたが、先生の「受かっていると思いますよ」の言葉に、ずいぶん励まされました。そして今日、合格させていただくことが出来ました。

親として、辛い時、苦しい時もありましたが、先生に助けていただきながら耐えてきて、心からよかったと思えます。息子もくじけず頑張りました。先生、本当に本当にありがとうございました。これからも息子の(少しはわたしの)良き相談相手でいてやって下さい。お願いします。

このページの先頭へ

 

 

B君(京都大学法学部合格 洛星高校卒)

自分の受験番号が掲示されているのを見たとき、「こんな自分がよく合格できたな」という驚きを抱きました。

そのように思った原因は、刻苦して勉強したという感覚が無かったからだと思います。

しかし、もともとそんなに勉強の才能があるわけでもないこの僕が合格できたというのは、やはり相当な勉強量をこなした成果だと考えるほかありません。

では、この事実と感覚の「乖離」をどう説明すればよいのでしょうか?

その鍵は、Vキャンパスでの勉強法にあると思います。

話しはさかのぼりますが、僕がVキャンパスに入ったのは中学生になりたての頃です。

僕は中高一貫の学校に入学したのでVキャンパスも6年間続けるつもりでしたが、それと同時に塾長から、「中学になると一気に勉強量が増える」と聞いていて、内心戦々恐々としていました。

しかし実際に通い始めてみると、そこには「塾」といった雰囲気は無く、仲間と一緒に自由に勉強する「学び家」という形容がふさわしいような所だったのです。

僕はその「学び家」に行くのが楽しくて仕方ありませんでした。

中学の3年間は、このように「学ぶ楽しさ」を学んでいきました。

こうして時は流れ、僕は高校生になりました。

そしてこの頃から少しずつVキャンパスの指導方法が変化してきました。

それまでは全体的な学力向上のための勉強を行っていましたが、その時からは大学受験という明確な目標に向かっての勉強に重点を置くようになったのです。

このため、その内容も広範囲にわたる学習というよりも、「弱点克服のために苦手な教科や分野を集中的に学ぶ」ということが中心になっていきました。

このとき中学3年間で自分の弱点をしっかり見極めることができていたので、的確な指導をしていただくことができました。

また、学年に比例して勉強時間も増えていきましたが、これに関しては中学のうちに「学ぶ楽しさ」を学んでいたのでさほど苦になりませんでした。

こうして僕は大学受験を迎えたわけですが、僕が合格できた要因は「無理なく、無駄なく」勉強できたからではないかと思います。

「無理なく」というのは、まず中学のうちに「勉強が楽しいものである」ということを知った上で、高校に入ってからその量を増やすという方式をとることで、自然に日々の生活に勉強という要素を組み込んでいくということです。

「無駄なく」というのは、じっくり時間をかけてそれぞれの苦手分野を見つけ出し、それに焦点を合わせた学習を行うことで、要領よく成績を底上げするということです。

そして、このうちの「無理なく」ということが最初に述べた奇妙な「乖離」に対する説明に当たるのではないかと思います。

最後になりましたが、僕をここまで押し上げてくださったVキャンパスおよび育星舎の先生方に改めて御礼申し上げます。

この「学び家」に行っていなければ、僕の人生はどれほど違ったものになっていたか分かりません。

育星舎こそが僕のホームグラウンドです。

Vキャンパス最高!

 

B君(京都大学法学部合格 洛星高校卒)のお母さん

この度は、息子の大学入試合格のために大きなお力添えを下さり有り難うございました。

育星舎グループとのご縁は、息子が小2の時に「科学の学校」に入れて頂いたことから始まり、小4からは「入江塾」でお世話になり、洛星中学校に合格させて頂きました。

そして、中学校入学後も、育星舎グループの先生方ならば生徒一人ひとり個別にケアして下さるので安心して勉強できると息子が希望し、「Vキャンパス」で6年間学ばせて頂き、この度の合格へと導いて下さいました。

中学入試の時もそうでしたが、息子は受験勉強というものを、決して暗いものだとか苦痛なものというイメージを持たずに、のびのびとマイペースで自分の力を伸ばしていけたようで、それがこの度のよい結果に結びついた原因の一つであると思っております。

それは、Vキャンパスの先生方が、普段から生徒一人ひとりをよく理解して下さり、息子に対しても、適切なきめ細かい指導をして下さったお陰だと思っております。

得意な点は更に伸ばして下さり、苦手な点については的確に指摘して下さり、一つひとつをどうすれば克服できるか真剣に考え、熱意を注いでご指導下さいました。

センター試験の前の段階では、模擬試験の成績は志望校合格の可能性が30‐40%程度と決して高くはなく、センター試験もボーダーラインにあたるような成績でした。

大手の予備校などは、センター試験が終わってしまうと二次試験に向けてのケアをほとんどしてくれませんでしたが、Vキャンパスの先生方は、センター試験の結 果をもとに、息子を含めた志望校の同じ生徒を集めた少人数で、二次試験対策の授業を毎日のように実施してくださいました。

最終的には、この二次試験対策の指導をして下さったことが、合格につながったのだろうと感じています。

受験への具体的な取り組みはすべて先生方にお任せするばかりで、保護者としてできることはというと、息子の健康管理のために、生活習慣を規則正しく、バランス良い食事や適度な運動や病気の予防を心掛けるぐらいのことでした。

思えば、小学2年生の時に育星舎グループの門をたたいたお陰で、ごく自然な形で、学ぶことの喜びを得ることができ、中学・高校そして大学へと志望通りの道を歩むことができました。

息子の成長を常に見守り続けて下さった育星舎グループの先生方に、心から感謝しております。

本当に有り難うございました。

 

このページの先頭へ

 

C君(東京大学文科Ⅱ類合格 洛星高校卒)

緊張はしたけれど、試験終了の瞬間に合格は確信していた。

模試では、ほとんどC判定以下の成績しかとったことのなかった私がこんな風に偉そうなことを思っていたのは、東大文科Ⅱ類に受かるために必要なことをきちんと分析してやりきり、本番でも悔いなくやりきったという自負があったからである。

これで落ちたら力不足だったと清清しく思えるような勉強をした。

私は、受験勉強を始めるにあたってとにかく「どうやったら他の受験生に差をつけられるのか」ということを考えた。

大まかに言うと、ほとんどの受験生は同じ勉強法をとる。

つまり現役は夏までに英数を固め、秋以降に理科や社会をし、センターは1月前ぐらいから始め直前期には過去問演習を繰り返す。

にも関わらず東大の場合3人に2人が落ちるという差が出るのは、外見上同じやり方をしつつも学究の「質」に違いが出るからではないか。

そう考えて、どの教科も一問一問からなるべく多くの本質的な理解が得られるように貪欲に食らいついた。

こうした私の信条と、求める指導を柔軟な対応で与えてくれるVキャンパスの方針は非常にマッチしていた。

センター物理に手も足も出なかった私は個別指導をお願いしてもらい先生と二人三脚で基礎から洗いなおすことで「受験物理が根本的に問いたいこと」をちょっとずつ吸収していった。

その成果から、本番では緊張から思うように点が出なかったものの、一度40点をとったセンター物理の過去問で96点をたたき出すにいたった。

直前期には現代文の添削指導と英作文・英文要約の指導をいただいた。

特に現代文では山口先生と課題文の内容についてディスカッションを行うことで論理が整理され、教科に対するものの見方が変わった。

『学力向上のために必要なことを自ら考える姿勢をとる人』にとって最高の支えになり、『自分ではまだそれが分からない人』に手ほどきをし、ひいてはその先を見据えた学習姿勢が身についていくのがVキャンパスという塾であると感じる。

林部先生、山口先生ならびに橋本先生には本当に感謝がつきません。

ありがとうございました。

 

C君(東京大学文科Ⅱ類合格 洛星高校卒)のお母さん

**スペシャルドリンク用意して頂きました***

「物理を何とかしたい!」と息子が突然言い出したのは、センター試験4週間前でした。

それまで参考書と過去問を利用し独学で受験勉強をすすめていたのですが、苦手科目の物理はどうも自分一人の手には負えなくなったようで、センター選択を今から地学に変えようか?とまで悩んでいたようです。

私は迷わず「Vキャンパスでみてもらおう」と林部先生に電話しました。(育星舎には中学受験時に入江塾でお世話になり、Vキャンパスにも中1時代は通っており、「必要になった時は何時でも力になります」と言って頂いておりました)

突然の相談にも快く対応して頂き、『何が不安で何を必要としているのか?』本人から充分な聞き取りをして頂いたうえで、センターまで集中的に物理の個別指導を、その後二次試験までは、独学だけでは不安な国語や英語の文章要訳をみて頂くことになりました。合せて自習室も存分に利用させて頂き、集中して最後の追い込みができたのだと思います。おかげさまで、余計な不安にかられることなく、センター試験も想定点を取ることが出来、二次試験にも自信を持って臨むことができたようです。

受験勉強はよくマラソンに例えられますが・・・まさに、最後の給水ポイントで、息子専用のスペシャルブレンドのドリンクをVキャンパスに用意して頂いたお陰で、ラストスパートで持っている実力の全てを出し切ってゴールできた感じです。

こちらの要望している内容のみに集中した指導を設定して頂き、急遽適任の講師の方を手配して頂き、個別指導の日時の融通をきいて頂きetc.そして何よりも本人のメンタル部分の大きな支えになって頂きました。

このような臨機応変な対応は、他塾では決してしてもらえなかったと思います。

本当に林部先生、個別指導にあたって頂いた講師の方々には感謝しております。

どうもありがとうございました。

 

このページの先頭へ

 

 Dさん(京都女子高校卒、京都大学教育学部合格)

基本を大切にして京大現役合格

 私が最初に育星舎にお世話になったのは中学受験のときでした。小学校5年生の終わり頃に受験を決めたので、時期が遅く入塾を許可されたのは入江塾だけでした。

入塾したての頃は、学校よりも難易度の高い勉強に戸惑ってばかりでしたが、先生方が論理的に説明をしてくれ、質問にも熱心に対応してくれたので徐々に学習のコツが掴めるようになりました。それに伴って成績も伸び始め、入江塾での勉強の成果を実感しました。中学受験は無事成功し、私は私立の中高一貫校に通うことになりました。
 
中学生の間は、高校受験がないということで塾には通いませんでしたが、学校の勉強は基本を大事にしてきっちりとこなしていました。課題もやり残すことなく、理解できないところは学校の先生に質問したりと、分からないところがないように心がけていました。
 
高校に入る直前に、大学受験のために育星舎のVキャンパスに通い始めました。私は数学が苦手だったので、数学を中心に勉強していました。Vキャンパスは自立型学習形式なので、自分の苦手な分野を自分のペースで集中的に取り組め、とても効率的に勉強できました。時にはVキャンパスの先生方に勉強法に関してアドバイスをもらったり、個人指導をしてもらったりしてとても助かりました。また、私が通っていた高校は課題や小テストが多く、難易度も高かったので、Vキャンパスの先生方に手伝ってもらったりもしました。

大学受験は、まず学校の勉強を十分理解していないと成績が伸びず、失敗してしまうので、納得できるまで何度もVキャンパスの先生に質問しました。先生方は熱心に粘り強く教えてくださるので一つ一つきっちり理解できました。
 
高校一年生のとき、私は第一志望をM大学にしていましたが、基本をきっちり勉強していたので、学校の先生にもっと上を目指すようにすすめられ、N大学に変更しました。その後も順調に成績は伸びたので、高校二年生の夏頃、学校の先生に京都大学をすすめられました。京大なんて雲の上の存在で、夢のまた夢だと思っていましたが、育星舎での地道な積み上げが結果に繋がっているのだと感じ、挑戦してみようという気になりました。

しかし、高校三年生になると、周りも成績を上げ始めるので、模試の成績は思うように伸びませんでした。厳しい判定が続きましたが、私は自分のペースを守って地道に数学の問題を解き、英文法を覚え、古語単語を暗記するといったことを続けました。

夏休みに入ると少しペースを上げ、昼間に数学の復習や基礎の確認、英文和訳の練習をし、夜に京大の赤本を使って過去問を解くことにし、週に一、二度国語の文章題に取り組み、徹底した二次試験対策をしました。一日に十時間ぐらい勉強し、数学と英語は夏休みの間に過去二十五年分の問題を解き切りました。赤本で、大学・科目別に過去問二十五年分を収録したものがあるので、それを用いました。正直、とてもきつかったのですが、Vキャンパスは自分のペースで勉強できるので、こまめに休憩もとれ、集中力をきらさずに続けることができました。

そして、夏の終わりの実戦模試では、判定がBにまで伸びました。これは大いに自信になりましたが、秋に勉強を怠けてしまったために、後にも先にもB判定以上をとったのはこのときだけでした。

十月、十一月は本当に勉強をサボってしまったので、模試の判定もDとEのオンパレードで散々なものでした。十二月に入るとセンター試験のための勉強をしましたが、秋にサボったのが大きく影響し、あまり点数は伸びませんでした。 一月になってもそれは変わらず、結局そのままセンター試験を受け、結果はもちろん大失敗でした。目標最低値には程遠く、志望校の変更も考えました。

しかし、学校や塾の先生方に背中を押され、一年半抱いてきた目標に向かって突き進むことを決心しました。

二次試験のための勉強はひたすら過去問を解くことでした。それに加え、英単語の暗記と確認を例文を用いて繰り返し、語彙を増やすことを心がけました。

Vキャンパスでの集中できる時間に過去問の国語を解き、学校の先生に添削と解説を頼みました。数学は分からなかった問題を中心に、解法を覚えるくらい解きました。私の中で、数学は不安要素であり、実際に数学の出来具合が合格の鍵を握るので、十五分程の空き時間があれば数学の問題を解いていました。英語に関しては、過去問にとらわれず、様々なテーマの英文を読みました。英作文も必ず一日一題は解き、力が落ちないように心がけました。
 
入試の日が近づくにつれ、どんどん不安がふくらんでいき、途中で挫けそうになることもありました。そのたびに先生方に励まされ、何とか挑戦心を保ち続けました。おかげで、本番では力を出し切ることができ、かつては夢でしかなかった京大に合格することができました。育星舎には、学習面だけでなく、環境面や精神面でもお世話になり、本当に感謝しています。また、そんな育星舎に通わせてくれた両親にも感謝しています。

私を様々な面から支えてくれた両親や育星舎の先生方に改めてお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございました。


[塾長のコメント]

DさんがVキャンパスに通い始めたのは中3の頃でした。

そもそも真面目な生徒で、学校の成績は文句のつけようがないといった感じでしたので、自立型学習コースを受講してもらいました。

たまに数学で理解不足のところが見つかると、それこそ2時間でも3時間でも一対一で指導したこともありました。

高2の頃に京大受験をほのめかしたときに背中を押した責任もあり、高3になってからもどこかに弱点はないか常に目を光らせていましたが、

本人は現役で合格できるかどうか半信半疑だったようですし、「あれもできない、これも手をつけてへん」と弱気な発言を繰り返していました。

さらにセンターで失敗したことで京大受験自体を断念しかかったようです。

しかし、「現役生はセンター後に力がつくのだ」とさらに背中を押してあげてモチベーションを高めるようにもっていきました。

センター後、高校では京大対策として難しい問題を解かされ、まったく歯が立たないこともあったようです。

そのたび、二次試験で要求されているレベルはそんなに高くないこと、合格最低点を確実に取るための作戦などを伝えてリラックスして勉強できるようにアシストしました。

結果、合格を勝ち取ってくれましたが、本人よりも私のほうが合格について確信を持っていたかもしれません。

合格体験記にもあるように、この合格は本人の努力が最大の勝因です。

塾は勉強につまずいたときにフォローしただけです。

ただし、三年間を通してかなり的確なフォローができたかな、と自負しています。

 

Dさん(京都女子高校卒、京都大学教育学部合格)のお父さん

まさか娘が京大に合格できるとは思っていませんでした

今、思い起こせば小学五年生の冬に中学受験を目指して、初めて育星舎に伺い、入江先生に受け入れていただいてなければ、この合格も実現していなかったと思います。

その当時、受験勉強を始めるにはあまりに遅かったため、他の大手の学習塾からは入塾を断られていました。

入江先生のご指導のもと、無事京都女子中学校に合格した娘は、大学受験を目指し、中三から再び育星舎のVキャンパスで林部先生にご指導を受けてきました。

高一の頃はどこか国立大学に行ければいいなあという程度で、まさか京大をめざすなどその時は思いもしませんでした。

娘の場合、学校の勉強をこなし、理解することを中心に取り組んでいましたので、Vキャンパスはそういった勉強を支えていただけるよい場であったと思います。

大手学習塾のように大勢の中で講義を聴くスタイルではなく、自分のペースで自分のわからないところを学ぶことができたと思います。

高三になり、受験が近づいてくると志望校を決めることになります。

この時も娘の力をしっかり把握していただき、またセンター試験の結果があまりよくなかったにもかかわらず、適切なアドバイスをしていただいた林部先生のおかげだと思います。

本人の努力に加え、よい学校、良い塾で勉強することができたことが合格につながったのだと思います。

長い間、いろいろとお世話になり、ありがとうございました。そして、これからもどうぞよろしくお願い致します。

 

このページの先頭へ

 

E君(洛星高校卒、北海道大学農学部合格)

学年ブービーから北大現役合格

僕が育星舎と出会ったのは、高校1年の前期中間が終わったときのことでした。そのときの成績は学年で下から2番で警告点が11個。小学校の頃あまり勉強しないでも好成績だった僕は、それを洛星中学の3年間にも実行してしまいました。ハイレベルでハイスピードな授業・・・

確かに中学時代少し危機を感じて大手塾に通ったこともありました。でも学校の勉強もできないのに+αの塾の勉強まで手が回るはずがなく、結局そこをやめました。わからなくなればなる程勉強をしなくなるという悪循環の3年間。成績はどん底でした。

そして、担任の「お前、このままじゃ留年するぞ」という言葉に流石に焦りを感じて勉強を始めようと思いましたが、何から始めていいのかすらわかりません。ワラにもすがる思いで、親が僕にも行ける塾としてネットで探してくれた塾、育星舎に行ってみました。これが僕と育星舎との出会いです。

僕が通ったのは育星舎の“Vキャンパス”で、そこは一番エラい林部先生と10人ぐらいの京大生チューターで成り立っています。幸い林部先生はデキる子をよりデキるようにすることより、成績不振者の成績を上げることに喜びを感じるらしく、丁寧に指導してくれ、僕は中学基礎から着実に自分のペースで知識をつけていきました。

友人に(たいがい成績は並以下)「お前、そんなんやってんのー」とか言われたりもしましたが、成績が急激に上がるにつれてどうやったのか聞いてくるようになりました。高1の終わりには平均ちょい下まで成績を持ち直せました。たいていは個別指導ですが、たまに授業スタイルを折り混ぜたりして指導してくれます。こうして勉強する習慣がついた僕は、高3になる頃には前期京大、後期北大と言っても驚かれないレベルまで成長できました。

結果的には北大に進学するという形になりましたが、育星舎での自分のスタイルの勉強とそれを全面的にサポートしてくれる先生方のおかげで、ここまで成長できたことは僕自身驚きであり本当に感謝しています。

成績表がSOSをあげているならこの塾に直行だ!!(笑)

最後になりましたが、先生方、本当にありがとうございました。


[塾長のコメント]

E君がVキャンパスに来たのは高校1年の前期末テストの前でした。

成績表を見てこちらも驚きましたが、中学入学後はまったく勉強習慣がなくなったようです。

中3の頃、ある予備校に通ったことがあるそうですが、学校の授業がわからないのにさらに学校のカリキュラムとまったく違う勉強をしても身につくはずもありません。

入塾後、まず毎日塾で勉強するようにしてもらいました。

学習習慣を確立するのがこの生徒には第一と考えたからです。

さらに、勉強は塾でだけするように、家では勉強せずにくつろぐように、ご家庭にも協力を仰ぎました。

勉強の成果はすぐに現れ、警告点や進級の心配もまったくなくなりました。

高2の秋、保護者面談でお母様が担任の先生から、「成績は順調です。この成績なら京大も十分に圏内ですね。」と言われたそうで、「先生は高1までの息子の成績をご存じないのですか?」と返答したということです。

担任の先生は高1以前の成績についてまったく知らず、ずっと順調に勉強してきたことを疑ったことがなかったのだとか。

高3の終わりまで行事に参加し続け、さらに受験直前に体調を壊してしまい、「大丈夫かな?」とかなり心配しましたが、無事に大学に合格してくれました。

 

E君(洛星高卒、北海道大学農学部合格)のお母さん

中学時代のことを考えると信じられません

中学生時代、クラブ活動に体育祭・文化祭・クリスマスタブローなどなど行事に没頭し、最後の試験ではついに学年でビリから2番。何とか高校に上がりましたが、最初の中間テストで落第の危機に直面してしまいました。そこで、育星舎のVキャンパスにお世話になることになりました。

Vキャンパスでは苦手な英語を中学一年生まで遡り基礎からもう一度やり直すなど、息子の弱点を克服するために個別に対応してくださいました。大手の塾ではこのようには行かなかったと思います。

中一からの6年間、片道2時間近くの遠距離通学、中学生の時はかなり負担だったようですが、育星舎に通うようになってから勉強は学校とVキャンパス、家では生活時間と切り替えができるようになりました。おかげさまで成績は徐々に上がり、行きたい大学・学部に挑戦することが可能なレベルまでなんとか到達することができました。

家族でよくキャンプやスキーに行ったためか、自然や野生動物の保護・保全に関心がありフィールドに出て活動したいということで、志望校は京都大学農学部・北海道大学農学部に決めましたが、中学時代のことを考えると信じられないことでした。先生にも親にもあきれられながら、とうとう高三の12月のクリスマスタブローまですべての行事に積極的に関わり通してしまいました。

センター試験直前に風邪を引きどうなることかと心配しましたが、後期の北海道大学農学部に無事合格することができました。

最後まで見放すことなく、息子の力を信じ、伸ばしてくださったVキャンパスの先生方に感謝いたします。ありがとうございました。

 

このページの先頭へ